珠を洗う鬼たち

 俺は鬼だ。珠を研ぐこの会社に入社して50年になる。会社は番号を社員に振り分けて、仕事では名前を呼ばれることはない。ちなみに俺の番号は50番だ。鬼の寿命はおよそ1000年なので、生まれて80年の俺はまだ若造である。会社の周囲は深い森に囲まれていて、遠くには雪を被った山並みや、近くには澄んだ水をたたえた湖もある。そんな美しい景色にそぐわないバラック建ての古びた工場で、毎日珠を研いでいる。若造とはいえ、50年も働いているので仕事は早い。1年ほど前に機械が導入されてからは、手作業も無くなり、随分と楽になった。それまでは20名がかりで行ってきた重労働も、今では機械の保守管理をする鬼だけでよくなり、2名で仕事を廻している。ただ、導入前に大規模なリストラが行われ、600年以上勤めていたベテランの鬼たちが会社を去ることとなった。
「会社にはこき使われてきたが、これでやっと孫と遊べる」
新人が集まらないせいで、定年過ぎてもやめるにやめられなかった古株の鬼たちは、重労働から解放されて、にこにこと笑いながら退職していった。現場は3交代制で24時間稼働しているので、現場作業員は6名いる。
 朝番の俺が85番と一緒に作業をしていると、課長がやって来た。
「50番、今から工場長の所に行くぞ」
「え?俺何かやらかした?」
一緒に作業をしている85番に聞いてみる。
「さあ?」
85番は首をひねった。俺は課長のあとをついてゆく。工場から出て、隣にある管理事務所に向かう。事務所も工場に負けず劣らずぼろぼろのプレハブだ。引っかかって開かない引き戸をガタガタとゆすりながら開き、室内に入った。中は簡単な応接セットと机が3つ、その後ろに工場長の机がある。その席に座っている小さな鬼が、工場長だ。年齢は800歳とも1000歳ともいわれている。この会社を経営している一族の長老だ。その長老の横に、若い鬼が立っていた。なんだかしまりのない鬼だ。
「50番、ご苦労。こいつはわしの一族の者でな。見ての通りしまりのない男だ。こいつを社員として使うことになった。そこで教育係として、君に預けたい」
「かまいませんが、何故急に社員を増やすのですか?今でも充分足りていますが」
「そのうちわかる。あと追加で、5名ほど来るからな」
「承知しました」
課長が頭を下げる。
「じゃあ、頼んだぞ」
そう言って工場長は、若造の背中を押した。
 課長は事務所に残り、俺達は建付けの悪い引き戸をこじ開けて外に出た。俺は若造に話しかける。
「お前、何番だ?」
「え?ああ、え~っと、98番です」
「98番か。俺は50番だ。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
98番は、思ったより礼儀正しそうだ。
「いくつだ?」
「はい、28です」
「若いな。ところで、ここは何をする工場か聞いているか?」
「はい。人の魂をきれいに研ぐ所と聞いています」
「そうだ。じゃあ、その魂はどうやって集めるか知っているか?」
「工場長からお聞きした話だと、地球に放牧している人類が亡くなると、魂が次元の境界を越えてこちらに来るので、専門業者が集めてここに持ってくるという事ですが」
「その通りだ。人類の認識では、この世とあの世というのがあって、あの世というのが今我々がいる次元だ。奴らは生きているうちは次元の境界を越えられないが、亡くなって魂が体から離脱すると、ほぼすべてこちらにやって来る。その魂を我々は珠と呼んでいるのだが、どうにも汚れがひどくてな。それをきれいに洗浄しているのがこの工場だ。まあ、見ればわかる」
俺達は工場内に入った。去年導入された機械が、ごおっと音を立てて稼働している。俺は操作室に入り、椅子に座ってモニターを監視している85番に98番を紹介する。
「85番、新人だ。オーナーの一族だって」
「ほう!新人か」
「98番です。よろしくお願いいたします」
「85番だ。よろしくな」
「98番、ついてこい。工場内を見せてやる」
「はい!」
俺達は操作室を出て、機械の上流側に向かった。
「ここはこの機械のラインの一番上流だ。この上に大きな箱が見えるだろう。ホッパーといって、あそこに外から大量の珠が投入される。見てみるか?」
「はい」
俺達はタラップを上がり、ホッパーに珠が投入される様子を見に行った。ホッパーまでレールが敷いてあって、バケットが走って来る。終点でガタっとひっくり返り、中の珠を投入口に落としてゆく。空になったバケットは、レールの上を戻ってゆく。バケットの行く先には、外から運ばれてきた珠が、大量に積みあがったヤードがあった。そこでは別の業者がショベルカーを使ってバケットに珠を積み込んでいる。満杯になったバケットが走ってきて、投入口に珠を落とす。
