無水詩集

  義母の薫り

さながらに恋人がするような悠長なうごきで わたしに疵として睡る追憶 それが 眼をとぢたままにわたしの背を抱いた、うしろから
ゆったりとしたむね、それ わが心臓を鋭く圧したのだった、わたしはそれを撥ねのけた、そのむねのいたみを 恰もそれへのわがいとおしい気持を拒むが如くに
わたしの わたしだけの わたし固有の後追いに死せるジュリエットよ──
貴女はいま 追憶のおもてに照る光と音楽のうつろいにすぎないであろう

貴女はわたしがかれにねじふせられあやめられたかつてに ともに滅びるべきであったのだ けれども──不穏な香水、死翅の曳くゆったりとしたむなものから辷る 馥郁たる蠱惑めいたかの薫り…それが 青とましろへ往きつきさえすれば どんなによかったことだろうか

  *

真紅の死──不在
一条に上方へ墜落するかの如くましろへ剥がれた、死せる燕の惨たらしい高貴性のうらがえし
純愛──なげ棄てられた、いちりんの薔薇 それ、さながらにかなしげにみえるほど精緻にととのっていたのだった 純粋な愛、という名辞同士の破綻 されどしごく当然なる名辞の織重なり 愛はいつでも純粋、そうであってほしいのに それは無い──さすれば、信じる

  *

わたしは母と愛しあいえないから わたしを絶対に愛さない義母を詩的構成したのだった 愛しえるから、無きがゆえ わたしをけっして是認しないから、”すべてという不在”のすべてに満ちるがゆえ



  性愛に愛されえぬ躰

男たちの性愛に愛されえぬ躰をもった女が まっしろなシイツの折られる陰影の叫喚する劇しき”火の寝台”で 恰も 空を俟つが如くしんと身を横臥させていたのだった、女の眸には感受されえぬも心の根には信じられうるわが美しさの重みに 恰も耐えかねていたのがその女の恨みがましい遺書的裸体の生ける姿の横臥わり そうも云えて了うのが亦哀しい常であるというのがぼくの詩的推論の一である

そが美はいつでも身を折る、恰も淋しさに耐えかねる玻璃花の如くに 花の定を前のめりに示す浮びのばされた無数のコケトリイよ 性愛に訴えかける肉体の美よ 恰もそれとおなじうごきにより内奥へひそやかに彼女固有の美を折りたたませるのが 女が、みずからに負わす定めであったか

かの御空の沈黙の様な律義に従われ 織られた、すべてのひとびとの躰の林立するに追従いそれ等翳りが淡く変容して往く そのうごき故に果ては無明を燦燦とさせた美の絶世 はや女の横臥しのイマージュはそれの反転した結果の逆説的なコインの風景の一致にちがいなかったのだけれども、かの女はかのような遥かにたなびく無明の光のまっさらな暗みの反映 かずかずの永遠を──恰も 一刹那に折りとぢた様にして睡っているのだった

無数の一特別がみずからに一存在の無数の精神的亀裂として所有ち歩くことを、最早 女は希んではいない様にも見えるのは男たちの悲願の投影であるのか

  *

(ぼくは”わたし”を とるにたらぬ剥がれの一疎外と想っていたい、ぼくはかの宇宙から一刹那剥がれた雲母硝子の一永遠の歌をわななかせる 幾夜、幾夜に
無数の永遠に侍りなおされるだけのひとときの死翅であると、ぼくは わたしを定義したい)

  *

かの女の名を呼んで──
かの一特別の疎外の剥がれとしての躰が美しくないといつも見做される女のそれそのままを それ固有の暗みとしどうか引きあげて、昇らせて
さながらに 冷然硬質の死が、すべての生をそうしてくださる様に──

されどぼくは女の名が匿名と無名と無個性へ 女の強靭な意志により剥がれて了ったのを知っている

  *

処女なる詩句が泡と消ゆる定の儚さとして 海へ反映しようとするかの引き連れの歌 かの一貞節をが永遠であると云う一を もはやぼくには愛しえない
それと云う最上に淫らな一貞節を心臓へとどめ鼓動に耐えるレッスンが、亦女のそれであるとも云えるのだから

