スティル・アライブ〜自殺少女とOD少年〜

プロローグ

<インタールード8>





――そして。



<プロローグ>

 頭ン中ブロンブロンでBlingBangBangブロンと替え歌を口ずさみながら俺は玄関のドアを開けた。

 ムワッとした空気が纏わりつきメガネが曇った。七月上旬、静岡県浜松市の真夜中は少し暑いが静かだ。

 ブロンはオーバードーズの女王だ――或いは王様か。含有されるカフェインとメチルエフェドリンがシャキッとアッパーな感じを、ジヒドロコデインはダウナーなふわふわとした感覚を、それらが混合して独特の効果になる。またやけに動ける。職場や学校に飲んでいくOD勢も多く覚醒剤とも揶揄される。

 俺はそんなブロンをキメて深夜徘徊するのが好きだ。人影のない夜の地方都市は圧倒的に孤独だ。無機質に点滅する信号機がSEKAIに独りぼっちな感覚をより増してくれる。

 とりあえず駅北を目指すことにする。少し雨が降ったのかアスファルトは濡れていて、そこに反射するオレンジ色の街灯が綺麗だった。



 駅北の電車の高架下に着く。
 ベンチが濡れていないか確かめて腰を下ろす。ポケットからシガーケースを取り出し金ピースを咥え火を付け長く一吸いする。肺を紫煙が満たしていく。十秒我慢。ゆっくりと吐き出す。

 「ふー」と一息ついて口内の味を楽しむ。

 金ピースのタールは二十一ミリグラムで結構高い。味もそうだがヤニクラがしたくて吸っているのだった。

 しばらく黒い木々を眺める。ゆらゆら揺れるその様を。

 ――ふと気付く。

 風はない。なぜ揺れている? 鳥か何かだろうか。少し気になって煙草を消すと揺れる木に近づく。

 揺れる枝のその先を追うと――何か動いている。

「――ぐぎゅっ」

 何やら声もする。

 人か?

 カップルだったらダルいなという考えがよぎった瞬間、また気付く。

 首吊りだ!

「ちょっ――」

 驚きすぎてうまく声が出ない。ってそうじゃない俺。

「だ、大丈夫ですか!?」

 大丈夫なはずなかったが他に言葉が浮かばなかった。

 駆け寄る。小柄だ。苦しいのか浮いた足をしきりに動かしている。

 見やると木の枝から黄色と黒の縞々のいわゆる虎ロープが伸びている――どうする!?

「た、助けます! あ、足支えますね!」

 そう言って何とかロープを弛ませようとしたが蹴られる。痛っ。

 俺はよろめいて尻もちをつく。痛っ。皮肉にも傍目には滑稽に見えるだろう。アンガールズのコントみたいだ。

 努めて冷静に考える。苦しいのだろう首を掻きむしっている。何が最善だ? 急げよ俺。

 そこで閃く。俺は首吊り未遂経験者だがこんな場所でやるには踏み台がいるんじゃないか? 少なくとも俺はそうだった。

 慌てて周囲を見渡す。

 ビンゴ。よく見ると傍らに踏み台らしき影があった。

 急いで手に取ると、

「えっと踏み台置くから乗ってください!」

 聞こえていますようにとバタつく足元に踏み台を置く――乗ってくれ!

 永遠のような数秒。

 つい神や仏やらご先祖やら何やらに祈ってしまう。

 人影は少女らしかった。

 所在なさげに動いていた少女のつま先が台に触れる。

 そして永遠のスローモーションの中でゆっくりと靴のかかとが台を踏みしめた。

 瞬間、少女はバランスを失ったのかもんどり打って地面に倒れた。幸か不幸か首はロープから外れたようだ。

「おえええええええっ――げっほっぜー」

 良かったといっていいだろう荒いが息をしてる。呼応するように虎ロープが揺れていた。

 一先ず駆け寄って声を掛けようとする。

 が。この自殺者に何と言うべきか、生きているならどう話を切り出すか俺が迷っていると、

「ワイちゃん! スティル! アライブ!」

「は?」

 面食らって素の声が出てしまった。

 自殺少女はガッツポーズを挙げている。

「うおおおお首と喉ちょー痛てえー! マジ超生きてるー!」

 喉をかばいながら少女が笑った。

 失敗して喜んでいるチグハグさに俺はしばし呆けてしまう。自殺少女は九死に一生を得たかのように歓喜していた。

「えっと……」

「うう、君ありがとうねー」

 たじろいでいる間に礼を言われた――ますます混乱する。死にたかったんじゃないのか?

