夏風のなかで
戦後80年だった2025年の夏に書いた情景詩です。
情景や場面しか描いていませんが、間接的に語り手や登場人物(少女)の思いや感情を伝えることを目指しました。
日本の美術には「余白の美」というものがありますが、文学でも、直接書いたもの以外(余白、余韻で)で人の心を表現してみようと挑戦しました。
夕暮れ時になると彼女はやってくる。
石畳の坂道をはずむように下りてくる。
村はずれの小さな停留所がそこにはある。
ヒグラシの声が風にそよぐカラマツの木立ちに吸いこまれ、青草の茂みからはヤブキリの甲高い歌が響く。
稜線の向こうには沈みゆく夏の終わりの太陽。色づいた光に照らされながら、彼女はベンチに腰掛け、静かにバスを待つ。
ぼくは木立ちの暗がりから彼女を見つめる。声をかけることはできない。手を伸ばして、その頬に触れることもかなわない。
青いとばりが下りたほの暗い道を、あかあかとライトをともしたバスが、サスペンションをきしませながら近づいてきた。
バスは車体を震わせて停車する。ドアが開くと乗客が次々と降りてきた。彼女は人びとの間に視線をさまよわせる。
乗客たちは彼女に気づき軽く頭を下げた。彼女も頭を下げる。
「今日も残念だったね」
車掌がほほえみかけ、ドアを閉めた。
ガラガラとエンジンを響かせてバスが去ったあとも、排気がただようベンチに彼女は座りつづけた。
夏の風が秋の匂いをはこんでくる。夏の風はぼくの気配もたなびかせる。
彼女が停留所に来るようになって、はや一年が経つ。
ぼくは、彼女に語りかけることができない。肩を抱き寄せることもできない。
なぜなら、ぼくははるか南の国の山中に横たわっているから。
多くの戦友とともに戦うこともなく病にたおれ、重なり、朽ちて南の国の土となっているから。
ぼくらのむくろに、熱帯の光線が容赦なく降り注ぎ、からからに干からびさせる。
かと思えば、突然のスコールがたけり狂ったように雨粒をたたきつけ、くだけとけた残がいは次第に地中深く吸いこまれていく。
水にとけこんだぼくらは、やがて大河の一部となり、褐色の大地をうるおす。地上には花が咲き、葉が生い茂り、るり色に光る蝶々が舞う。
日本の里で追いかけたアオスジアゲハにどこか似ている蝶。
この翼を得れば、ふるさとまで実体となって戻れるのだろうか。彼女のきゃしゃな肩に、やわらかな髪に、そっと触れられるのだろうか。
日は山の向こうにすっかり沈み、辺りにマツムシの夜の歌が満ちはじめた。
停留所を照らす水銀灯の光に虫たちが誘われ、それをねらうヤモリがしなやかに現れる。
彼女はベンチからゆっくり立ち上がった。
そして宵の空を見上げる。南西の高い位置にひと際明るくアルクトゥルスが輝いていた。
「あの星の下から、いつかきっと、あの人が……」
彼女は、石畳を踏みしめ帰っていく。
リンドウが香りはじめた上り坂。
コスモスがゆれる夕やみの道。
夏の夜風となったぼくは、濃密な気配をまとい、彼女を取り巻いた。でも、話すことはできない。触れ合うことすらできない。
やがて、ぼくは消えるだろう。彼女が呼吸する空気から、ぼくの気配も消えるだろう。
その時、彼女は力強く歩みはじめるはずだ。いや、歩みださなくてはならない。
せめて、その時まで、ぼくは彼女を見つめていたい。
夏風のなかで