江戸のシノビ
飛ぶ忍
俺は、江戸の忍(シノビ)である大神虎雄(おおかみ とらお)、ちなみに歳は二十四歳。
その二十四歳が今、全身全霊をかけての猛烈なる疾走中。
そうそう、俺は今ちょっとしたヤバい書物を抱えておりまして。ライヴァルの忍者集団から大逃亡中なのよ。大事なことなので二回言いますけど、大逃亡中なのよ。
なんで逃げなきゃいけねえのかっつーとだな、そりゃあおめえアレだよ、その書類には人間の身体能力の限界を超える武術に関して書いてあんだよな。もうアレだぞ?ぶっちゃけ力士百人いても勝てねえくらいやべえぞ。本気だぞ。
とりあえず意味不明なことくっちゃべってる余裕はもうねえんだよな。
さっきからライヴァルの忍の攻撃を受け続けていた関係で、もう体中が傷だらけなのだよ。一応追手はまいたはずだが、まだすぐ近くにいる。いつ見つかるかわからん。
そう、実はさっきから大木の影に隠れてるんすよ。でもな、これをあいつらに渡しちゃうと日本が、いや全世界支配しちゃうくらいなんだよな。
本当はさ、いっそさ、この書物を燃やそうかとも思ったんですけどね。
じゃあ、なんでそのヤバい強さの武術を使わねえのか疑問に思うでしょう?
実は俺さ、ついさっきこの書物を託されたばっかなんだ。
まだ中身読んでねえのよ。さっきまでの仲間から書物を託されるときに聞いた話でさ。凄い武術とか使えないんだわ。
俺ってば、まだしがないフツーの忍なんだ(遠い目)。
「大神ィーーーッ!!!貴様は完全に包囲されている!!おとなしく出て来い!!!」
まあ、こんな安い挑発に乗る方が馬鹿なんだけど、ついこう言っちゃった。
「馬鹿野郎!!!そう言われてノコノコ出て行く馬鹿がいるかーーーーッ!!!」
あーあ。
「いたぞーーーッあそこだーーーーッ!!!」
ヤバいヤヴァいヤブァうぃぃぃっ!!!!!
俺のバカ馬鹿ヴァカーーーーーーーッ!!!!!!
たぶん見つかったよねコレ。まあ、あんだけでかい声出したらそうだよね。イヤ、ホント馬鹿。また背中の防具に手裏剣とか当たってるんですけど。っていうか、刺さってるんですけど、矢とかクナイとかイロイロ。
もうね、無理。逃げきれんわ。いっそ燃やそっかな、この書物。きっとあったかいだろうな、燃やしたら。敵の悔しがる目見ながら燃やしてみたいなぁ……。あ、でもそれやったら殺されるか。いっそ喰っちまおうかな。
あーあ、でももうちょうい粘って逃げてみるかな……。
そんな下らねえことばかりを考えながら走っていると、目の前にでっかい洞穴を発見してしまったじゃありませんか。
そこな読者の方、あなたならどうします?ここで。この状況で。
→たたかう
→にげる
→ほらあなにはいる
俺は迷いなく「ほらあなにはいる」を選択しましたけどね。
そしたらね、洞穴はどうやら底が相当深かったと見えて、俺は暗闇の中に落下してしまったのですよ。
ところがどっこい、落ちると思ったら上昇していくじゃないの。俺死んだと思ったよ。、
んでもさ、なぜか目が覚めたのよ。目が覚めたとき、ちょうど俺は入った洞穴から吐き出されて宙を舞っているところだったのさ。
目の前には大木が迫っていて、たぶん本能的に起きたんだと思う。
「ヤッベ!!!」
急いで体勢を整えて、激突しそうになったその大木を強く蹴り、無事着地。
その木は腐っていたらしく、俺の蹴りで倒れてしまったんだな、これが。
そしたらなぜかその木の上の方からオナゴが降ってきた。
オナゴっていってわかる?つまり女子。おにゃのこ。
なんていうか、小さい頃に栗の木を蹴って栗を拾って食った覚えはあるが、さすがにオナゴが降ってきたことはなかったんで、超絶ビビった。
とりあえずオナゴを受け止め、地におろして周囲を伺う。怪しい影と気配は無いが、合戦の後のような妙な感じがする場所だ。
「え?」
おや、オナゴが何か喋ろうとしているようだ。少し問うてみることにする。
