『スウェーデン絵画 北欧の光、日常の輝き』展レビュー

 本展はスウェーデン美術の黄金期と評される時期の作品を中心に、自国ならではの表現を見事に咲かせたスウェーデン絵画の真価を味わえる展示会である。
 約二十億年前に形成された岩盤が氷河の移動による侵食で削られた結果、岩肌が剥き出しになる地形がそこかしこに生まれたスウェーデンでは、窪地に水が溜まることで数多くの湖が出現し、樹木の生育に最適な環境が整えられた。空の様子を鏡のように写し取る湖面の輝きと、その周囲を取り囲むように生い茂る針葉樹林の仄暗さが生み出す絶妙なコントラストは、厳しくも豊かな自然をドラマチックにする唯一無二の風景として最良のモチーフとなった。
 また北欧に位置するスウェーデンにおいては夏と冬、北と南で日照時間が極端に異なるために白夜、極夜を代表とする他の地域では見られない光の表現が日常を彩り、世界の様相を確かに変えた。その消長を画面上に表せば、儚い時間を永遠に止めることができた。
 絵画の潮流がロマン主義からリアリズム表現、そして象徴主義へと移り行く中でスウェーデン出身の画家は国内外で技術を磨き、対象へ向ける眼差しを大きく変容させ、その目に写り、あるいは内に秘めるものを現すのに相応しい表現を探求した。絵画史の観点からも見ても興味深い彼らの試みが、時空間に大きな広がりを得る《スウェーデン》という固有の価値の発見にまで至る過程を、本展は6つのチャプターに分けて紹介する。
 約80点の作品が展示会場に連なる中、そのハイライトを飾るのが①光を放つ水彩画のタッチで温もりあるスウェーデンの家庭を描いたカール・ラーション、あるいは②《故郷の調べ》などの民族的な観点からスウェーデンを掘り下げたアンデシュ・ソーンの作品表現であることは言を俟たないが、その関心が専ら社会的動物である「人」の範疇に止まるのに対して、③詳細な観察結果を踏まえて描く動物画でスウェーデンにおける自然の実際に迫ったブリューノ・リリエフォッシュは本展の特異点というべき画家だろう。
 対象を捉える画角からして非人間的な姿勢が貫かれ、画家の演出意識を微塵も感じさせない誠実な描き方で捉える彼の《スウェーデン》はありのままに野を駆け、枝の上から羽ばたく意思のエネルギーに満ちる。その土地にもある四季を巡り、異なる形で育まれた命が大切に運ばれていく様子はまた日本画で謳われる花鳥風月も違う趣で、地に足をつけてひた走る息づかいを温かく伝える。
 広い意味での風景画として他の画家の作品と見比べた時、ブリューノ・リリエフォッシュの絵画から放たれる異質さは、例えばラーションの画集『わたしの家』が世間に広く受け入れられた結果、そこに描かれる様子が北欧ライフスタイルの理想形となったようにTHE《スウェーデン》の風景を描く=ナショナリズムの形成と裏腹であったことと無関係ではないと考える。
 絵画の技法という共通言語を用いて語り出す画家は純然たる個人などでは決してなく、その脳内に詰まったありとあらゆる社会的な事柄を引きずっている。ゆえに我らが《スウェーデン》を描くことは、同時に《スウェーデン》ではないものを外に生み出し、比較検討の階段を駆け上がった先で価値を生み出す。かつて「描くものがない不毛の地」と評されたスウェーデン絵画が現在、積極的に見直されているのもその結果で、絵画史に名を連ねる良作の数々を本邦にあって鑑賞できているのだから、それは決して悪いことではない。
 しかしながらその一方でブリューノ・リリエフォッシュの動物画に認められる「私」の無さ、あるいは動物以外の関心の無さを目にすると《スウェーデン》という重しを取り除いてこそ発揮される絵画の魅力に気付けて、はっと息を飲む。その衝撃を抱えたまま本展のチャプター5で鑑賞できるアウグスト・ストリンドバリの精神世界に出会ったりすると、究められた「私」から発せられる声にひたすら耳を傾けたくなる。
 主観と客観。そんな二項対立は、立てた途端に朽ち果てる古びた問題のように思える。けれど、少なくとも本展においてはブリューノ・リリエフォッシュ又はアウグスト・ストリンドバリを軸にして、掘り下げるべき鉱脈の存在を信じさせる面白さを感じられた。
 主観は薄められても消えることがない。その程度が対象の客観性と見分けがつかないぐらいに至ってもきっとそうだ。それでも、その頂きにまで辿り着いた主観はかつてのそれと同じではない。伽藍堂になった「私」の内側で叫ぶほどに響くもの。それに似たものを、筆者はかつて山種美術館で鑑賞した奥村土牛の『醍醐』に感じた。あの画面に現れていたものは、果たしてナショナリズムというべきものだったのか。その一考に波紋を生む《スウェーデン》。その景色に、一人の絵画好きとしてすっかり魅了された。


 『スウェーデン絵画 北欧の光、日常の輝き』の会場は上野にある東京都美術館。会期は4月12日まで。質の高い展示会だったので、多くの人が来場することを強く望む。今もどこかで生まれている純粋な表現に込められた思いを曲解することなく、誰もがずっと楽しめるように。

『スウェーデン絵画 北欧の光、日常の輝き』展レビュー

『スウェーデン絵画 北欧の光、日常の輝き』展レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-02-16

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