天からの贈り物~女の世界で守られる男たち
守られる男たち
この世界は、男性が少ない。
何かしらの病や災厄によらず、もともと生まれる割合が低いのだ。
「男性は、天からの贈り物です。女性は、敬意を払い、責任をもって守りましょう」
女神を祀る神殿で、巫女は言う。
男性とは、繁栄をもたらす為に天から授かった貴重な存在。神に近いので天に還りやすく、それゆえ大事に育て、庇護するのが女性の義務である。そう巫女は説いていた。
巫女の話に耳を傾ける人々は皆女性で、我が子や伴侶など、身内の男性が健やかで長生きすることを願っていた。
女たちは、持ってきた供物を神殿に捧げ、熱心に祈るのだった。
「よお、久しぶりだな」
「いや~まったく、やっとだよ!…」
ある中年の男が友人を見つけると、向かいの席に座って話しはじめた。
ここは、街の喫茶店。彼らは、歳も近く気心の知れた仲で、時間を作っては、この店でお茶を飲んでいる。
「…それで、辛抱強く頼んだ結果、ようやく妻のお許しが出たってわけさ」
「本当に大変だよな、外に出るのも妻が付きっきりじゃ…」
街は、賑わっていた。
店が立ち並び、行き交う人々や物売りの掛け声、程よく焼けた肉の匂い。
しかし、老いも若きも誰もが女性ばかりで、男性の姿は、まばらである。
女性よりも体が弱く、繊細な心を持つとされる男性が、外で活動することを、世間は良しとしないのだ。出かける時は、必ず家族と一緒か妻が付き添っている。
しかし、他の理由もある。
女たちの男への欲望は、並大抵ではない。
女たちにとって男性の容姿はもちろん、全身から放たれる〝男の色香〟は、魅力的で抗い難いものなのだ。年頃ともなれば、四六時中 翻弄されて、我を失うほどである。
ましてや、世は女余り。この国では、代々長女が家督を継ぐ。全国から、溢れた次女以下の女たちが、この街に流れ着く。もともと少ない男性を、更に大勢で奪い合うことになる。
そんな状況で、男性が一人で歩けばどうなるか、想像するまでもない。
女性は、常に父や兄弟の心配をして、結婚すれば息子はもとより、夫を守るために尽力するのだ。
ここから出てはいけませんよ、私が迎えに来るまで待っていてね。
男性に生まれた者は、生涯この言葉を聞かされる。
子どもの時は、母や祖母から。結婚すれば、妻や義母から。
家でも外出先でも、常に女性の目が届く範囲に留め置かれ、成人しても子どものように庇護されながら、女の世で人生を終える男たち。
妻馴染みの店に、預けられている男たちは、揃って溜め息を付いた。
「…そろそろ、妻が迎えに来るな」
「歳を重ねると、諦めがつくもんだ。どうせ、女が全てを決めるのさ!それで丸く収まるなら、好きにすればいい」
「…しかし、若い連中はどうかな?あいつらなら、やると思うね」
「……なるほど、あれのことか!」
彼らは、思い出したように、ニヤリと笑う。
…楽しみだな!
どうなることやら…
彼らは、顔を近づけてヒソヒソと話す。そして時々、悪戯っ子のような笑みを浮かべるのだった。
翌朝、男たちが消えた。
もとい、若者たちが。
婿入り前の若い男が、街中から姿を消した。
当然、騒ぎになる。
女たちは、寝室から突然、息子や兄弟が消えたことを理解するのに、暫く時間をかけた。しかし、状況を把握するや否や、親類縁者のみならず、街の住民や、軍隊まで挙げての大捜索が始まった。
男たちは、程なく見つかった。
この街の中心にある、神殿。
彼らは、その屋根の上にいた。
「危ないわよ!」「動かないで!」
丸い屋根に、びっしりと張り付くように、ひしめき合う男たち。捜索していた女たちは、民も兵士も皆、動揺を隠せなかった。しかし、男たちが驚いて落ちてしまわないように、穏やかな口調で語りかけた。
「どうして、そこにいるの?」
「使命があるからだ!」
男たちが、一斉に叫ぶ。
「まあ!なんて、罰当たりな!」
騒ぎに気づいて、神殿から巫女が出てきた。
「あなた達の使命は、繁栄です。そのために、天から命を与えられたのです。我が身を危険にさらす事はやめて、今すぐ家に帰りなさい」
神殿の周りには、街の女たちが次々と集まって来た。屋根への入り口は施錠されていて、兵士たちは、鍵をこじ開けようと格闘したり、屋根に梯子を架けようと、取りに行ったり大わらわ。群衆の中には、姿を消した男たちの家族もいる。
母親や姉妹、祖母が次々と、屋根に向かって呼びかけた。
「息子よ、目を覚まして!こんな事させるために産んだんじゃないわ!」「まったく、馬鹿な真似するんじゃないわよ!私が連れ戻してやるから、そこで待ってなさい!」「兄さん、戻って。お願いよ…」「お爺ちゃんが、泣いているわよ。お家に帰りましょう」
嫌だよ。
絶対、帰るものか!