「おい、ここはどこだ。貴様は忍ではないだろうな。」
「ハァ?」
これ以上ない侮蔑の目で見られている気がするのは気のせいではないようだ。
「いや、アレだ、手前は何者だと聞いている。」
「ハァァァ?????」
もしかして遣唐使系オナゴってやつ?言葉が通じない系オナゴ?不思議オナゴ?どうすればいいの?そんなことを考えていたらオナゴが口を開いた。
「いや、ふざけないでよね!!ようやく楽になれると思っていたのになんで邪魔するの?!有り得ない!!シノゥビィのつもりですか?!あんたみたいな正義ふりかざすコスプレのヒーロー野郎が、小学生の時からずっと嫌いだったのよッ!!!!」
口を開いたかと思えばアレですか?超喋っちゃう系オナゴですか?戦場の矢の雨のごとく言葉を浴びせられて正直言葉が頭に入ってこない。いや、それよりも血が出すぎて正直死にそう。
「くっ……。ちと血が出すぎたか……。」
俺は、血が足りなくなって、その場に崩れ落ちてしまった。
そのあとは曖昧な記憶しかない。ただ、オナゴの悲鳴と、矢を全部抜かれる痛みと、引きずられていって何かに乗せられた事しか思い出せない。
ただ書物はしっかりと抱えていたので大丈夫だった。
寝る忍
“目が覚めたら、異世界にいた。”……それがオナゴの部屋への第一印象。
俺はオナゴの部屋に連れ込まれていた。キャッ!積極的!
まあ、つまるところ、アニメのポスターとかがそこらじゅうに貼り付けてあっただけなのだが。アニメという言葉すらその時の俺は知らなかったしな。
そもそも、アニメなどという概念が無かった俺には、それが罠の類にしか見えて仕方がなかった。
“正直、これくらいの怪我なら数回やっていた。動けないことはない。オナゴの一人くらいならねじ伏せることなど造作もない。”……なんてことさえ思っていた。
「あっ。目、覚めたの?」
「おう……。」
「動かないで。動くと死ぬわよ。」
“何ィッ!?まさかこのオナゴ、やはり忍の手の者であったか……!!だとすればこの言葉、つまり、この屋敷は完全に罠だらけということ。さらにこの身体にもなんだかんだで仕込まれたやもしれぬ!!!”そんなことさえ思い浮かぶ頭。……後で考えれば矛盾だらけだったが、この時は書物を守るために必死だった。しかし、守るべきその書物も手元に無く、さらに焦り始めていた。
「あなた、今のこの状況わかってるの?」
「う…うむ……。」
“ハイハイ、わかってますよ。つまり俺は囚われの身。ヤバいよ、敵に書物を盗られちまう!!いや、もしかしてすでに盗られているのか?”……まあ、実際はこのオナゴは俺の身体を心配して言ってくれていたのだが。
「ところで、この巻物なんだけどさ……。」
“ヤベエ。もう盗られ、読まれていたか。”……どうりで手元に書物が無いわけだ。
「ちょっと読んでみちゃったんだけどさ……。」
“世界は、終わった。”ちなみにこの書物は、言い伝えがあるそうで、この書物を悪用すると世界が滅ぶとか。
「本当に読めなくて……。」
「ああ?」
“しまった、声に出してしまった。”このオナゴはもうすでに書物の内容を理解していると思っていたので、「読めない」というオナゴの言葉に耳を疑った。読めていなければならない……そうでなければ、つじつまが合わないと思っていた。オナゴは忍びの者のはずだったのだ。
「この巻物、昔の文章だよね?それに、あなたのその傷も相当ひどいし。自分でやった傷じゃないと思うし……。あなた、本当に何者?」
「貴様に名乗る名はない。」
「あ、そうか。私からまず名乗らなきゃいけないってことね。ハイハイ。私は藤井孝子。あなたは?」
「大神虎雄……。」
俺はここから頭が混乱してきていた。俺の腕は止血され、いつもよりも早く傷が癒えている。これもこのオナゴの謀なのか?西洋から入ってきた「まじゅつ」とかいうやつなのか?
