仮面ランサー/弐

ボードレール 悪の華 三七 憑かれた男

暗夜だろうと、茜さす明け方だろうと、気の向くままなものになるがよい

Ⅰ

「次の指令だ」
 そんなもの。待っては。
「待ってました!」
 この馬鹿は。
「このバカは」
 言ってくれた。
「待たせてしまったな」
 待ってないって。
「西だ」
「えっ」
 西――
「まあ」
 あっさり。
「かなり危険な地帯とは言えるな」
 危険って。かなりって。
「待ってよ」
 さすがに。
「また〝宙央(ちゅうおう)区〟みたいな……そういうとこ?」
 そこは。『狭間』の世界。
「違うな」
 違うの。
「魔境だよ」
「えっ」
 思いがけない。
「甘く考えないほうがいい」
(い、いや)
 考えてないけど。
 にしたって――魔境。
「イミフ」
 つぶやく。
「というわけで」
 スルー。
「これを渡しておこう」
 それは。
「切符?」
 しかも。
「小田急……」
「新宿発だからな。知っているとは思うが」
 知っている。
(小田急線で行く……)
 魔境。
「箱根だ!」
 横から。
「ロマンスカーだよね! それから登山鉄道で」
「登山はない」
「えっ」
「丘だ」
(丘……)
 ますます。
「登山じゃないの?」
「ない」
「オカザン?」
「証券会社か」
 ツッコミ。横から。
「それを言うなら、トオカだろう」
 どちらも。
「中央線、京王線、小田急線」
「?」
「その三本だけが人の道と言われる」
(だ……)
 誰が。
「これが西武新宿線では、微妙なズレが生じる」
 そうなのか。
「人の道の先」
 指を。
「人の世ならざる」
「っ」
 それが。魔境。
「シネマみましょか、お茶のみましょか~♪ いっそ小田急でにげましょか~♪」
「な……」
 なんだ。今度は。
「東京行進曲」
 知らない。
「さあ、行け」
 意味が。
(……でも)
 そこに。
「いるんでしょ」
 無言。その肯定。
「行く」
 決まっている。
 それが。
 自分の。
「ぶっ潰す」
 すべての。
 仮面の悪魔たちを。

Ⅱ

「近い……」
 がく然。
「しかも、鈍行」
(まあ)
 準急や快速は止まらない。ロマンスカーなんて夢の話。
「何……この……」
 絶叫。
「鶴川ってーーーーーっ!」
 叫ばれても。
(切符の時点で)
 わかっていただろう。
「あーもー、ぜんぜん予定外だよ!」
 腹立ち治まらず。
「芦ノ湖畔をランニングするのが夢だったのにー」
 夢は。勝手に。
「三人で」
 おい。
「ていうか、何このゼルビア押し!」
 八つ当たりか。
「ゼルビアって何? 花!?」
 ありそうだけど。
「悪の組織の女幹部!?」
 いそうだけど。
「女将軍ゼルビア!」
 いそうだ。
「えーと」
 うろ覚えの。
「確か、町田のサッカーチームで」
「裏切りじゃん!」
 なぜ。
「町田って東京でしょ!」
 その通り。
「ここ、多摩川越えてるじゃん!」
 それも。
「だったら、神奈川で」
「ここは町田だ」
 冷静に。
「え……」
 きょとん。
「違うでしょ」
「違わない」
「町田駅はもうすこし先で」
「見ろ」
 地図を。
(いまどき)
 紙の。しかも、本でなく、大きな紙を広げるタイプ。
「ほら」
「あっ!」
 指さしたそこ。鶴川駅は町田市に属していた。
「前の駅は川崎なのに!」
「だな」
「ちょっと南に行ったら川崎なのに!」
「だな」
「ほぼ、川崎!」
「だな」
 認める。
「こどもの国も町田だ!」
 なんだ、『こどもの国』って。『よみうりランドまえ』なら通ってきたが。
「駅は横浜市だがな」
「すごい!」
 すごいのか。
「複雑に」
 くいっ。眼鏡を。
「入り組んでいるのがこの辺りだ」
 そうらしい。
「大体、ここらは昔すべて武蔵国だった。川崎、横浜をふくめてな」
「へー」
 感心。素直に。
「そして」
 西を見て。
「複雑に街道の入り混じる土地だった」
 詳しいな。本当に。
「丘の間を縫うようにして」
 はっと。
「そう」
 うなずく。
「ここだ」
「………………」
 緊張に。身が。
「というわけで」
 背を。
「腹ごしらえだ」
 かくっ。
(ま、まあ)
 実際、ここへ来るまで何も。
「町田名物!」
「そんなものはない」
「ないの!?」
「絹糸」
「食べられないじゃん!」
「糸になる前なら」
「虫!?」
 勘弁してもらいたい。
「心配するな」
 無駄に。
「言っただろう」
 自信。満ち満ちな。
「街道の入り混じる土地だと」
 それが。何だと。