彼女らが懸命に訴えても、男たちは、誰ひとり屋根から降りようとはしない。
男たちの中に、二十歳位の青年がいた。青年は、腕組みしながら、女たちを眺め下ろして立っている。
「俺たちは、神に近いんだ。なら、ここにいるのは当たり前だろう?」
そうだ!そうだ!
青年の言葉に賛同して、男たちは、声援を送る。
一理ある。と、女たちは思った。巫女も、これは否定出来なかった。
「そんな俺たちが、なぜ神殿の、わざわざ天辺にいるか、教えてやる」
男たちは、青年と共に叫んだ。
「今すぐ戦争をやめろ!」
「さもなくば、神殿から飛び降りる!」
女たちが、一斉に叫んだ。
この世界は、争いが絶えない。
限られた資源を奪い合うのは、いつの世も常。この世界も、例外ではない。男性という希少な資源を巡る戦争は、どこの国でも頻繁に起こっている。
この街も城壁に囲まれ、敵の襲来に備えていた。女たちは、街の内外への監視を怠らない。侵入者の有無、不届き者の発見、街の秩序を守る為に、常に目を光らせている。男性を厳しく管理するあり方も、これが所以である。
「大人には、事情があるのよ!」
「男を子ども扱いするな!お前たちが、俺たちを縛るからいけないんだ!俺たちは、もう、こんな窮屈な場所には居たくないんだよ!」
屋根の下では、女たちの悲鳴と、息子や兄弟や孫の名を呼ぶ声が入り乱れて、騒ぎは大きくなるばかりだった。
「私たちは、どうすればいいの!?」
「この、愚かな争いをやめない限り、我々が地上に降りることは無い」
青年は、空を見上げると、しばらく眺めてから目を閉じた。
男たちは、屋根の周りを囲むように、青年と並び立つ。
地上の混乱とは裏腹に、神殿は静寂に包まれた。
青年が、決意したかのように目を開ける。
「この馬鹿げた世界から、飛び立つ時が来た!」
やめて─────!
女たちが、手を上げて止めるのを聞かずに、男たちは、揃って身を乗り出した。
「我々は、天に還る」
「…待て!」
「さらばだ!」
「戦争は終わった!だから、早まるな!」
青年が地上を見ると、馬に乗った女がこちらを見上げていた。
女は、この国を治める女王からの使いだった。騒ぎを知った女王の命令で、街に知らせを届けに来たという。
「…わが国は、各国との協議の上、戦争は終結する事になった。それ故、天に還るのは留まって頂きたい」
「それは、本当なのか?」
「もちろんだ。殿方の命は、わが国が、女王陛下と女神の名にかけてお守りする。憂いは、間もなく取り払われるだろう」
青年は、男たちと顔を見合わせる。彼らは、たちまち目を輝かせて、歓声を上げた。
女たちは皆、安堵した。中には、泣いたり、その場に座り込む者もいた。
その時、ようやく兵士たちが、梯子を持って現れた。
男たちは、兵士からの迎えを断り、自ら施錠を外して、意気揚々と地上に降りた。
女王は、満足していた。
この国が、長年抱えてきた問題が、解決したからだ。
男を巡る争いが絶えないこの世界では、昔から周辺の国々は男を分け合い、社会の秩序や国々の関係を保っていた。
多くの国では、一夫多妻制が採られて、夫を共有財産として皆で所有しているのだ。
しかしこの国は、夫婦はつがいであるべきという教えに従い、頑なに一夫一婦制を貫いてきた。
結果、女たちは夫不足に陥り、男の奪い合いと囲い込みに明け暮れ、国は疲弊している。
そんなある時、この国に、周辺の国々から申し出があった。
戦争をやめる代わりに、それぞれの国で婚姻を結び、男を共有する契約である。
女王は、自国のあり方に限界を感じていたので、契約を結ぶつもりだった。だが、契約を受け入れ、一夫多妻制を取り入れることを、伝統を守りたい巫女や、男を独占したい女たちは認めなかった。
そこで、女王は策を練る。
この国の女たちを、有無を言わさず従わせる方法とは何か。
それは、女たちにとって、最も大事なもの、男たちの力を借りることである。
そこで、男たちを焚き付けて、交渉の盾にしたのだ。
もちろん、安全は確保した上でのことだった。
世直しのために、一芝居打つ。
それは、普段表舞台に立つことが許されない男たちには魅力的な話で、彼らを動かす十分な力があった。
日頃から、女たちのやり方に不満を持っていた男たちは、女を出し抜き、ひと泡吹かせる事を望んでいたので、彼らは喜んで協力した。
神殿を選んだのは、女たちと交渉するのに手頃な高さであり、聖域故に、皆の気を引き伝えるのに相応しい舞台になる事と、強硬手段で男たちを連れ戻すのを封じる為であった。
兵士が解錠に手こずったのも、梯子を架けるのが遅れたのも、時間を稼ぐためである。
