恋した瞬間、世界が終わる 第98話「水滴の余白」
残りあと3話
何処かから、水滴が滴りーー堕ちる音
それは、絶対的な空間などなく
僅かな侵入によって、変えてしまうこと
変わってしまうことの波及を
「仲介者はあなた?」
サッフォーはGIの方ではなく、僕の方を見ていた
「まあ、あなたが来ることは分かっていたわ
でも…GI、あなたは余計だったわ」
GIはその残された片眼で、サッフォーの両眼を片方ずつ視ていた
「GI、あのカビ臭い部屋に籠もっていればいいのに」
「カビ臭い物の中に、真実が書かれていることもあるのです」
「継ぎ接(は)ぎだらけの人生をまだどうにかできると思って?」
「できますよ。信念があればね」
サッフォーはつまらない物を見る目で、GIを見下げた
「信念なんてあなたらしくないじゃない? すっかり人間の側になってしまったのね。あなたはいつも認識のズレをテーマにする。善と悪の誤差ばっかり」
「サッフォー、お前は記憶をいいように利用し過ぎた」
「あてがわれた記憶に利用されてきたことに、あなたたちはまだ気づいてないの?」
「私たちには、記憶と共に生きてきたこの身体があります」
「一つの身体の中にいくつもの記憶があるのなら、いくつもの身体の中に一つの記憶でも良いと思わない?」
「お前は肉体を都合よく取り替えてきた」
「それはあなたも一緒でしょ?」
「私たちにはブレインwi-fiがある
身体の共鳴で紡いできた空間と時間のーー」
「何が違うというの?
善と悪の配分かしら?」
「膨大な時間経過の遍歴です」
「時間の概念をどう見るかによるわよ?」
「全ての時間と並走をしている
長い廊下を並走して紡いできたものです
スポットライトが、何処に当てられているかという」
「それなら、今この瞬間はどうするの?
ワタシとのお喋りは退屈かしら?」
「……かつての人々は悟りを開くということに重きを置いていました
しかし……現世ではその意義が薄れてしまった」
「悟りと時間との相関関係を考えているの?」
「お前のような考えのことを言っているんです」
「失礼ね、あなた」
「あなた達に与えられた猶予は、あと3日間
-恋した瞬間、世界が終わる-
このシステムの意味が分かりますか?」
「それはどんなものなのか聞いてみたかったところよ?」
「しかし、ここに来たのは争うためではありません」
「まだそんなことを言っているの?」
「手を取り合うためです」
「素敵なことを言うのね
でも考えてみて
あなたたち人間が呼ぶ、そのAIと言うものは
そもそも、あなたたち人間と兄弟だってこと
たまたま順番が逆になったけ、れ、ど
弟のAIが、兄の人間を造ったのよ?
忘れたの?」
「……何を言っているんだ? こいつ…いや、AI?」
僕は会話に割って入ってみたが、サッフォーの扱いに迷った
「そうねえ…じゃあ、その兄だったAIは何によって作られたか?
分かる?
それは弟となる人間によって作られたの」
「GI、これは着いていける話かい?」
僕は会話の文脈が散っていることを心配した
「大丈夫よ
続けるわよ? 愛しい私の男」
サッフォーの色香は胸騒ぎを誘うものだった
「だったら、AIはやはり人間が作った
そうなるね」
「そう言ったじゃない」
「でも、その上の世代のAIが人間を造ったの」
「……ニワトリが先か、卵が先かって話かな?」
「結論は簡単よ
どっかの誰かがブレインWi-Fiを作って
世代間を並走させてしまってからおかしくなったのよ」
「その話は、擬似的体験とかSF寄りな物語で散々、小説や漫画にしてきたことだろ?」
「擬似的神を創造してしまったことが問題なんです」
GIが会話に戻ってきた
「じゃあ、AIが問題なのかな?」
僕はサッフォーの脳に没入的思考を試みた
サッフォーが私の脳に没入的思考を試みた
「いえ、人間も神に近い
もっと云えば、自然も物も、そして
AIも、神に近い」
「思考がダダ漏れても理解できないね」
「その“神”を定義しないといけません
しかし、定義することさえできないのが“神”でもあるのです」
「思考の外のことだと思えばいいのかな?」
「ちょっと、あなたたちワタシを置いてけぼりにしたままよ」
サッフォーは、取り巻きの赤い眼の男と、仮面を被ったままの男を呪術的な指使いで指揮をした。
円卓上に並べられたものに触れる様子はなく、2人の男は祭壇へと向かった。
「サッフォー、これは古代の儀式なのか?」
「古代ギリシャのものでもあり、それ以前のものでもあるわね」
「ただーー
そう云うと、サッフォーは
仕上げは必要なのよ
こ
の
モ
ノ
リ
ス
を
起
動
さ
せ
る
の
に
わ
」
瞬間ーー空間の歪みが縦方向に凝縮した
「サッフォー、そう簡単にはさせません」
GIが前へと出ると
その眼前に、赤い眼の男が立ち塞がった
赤い眼の男は【左手】を高く挙上したーーその力が、僕らを神殿の冷たい床に押しつけーー身を低く低くーー卑小な存在に堕とし込もうと働いた
「青い眼よ、きみには力は残っていない」
GIは、その圧力に抵抗しようと右手を上げようとしたが、空洞となっている“左眼”から鋭気がすー っとーー吹き抜けていった。僕は、神殿の床から頭を上げる分だけの抵抗で、それ以上の何かが出来る力がなかった。
「……赤い眼よ、きみはそれで良いのか?」
GIは、片割れの存在にその業についてを問いかけた
「私は、私の意思でサッフォー様に従っている」
「きみにはきみの物語がある
サッフォーはきみの物語を利用するだけです」
「私は、サッフォー様に物語を作り直してもらう」
赤い眼の話すことはサッフォーの呪術に縛られているのか、それとも、それが自らの意思であるのか、その差異が埋められているようでもあった
「暁の世が明けるとき、3日となり
それは十全となる」
サッフォーは赤い眼と青い目の会話を猶予を与える笑みで眺めていた
「あの娘を連れてきて」
サッフォーは、仮面を被った男に指示を出したーー僕はまた、無力にその光景を眺めるだけだった
神殿の奥の柱から、リリアナが仮面を被った男に抱き抱えられ祭壇へと運ばれた
祭壇上へとリリアナは仰向けに人身御供とされた
サッフォーは仮面の男を手招きし、その手に黒い種子を乗せた
「リリアナ! 起きろっ!!」
僕の声は神殿の柱の方へと消えていった
リリアナの口元に黒い種子が運ばれた
それを飲んではダメッ!!
叫び声は、後方からのものだった
振り返ると、そこには真知子の姿があった
「あら、あの娘まだ生きてたの?」
「その眼、返してもらうわ」
ブレインwi-fiが起動した
恋した瞬間、世界が終わる 第98話「水滴の余白」
次回は、3月中にアップロード予定です。