恋した瞬間、世界が終わる 第99話「上昇と下降のスートラ」

恋した瞬間、世界が終わる 第99話「上昇と下降のスートラ」

残りあと2話


 
 それは、「赤い星」

  あなたの行動を変えてしまうものーー



真知子の到着はすこしーーほんの刹那ーー遅かった

リリアナの口元に運ばれた黒い種子は、その口唇をめくり押し込まれていた。
甘い果実の口当たりが口内の舌に魅力的な味として覚えさせるのには時間が掛かることはなく、反射的な動きを誘っていた。


「ああ……間に合わなかった」


真知子は救いのない展開に失意を感じた


「もう一曲だけ、あなたには踊ってもらうわ」


サッフォーは黒い種子を呑み込んだリリアナに指示を出したーー


 
 ーーブレインwi-fiが選んだ曲目は、

 リヒャルト・シュトラウスの
 「サロメ」だった



『サロメ』

サロメは、新約聖書に登場する女性。父はユダヤのヘロデ大王の王子ヘロデ・フィリッポス(英語版)で、母はヘロデ大王の孫ヘロディア。義父は、実父の異母兄弟であるヘロデ・アンティパス。サロメの母ヘロディアは、はじめヘロデ・フィリッポスの妻となりサロメをもうけたが、後に実父の異母兄弟であるヘロデ・アンティパスと恋仲になり離婚、ヘロデ・アンティパスの妻となった。このため、サロメはヘロデ・アンティパスの姪でもある。サロメは、ヘロデ・アンティパスに、祝宴での舞踏の褒美として「好きなものを求めよ」と言われ、母ヘロディアの命により「洗礼者ヨハネの斬首」を求めた。新約聖書には、サロメの名は記されていない。しかし、古代イスラエルの著述家であるフラウィウス・ヨセフスが著した『ユダヤ古代誌』には、「サロメ」という女性の名がある。この「サロメ」は、洗礼者ヨハネとの関係では大きく違うが、父母等の名が聖書の記事と一致する。そのため、同一人物であると考えられ、「サロメ」の名で呼ぶことが定着している。また、サロメは、新約聖書以外の文献の記述から、西暦14年頃に生まれ、その死は62年から71年の間と考えられるが、その生涯の詳細については定かでない。
(ウィキペディアより)



ーー祭壇の上の儀式が始まった

リリアナのその起き上がる動作は緩慢なようにも見えた

身に纏ったドレスの金色が、金星の“明けの明星”の意味合いを強めるかのように眼前に迫った
スローモーションで迫る体感的な恐怖として変化をするーー

そして、

 【 リリアナは祭壇上で、舞い始めた 】



動物のような動きーーまるで…獣のような動きーー彼女の身振りは…ーー淀んだ空気ーー息を殺すーー居心地の悪さが支配したあの肉体ーー何かに糸を引かれているようにも見えるーー知性で制御されたものではないーー訓練されたものでもないーーでは、何か?

あの動きを見る【 嫌悪感 】…【 渇きを満たすことのない猥雑さ 】 

不意に機械的な動きに変わった


【 不浄 】が世界に降り注ぐーー



 さあ、わたしの仲間たち、
 
【もう歌うのはやめましょう】
 
 夜明けも近い頃なればーー



※水掛良彦氏の訳を参照しています


サッフォーは、エロースの広がりとも云えるその処女を眼前に控え、その形ある思念に自身の詩でもって賛美と祝福を与えることに得意になっているようだった



「真知子、来てくれたのにごめん」

「せんぱい……」

真知子は床に押し付けられている僕たちの姿を見て、どう感じているのだろうか?

「ことめいこさん、来てくれたんだね」

赤い眼の男が真知子を出迎えた

「僕のことを思い出してくれたかい?」

「……思い出したわ」

真知子は赤い眼の男に顔を見たことがある以上の近さを視ているようだった

「その眼……そうか、青い眼を君が引き継いだんだね」

「あなたはGIに擬態していたんでしょ?」

「擬態というのは違うよ。どちらかが出て、どちらかが引っ込むかだよ」

「それが今ではどちらも居るのね」

「早川真知子、君が来たのには意味があります」

青い眼のGIが希求を込めて真知子に訴えた

「これまで、一つに見えていたものが二つに分かれて見えたとき
 いや…一つにしか見えなかったものが二つであったと見えたとき
 その正体を顕(あらわ)にしているとき
 それが見えている人にしか、何かをすることができません」



