映画『水深ゼロメートルから』レビュー

①相当程度のネタバレを含みます。事前情報なしに鑑賞したい方はご注意下さい。

 本作の舞台となるのは水が抜かれた状態のプール。そこに集うは3人の生徒と1人の先生。普通なら用がない場所にミクとココロが呼び出されたのは、体育の時間に水泳を履修しなかった彼女たちに対し、山本先生が特別補習を命じたから。その内容はプールの底に堆積した砂を掃除すること。その砂はグランドで練習する野球部が舞い上がらせるもので、吹いてくる風に運ばれてくるものだった。野球部は今も熱心に練習している。掃いても掃いても終わりそうにない不毛な時間。ミクに頼まれて鍵を開けた水泳部のチヅルは、補習を受ける必要がないのにそこに留まり、プールの底で泳ごうとする。奇矯で冗談みたいな状況。3人の間で交わされるのも実に他愛ない会話。けれど、聞いていると、その端々にどこかザラついた感触を覚えてしまう。
 他の2人にどれだけ囃し立てられても、阿波踊りを踊ろうとしないミク。他の2人にどれだけツッコまれても、泳ごうとするのを止めないチヅル。他の2人に半ば呆れられても、メイクを直し続けるココロ。
 物語の主軸となる3人がそれぞれに抱える諸事情は、水泳部の元部長で、インターハイ出場を決めた男子水泳部の応援に来なかったチヅルを探していたユイや、ココロと同じ一軍に属しながら、野球部のマネージャーを一所懸命に頑張るリンカといった第三の人物の登場で少しずつ明らかになっていく。
 男踊りに女踊り。中学まで同じ水泳部で、今は野球部のエースとなったアイツ。「女性」という現実を生きようとするココロと、その現実に疲れ果てた山本先生。プールへの入退場を繰り返すたびにこぼれ落ちてくる政治的なトピックは、けれど汗ばんだ個人の熱を失わず、大人でも子供でもない彼女たちにしかできない答えによって面白おかしく、エネルギッシュに解き放たれる。
 元々は舞台作品であったということもあって、場面転換がないに等しく、映画として決してスピーディーではないけれど、シーン毎の融和や対立といった関係性の変化が登場人物の立ち位置によって如実に語られ、それを追うことに慣れてくると小説の行間を深読みするのに似た快感を覚えられる。映像の面でもミクたちの背格好を活かした構図が数学的に美しく、人称性を保持したまま、ストーリーの最後まで走り切る原動力を生んでいた。本作の監督を務められたのがあの山下敦弘さんだと記せば、その仕事の確かさがより伝わると思う。
 Personal is Politicalの問題意識はTBSの日曜ドラマ『御上先生』でも取り上げられていたが、ここまでミクロな出来事からマクロなテーマを映し出す作品には滅多に出会えない。コメディからシリアスへの移行の仕方、その濃度の変化にもひたすら納得させられた。公開から2年経った今、改めて観直してもまだずっと面白い。多くの人の目に触れて欲しい良作を強くお勧めしたい。UーNEXTやAmazonプライム、Netflixなどで配信中です。興味がある方は是非。

映画『水深ゼロメートルから』レビュー

映画『水深ゼロメートルから』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-03-28

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