「あの鬼たちは、会社の方ですか?」
「違う。彼等は運送会社の者だ。俺達とは別の会社さ」
「そうなんだ」
俺はホッパーから珠を一つ拾い上げる。
「これが珠だ。見ての通り、灰色や黒いものまである。これを研ぐと、透明かもしくは薄い桃色になる。そこまで研いでから出荷するのさ」
俺は98番に珠を持たせた。
「軽いですね。しかも柔らかい」
98は、珠を両手に持って感触を確かめる。
「そこに放り込んどけよ。次行くぞ」
98番は、珠をホッパーに放り込んだ。俺たちはタラップを降り、珠の流れを追う。ホッパーから落ちてきた珠は、薬剤入りの大きな洗浄プールに飛び込む。そこでぐるぐるとかき回されて、表面の汚れを落とす。洗浄された珠は掬い上げられ、次の行程へ流れてゆく。光センサーでチェックされ、汚れの度合いで選別される。
「ここでは汚れの度合いに応じて珠を選別する。汚れが軽いものは後ろの行程に行き、ひどいのはフルコースで洗浄される」
俺達は真っ黒な珠達が選別されて流れてゆく後を追った。珠はオーブンで灰になるまで焼かれる。しかし、オーブンから出てきた灰はすぐに元の珠に戻る。心なしか少し黒色が薄くなっている。
「灰になったのに、もとに戻るのですね」
「そうだ、この珠はな、焼いても煮ても切り刻んでも、すりつぶしても元に戻る。それを何度も繰り返すと、中の汚れが落ちて、きれいになるのさ」
「へえ~」
98番は、興味深そうに観察している。
「次行くぞ」
俺達は流れてゆく珠を追う。珠はつぶされ、切り刻まれ、叩かれ、それを繰り返して最終工程に向かう。最後は再び洗浄液できれいに洗われ、乾燥機を通り、再度選別されて等級別に20個ずつ箱詰めされる。倉庫に積まれた箱を、運送業者が次々と運びだしてゆく。
「50番さん、あの箱詰めされた珠達は、どこに行くのでしょう」
「さあ?俺も詳しくは知らんけど、別次元のお客様の所に行くらしい」
「へえー。何に使うのだろう」
「それは俺も知らん。お前身内なんだから、聞いてみれば?」
「そうですね。今度親父に聞いてみよう」
俺達は操作室に戻った。
「98番、俺たちの仕事はこの操作室でラインを監視することだ。異常が発生したら修理を行う。まあでも、機械が新しいから今まで壊れたことはない。せいぜい珠が詰まったり、噛みこむくらいだ。気楽だぜ」
お茶を飲みながらモニターを見ていた85番も、話に加わる。
「この機械のおかげで随分楽になったな。それまですべて手作業だったからな。重労働だったよ」
「85番さんも、手作業経験者ですか?」
「おう。俺は入社15年目だ。同期は5名いたが、あまりの重労働にみんなやめて、結局俺だけが残った」
「へええ~」
85番がお茶を湯呑に入れて、98番に勧める。俺は自分の水筒のコーヒーを飲んだ。
 突然操作盤のアラームが点灯し、警告音がピーピーと鳴る。
「こっこれは!」
俺は警報を止めてから、操作室を出てラインに走る。光センサー選別機に向かい、排出口を覗く。その排出口には羽毛が敷き詰められた鳥の巣のようなかごが設置されてあり、その中に美しく輝く珠が一つ入っていた。突然走り始めた俺の後ろを何事かとついてきた二人が、息を切らせながら俺の肩越しにのぞき込む。
「50番さん、これは?」
「これはな、数十年に一度しか出ない、純粋な珠だ。前回は確か、20年前だったと思う」
「きれいだ」
そう言って、98番が手を出す。
「さわるな!!」
突然俺に怒鳴られて、98番はびっくりして手を引っ込めた。そこへ、脇に小箱を抱えた工場長が転げるように走って来た。あんな年寄りなのに走れるんだと俺はびっくりした。
「50番!どうだ?触れていないだろうな」
「大丈夫ですよ」
俺の言葉に安心したのか、工場長はゼイゼイと今にも死にそうな荒い息を整え、マスクをかけて手には白い手袋をはめて、持ってきた箱のふたを開ける。中から取り出したやわらかい絹製の巾着の口を開ける。それから珠を取り上げ、そっと巾着の中に収め、口を閉じる。箱の中の錦の座布団の上にそれを置き、箱のふたを閉じると、恭しく掲げてすり足で歩いて行った。その様子を85番と98番が、あっけにとられて見送る。
「何なんですか?あれ」
「貴重なんだろう。知らんけど」
俺は選別機の別の排出口ものぞく。そこにはバケツが置いてあるが、その中に珠が3個入っていた。