Ⅲ

「おいしかったー」
「うん」
 同意。
「こんなところに」
 あるとは。
「ある」
 得意げに。
「言っただろう」
 また。
「街道が入り混じる」
 聞いたって。
「街道。街と街をつなぐ道。そこに」
 ビシッ!
「必ずラーショはある!」
 必ずかよ。
「知らなかったか」
 知らなかった。
「朝から」
 しかもの。
「嫌だったか」
「………………」
 ノーコメント。
「けど、歩いたよねー」
 歩いた。
「腹ごなし」
 いや、こなす前に。
「当然だ」
 当然なのか。
「電車どころかバスも通ってないんだ」
 とんでもないところが。新宿から鈍行で一時間くらいで。
「あるんだ」
「ある」
 断言されても。
「香ばしいおっちゃんばっかりだったねー」
「御用達だ」
 御用達か。
「運送関係の仕事は時間が不規則なことが多い。朝営業というのは実に助かる」
 関係者か。
「彼らも街と街とをつないでいる」
 つまり。
(ここら辺は)
 街とは。言えない。
 人家はまったくと言っていいくらい見当たらない。あるのは、車関係の店、廃棄物置き場、コンビニ、そして食事の店。
 それらがまばらに。
(狭間の世界)
 言っても。
「よーし、お腹いっぱいになったしー」
 足踏み。
「どこ行くの」
 そうだ。それがまだ明らかに。
「来ているよ」
「へ?」
 来て――
「ここだ」
 ここ。
「ラーショ?」
「それも目的ではあった」
 あったのか。
「こんな機会でもないとなかなか来られないからな」
 それはそうだ。わざわざ長距離を歩いて。
「街道が入り混じる。それは様々なものも入り混じるということだ」
 だから、もう。
「人と人でないものと」
「……!」
「虚実も」
「………………」
 つまり。ここは。
「っ」
 顔を。
「おー」
 空を。
「大きいねー」
「基地が近いからな」
 軍用輸送機。おそらく。
 すくなくとも一般の旅客機では。
「?」
 気がつく。
「あれ?」
 こちらも。
「あれって」
 広がる。
「パラシュート」
 こんなところで。
 しかも、複数。
「スカイダイビング……」
 でも。やって。
「何を寝ぼけたことを」
 カチン。
「知らないし」
 まったく縁のない。
「敵だ」
「えっ」
 まさか。
「来るよ!」
 体育会系。目もいいと。
「っ!」
 跳弾。周囲のアスファルトが砕ける。
「な……」
 恐怖。
 慣れない。
 当たり前だ。こちらは普通の。
「撃たれた!」
「わかってる」
「……!」
 すでに。顔に。
「よし、来ーいっ!」
 そうだ。
「……わかった」
 最初から。
(そのために)
 自分は。
「すぅー」
 呼吸。深く。
 取り出す。
 真っ赤な。
(人のままじゃ)
 戦えない。
(仮面と)
 戦えるのは。
(仮面)
 顔に。
「やるし」
 つぶやき。
「ハッ!」
 手のひらを。
 仮面の軍団に向けた。

Ⅳ

 ドゥウン!!!
「!?」
 弾けた。まだ何かするより早く。
「あ……」
 次々。影が爆炎に。
「フッ」
 隣で。
「……!」
 手にしていたのは。
(は……)
 箸!?
「すごい!」
 はしゃいで。
「ラーショの箸、マジ最強!」
「だな」
 そうなのか!
(いやいや)
 爆発する機能は。
(こいつの)
 正確には、青の仮面の。
 力。
「フンッ!」
 立て続け。
「!」
 ドン! ドン! ドォォォン!!!
「すごい……」
 花火かと。
「おてもと、どうぞ」
 キマってない。
「ちょっとー」
 不満げに。
「全部撃ち落としちゃだめじゃん。こっちにも蹴らせてよー」
「やればいいだろう」
「遠いじゃん!」
「伸ばせ」
「馬場か!」
 ない、そんな特殊能力。
「赤もそうだよねー」
「えっ」
「青がみんなやっちゃってー」
「………………」
 正直。ほっと。
「ここって」
 ごまかすように。
「もう敵の」
「わからん」
「は?」
 現に。
「目まぐるしく」
 指を。回し。
「入れ替わる」
「入れ替わる?」
「あちらと思えば、またまたこちら」
「町田と思えばまたまた川崎?」
「その通り」
 その通りか。
「ここは多摩市と町田の境だがな」
「増えた!」
「すこし先に行けば八王子」
「また増えた!」
「あと相模原」
「どこまで!?」
 本当に。
「稲城も加えようか」
「否!」
 え、シャレ?
「狭間なんだよ」
 くり返し。
「油断だけはするな」
 つまり。
「いつ襲われても」
「襲われなくてもおかしくない」
 どんな言い方だ。
(にしたって)
 先ほどまでとまったく。変わらないように。
 相変わらず人気はなく、谷間の道を車だけが行きかっている。
(感覚が)
 街と。違う。
 向こうには、リアクションがある。
 ここでは。果たして、どれだけの変化があるというのだ。
 異常事態が起こっても、起こらなくても。
(狭間の)
 どちらつかずの。
「昔、読んだノベルスで」
 なに、『ノベルス』って。普通の小説と違うのか。
「真っ先に邪神にやられてたな」
 何が。
「こういうところにできた巨大団地の住人だよ」
 こういうところ。
 ここ。にはないが。
 もっと駅に近いあたりには。
「神の守りがないから」
「え……」
「だそうだよ」
「………………」
 まつろわぬ民。そんな言葉が。
「シネマみましょか、お茶のみましょか~♪ いっそ小田急でにげましょか~♪」
 かくっ。
「逃げた先だ」
「えっ」
「ここは」
 街から。人の法が圧倒的に支配する世界から。
 ここには。ここの。
(けど)
 ない。ここから。
(逃げたり)
 ぐぅぅぅぅ~。
「っっ……」
 かくっ。再び。
「お腹すいたー」
「おい!」
 怒りの。
「油断するなと言ったばかりだろう!」
「油断しなくてもお腹は減る」
「食べたばかりだ!」
 ネギチャーシュー麺大盛にライスまでつけて。
「戦ったし」
「おまえは何もしてない!」
「歩いたし」
「は?」
「ほら、ここまで上ったり下ったり」
 した。
「食事前に稽古をすると吸収が良くなっちゃうんだよ」
「力士か!」
 吸収がいいから腹が減る? そうなのか?
「もー、体重落ちちゃうよー」
「かーーっ!」
 最高潮。
「これでもしゃぶってろ!」
「爆発するじゃん!」
「腹はふくれる」
「おお!」
 うまいことを。
「いただきまーす」
「えっ」
 受け取って。
「あーん」
「ち、ちょっ」
 本気で。
「はい」
「!?」
 不意を。
「ぐ……ふぐぐ」
 くわえて。こちらが。
「おい」
 真剣な。
「落ちつけ」
 る。はずが。
「放すな!」
 ビクッ!
「落としたら爆発するぞ」
 そういう仕組み!?
「いいか。ゆっくり……ゆっくりだ」
 何を。
「三つ数える」
 だから、何を。
「一」
 だから!
「二」
 だめだ。何も。
「三!」
「っ」
 しまった。口から。
「はぐっ」
 くわえた!?
「はぐぐ!」
「!?」
 逆の端をこちらに。
「はーぐーぐ!」
(は……)
 早く?
(まさか)
 くわえろと。また。
「はぐぐっ!」
 思わず。
(あ……!)
 端と端。ポッキーゲーム。
「ふんっ!」
 一閃。
「っ……」
 断ち切られた。
「ふうっ」
 くわえていたのを吐き出す。
 箸の半分を。
「だ……」
 おそるおそる。こちらも。
「大丈夫なの」
「大丈夫だ」
 ひらひら。手にしたそれを。
「……!」
 袋。箸の。
(達人か)
 あり得ない。
「配線は切った」
(爆弾処理か)
 線どころか本体を。
「はぁー」
 こちらも。ほっとして。
「お腹すいたー」
「「おい!」」
 ダブルの。
「誰のせいでこうなったと」
「爆弾食べさせようとしたの、そっちじゃん」
 その通り。
「仕方ない。ここからすこし遠いが、歩き終わるころにちょうど開く時間になる店が」
 また歩くのか。
「尾根伝いにずっと行ったところにな、伝説と呼ばれるラーメン屋がある」
 またラーメン。
「伝説!?」
 食いついた。
「料理人はおじいさんが一人だけだがな。重い中華鍋で一度に何人前もの料理を作り、かつ休むことがないそうだ」
「おー」
 鉄人だ。
「一人ですべての料理を作るから待ち時間は長い。ピークのときには三時間に及ぶ行列ができたと言われる」
「すごい!」
「しかし、客の誰一人として文句は言わなかった」
「伝説だ」
「そう、伝説」
 遠い目で。
「惜しくも店主の体力的限界で閉店を余儀なくされた」
 がくっ。
「やってないんじゃん!」
「言っただろう、伝説と」
「過去の!?」
 そういう。
「心配するな。近くにはイワシ料理が絶品の和食処も」
 ラーメンよりは。
「まあ、そこも閉店して、別の場所で奇跡の復活を遂げたが、やっているのは夜だけで」
「だから!」
 何がしたい。
「尾根を越えれば、別のラーショが」
 もうそれは。
「ラーショは一応チェーン店らしいが、店ごとにまったく味が違うと言っても」
 それでも。
「では、大勝軒か」
 やっぱり、ラーメン。
「あるの?」
「思わぬところに大勝軒」
 ことわざか。
「転ばぬ先の大勝軒」
 連作。
「行こう!」
 結局。
「多摩丘陵地帯は未知なる飲食店の宝庫だ。今どきのぬるい外食チェーンとは違う――時代を超えたそんな奇跡の店を求めて!」
 探検隊か。
「まさに〝摩〟境だね!」
 うまいことを。キャラにない。
(てゆーか)
 何をしに来たんだと。
「はぁーあ」
 いまさらながら。

