百合の君(99)
鼠色の雲が垂れこめ、煤又原城は雪が降らないのが不思議なくらいの冷え込みだった。義郎は火鉢ひとつない部屋で、狼と熊の毛皮を着て、蓑原の首を見ている。
「林よりきたるにあらず わが命 海より出でしものとぞ思ふ」
義郎は首に添えられていた文を放った。もちろん林は喜林を、海は出海を表している。
「あくまで自分は出海の子だというのだろう」
木怒山が一瞬返事をためらったのには、二つ理由があった。一つには、義郎は過去の養父子関係を理由に出海珊瑚の父を称しているのであり、噂されている血縁関係については、肯定も否定もしていないからだ。余計なことを言って、また肋を折られるような目には遭いたくない。
そしてもう一つは、出海珊瑚との決裂まで含めて木怒山の計略のうちだったからだ。文章が苦手な義郎に代わり、珊瑚が激怒した文を代筆したのは木怒山だ。もしそれがわざとだと知れたら、肋では済まない。
木怒山は神妙な表情と声を作った。
「これで将軍も遠慮なく戦えますな。出海珊瑚を降せば、将軍のお力に天下はあまねくひれ伏すこととなりましょう」
「そうだ、私はそのためにずっと戦ってきた」
義郎の赤い瞳が、炎のように燃え上がった。これで決まりだ、と木怒山は思った。ただ一人の跡取り候補である珊瑚が死ねば、いずれ喜林は先代の弟である木怒山に転がり込んでくる。木怒山には、息子がいるのだ。
「こうなったからには情けは御無用。この木怒山も粉骨砕身、将軍の天下のために戦いまする」
木怒山はこみ上げる笑みを悟られぬよう、深く頭を下げた。
「そうだ、それでいい」
義郎は立ち上がると、再び小さく呟いた。「そうだ、それでいい」
義郎の気配が去ってしばらくしてから、ようやく木怒山は頭を上げた。もうにやけた顔を隠す必要はないのだが、たとえ身内であっても、知られることは最小限にした方がいい。それは古実鳴国主の家に生まれながら養子に出され、今は門下生の家臣になっている彼の身につけた処世術だった。
「輝、お前は百鳥殿の下へ行き、やはり戦になりそうだ、心中お察しすると申し上げよ」
「お伝えするだけでよいので?」
「そんなわけがなかろう、傷心の百鳥殿に付き添い、そのお心を静めて差し上げよ」
「ははっ」輝は表情も変えずに頷いた。もう一つの計画も、間もなく成就する。真剣なまなざしを返しながら、木怒山は深く頷き返した。
百合の君(99)