 【 アリュール 】



わたしはその声のなじみに思わず胸が高鳴るのを感じました。
そして、彼らが用意した黒いドレスを着たままでいる自分に気がついたのです。

「その声で呼ぶのはやめて!!」

ココの肉体を持つサッフォーが真知子に語りかけていた



 【 アリュール、私と一緒に来るのよ 】



「やめてったら…」

「ことめいこさん、君は選ぶことが出来るんだよ。大好きだったものと一緒に生きることをね」

「あれは…ココじゃないわ」

「いや、君は知らないのかもしれないが、君が知っている“ ココ ”というのもオリジナルではないんだよ」

「………ねえ、青い眼の人」

わたしは青い眼のGIに訊ねました

「あの娘と、ココは…“ 元 ”は何処にいたの?」

青い眼のGIは、真知子の眼に浮かんでいる真実の遠景にあるものに触れた

「私たちは自らを物語に行き写してきました
 その為に、誰かの物語に登場する必要があるのです
 “ココ”もそうして辿ってきました」

「じゃあ、あの娘は? あのサッフォーに盗られたあの娘は?
 あの娘は、わたしの友達だったのに」



 ーー祭壇上のサロメがぬるっ と、身をくねらせた



 【 アリュール、こっちにいらっしゃい 】



「真知子、そんな何かを取り替えただけのものを信じてはいけない!」

僕の声は真知子に届いたのか?

「君は無力な存在だ」

赤い星が煌々と浮かびながら、僕たちの世界へと接近していた。
赤い眼の男が僕を見下ろしたまま話しかけた。

「君も真知子と同じ存在だったはずだ
 青い眼は君が引き継ぐものだと思っていたが
 しかし、君にはあの眼がないばかりには役に立たない」


僕は前方に眼をやったーー


リリアナのステップは、死の舞踏のようにも思え。
しかし、天の岩戸のときのように新たな何かが出てくる不気味さを秘めていた。

「GI、恋した瞬間、世界が終わるというのは」

そのステップは、上昇する舞踏とーー下降するする舞踏。
その凌ぎ合い。

「さっきの会話では、はっきりと話さなかったね」

「……そのシステムの意味は」

リリアナの身体からは編まれた金色のスートラ(糸)が漏れていた。
その糸は、これからの動きと、これまでの動き、秘めた可能である範囲までも魅せている。
重心が編まれていないのか、それら全てが顕現されたものを導いている。
その顕現された金色の中、【黒い服の男】によって引かれたカーテンがある。
そこに“ココ”の身体を持つ【サッフォー】が侵入しようとしていた。

「存在するということは、誰かの承認が必要なんです」

「サッフォーたちもそれがなければ存在できないということかい?
 でも、それは…それがなぜ、真知子なんだい?」

青い眼のGIが真実を語ろうとしたときーー赤い眼の男が力を強めて、青い眼をさらなる強い力で床に平伏せさせた

「GI、きみの眼の力……あれは一体なんの能力なんだい?」

僕よりも低く、床に伏してしまった青い眼の方を向いた

「……それは」

赤い眼の男は僕たちを見下ろしたまま会話を読もうとしていた

「青い眼よ、その片眼だけではどうすることもできないよ」

青い眼のGIは片膝を曲げたまま、もう片足の裏を床に付けた

「無駄だよ、青い眼」

青い眼のGIは身を起こそうと、その力に抵抗していた


 失われた片側の眼圧が
 床に血を滴り落としたーー


「……この眼の力は、赤い眼の力とは異なるものです」

「何が違うんだい?」

「赤い眼の力は……謂(い)わば引き付け縛り、留めるもの
 つまり、今の私たちのようにさせるものです」

「それは分かりやすいね」

青い眼のGIはもう片方の足も起こして、両足の裏を床につけることに成功した

「青い眼よ、それでどうするって言うのだい?」


赤い眼は、
 その進む抵抗に大きく目を見開いた

 
青い眼は、
 その血で床を染め上げ、臀部が床から離れ始めたーー



「そして、

青い眼の力は、その逆のーー世界を駆動させる遠ざける力」



青い眼のGIは、床に両足を付けた最低床の姿勢のフルボトムから両足を震わせ、やや股間節が浮いてーー大腿部ーーそして、


「その片眼ーー


僕は青い眼のGIが天井からの重圧に抵抗して立ち上がる様を見て、気持ちが起こされた


 
  「GI! 挙げろッ!!!」




ヒカリと、オトーーそれ以上の何かは分からなかった

サンライト、あるいは、燐光


『燐光』

燐光(りんこう、phosphorescence)とは、かつては腐敗した生物などから生じた黄リン(白リン)が空気中で酸化する際の青白い光(発火点は約60度)を指した
(ウィキペディアより)



 
 
青い眼は立ち上がり、その身を燐光が包んでいた

恋した瞬間、世界が終わる 第99話「上昇と下降のスートラ」

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恋した瞬間、世界が終わる 第99話「上昇と下降のスートラ」

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-03-26

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