Ⅴ

「あっ」
 意外。そう言っていいのか。
(あるんだ)
 水田。
 の。はず。
 街生まれ街育ちでまったく詳しくはないが。
「あるんだ」
 口に。
 野山に田畑。ありふれた日本の原風景に思えるが、この辺りを歩いていて本当に初めての。
(違うんだ)
 開発。それもあるだろう。しかし、その手が伸びていないところも多分にあるこの地において、いままで見ることがなかったのは。
(あっ)
 そうか。
 開墾。それもまた〝開発〟。
 人の営みなのだ。
 決して自然の風景ではあり得ない。
(ここは)
 街道。
 それはストイックなまでに他の要素が排除される。
 つなぐ。それ以外の。
 そこには、ある意味人さえも入れない。
 ただ行き過ぎる。
 のみで。
(自分たちも)
 そんな。

 ――ふふっ。

「?」
 笑い声。
「ちょっと」
 足を。
「笑った?」
「………………」
 きょとん。
「なぜ」
 聞かれても。
「何かしたの」
 違うけど。
「オナラ」
 おい。
「正直だな」
 違って。
「笑うか」
「笑おう」
「違うって!」

 ――あははっ。

「ほら!」
「?」
 首かしげ。共に。
「笑ったか?」
「んにゃ」
 じゃなくて!
「耳を」
 澄ませて。

「わっ!」

「!?」
 ぎょっと。
「ちょ、おまっ、古典的な」
「や、やってないし」
 二人にも。
「あははははははっ」
 笑って。いた。
「――!」
 仮面。
「な……」
 いつ。どこから。
(あ)
 日本の田舎の風景。
 野山に田畑。そして、そこで遊ぶ。
(子ども)
 その。見た目は。
「雑魚じゃないぞ」
 わかる。
 武装した仮面たちよりはるかに。
「遊ぼうよ」
「っ!」
 後ずさる。
「遊ぼう」
 迫る。
「しないから」
 前に。
「車も多いしな」
 左右で。こちらを守るよう。
「車?」
 けげんそうに。
「ああ」
 わかったと。
「飛べないんだよね」
 何?
「車って」
 浮かぶ。
「え……」
 錯覚。では。
「飛んだ!」
「わかってる!」
 何が。どういうことか。
「あっ」
 わかった。
「鳥……」
「?」
「ほら、上!」
 無数の。
 翼。
 そのシルエットは。
「ニワトリ!?」
 驚愕の。
「飛べるの、ニワトリ?」
「飛んでいるな」
「感心とかじゃなくて!」
「いや、飛ばないよう羽を切るといったことは」
 まただ。
 野山、村落。そこに。
「ニワトリ」
 風景。それも。