「あなた、あの、凄い怪我だったけど、海外のギャングとかそういう組織の人だったりするの?」
「カイガイ?何の貝だ?」
「あの、ここは正直に言って欲しいの。あなた、ギャングなんでしょ?でなきゃ、こんなひどい怪我しないものね……。」
「“ぎゃんぐ”とは一体何だ?」
だんだん藤井の話が理解できなくなってきていたが、妙に藤井は迫力と人間を飲み込むような何かがあり、俺は理解しないながらも半ば強制的に会話を続けさせられていた。
「ギャングといえば、ギャングでしょ。」
「いや、しばし待たれよ。そもそもその“ぎゃんぐ”が何なのか解せぬのだが。」
「じゃあ、聞くけど、あなたどこから来たの?あなた何者?車の中でなんか色々とうなされてたけど。」
「大神忍衆の者じゃ。江戸の町から追われて参った。」
話が通じなくなってきてさっさと話をやめたくなってきたので、素性を言った。もうバレているであろうとも思っていたしな。ところが想定外の反応が返ってきた。
「ハァ????」
半信半疑の目で藤井が俺を見つめていた。
「ちょっとさ、アンタ、そこのGVつけてみてよ。」
「ジイブイ???何だそれは。」
またおかしな事を言い始めた藤井。俺は戸惑うしかできなかった。
「あんたジイブイも知らないの?昔の言葉で言うテレビよテレビ、ゲームと一体型の。」
「テレビって……何だ?」
藤井からただならぬ殺気と戸惑いの念を感じながら、なんとなく“ジイブイ”なるものは黒い硝子の板と推測し、なんとかそれを自分の背中にくくり付けてみた。こういうことであろうか。
「アンタ、自分の生まれた年、言える?」
「ああ、確か天保八年ころか。何故だ。」
その時、藤井は驚くべきことを俺に告げた。
「あんたね、簡単に言うと、天保二百二十二年の世界に来ているのよ。」
信じることなどできなかった。これは悪い夢に違いなかったのである。
「あぁん?あぁ、成程、これは夢だな。つまり俺は嫌な夢を見ているわけだ。ちょっともう一回寝たいと思う。だからお前も寝ろ。」
そうだ、まさか先の世界に来ることなど今まで考えたこともなかったし、考えたくもなかったのだ。酒を飲んで寝れば、殺した人間のことも何もかも忘れられた。
「あら、奇遇ね。私も同じ意見なの。ちょっと寝ましょうか。」
俺たちは、別々の部屋で、俺は腰に付けた消毒用でもある日本酒を口にして寝ることにした。
ずっと腰につけている酒なので、不味い。
しかも寝る際に俺は、本物の忍びなら外で寝ろと言われ、家から追い出された。
最悪の気分の中、夢すら見なかった。
峰打ちの忍
朝方、目を覚まして家に忍び込んでも藤井はいた。
起こさないようにそうっと家から抜け出して、俺が吐き出された洞窟に行ってみたが、ただ氷があるばかりで普通の洞穴だった。
入っても岩と氷以外は何もない。
仕方がないので、俺はしばらく藤井の家に厄介になることにした。
家に戻ると、藤井はまだ寝ていた。
そうっと窓から部屋に戻り、寝たふりを決め込んでしばらくすると、室内に騒音が鳴り響いて、藤井が起きだしてきた。
