少しずつ追い詰められる

 私は人を傷つけてきた。私は邪魔な存在だった。いない方がいいらしい。そういう考え方がよくないとはわかっているが、なかなか治せない。やっぱりどこにも居場所がない。いつも笑顔を浮かべている人が冷たい視線を向けてくる。その視線にどこか安堵を覚えているのかもしれない。そういう視線を浴びせられて、はじめて自分の存在が実感できるところがあるのかもしれない。笑顔の人は怖い。笑顔が人を安心させるという理屈はあまりわからない。どうして笑っていなければいけないのだろう。私はどこへ行ってもなじめなかった。自分から勝手に独りになっているだけだろう、と言われればまあそうだ。お前が傲慢なだけだ、と言われればまあそうだ。それでも一方的に自分に非があるとも思えない。苦しいけれど、やっぱり独りで抱え込まないといけない。孤独にならないと、何も変わらない。孤独になって自分で引き受けないと、道は開けない。そんなことは当たり前のことだ。世間の人は、みんなそうやって生きている。しかし、そうは言っても、どこかでもうつらいと思っている。投げ出したくなる。だが、そうして投げ出して怠惰な生活に逆戻りするのもいやだ。やっぱり若いころとは違う。無理がきかない。あの頃は自分のすべてを偽ることができた。心も身体もまったく別物にすげかえて生きていくことができた。もう無理かもしれない。でも、あと少しがんばろう。年を取って、臆病になり、自分に引きこもるようになり、自己を客観視できなくなっていく。偽るために必要なエネルギーがなくなり、若い頃に隠していた素の部分が、自分でも知らないうちに顕在化しただけなのだ。そうして袋小路になっていく。この苦しみはいつまで続くのだろう。そうやって、また安い自己陶酔をしているね。でも、苦しいものは苦しい。結局、人とうまく交われない。科学を根底から疑うということは誰もやりたがらない。おそらく、科学を本気で疑おうとすると、何か下品で劣悪なものと、向き合わざるをえなくなる。科学そのものを相対化しようとすると、反知性的になっていくように思う。今では誰もが、科学の存在を前提としているように思えた。みんな科学と向き合いたがらない。結局今日も邪険にされたな。私の軽率な行動がいけなかったのかもしれないな。

少しずつ追い詰められる

少しずつ追い詰められる

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-03-29

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