「綾鶏(あやとり)」

 仮面の。少女が。
「遊ぼうよ」
 上げられた。その両手指から。
(あやとりの)
 糸。なのか。
「く……」
 つながっている。
 というか、吊り下げられている。
 あやつり人形のごとく。
 力なく。
 不気味かつ不吉な。
 それは。
「……ェェェェ――――――――ッッッ!!!」
 白き翼の〝獣〟たちが。
 鳴く。
 吼える。
 夜と朝の境を成す猛々しき声の。
 爆発。
「――!」
 一瞬で。
 聴覚だけでない。
 視界まで。真っ白に。
「赤!」
「っ……」
 白。
「うわあああっ!」
 かすめる。
「痛っ! たたたっ!」
 羽。爪。
 白の暴風。
 竜巻。渦を巻いて。
「はぁ……はぁっ……」
 引き裂かれていた。直撃したら。
「こ、怖ぇー、ニワトリ」
「闘鶏というのもあるくらいだからな」
「全然、平和の象徴っぽくない!」
「それはハトだ!」
 言い合いつつ。
 緊迫の。
「仮面師(マスクマスター)」
 間違いない。
 名無しの仮面たちとは。
「遊んでよ」
 再び。
「王様」
(――!)
 それは。
「違う」
 はっきり。
「そんなもんじゃない」
 自分は。
「あんたらをぶっ潰す」
 そう。
「仮面ランサー!」
 顔に。
「ランサー・赤!」
「同じく青!」
「黄!」
 三人。並び立つ。
「じゃあ、白」
「!」
 また。
「散るんだ!」
 言われるまでも。
「くうっ!」
 白の。暴風。
(やっぱり)
 狙われているのは。
「!?」
「赤!」
 足を。
「来なよ」
 手に。
「やってやる」
 力が。
 流れを。熱を。
 そのまま。
「ほら!」
 前へ。
 放たれる。ほとばしる。
 赤。
「おお!」
「焼き鳥だぁ!」
 快哉を。
「焼きとったりぃーっ!」
 なんだ、それは。
「!」
 言う間も。
「くぅぅっ!」
 身を投げ出す。ギリギリ。
 剛風。
 嵐。
 それは赤の放射すらも。
「吹き飛ばしたぁ!」
 わかって。
「く……」
 どうすれば。突撃されている最中には、こちらの攻撃が。
「……!」
 いや。
(本体)
 ふり向く。
 そこに。操縦というより完全に引きずられて。
(あれだ!)
 しかし。
「くっ」
 遠い。
「逃がすか!」
 手を。後ろに。
「はっ!」
 放つ。その勢いのまま。
「おお!」
 歓声を背に。
 飛ぶ。
 放出は手から足に。完全に『心優しい科学の子』状態。
「待てぇぇっ!」
 近づく。
 絶対に外さない。その距離まで。
「!?」
 分かれた。
「な……」
 裂けた。そう。
「っ」
 違う。
 二つ。いや二人に。
 右手と左手。それぞれを吊られて。
 そして、逆の手からは。
「しまっ」
 まともに。
「きゃあっ!」
 突っこみ。からみとられる。
 二人の間に張られた。
 網。
 いや、あやとりの紐に。
「はははっ」
「あはははっ」
 嬌声が。二重で。
「くっ、このっ」
 ふりほどこうと。しかし、ますます。
「っっ……!」
 かぁっと。こんなもの一瞬で。
(……だめだ)
 ギリギリ。
 燃やしたりなんてしたら、自分が丸焦げになる。
 紐を選んで最小の力で。そんなことが不可能なほどすでにがんじがらめなのだ。
「つかまえた」
「つーかまえた」
 左右から。
「ほいっ」
「ほほいっ」
「!?」
 網が。いや、あやとりの形が。
 変わる。
 それぞれ片手だけで器用に。というより異様なまでの素早さと正確さで。
「っ……ひゃっ」
 くるくると。いいように。
「このっ!」
 あらがおうとするも。どうしても思うままにならない。この隙にふりほどこうとの試みも、かえって締めつけを強くしてしまう。
「く……」
 完全に。身動きが。
「王様、はりつけー」
「はりつけー」
 無邪気な。だけにぞっとさせる。
(何を)
 これから。
「持って帰ろー」
「おみやげー」
(!?)
 どこに。
「はりつけー」
「おみやげー」
 とにかく。このままでは。
「きぃぃぃぃぃーーーーーっく!」
 影が。高い木の天辺から。
「く……ぅっ……」
 届か――ない。
「うぅぅ……あぁぁぁぁぁぁー」
 落下。
(な……)
 何をしに。
「むやみに突っこむなと言っただろう!」
 地上から。
「おまえまでつかまったら手に負えん!」
(っっ……)
 おまえ。まで。
(つかまった……)
 自分が。
(自分の)
 せい。
「っ」
 バァン! バァァン!
 爆発。
 こちらに直接でなく本体や鶏たちを狙ったものだが。
(届いて……)
 いない。
 羽ばたき、そして紐がしなって軌道をそらす。
「いいから!」
 声が。思わず。
「こっちのことは! だから!」
 よけいなことは。
「っ……」
 寸前で。飲みこまれ。
「はぁっ!」
 手に。力を。
 構わない。
 多少の危険なんて気にしていられない。
 この身体ごと。
「!?」
 急加速。
「く……ぐぐ……」
 重圧が。
「こ……このっ」
 集中。できない。
 力が。
 まとまらない。
(だめ……)
 完全に。
「!」
 パァァァン!
(あ……)
 紐の一部が。
(時間差)
 最初からこれを。
 他の攻撃は気をそらすため。
「っ」
 裂け目が。
 猛スピードの飛行の勢いで一気に。
「きゃっ――」
 解放。
 コマのよう。激しく空中で回転を。
「っ! っっっ!」
 天地が。驚速で。
 とても。
 思考すら。
「――! ――ぁ――っぁ――!!!」
 悲鳴をあげたか。それさえ。
 のみこまれた。