「夢ではなかったのが残念だ。」
「そうね。最悪だわ。とりあえずあたし、着替えるから。そっち向いてて。」
「わかった。じゃあ俺は刀の手入れでもしているとしよう。」
ふふ……しかし生意気なオナゴだが、なかなかイイ体つきをしている。顔もなかなか好みじゃ。
そう思いながら刀の手入れをするふりをして、刀に映る藤井の姿をじっくり眺めていたのだが、即刻気づかれて殴られた。
「じゃ、仕事行ってくるから、誰か来ても絶対に出るんじゃないわよ。」
「へいへい。」
何を言っているのかよくわからなかったが、とりあえず暫くの間藤井の家にいることになると思ったので、まずは書物を読んでおくことにした。
書かれていたことは、シンプルで、しかし理解しがたいことであった。
頭がいい人間なら、もしかしたら出来るかもしれない。“純粋な無と有の境地に心を置くこと。”
本当に何のことか全く理解が進まぬ。しかも書いてあることはそれだけのようなものである。
何をどうしたらいいのかわからぬまま、首をひねっていた。数時間ほど考え込んだが全くわからん。
すると、なにやら玄関の方が騒々しくなってきた。殺気もある。
殺気とは、何とも言えぬ空気のようなものである。一気に空気がピンと張り詰め、闘争本能に火をつける。
何事かと思ったが、ただならぬ殺気である。藤井が出て行ってからすぐではないので、明らかに待ち伏せではない。
明らかにこの「家」を襲撃しようとしている。
人数は……男が8名。ただごとではない。とりあえず押し入れに隠れて様子をうかがう。刀は抜いてある。
やがて、扉の一部を何かで集中的に叩く音が聞こえた。鍵を壊そうというのだろう。男の力では、この家の鍵はそうはもつまい。
やがて鍵は壊され、男たちが乱入してきたかと思うと、木刀や金属の棍棒(バット)で部屋を引っ掻き回し始めた。
男どもは口々に「罰だ!!思い知れ!!」などと叫んでいる。罰とは本来天が与えるものであり、人が与えるものではないが、ツッコミは避けてもう少し様子を伺うことにした。
とりあえず、彼女の友人ではないのは明らかである。
「罰だ!天罰だ!!!」
なんか面白いやつらだな。目が完全に死んでいる。こいつらには意志がない。その大元を見てみたくなった。この好奇心がのちに後悔することになるのだが。
「罰だ!天罰だ!!!」
まったく同じ口調で繰り返している。恐ろしさすら感じる。
「壊すのはそろそろやめだ!天罰としてGV、指輪など金目のものはすべて寄贈だ!」
などとワケのわからないことをわめきながら、男たちがあらゆるものを持ち出し始めたので、そろそろ登場することにした。
「ぐっ……。」
とりあえず、ササッと3名峰打ちしたが、こいつら弱すぎる。あまりに他の者共も反応が鈍い。光りモノを持ってきている奴もいたが、それは飾りか?
「ウヒィ!!」
ダメだ、遅すぎてつい3秒で全員が片付いてしまった。弱すぎる。
そもそもこやつら、どこか怯えながら俺と戦っていた。藤井が何かやらかしたのか?
