小人閑居して
11時44分
走りに行こうか、と思いつつ
フローリングの床の上に直寝し
毛布いちまいを掛けて
ぼんやりしてます。
悪い頭を使ってゆっくりと
何かを考えているようで
その実は殆ど何も考えていない、
気がしてます。
このまま行くと
かなり高い確率で私は陸な事をしない。
為出かしかねない。
ろくな事、は
碌と記すのが一般的ですが
むかしは
こうして陸の字を用いる事のほうが
多かった、と読んだ事があるような。
そこら辺がもう
どうでも良くてちゃんと覚えてません。
しかし
由来は覚えているので
たぶん確かです。
これも
確かなのに多分て・・・
という。
日本語は便利ですね。
陸は平ら、平穏ということに
繋がるかと。
それが
平穏無事ではなくなる、
これが由来。
碌も本来は同じく平坦、と
言いたいところですが
こちらの字は矛盾が同居していて
私には使いづらいイメージがあります。
そも
石へん、部首に石が入っているくらいなので
平坦とは言い難い。
こちらが
ふたつ続くと碌々
ろくろく、となるほど。
ろくでなしなんかも
たしか
上記ふたつの漢字。
碌だけだと
碌で無し、なら二重否定のようで
平らで無いとは言えない
みたいな。
えっ、じゃあ
碌そのものは平らなの、それとも
平らではないの?
どっちなんだい??
と言いたくなってしまう。
なので私は陸を用いる方が
シンプルで好きです。
それもおそらく
最初は違った筈で
長い時を経てそう変わったのでしょうけど。
でもたぶん
そんな言葉の移り変わりは
幾らでもあるのかと。
最近
凄く気になるのは
まさにこの使い方。
凄く、と 凄い、の使い分け。
すごく美味しい!
すごい美味しい!
すごい嬉しい
すごく嬉しい
ここ20年くらいで
ほぼ完全に取って代わられたと
思います。
でも
テレビ番組などで
よくお見掛けする
演者さんのコメントの字幕化で
口音では
『すっごい面白〜い!』
と言っているのに
字幕では
【すごくおもしろい!】
となっているのを見ると
ああやはり
わたし以外でもまだまだ
そういう言い回しが気になる人は
きっと多いのだろう、とも。
苦情とかあるのでしょうね、たぶん。
私はそこまでは
したこともありませんし
わざわざ電話や問い合わせまでして
手間を掛けたくもありませんが。
そんな事を
延々と考えているようで
実は何もしておりません。
考えは千々に乱れ
埃になるばかり。
幼い頃から
ぼんやりしていることが
多かったようで
こうして
口を半開きで目は虚ろとなっている
様子を見た周囲の人間たち、
特に保護者面々の皆様は
とても心配だったみたいです。
放っておくと
平気で
半日くらいそうしているので。
しまいには
病院に連れて行かれるほど。
でも
大切な時間なのだと
思いますよ。
ここを通り過ぎてほぼ無になると
瞑想と同じ状態になるのだと
思います。
たまに
かつての私と同じように
ただ
ぼんやりしている小さな子供を見かけますが
幼児はそれが必要なことを
本能的に知っているのかもしれませんね。
小人閑居して