使いの者が到着したのも、ここぞという時を見計らってのこと。
すべては、女王の策略。すべては、入念な計画と準備、打ち合わせによる。女王以外、限られた者しか知らない作戦である。
作戦は、見事に成功した。
おかげで、周辺の国々との和平交渉は、円滑に進み、女王は無事契約を結ぶことが出来た。
男たちは、彼らにしか持たない力〝男の武器〟を使って、見事、国難を乗り越えたのだ。
男の武器、それは……
命である。
男の命。それは、この世界で何よりも尊ばれ、何よりも優先されるもの。
女神は、男の敵を永遠に許さない。
男が命を張って訴えれば、拒める女など存在しない。
そもそも、男のための戦いが、男に死なれては元も子もない。
女たちは、どの道、従わざるを得ないのだ。
女王は、寝室の扉を開けた。
奥のベッドには、優美な男が眠っている。
…我が夫よ
「すべては、お前のおかげだ」
女王の夫、この国の王配である彼は、詩人にして歌手でもある。王族でありながら、自ら辺境の小さな劇場まで赴いて歌い、人々の声に耳を傾け、民に寄り添い慕われている。
彼は、女王の計画を裏で手配し、成し遂げた。
無事役目を終えて、今は、疲れた体を休めている。
「お前がいなければ、男たちを連れ出すことは出来なかっただろう」
彼は、民の中でも特に弱き者、男たちを気に掛けていた。男たちを慰め、励ます為に芝居を書き、詩を読み歌ってきた。
男たちが、女たちの手を離れ、気兼ね無く過ごせるよう劇場を解放して、男たちだけの娯楽や社交の場を設け、自らもその中で語り合い作品を披露した。なので、男たちからの信頼は厚く、多くの支持を集めている。
そんな彼の働きかけで、男たちは団結し、女たちに知られずに動くことが出来たのだ。
男たちは、王配の指示のもと、劇場で話し合い役割や時間を決め、各々家で待機した。
こうして〝真夜中の家出作戦〟は、順調に始まった。
無防備な女たちの目を掻い潜って外に出るのは、男たちが思ったよりも簡単だった。
夜の街は、常に厳戒態勢が敷かれているので、出歩く者は殆ど居ない。
女王が配置した警備兵を、ちらほら見かけるだけだった。
そんな静かな街を、男たちは堂々と闊歩した。
選ばれし〝神殿の屋根に張り付く体力のある者たち〟は、〝はじめての冒険〟に胸を躍らせていた。
男たちは神殿に着くと、待機していた警備兵に導かれて、巫女に見つからないように裏口を通ってから、屋根に登った。
後は、手筈通り。
のちに、男たちの間で語り草となる、〝大舞台〟が開幕することになる。
王配は、女王の傍らで、静かに寝息を立てている。
女王は、王配を抱きしめ口づけたかったが、眠りを妨げないように、思いとどまった。
その代わり、優しく髪に触れる。
「本当に、感謝している」
男は、繁栄の為に天から授かった、神に近い存在……
まさに、その通り。国は、男によって救われたのだから。
そして、自分を救ったのも、陰で支える夫なのだ。
「お前は、まさしく、天からの贈り物だ」
女王は、そう呟くと、目を細めて笑った。
街は、賑わっていた。
店が立ち並び、行き交う人々や物売りの掛け声、程よく焼けた肉の匂い。
しかし今は、老いも若きも女も男も、分け隔てなく歩いている。異邦人の姿も、珍しくはない。平和になった街では皆、穏やかで楽しく暮らせるようになった。そんなことも相まって、街は昼も夜も以前より活気に満ちている。
「…あの時は、本気で喜んだよ!あれが、こんなに上手くいくなんてな!俺たちは、たいしたものだ」
青年が道すがら、周りの男たちとあの出来事を話している。男たちは、合意とばかりに首を縦に振る。
王配殿下の公演は、今日も大盛況だった。劇場は、男性向けの特別なものではなく、妻や母親が迎えに来ることはもう無くなった。男はもう、自分だけで、どこにでも行けるのだ。
「いや~、実に素晴らしい舞台だった!」
「それにしても殿下は、相変わらずの美声だ!ありゃ、女どもが参ってしまうね」
中年の男ふたりは、舞台を観た後、馴染みの喫茶店で大いに話の花を咲かせている。
「しかし、我々が自由になったのは良いものの、今度は、異国の女たちが言い寄ってきて困るよ」
「私も、それが心配なんだ。そのうち、妻が外出を禁止するかもしれない」
「心配には及ばない。我らには、奥の手がある」
男は、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「その時は、家出してやる!って言えばいいのさ!」
おわり
天からの贈り物~女の世界で守られる男たち