Ⅵ

「おーい」
 のんきな。
「生きてるかー」
 そんな。言い方。
(生き……て……)
 声が。
 それでも。
(………………)
 どうやら。
「よかった、よかったー」
(……おい)
 のんきすぎる。
「じゃ」
(え!?)
 行こうと。
「ち……ちょっ」
 なんとか。上半身だけ。
「ちょっと!」
「?」
 はーはー。息が。
「どういうこと!」
「んー?」
 わからないと。
「おかしいでしょ!」
 だって。
「こ、こうして」
 倒れて。
「おー」
 感心の。
「元気、元気ー。お姉さんはうれしいぞー」
 そういうことでは。
「じゃ」
「ちょっと!」
 だから。
「ちょっとー」
 逆に。
「忙しいのよ、お姉さんは」
(いっ)
 忙しいとか、そういう。
(こいつ……)
 あらためて。
(何者)
 なのだろう。
 見た目は。地元の。
(……いや)
 違う。
 なんとなくでしかないが。
 服装はかなりオールドクラシックな〝田舎者〟。
 しかし、中身が。
 重さを感じさせない。
 かろやかな。
 明るく、はつらつと。その瞳に知性を宿した。
 むしろ、都会的な。
「あっ」
 こちらの視線に。
「わかるー? 益子なのよー」
 抱えていた大きな壺を。
「何でもないって思うんだけどねー。それでもなんだかいいなーって。馬鹿にしたもんじゃないわよねー。普段使いだからっていいものはいいのよ。うんうん」
 一人で納得。
「手伝って」
「えっ」
「ちょうどよかったー。こんなとこで会ったのも縁よねー」
 この状況で。何を。
「ほら、早く立って」
「い、いや」
「早く!」
「っ」
 思わず。
「持って」
「………………」
「ほら、そっち。一人でここまで重かったんだから」
 夢遊病者のよう。言われるまま。
「ちゃんと持った?」
 こくっ。
「じゃあ、行こう!」
 やたら元気に。
「ふふふーん♪ ふんふーん♪」
 鼻歌まで。
「シネマみましょか、お茶のみましょか~♪ いっそ小田急でにげましょか~♪」
 はっと。
「そ、その歌」
「あなたも好き?」
 いや。
「流行ってるもんねー」
 流行っているのか!?
「わたしも」
 遠くを。見るよう。
「小田急で逃げてきたようなもんだしね」
「えっ」
 急に。
「なーんて」
 すぐさま。
「まー、気に入ってるんだけどね、ここの暮らし。疎開って言っても、小田急で一本なわけだし」
 疎開? 耳慣れない。
「ほーら、着いたわよー」
 森の小道を抜けた先。いかにも農家という趣きの。
(茅葺き……)
 の。はず。
 ところどころ青く苔むした。
(周りも)
 深い木々や竹林に。
(異世界)
 そんな。
「前に住んでた人は養蚕やってたらしいんだけどね」
「えっ」
 ヨウサン?
「あれよ。カイコから糸を」
「!」
 町田名物。
「虫はいいから!」
「は?」
「あ……」
 恥ずかしい。
「ただいまー!」
 ツッコまれることもなく。
「静かにね」
 壺を抱えたまま。器用に人差し指を。
「まだ、旦那が寝てるから」
(だ……!)
 結婚しているのか。
 というか、大声で「ただいま」を言ったのはそっちで。
「そこに置いてー」
 縁側に。
「よっと」
 無事。
「ふー」
 汗を。
「ありがとうね、手伝ってもらっちゃって」
「………………」
 何と。
「あ」
 ようやく。
「キミ、この辺りの子じゃないね」
 いまさら。
「……フン」
 ぶすっ。
「あははー」
 機嫌を損ねることもなく。
「歌おう!」
「は!?」
「朝は元気よく! でしょ!」
 静かにと。
「ラジオ体操ぉー!」
(ええっ!?)
「ラージオはさけぶ~♪ いっち、にっ、さん♪」
 知らない!
「う……」
 くらり。
「えっ、ちょっと」
 あわてる。
「……眠い」
「は?」
「徹夜明けのラジオ体操はキツいわー」
「な……」
 当たり前だ!
 というか、さっさと寝ろ!
(どういう)
 ついていけない。
「あ、おはよー」
「えっ」
 ふり返る。
「あ……」
 がっしりとしたガタイ。
 思いきり。不機嫌な。
「ご、ごめんな」
 はっと。
(なんで)
 こちらが。
「メシ」
 ぼそり。
「できてるぞ」
「わーい、ありがとー」
 かくっ。
(ええぇ……?)
 どういう。
(ひょっとして)
 旦那。これが。
(寝てるって)
 言って。
「きゃっ」
 ガツン。
「押さえて!」
「えっ」
「早く!」
 またも。
「っ」
 とっさに。
「おー、セーフ」
 ギリギリ。
「誰よ、こんなところに壺なんて置いたの」
 おまえだ!
「さー、ごはんごはんー」
 ご機嫌で。
(眠いんじゃ)
 わからない。本当にわからない。