さすれば青薔薇──それを、一刹那ののち砕かれる予定のグラスへしんと注ごう

如何なる光も音楽も欠落した この疵に痩せほそることを強いられた一貞節と云う無風景を 恰も青いワインを一条射すが如くに煌めき沈むグラスへ落そう、上方へ──女はその破裂の可能性を下腹部の亀裂の絵画によって睡らせる試みを嘗てしたのだった 男たちの性愛に愛されえぬ女の裸体は女自身により一特別の衣装と変容され肉を霧消させられた、上方へ弓を吹き星々を貫こうとした、射しちがった

果ては音楽と光のめくるめく反転──それに追従い砕かれる硝子 はじめから無き青薔薇の香水はためいきの様に机上で侍らされている

  *

女よ あなたの無数の美しい発狂は一固有の眸の拒絶に侍る それ等が女のすべてであったか──ぼくは女の名を呼びはしない あなたも亦、きっとそれを希んではいない



  死翅の街

ぼくはエドガア・ポオよろしく都会の街を散歩するのが好き、されど太陽の昇らないかの銀の街に はや夜という時間は存在しないのだった かの銀の市街に駆ける暗みは粒子の如く其処を充ちるという観方はけっして適切ではない、その駆ける暗みは街に恰も一義性の如く満ちる光という一の宇宙 即ち不在の無数を剥ぎ砕くが様に削ぎつづけるのが一貞節としての定、そのうごき さながらに不断の翅音の如き死への希求のはらむそれである、したがってかの街に夜という言葉は街から硬質な飛沫を爪痕の如く曳きながら墜落して了ったのだった、はや如何なる意味をも持たなくなって了ったのだった

暗みはいつでも盛りの真夏の様に腐敗風景を曳きながら乱れてとびまわる、白銀の死翅を泣き笑いで振り乱しながら──

  *

ぼくは”わたし”の孤独を守るから、真夜中午前三時の暗みへ “わたし”を鎖す



  永遠

  1
天使たちは折重なって死せるあなた方にとうぜん白薔薇を齎すことはないのだった 抑々があなた方の結われの一絵画にはなにひとつ祝福を与えるべきでないと云うのがそれの主題としての愛の定であるにちがいないのだった 祈られるべきではない 祈られない祈りであるべきであると云う後方へ吹く吐息が一風景の書かす箴言のそれ

ぼくはそうであるが故にこの冷然硬質な死へ”永遠”と云う一名辞を与えたのだった、と云うのも双方に愛し合われた双の不幸は疎外と疎外を織重ねるが如く玻璃と玻璃を重ねさせていたのだけれども それは宇宙の暗みと殆ど一致するが如く様式で銀製の杭に一条で射し貫かれていたからなのだった

祈られなかった祈りの色彩──ましろ

あなた方は恰も支配欲に支配欲で応えたが様な罪ぶかき無謀さで互いのからだを貪った果ての様にもみえるのだった、双のきゃしゃにしてましろのからだには陽の反映をすら拒絶した硬き冷たさを守護されていた それが御空のおもたき銀製瞼さながらにしゃんと鉄のきぬずれの音を立てる儚き孤独の守護であったとしたら けだしそれをこそ冷然硬質性の極北と云えたであろう

  2
あなた方はふたりきりで狭きアパートメントで躰をもとめあい やがて熱っぽい下腹部を繋げたままにあなた方の計画した鉄の杭で貫かれるという心中を果したのだった 双方の肉体が石膏へと締まり、冷然硬質という一永遠へと存在を宇宙へ反転・集約・陥没させた ながれ往く一条の血のみ けざやかな反映をほの暗い部屋へと恨みがましく閉ざされた青春の夢想を投げはなったのがその一刹那 永遠──