侵入者の持ち物を確認してみると、小刀や黒くて短い鉄砲のようなもの(のちに「ピストル」と知った)などが出てきた。この者共が危険であることだけはわかった。
「おおっと、誰だテメエ。まだコイツの取り巻きが居たのか?ええ?」
振り向くと大男数名が藤井を抱え込み、ナイフを突き付けている。玄関の外にいたやつらか。
おや?藤井が捕まっている。カイシャとかいうところに行ったんじゃないのか。
「助けて……。」
男が玄関近くに5名、外には死んだような気配の女?が4名いる。さっきから殺気がすごかったのはこいつらか。とりあえずこいつらの目的を聞いておこう。
「何が目的だ?拙者の書物を盗みに来たか?」
「何だと?貴様の書物になど興味はないわ。この女が持っている書物を探している。ン?まさかそれを貴様が持っているのか?」
どうやらこいつは俺の書物を探しているわけではなさそうだ。
「俺が持っているのは、この女のじゃねえ。それよりてめえら、ご自慢の光りモンはどうしたよ?え?」
「ンン?あ?!いつの間に?!」
こいつらもやはりニブい。
「貴様ら、その女子をこちらによこせ。して、二度とここに来ぬならば許してやろう。」
一応は命拾いする機会を与えてやろうと思ったが、男たちは叫び、拒絶した。
「貴様ァ、BBT脳人間の我々に勝てると思ったかァ!!」
腕の何かを押した男たちは、白目をむいて震えだした。同時に男たちが藤井の手を離したので、その隙に藤井を便所の中に押し込めた。
「ふぅううううう……。」
男たちは散々体液を撒き散らし、ようやく落ち着いたのだが、目に光がない。まるで死んでいるかのようだ。そして、さきほど峰打ちした男たちも、亡霊のごとく起き上がってきていた。
「シネ。」
死んだ目をした男たちは、一斉に俺に向かって突進してきた。
脳人間と忍
突進してきたビイビイゼミだがニイニイゼミだかの男たちだが、殺すしかないようなので、腹部を斬った。全員3秒でカタを付けたはずであった。
しかし、妙である。気配が消えていない。
振り向くと、男たちは立っていた。嘘でしょ?いや、普通死ぬでしょ?どんなに譲っても立ってないでしょ?
男たちは、まだ立ち向かってきた。
血は出ている。吹き出している。腹を斬ったので動きは不安定だが、確かにこっちにくる。
「ボエェエエエエ!!ゴロズウウウウ!!ジネエ!!!」
動きが悪い分、どんな動きをするか予想がつかない。若干厄介だ。
周囲のものを投げたり、銃を壁に撃って跳弾させたりしてくる。こいつら、身体を斬られた方が良い動きしやがるじゃねえか。なんだこれ、楽しくなってきた。おっといかんいかん。
「頭を斬って!そいつらはそうしないとダメ!!!」
藤井が叫んだ。ほほう、やはりそうか。どうりで真っ二つにしても動くわけだ。
仕方がないので3秒で全員の頭を斬った。すると、刀が少し傷んだが、全員ようやく動かなくなった。あーあ、替えの刀一本しかないのにー。
外にいた女たちは、いつの間にかいなくなっていた。なんなんだあいつらキモチワリイ。
藤井はこちらを見ると顎で死んでいる男たちを見るように促してきた。そして頭の中を指さす。
「Brain Boost Technology。略称BBT。宗教が脳科学を手に入れた結果よ。」
指さす方を見ると、斬った頭の中には、脳の他に、普段見ないものがたくさん入っていた。
「これは何だ?」
「人間は、頭の中の脳という部分で物事を考えたり身体を動かしたりするの。それを操る機械。」
藤井の話があまりにも理解できなくて、思わず「ハァ?」と言ってしまった。
「言ってしまえば、この凄いカラクリで、ヒトのやること為すこと考えることすら操ってしまうものよ。」
「なるほど、何となくはわかったぞ。」
「疲れるわ、あんた。まあ、こいつらはもう死んでたの。もうあんたもこの件からは逃れられないわ。後に私が言っていることもわかるわよ。女一人じゃどうしようもないの。だからもう諦めて死にたかったのに。本当あんたみたいな馬鹿がいるからもう一回頑張ろうとか思っちゃうじゃないの!」