Ⅶ

「一荷入りだと思ったらねー、二荷入りだったのよー」
「………………」
 何の話を。
「いいわよねー、小勝師匠」
 知らない。
(何なんだ)
 不思議な。というより異様な。
 しゃべり続けているのは一人で。自分も含めた二人は黙っている。
 そんな。食卓。
(食卓……)
 なぜ。
 ご相伴に与かってしまって。
(こんな)
 畳の間に丸い木の卓袱台。これでもかと〝和〟な。
(料理だって)
 もちろん。
 麦入りの米飯とみそ汁に、野菜中心のおかず。中心というかそれしかなく、しかもわずか二品。青菜のおひたしときゅうりの漬物。
(精進料理か)
 思って。
(まあ)
 朝だから。
(朝……)
 いや、もうすこし何かあっても。
「食べないのか」
 息を。
(う……)
 いま。声をかけてきたのは。
(この人)
 黙々と。ただ箸を動かしている。
(えーと……)
 初対面。の。
(そうだよ)
 名前さえ。
 なのに。
「遠慮しなくていいのよー」
 こちらも。
「壺友だちだしー」
 そんなジャンルはない。
 いや、なくはないのかもしれないが。
「やっぱ、朝酒はしみるわー」
「え……!?」
 何度目かと。
「どう、一杯?」
 おい!
「風呂も沸いている」
「ありがとー」
(だ……)
 だから何なんだ、この二人は!
(夫婦)
 らしいが。それにしても。
(朝帰り……)
 さらに朝酒、朝風呂。
(自由すぎる)
 嫁のほうが。
 そして、夫はそれに怒る様子も見せない。
(いや)
 怒っているのか? 終始硬い表情でまったくわからないが。
(でも)
 食事に風呂まで。
(普通は)
 普通?
(………………)
 まったく。
(変)
 尽きる。
「コラ」
 ずびしっ!
「痛っ」
 不意にの。
「なに、そんなむっすりしてんのよー。うちの旦那じゃないんだから」
(お、おい!)
 にこやかにしろというほうが。
「ねぇ~」
 とろん。目が。
「わたしのこと、嫌い~?」
(う……)
 完全に。
「はい、あーん」
 するな! しかも、酒で。
「あはははははは~」
 もう。
「………………」
「?」
 止まった。
「……くかー」
(おい)
 あきれも。もはや。
「風呂」
「えっ」
 箸を置き。立ち上がる。
「沸いている」
「………………」
 入れと。そう。
「くかー」
 これを叩き起こして入れろということではないはずで。
「あっ」
 さっさと。自分の茶わんを流しに。
「行ってくる」
 背広姿に帽子。
「え……あっ、ちょっ」
 行って。
「ちょっと……」
 いまさらながら。
「う……」
 無防備に。寝こけている。
「ち、ちょっと」
 さほど広くはない家の中。他の者の気配はうかがえない。
(どうするの)
 これを。
 この状況を。


「ふー」
 貧乏性。ということか。
 一人暮らしが長いせいかも。
(それにしても)
 レトロ。家屋に負けず劣らず。
(ひょっとして)
 薪? で沸かしたのか。
(台所だって)
 ガスどころか現代文明のにおいが。
(まあ)
 あるのだろう。あえて不便な昔の暮らしをという。
「ふぅ」
 それにしても。
(あれから)
 思いを。せまい湯船の中で。
(あいつ)
 仮面師。
 完全にこちらを手玉に取った。
 ギリギリで逃げられたようだが、その後。
(追っては)
 来なかったのか。
 意識を失っていたこちらなど、簡単に再びとらえられただろう。
(何か)
 追えないような。そんな理由でも。
(二人が)
 追撃して。それで。
(………………)
 おかしい。やはり。
 どちらにしろ、どちらも接触してこないというのは。
「おー、いい湯加減かー」
「!」
 堂々と。
「来るな、酔っ払い!」
「違うってー」
 どこが!
「あのねー。本当の酔っ払いっていうのは『自分は酔ってない』って言うもんなの」
 そんなこと。
「だから、わたしは酔ってない」
 本物じゃないか!
「く、来るな」
 逃げ場が。
「ふっふっふー」
(く……)
 まさか。こういうピンチに。
「待て!」
 ここは強気に。
「……えーと」
 強気に?
「処女だ」
 血迷った。
「だから」
 ますます。
「だ、だから」
 声が。
(って)
 生娘か!
 いや、そうなんだけど。
「んふふー」
 ますますの。
「愛いやつよのぅ」
 酔っぱらいが!
「待て!」
 抵抗を。
「入れないだろ!」
 この狭い湯舟に。二人は。
 というか。
「酔っ払いが風呂に入るな!」
 何かあったら。
「温泉で一杯は?」
 言い返される。
「え、えーと」
 確かに。お盆を浮かべて日本酒のイメージは。
「って」
 そもそもの。
「ここは温泉か!」
「ここは温泉だ!」
「えっ!?」
 確かに露天で、入るのにかなり躊躇はしたが。
(って)
 だから、酔っ払いの言うことを真に。
「出るから!」
 戦略的撤退。逃げるが勝ち。そんな言いわけで。
「出すかぁ!」
「!?」
 どういう。
「ちょ、待っ、バ……!」
 頭を押さえつけ。無理やり。
(こっ……)
 殺す気か!
「ほーら、こうすれば一緒に」
 上下で!?
「殺す気かぁーーーーっ!」
 全力。
「あっ!」
 上下逆さ。
 突き飛ばした勢いプラス水場のせいで豪快に足をすべらせ。
「ちょっ!」
 しがみつく。さすがに頭から真っ逆さまは。
「……!」
 限界。
 すでに。これでもかと暴れていたせいで。
「わっ……」
 固定されていない。
「わ……わわっ」
 板組みの。樽のような浴槽は。
「うっわーーーーっ!」
 ザッパーーン! 盛大に。
 湯をまき散らし。
「ぎゃーーーーーっ!」
 一回転。上下逆さまに抱えこんだまま。
「ぐはっ!」
 こちらが。クッションになって。
「ぐ……ふっ……」
 まともに。
 全裸。これ以上なく無防備で。
「う……く……」
 青空の下。
「もう……」
 やぶれかぶれの。
「好きに……し……」
 がくっ。