「いやーそっかそっか」

 何やら一人で納得している。それに対し気の利いた一言も浮かばなかった。

「あたしメメ子!」

 最初何を言っているのか理解できなかった。ワンテンポ遅れて少女が名乗ったのだとわかった。

「えっとめめこ?」

「そーメメクラゲって知らないー?」

「……あ、つげ義春のやつか」

 ペースを乱されっぱなしながらも会話を続けようと思った。まだ安心できなかった。

 メメ子ね。××子。匿名の自殺少女ってわけだ。まあ未遂ではあるが。

 メメクラゲは漫画の有名な誤植だ。『××』クラゲだったのを編集者だか写植オペレーターが読み違えてメメクラゲとしてしまったという。今も修正されずそのままだ。

「あー死ぬかと思ったあー」

 まだ痛むのか喉をさすりながら少女メメ子が言う。いや死のうとしてたんじゃないのか。

 とりあえず俺も名乗るべきか。本名を言うかしばし考え巡らせ思い付く。

「仮名・堂島」

「?? 亀井戸島?」

 疑問符を浮かべながらメメ子が言う。明らかに違う漢字で言ってるな。

「名前。堂島(仮)」

「なにそれー?」

 まあ知らなくて当然か。

「てか大丈夫ですか?」

 やはり気になって野暮なことを聞いてしまう。相変わらず俺はアドリブに弱い。もっと相応しい言葉があるだろ。

「生きてるよー」

 見ればわかる。何故だか知らないがメメ子は笑顔だ。自殺しようとしていたとは信じられない。

 首吊り自殺をしていたのに喜ぶ彼女に繋ぐ言葉が見つからなかった。

 梅雨明け前の七月初旬の夜半、いつの間にかカエルが鳴いていた。

 すっかり忘れていた暑さを思い出す一筋の汗が頬を伝った。

 欣喜雀躍とすら思えるハイテンションの自殺少女を前に俺はただただ戸惑い面食らっていた。

 おおよそメメ子との出会いはこんなものだった。

 二〇二四年夏が始まった――。

<おっ死んでぶっ生き返すプロローグ――閉幕>



<インタールード その1>

 2024年の自殺数(確定値)は2万320人で、(中略)小中高生は前年比16人増の529人で、統計のある80年以降で過去最多となった。厚生労働省が発表した。(朝日新聞より引用)

第1幕 その1

<第一幕>

 閉じたカーテンの隙間から差す僅かな光の眩しさに起される。布団の傍でタオルを布団代わりに寝るぬいぐるみに脳内でおはようと言って時計を見ると昼近かった。

 昨日のブロンの離脱症状だろう倦怠感と憂鬱さに顔をしかめる。何か"入れないと"マズいと感覚が告げていた。

 逡巡し脱法ドラッグのカチノンを摂取することにした。のっそり起き上がるとテーブル上のちいかわの丸い缶ケースを手に取る。元々はチョコレートの缶で、お気に入りのハチワレが描かれてるやつだ。

 ふたを開け、カチノンの入った小さなジップロックを取り出す。白い粉末。きめ細かい塩のようなそれをスプーン代わりの耳かきでガラスパイプに移す。
 ターポライターでガラパイを炙る。コツはすぐに吸わずに二秒くらい待ってちゃんと気化してから吸い込むことだ。映画やドラマでは描写されないあるあるだ。

 口をつけゆっくりと吸う。カチノンが肺を満たしていく。漢方をケミカルにしたような独特の苦みが腔内を襲うが何とか我慢。

 粉末がほぼ溶けきるがまだ終わりではない。ガラパイを回しながらその上部に炎を当てた。気化後再凝固したカチノンが上に付着するからだ。覚せい剤でも同様だがこれも映画やドラマでは知りえなかったあるあるだ。