なぜ怒らせたのかわからぬが。
「すまぬな。しかし、我もこればかりは放ってはおけぬ。人の魂を汚す所業と見受け、断じて許せぬ。力になるぞ。」
「え・・・・・・。あ、ありがとう・・・・・・。」
怒ったかと思えば、今度は涙ぐむ。女子はやはり解せぬ。弱すぎる敵が相手なので、片手間で済むのだが。
「ところで、その書物本当に何なの?」
「これか?これは、お前と同じ名字の藤井という者から託された書物でな。大切なものなのだ。」
その瞬間、藤井の顔色が変わった。
「それって奴らが探している書物じゃないの?」
「いや、それは無いであろう?」
妙なことを言うなと思った。しかし、その後に藤井が言い放った言葉にはさすがに俺も驚いた。
「奴らが探している書物なんだけど、ご先祖様が昔忍者でね、大神っていう仲間の人に渡して、もう藤井家にはない書物らしいの。何か奴らはは勘違いして家に来ているみたいだけど、どうやらあなたがその大神っていう人じゃないかしら。」
戦場のアパート
意味がわからなかった。
「俺が?藤井が?ん?」
頭が混乱していた。
衝撃を受けたのはその時だった。
「伏せて!」
爆発音とともに、砂埃が舞い上がる。手榴弾だった。
奴らは引き下がっていなかった。
「警察の特殊部隊よ!」
「警察とは何ぞや?トクシュブタイ?」
「あんたの時代で言う御用よ!やつらの手中にあるの!」
会話の間にも銃弾や手榴弾が飛んでくる。アパートは戦場と化していた。
「何だって?!」
「御用が奴らの手中なのよ!」
「ッハッ、同じようなこたぁ江戸の世でもあったわ!任せておけ!」
その時、藤井は大神の能力を過小評価していた。せいぜいあっても目の前の特殊部隊の最弱の者に敵うかどうかだと思っていた。
BTTは、それだけ並はずれた身体能力を発揮させるテクノロジーだった。
身体全部を制御する脳そのものに機械を埋め込むこの技術は、当初は倫理的問題から反対運動が起きた。
しかし、一部の宗教団体の圧力により、強硬的に研究が進められた。
とうとうその宗教団体は、東京に国家を形成。国民全員の脳に機械を埋め込んで、政府の人間が管理できるようにした。
それに反対した人間には機械を埋め込まない権利もあったが、とある事件をきっかけにその権利も剥奪され、しまいには機械を埋め込んでいない者は犯罪者として指名手配されるまでになっていた。
技術が進むにつれ、脳に機械を埋め込むのではなく、脳と機械を置き換えるようになっていった。
BTT人間は、政府がコントロールしている人間で、ゲーム中毒の廃人を洗脳してコントロールさせている。
普通の人間が戦おうと思っても、まず勝てる相手ではないのだ。
我々できることといえば、罠を仕掛けるか、遠方から弓矢などで応戦することのみであるはずだった。
しかも、最近のBTT人間は、神経を身体に新たに移植して、人工的に筋力を発揮しやすくしている。特殊部隊はその新型の方だった。
大神は確かに強そうだが、勝てるわけがなかった。
「逃げて!!!!」
藤井が振り絞った言葉は、大神には届かなかった。
後悔の念に苛まれた藤井は、膝を折って泣いた。ダメだ、死んでしまう。
ようやく仲間ができたと思ったら殺される。今まで何度も見てきた光景だ。もうたくさんだ。
「やめてよぉおおおおおおお!」
叫んで前を見たら、もうそこには大神しか立っていなかった。
「よく見てから叫べ、阿呆。」
大神は傷一つ負わずに、返り血も浴びずに、そこにいた人間を一瞬のうちに全て倒していた。
「弱いな、こいつら。身体の使い方がなっておらん。こいつらもBTTとかいうやつらか?」
目の前に立った大神が大きく見えた。
「泣くな、阿呆。」
藤井は初めて男の胸の中で安らかに泣いた。
その晩は、交代で見張りながら一夜を過ごすこととなった。
江戸のシノビ