Ⅷ

 最悪の。
 夢。
「………………」
 ではなかった。
「あーさーね、あーさーざーけ、あーさーゆがだいすきで~♪」
 王様か。
「ほらほら、まだぬるーい」
 だから、王様か。
「けほ、けほっ」
 まともに。
「言ったでしょー。吸うんじゃなくて吹くんだって」
 やっている。
 加減が。
 吹きすぎると灰がこちらに舞ってしまって。
「なんで」
 風呂焚きなんて。
「全部こぼしちゃったんだから当然です」
 当然か?
 こちらだけのせいなのか。
「抵抗したりするからー」
 する。普通。
(普通……)
 頭を抱えるしか。
「くさーつーよーいとこー、いちどーはーおーいで♪」
 多摩だろう。
(………………)
 多摩。なのか。
(ここも)
 すでに。
「あの」
 顔を。
「あんた」
「コラ」
 叱られる。も。
 優しく。
「お姉さん」
「は?」
「年上のお姉さんなんだから、そう呼ぶに決まってる」
 そこは。いいかげんにはしないと。
「……お姉さん」
 不承不承。
「――は」
 そこで。
(何を)
 聞けば。
(ここが)
 普通ではない場所なのか。
(ていうか)
 目の前の『これ』がまず。
「きゃっ」
 パシャッ。不意に。
「コーラ」
 またも。叱る中にも優しい。
「顔を上げなさい、青少年」
(な……)
 上げている。
「あ」
 しまったと。
「青少年はおかしいよね」
 そこもそうだが。
「青少女?」
 なんかやらしい。
「おい、青少女よ」
 だから。
「うらやましいか」
(は?)
「わたしが」
 まったく。
「夜遊びして小田急で朝帰り。おまけに朝酒朝風呂。しかも」
 しかも?
「旦那には完全に理解がある」
 マジか。
「ハズバンドには」
 なぜ洋風。
「うらやましいか」
「う……」
 思わず。
「あ、やっ……ぜんぜん!」
 あわてて。
「そうか、そうかー」
 ご機嫌の。
「『ぜんぜん』って言ってるし!」
 ムキに。
「ぜんぜんうらやましい」
 言ってない!
「そんな日本語はない」
 知ってる! や、いまは言われたりするけど。
「ぜんぜん」
 指を。
「何?」
「っ……」
 突きつけられ。
「ぜんぜん……」
 口を。
「ぜん……ぜん……」
 先が。
「ど、どうでもいい!」
 やぶれかぶれ。
「とってもいい」
 言ってない!
「いいところよー」
 ゆったり。
「鶴川は」
 はっと。
「ホント、疎開って気分じゃないわねー」
 また。その言葉。
「……あの」
 確かめないと。しかし、思い至ることは一つしか。
「あ」
 空を。
「!」
 見た。
「えっ……な……」
 覆い尽くす。そんな言葉が陳腐に思えない。
 数。
「立川のほうね」
「えっ」
「心配ないわ。ここが狙われることなんてないし」
 平然と。
 だが、そこに強い何かを。
「攻めたら攻められる。当たり前よねえ」
「………………」
「大体、地図もなしに攻めこむような国だもん。気合でどうこう言い始めた時点で終わってるわよ」
「あ、あの」
 やはり。ここでは。
「負けないわよ」
「えっ」
 それは。
「負けないから」
 深い。もっと。
 何かを。
「なあ、青少女!」
「わっ」
 乱暴に。頭を。
「前を見ろ、前を! へこんでなんかいられないぞ! いまここを生きなきゃ!」
「わ……」
 わかっている。言いかけ。
(わかって)
 いたのか。
(ここ)
 それは。あっという間に遠くのものとなる。
 思っていたよりはるかに早く。
(………………)
 そうだ。
 なぜ。
(似てる)
 気づかなかったのだ。
(気づいて)
 いた。
 が。無意識に。
(だって)
 それは。心の奥の。
 もう。
 取り戻すことのできない。
「いいよ」
「っ」
「いたかったら」
 ニカッ。
「うちの子になっちゃいなよ」
「っっ……」
 ゆれる。
「や、やめてよ」
 これ以上は。
(あ……)
 息を。
(まさか)
 信じられないと。目が。
「あんた」
「ん?」
 くっ。唇を。
(間違いない)
 最初から。
「……楽しいかよ」
「えっ」
「こんな風に」
 爆発。
「人を馬鹿にして楽しいかって!」
 放り出す。
「あっ」
 驚く。声を背に。