あなた方は接吻をしたままに石像へと硬化したからして 双方の顔は恰も一致を深海へと潜らせるようにして水音すらなきまっさらで固着した、密着されたやわらかい肉と肉は互いの躰を圧すが様ないとおしげな暴力で形状を変えた 関節の緊張を毀した 剥きだされた神経と神経という針金を一条の水音で結婚させた、意志によって さながらに花嫁衣裳のそれの如くましろはあなた方の背を星霜の曳く様にわだかまり やがてはこの一絵画を死装束の純潔な白で全体化させたのだった

積雪はもはやこの一風景に何等齎すものはない なぜといいあなた方の硬質性こそが無垢を罪ぶかいかたちで証明する白雪さながらであり “無辜”という不可能を恰も不在証明するが如くに詩的に歌わせるからだ、沈黙によって それは上方へ墜落するが如くの爪音で儚げに曳き降りるそれであるかと想われたけれども そが音楽は天使等の福音と綾織られることはない、はや射しちがうという悲劇的な美化によって注釈を刻むことすら余人に赦されはしない

  *

あなた方は悉くへの拒絶により身をそらす様にしてまっしろな身投を果したのか されどあなた方に信じられていた信仰ははや白百合と云うコケトリイの柔らかさによってしか説明できないからして あなた方に祈られつづけたその祈りは最早だれからも祈られることはない

無辜の心中はなにからも祈られない祈りのうちの一であり その一音楽はけだし罪の薫りを夢想される、けだるくやつれ果てたくぐもりの泡の水屑のそれであろうか

さすればぼくはその祈られもしない祈りを祈ることにしよう 白百合と信じて石膏へと身投したあなた方の死を一永遠であるという詐欺の散文詩を斯くして遺そう 嘘をつく白百合はいつでも真実の風に責められる様にして揺られている

  *

されど罪にゆびさきを濡らすのは いつでも独りでするべきだった ぼくは心中の蠱惑をみとめ その善性をいっさいみとめない



  祈られない祈り

  1
祈られなかった祈りをせいいっぱい祈ろうとするがためそのきゃしゃなゆびさきを無防備に折らされたかなたの無水の薫り降らす燦燦な非-祈り その一風景はあなたをおびただしい不在の裡に拡大閉鎖境の銀雨(ぎんさめ)さながらにしゃなりしゃなりとおもたい銀繊維のはらりと硬質な銀製光線で射しつらぬいたのが亦連続される不連続性の宿命

あなたはその瑕の剝ぐ様な繊維繊維を恰もピアノ線のうえあゆむようにして躰をいつでもざらつかせる したがって、昇るが如く降りくだって往くのがけだしあなたの一貞節

けだしあなたはなにからも祈られない一祈りと云う音楽現象と云う一にほかならない 無数の無水祈祷はあなたの身を祈られもしない無へほうっと水の曳く一の澪とした レノアの淋しさへと墜落させ恰も冷めたく変容させて了ったのが恰もあなたの宇宙だったのだろうか
と云うのもそれの依拠は湖上の月 或いは青みのかかる仄じろい翳りの無香性 くわえて透き徹って往く机上の月光が戯れとして照らす水音の幻想舞踏の幾つか──即ち無きが故信じられうるそれ等がわが推論の幾つかの蒼銀の鏤めの幾つか

祈られない、従ってその祈りは祈るにあたいする、かのような不合理的理論はこれ等想念によりぼくが詩的帰結したのだった

  2
あなたが生きた
それと云う後方へ幾つかの詩を曳く一の澪のはんらんのしずしずなるprayerをひきよせた眸の火の如きは、あれは 月硝子のまっさらな城のはやばやなる失踪の反映 城ははじめから無かった さすればあなたは祈られないままに祈りえたというのが明白なる不在な証明

いまを生きることの継続は否定の連続性の瑕の綾織りと暗みによりみなされうる 躰を祈りと云う澪へ曳き往かせるかなたへの躰の沈め

祈りとはいつでも肯定への悲願 そうであれ

  *

生きていたくないあなたにとって、生きることそのものが──祈りだった

無水詩集

読んでくれてありがとうございました。生き抜こうね。

無水詩集

散文詩集 [義母の薫り] [性愛に愛されえぬ躰] [死翅の街] [永遠] [祈られない祈り]

  • 自由詩
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-03-25

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