 吸い切ったところで息を止め、三十秒待つのが俺のスタイル。カチノン特有の味が舌にねっとり広がるのを感じながら目を閉じカウントする。

 ゆっくり白煙を吐き出す。

 ほどなくして脳がカチノンに侵食されていく。灰色の脳細胞がカチノンに染まっていく。憂鬱さと倦怠感が晴れるのがわかる。その高揚感にふうと息をつく。

 ドラッグは簡単にいえばアッパーとダウナーに分類される。カフェインなんかはアッパーだ。覚せい剤やコカインは言わずもがなである。
 そしてカチノンもアッパーだ。端的に言えば離脱作用のない覚せい剤と表現できる。脱法で効果も強く低価格なのが魅力だ。ただコカインと同様、作用時間は短く三十分から一時間程度と短い。だから即気分を上げたいときに重宝している。

 すっかり機嫌が良くなった。行動的になるというかやる気がみなぎってくる。ごみごみと散乱した部屋を見てると掃除したくなってきた。

 その衝動を抑え込むとスマホを手に取った。
 色々通知が溜まっている。
 まずSpotifyを開きながらスマホをスピーカーに繋げ「あなたのTop Mix」をタップ。
 聴こえてきたのはこっちのけんとの「はいよろこんで」だった。

 上機嫌でフレンドにおはようとLINEし終わると、Xを立ち上げ一通り目を通す。 
 都知事選間近だけあって政治系のツイートが結構流れている。喧しい。それに紛れてどこかの中学生の自殺予告がバズっていた。本当に死んだのだろうか。
 考えないようにしていたメメ子のことをどうしても連想してしまう。

 昨日はあの後、半ば押されるような感じでメメ子とXのFFになって別れた。彼女のアカウントはまだちゃんと見ていない。気にはなる。だが何となく見るのが躊躇われるのだった。
 その躊躇の壁ををカチノンが乗り越えさせた。 

 フォロワーからメメ子のアカウントを開く。

 最新ツイートは昨日の夕方だった。「お腹すいたー」とある。つまり昨日の首吊りは、いわゆる死ぬ死ぬ詐欺ではないことを意味してるように感じた。人知れず死のうとしていたのだろうか。「トントントンツーツーツートントントン」も無く……。

 昨晩のことが思い出される。自殺を止められて喜んでいた彼女。心情は想像できるがよくわからなかった。 
 不可解という言葉が浮かんだ。そういえば旧帝大の自殺者の遺書の言葉だったか。

 万有の真相はただ一言に悉くす。曰く「不可解」と――。

 単純に死ぬのは怖い。生物としての本能だ。
 俺も数回の自殺未遂をした。そこにあったのは不幸で最期まで孤独の絶望。そして失敗して結局死ねなかったという無情と精神科へ措置入院という現実だった。少なくとも俺は。
 メメ子はどうなのだろう? どうしてわざわざあんな場所を選んだのだろう? 首を吊るなら家のドアノブでやればいい。実際問題として人気が無く、ロープを掛けるに適した場所はあまりない。俺はクリスマスに教会の前で死んでやろうと勇んで行ったが、どこにも首を吊れそうな木なり何なりがなくて失敗したことがある。一応笑い話だ。誰も笑ってくれないが。

 それはともかく、どうメメ子と接するのがベターなのか。 
 おはようとDMで送るか。
 喉が渇いたのでエナジードリンクのモンスターを飲み(もちろんピンクのだ)、煙草を吸いながら少し待ってみたが既読はつかなかった。

 カチノンのおかげか嫌な想像はそこまで首をもたげなかった。
 金ピースでは物足らず、俺は違法大麻リキッドに手を伸ばした。

 ――これが俺。深いよどみの不幸と孤独とドラッグと。そしてとっ散らかった薄暗い部屋と。オーバー"ドープ"これが俺の最新の令和。極東最前線。クソゲー日本。子殺しの国へようこそ!

スティル・アライブ〜自殺少女とOD少年〜

スティル・アライブ〜自殺少女とOD少年〜

数千人規模のオーバードーズコミュニティ管理人の描く最新の令和。極東最前線。クソゲー日本。子殺しの国へようこそ!

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2026-03-22

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  1. プロローグ
  2. 第1幕 その1