ピンク色の愛をもって死にたい
むかし出会った女の子をモデルにした詩のようなものです。
私は名前が嫌いだ。
生まれたら、突然、つけられて、もうそれから死ぬまで、永遠にはがれなくて、どんなに消えたくても、消えない、呼ばれたくもないのに、呼ばれる、そんな私の名前が、大嫌い。
ねえ、あなたもそう思ったことない? 生まれつきだとか、私の弱っちい力じゃ立ち向かえない、理不尽。そういうものを、どうしようもなく捨ててしまいたくなったこと。もしもあるなら、同じだ。私たちは、友達だ。
それにしても、友達って不思議。
いたことなんてほとんどないし、いたとしても数日ぐらいで、幼い頃にしかいなかった。私って友達が何かも知らないのに、友達が欲しいって思ったり、欲しくないって思ったり、友達かもしれないって思ったり、それっておかしくない?
知らないものを欲しがって嫌がって馬鹿みたい。
友達ってさ、なに?
そう思うといろんなことが、わからなくなる。
恋人ってなに? 自分ってなに? 親ってなに? 少なくとも、私の母親はゴミクズなのだけれど。
よく親と仲の良い子どもっているけれど、ああいうのを見ると、なんだか冷める。もしかしたら、あなたは、お母さんが大好きかもしれないし、お母さんも、あなたのことが大好きかもしれないけど、ただ私はお母さんが、どうしても、好きになれないし、あのするどくて、いつ怒るかわからない、とがっていて、触れたら血がでそうな目が、怖くてしかたない。ゴミクズだ。ゴミ。そしてクズ。死ねばいい。死んでしまえば、いい。
私はよく、ひどいかもしれないけど、頭のなかで、死ねって言ってる。いや、言ってはいないのかな。でも頭の奥のほうで、その言葉が聞こえてくることがある。
死ね、死ね、って。それでたまに声に出したくなってね、はっとして、口を塞ぐ。
言ってしまったら、本当になりそうだから。
私は口を塞いで、でも頭のなかでは、死ね死ね、って言って、涙が出そうになる。意味わからないよね。私は頭の中では、死ね、死ね、って思ってるのに、それを口に出したり、誰かに言ったりすることはできない。
頭と心が違うみたい。私はだから、いつも人の視線が怖い。本当の、この、醜くて、汚くて、死ねって言ってる私を、見られているんじゃないかって思って、それは神様だったり、宇宙人だったり、街を歩いている、人や、その群れや、甲高い声で笑っている若者や、私をちらりと見てくる、女の人だったり、男の人だったり、もう、なにもかもが、怖くて怖くて、死ね、死ね、死ねって言いたくなる。
そうして、いつの間にか、あ、死にたいな、って、なぜか自分が死ぬ話に変わっている。でも、本当は私だって、死にたくはないのが、嫌なところ。私って一体、なにがしたくて、なにがしたくないのか。
私はただ、安心したい。ベッドに横になって、隣に、大好きな人がいて、その人が大丈夫だよって言ってくれて、頭を撫でてくれて、それが毎日続けば、私はそれでいい。うん、たぶん。でも、それもなんだか、ちょっとだけ違うような、けど、それぐらいしか、思い当たらないんだ、私の幸せなんて。
彼氏ができたとき、嬉しかったけど、なんだか、どこまでが正解かわからなくなった。ルイくんはとてもかっこいいし、私を安心させようと、いつも一緒にいてくれるし、私が大好きと言うと、大好きと返してくれて、私も、そう言われると安心するけど、また少しすると、なんだか体の内側の、胸の心臓のところが、ぎゅっとして、痛くなって、目が熱くなって、泥のような、嫌にねばっこいものを、吐き出したくなるけど、大好きなルイくんには見せられない。私の汚くて、いやらしい、死ねの部分なんて、絶対に見せられない。
ルイくんに迷惑をかけている気がする。だって、彼は、どんなときでも駆けつけてくれるし、優しいし、欲しいものは買ってくれようとする。私は、その度に、ああ、まだ大丈夫だって、まだ平気だって思うけど、いつか、捨てられるんじゃないかと思うと、また不安になって、さびしくなって、死ね、死ねって、言ってる。彼と会えない日は特に、それがひどい。孤独な部屋で、私はずっと、スマホを眺めて、ルイくんからの連絡を待っている。
そういえば、私ってもう高校二年生なのだ。年齢で言えば十七才で、去年のお誕生日には、ルイくんが祝ってくれて、でも、お母さんは結局、お金だけ渡して、また喧嘩しそうになるから、私はそれを黙って受け取って、そのとき、心の中で、ああ、私って生きてる価値ないな、って思って、また嫌になった。
私のせいで、お母さんに、また迷惑をかけた。迷惑をかけると、私はどうしていいかのわからなくなる。だって、あの、きらきらしたバッグを買うときでさえ、お金が必要だ。なにかをもらうには、なにかをあげないといけない。無料でもらえるものもあるけど、そういうのって大体裏がある。だってそうじゃないと平等じゃないし、迷惑だし、おかしい気がする。
じゃあ、ルイくんは私にいろんなことをしてくれるけど、それはどうなのって、いや、私たちは恋人だから、好き同士だから、私はそのお返しを、ちゃんと返している気がする。
でも、それでも不安になるから、やっぱり、もっと大きなお返しが必要なのだ。何かを返さないと、また捨てられてしまう気がするのだ。味のしないガムって、みんなゴミ箱行きだし、私もきっと、味がしなくなった途端に、捨てられる。
疲れるな、って思う。私はいつまで、いや、たぶん死ぬまで、ずっとこうやって、自分じゃない自分みたいなもの、キャラみたいな、この大嫌いな名前とともに生きる私を演じ続けなければならないんだと思うと、疲れる。
本当に、すべてが嫌になる。死ねよ、死んじゃえよ。ああ、また汚い言葉。私ってどうすればいいんだろう。こういうとき、ピアノの旋律が聞こえてくる。私、こうみえても、ピアノをやっていた。私が好きだったのは、昔教わった、えっと、たしか、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの、「アンダンテ」。
そう、アンダンテ。ドミートリイが、十九歳の息子に送った曲で、私はこの曲が大好きだった。いまでも弾けと言われたら、弾けるぐらいに。ピアノなんて、家にないんだけど。 とにかく、私は音楽室で習ったこの曲をいまでもずっと憶えている。
優しいメロディーと、悲しい旋律。十九歳の息子に、ドミートリイはなんで、こんな寂しそうな曲を送ったんだろう。私だったら、もっと盛大に送り出すけどな。
でも、私はこの曲に込められた、なんだか、言葉にはできない、不思議なあたたかいものを、時折、耳の奥で、感じてしまう。それは私がベッドのうえで、大好きな人に大丈夫だよって言われているときのような、安心に似たなにか、それに近いもの。でもわからない。
ドミートリイはなにを伝えようとしたんだろう。涙があふれてしまいそうになるほど優しい曲。なんで涙はあふれるんだろう。おかしいよね、私は壊れているんだ。きっとそうだ。
了
ピンク色の愛をもって死にたい