地下からの声


 国道の幅を広げることになった。
 特に朝夕は自動車が多く、渋滞が慢性化していたのだ。
 町の発展のためであり、反対意見は出ず、むしろ歓迎ムードだった。
 工事が始まり、急ピッチで進んだ。立ち退き交渉もスムーズにすみ、これで暮らしが便利になるとみな喜んだわけだ。
 ところが例外がいた。田中という老女で、道路ぎわに屋敷を構え、どうしても立ち退こうとしなかったのだ。
 それどころか役所の人間と交渉のテーブルにつくことさえ拒んだ。
 それでも工事は進み、とうとうこの屋敷を残して、他の部分はすべて完成してしまった。
 だが屋敷が移転しないのだから、道路はこの一軒をう回する不自然な形になってしまった。
 左右を車線に挟まれ、屋敷はまるで島のようになったのだ。住人の出入りのためには横断歩道が作られた。
 田中ばあさんはこうやって暮らすことになったが、気丈な人物で、特に弱った様子はなかった。
 それでも一人暮らしのばあさんだから、死体が発見されたのは偶然だった。
 屋敷が道路の中央に孤立してから10年後。
 それが俺なのだが、小学校帰りにふざけていて、風に帽子を飛ばされてしまった。
 飛んでいった先が、ばあさんの屋敷の地所だったのだ。
 俺は門をたたいたが返事はなく、勝手に庭に入っていった。
 そして偶然、窓越しに発見したのだ。
 すぐに警察を呼んだが、年齢が年齢であり、まるで眠っているような自然死だったよ。
 その後、親戚がいないので屋敷は管財人の管理するところとなり、すぐさま道路用地として国に売却された。
 だから道路もまっすぐな形に変わり、今では屋敷が存在したことを知る人さえ少ない。
 それにしても、ばあさんはなぜ立ち退きを拒んだのだろう。
 理由が判明したのは、屋敷の解体工事がついに始まった日のこと。子供の好奇心で、俺も見物に出かけていたのだ。
 だが俺も作業員たちも、地下から突然響いてくる鳴き声にいかに驚き、たまげたことか。
 床板を突き抜けて、足の裏をビリビリと揺らすほどなのだ。
「どうやら地下室が存在するらしいぞ」
「そういえばばあさんは未亡人で、亭主は動物園の飼育係だったそうですよ。戦時中のことですがね」
「地下室があるなら、降り口があるはず。何かにカモフラージュしてあるかもしれんが探せ」
 本棚に偽装された隠し扉が見つかるのに時間はかからなかった。開いてみると案の定、階段になり、地下室へと続いていた。
 地下室で俺たちを待っていたのは、象だったよ。
 本物の象さ。
 だから言ったろう? ばあさんの亭主はかつて動物園の飼育係で、担当は象だったんだ。
 戦争中は食い物がなくて、人間が飢えるぐらいだったから、動物にやるエサなどとても確保できなかった。
 空襲もあって、万一オリが破れて、動物が町へ逃げ出したら大変なことになる。
 だから軍の命令で、動物園の動物はみな殺されることになった。
 しかし飼育係には、それが耐えられなかったのだろう。どういう方法だったかは不明だが、子象だけはかくまうことに成功したのだ。
 子供のなかった飼育係夫婦は、屋敷の地下でひそかに飼い始めた。
 俺ものぞいてみたけれど、地下飼育室はきちんと整理され、清潔に保たれていたよ。
 それがあの屋敷の秘密だった。どうりで移転したがらないはずさ。
 子象?
 地下にいた間にすっかり年老いて老象になっていたが、元いた動物園に引き取られ、運ばれていったよ。
 40年ぶりの帰還だな。

地下からの声

地下からの声

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-03-11

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