「先輩、それは?随分派手な珠ですけど」
「これか?」
俺はバケツから珠を一つつかみだして、98番に見せた。
「なんだかギラギラしていて、まるでメッキしているみたいです」
「そうだな。俺達もメッキ珠と呼んでいるよ。これはな、さっきの珠の対極にある、最低の珠だ」
俺はそう言って、機械にぶら下げているヤットコを手に取り、珠を挟んで力を籠める。
「ふんっ」
すると、珠はパリッとメッキが割れ、中からどす黒い珠が出てきた。
「うわっ、何だこりゃ」
「これは、どんなに研いでもダメな珠だ。だからこれは、ごみとして処分場に捨てられる」
そう言って、俺は珠をバケツに放り込んだ。
「処分場?」
「ああ。運送業者に聞いたところでは、こういうゴミを捨てる所が有るらしく、石炭袋と言っていたな。俺もどこにあるのかは知らん」
俺はヤットコを機械にぶら下げた。
「50番さん、この頃この珠が多いよね。今日だけでもう3個も出ている。最終ラインではねられて廃棄される珠も増えているし」
「全体の流入量が増えているのもあるが、確かに歩留まりは悪くなっているな」
俺も85番と同じことを感じていたが、考えても仕方ないことだ。
 98番が入社して6か月が経過した。彼はすっかり仕事を覚えて、俺も教育係の任を解かれた。3交代のシフト制なのでいつも一緒に仕事をするわけでは無いが、仲間内の評判も上々だ。久しぶりに会ってみると、入社時のしまりのない顔つきが一変して、目に力があり体もピシッとしていた。
「久しぶり。お前随分変わったな」
「50番さん、久しぶりです。そう言えば前に言っていた珠の使われ方ですが」
「ああ、初日にそんな話をしたな」
「実は、アンタイル系異星人のエネルギーになるのだそうです」
「エネルギー?」
「はい。我々が飯を食うのと同じで、奴らは生物の魂をエネルギーとして摂取するとか。特に、人類の魂が大好物だそうです」
「つまり、そいつらはこの珠を喰らっているのか?」
「そうみたいですね。結構お金になるみたいで、うちの一族は地球原種の人類をいろいろな星に移植しているようです」
「おい、それってヤバいやつじゃないか?宇宙連邦管理局が惑星間の生物の移動は禁止しているはずだが」
「管理局も、お金には弱いみたいですね。人類は特例で移植が認められているそうです。お前もいずれかかわるのだから、今から教えてやるとおやじに言われて聞いた話がこれですから」
98番はすっかりしょげていた。自分の一族が金の力で法律を曲げたという事実に、正直な好青年の心が打ちのめされたのだろう。
「そう言えば、あの時の特別な珠ですが」
「ああ、箱に収めたやつ」
「あれは、1個で異星人の一生分のエネルギーを賄えるそうです。しかも、不治の病の特効薬にもなるとか。それであの珠1個でとんでもない値が付くそうですよ」
「なるほどね。それでこの前特別賞与が出たのか」
そんな話をしているとき、課長がやって来た。
「え~後で回覧するが、本社から通達が来たので言っておく。宇宙連邦管理局惑星管理課から、地球における人類養殖の停止命令が出たそうだ」
「何ですと?」
「100年以内に放牧している人類を回収するようにとのことだ。どうやら地球にかかる負荷が、看過できるレベルを超えたらしい」
「あ~それは仕方ないですね。会社はどうするんですか?」
「もちろん回収するさ。ただ、100年も時間をかけるつもりはない。50年で完了させるそうだ。新しい養殖場も種をまいているし、ここが終了したら次の現場に移動してもらう」
「わかりましたが、50年後に撤収するのならこのままの設備では対応できないでしょう?」
「それはわかっている。そのためにラインをもう一本増設する。人員も手配済みだ」
「ああ、工場長が言っていたのはこのことか」
よろしくと言って、課長は去った。
「先輩、50年ですべて回収って、どうするのでしょうか?」
「おそらく、薬をまいて不妊にするんじゃないかな。あと、伝染病と戦争かな。これらを複合的に駆使して、人類を滅亡させるのさ。これから忙しくなるぞ」
これからの50年の忙しさを予想して、俺はうんざりした。特別手当でももらわないとやってられない。



 

珠を洗う鬼たち

珠を洗う鬼たち

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-03-21

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