Ⅸ

 まただ。
(逃げた……)
 わけじゃ。
「………………」
 むなしい言いわけ。
「くそっ」
 完全に。
(だって)
 仕方ないじゃないか。向こうが強引に。
「く……」
 言いわけだ。
「わーい」
「っ」
 聞き覚えの。
「くったー、くった~♪」
 食った!?
「ばばあじるくった~♪」
「!」
 それは。
「うるさい!」
 馬鹿な。
(あり得ない……)
 カチカチ山。
「吊皮(つるかわ)」
「――!」
 そうだ。
「あんたが」
 やはり。
(いまだって)
 どんな皮を。いや、仮面を。
「くったー、くったー、ばばあじるくった~♪」
「っ……く……」
 口もとを。
「し、知るか!」
 無理やり。
「食ってやる」
 消してやる。
 このわけのわからない空間ごと。
 なかったことにしてやる!
「こわい、こわい~」
 そんなそぶりなど見せないまま。
「待て!」
 罠だ。よぎるも。
「逃がすかよぉ!」
 止まらない。
 つかまえてやる。
 つかまえてその正体をはっきりと。
 化けの皮を。
「!?」
 足を。勢いよく。
「うわあぁっ!」
 すくわれ。そのまま。
「うぐっ!」
 逆さづり。
「引っかかったー」
 また。
「ふーふんふん、ふんふふふんふん、ふんふんふんふんふ~ん♪」
 ごきげんに。
「まちぼうけー、まちぼうけ~♪ あるひせっせとのらかせぎ~♪」
 それは。
「そこへうさぎがとんででて~♪」
 まさに。この。
「とんで出て」
 歌が。
「つかまえた」
(く……)
 失態。何度目の。
「皮はいらない」
「……!」
「外側は」
 言って。
「だから」
 手に。
「もらっちゃお」
 鈍く。光る。
「これはいらない」
 顔に。
「っ」
 こちらの。皮を。
「ざ……」
 沸騰。
「ふざっけんなぁぁっ!」
 上体をしならせ。
「みぎゃっ」
 頭突き。
「く……ぴゅぅ」
 さすがに。仮面への直撃は。
「っ!」
 すかさず。こちらも。
 当てる。
「ふぅんぬっ!」
 足に。力を。
 瞬間。
 赤い光に包まれた紐が黒炭となって崩れる。
「きゃ……」
 ドサッ!
「っ……痛ぁ」
 口にするも。そんなものいまは。
「……!?」
 いない。
 人気のない林道の中。
「どこ行ったぁ!」
 叫ぶも。
「く……」
 空しく。
(落ちつけ……)
 でなければ、また。
(どこに)
 油断なく。周りを。
「チッ!」
 わからない。
 本当にいなくなったのかと。
(全部)
 消してやろうか。このうっとうしい雑木林ごと。
 カチカチ山なら!
「――っ」
 気がつく。
 頭上。茂る枝葉の向こう。
「ハッ!」
 足裏に。
 舞い上がる。
 緑の連なりを突き抜け、太い枝の上に。
「あ……」
 またも。空に。
「何なんだよ」
 次々と。
 明らかに攻撃のためとわかる。
 それが。群れを成し。
「おーい!」
 地上から。
「え……」
 風に乗り。届く。
「ごはんだぞー!」
 がくっ。
「なっ……」
 場違いすぎる。
「どこだー! 返事しないとメシ抜きだぞー!」
 子どもか!
「う……」
 腹の音。ごまかしようもなく。
(くそっ)
 朝食の後、風呂、そして逃げ出したりとそれなりに時間は。
(これくらい)
 ラーメン屋でも。
(………………)
 あるのか?
 この。
 どう考えても非常事態な。
「く……」
 ますます。募る。
「なんだよ!」
 仮面を。外し。
「ここだぁーっ!」
 ヤケの。
「おー」
 気づき。
「鬼ごっこかー。見つけたぞー」
(くっ……)
 何を。
「今度はそっちが鬼だなーっ!」
 遊びのつもりか。
(遊び……)
 遊鬼。そんな言葉が。
(……わかったよ)
 腹が。
(そのつもりなら)
 据わった。
「うく……」
 鳴った。

Ⅹ

(……変わらん)
 卓袱台に並べられた。
「食え食えー、遠慮するなー」
 食べるけど。
(普通に)
 おいしい。
 運動――というか戦闘の後ということもあって。
「っ」
 汁椀に。伸ばした手が。
「ん?」
 こちらを。
「なによ」
 険悪な。
「わたしの作ったみそ汁は飲めないってわけ」
「そんなこと」
 けど。
「しょっぱくて」
 違くて。
「姑か!」
 なぜ。
「嫁いびりか! 『ウチの女房にゃヒゲがある』って!」
 なんだ、それは。
「飲むよ」
 一息で。
「ぷはっ」
 完飲。
「うまかったか」
 にやにや。
「わたしの作ったタヌキ汁は」
「!」
 胃が。
「だまされたな」
「……!?」
「タヌキだけに」
 笑えない。
「まー、いくらこの辺りにタヌキがうようよいるっていってもねー」
 うようよいるのか。
「珍獣」
「?」
「らしいよ」
 何が。タヌキが。
「欧米には」
 得意げに。
「タヌキっていないらしいから」
「……へぇ」
 知らなかった。
「ラクーンドッグ」
「?」
「って言われてるらしい」
 ドッグ=犬で。
「ラクーンはあらいぐまだもんねー」
 知らなかった。
「あらいぐま犬。って意味わかんないよねー」
 ……まあ。
「まあ」
 やれやれと。
「だからって、タヌキが戦ってくれるわけでなし」
 は? 意味が。
「ワカメだけ」
「?」
「らしいわ」
「? ?」
 まったく。
「他の国は手こずってるってよー。ワカメ食べるのは日本くらいだから」
 ずずー。すする。
「違う海藻もいっしょくたにシーウィード。船であちこちに広まっちゃって、港でやたら増えて大変らしいわー」
 ああ。そういう。
(って)
 詳しい。
「食べなさい」
「え?」
「おみおつけのワカメ。食べて、あなたも貢献するのよ」
 いや、もう食べて。
(そもそも)
 食べないほうが。むしろ『貢献』になるのでは。
(……わからない)
 あらためて。
「………………」
 見つめて。
「?」
 気がついて。
「ふふー」
 にんまり。
「わたし、キレイ?」
 わからない。
「あんた」
 それでも。
「『お姉さん』」
「っ」
「でしょ」
(く……)
 そうだった。
(誰が)
 結局。
(くぅ……)
 黙々と。箸を動かすしかなかった。


 こだまする。カラスの。
(もう)
 こんな時間。
 縁側で。ぼうっと。
 いい考えも浮かばないまま。
(まったく)
 何なんだ。
(何を)
 目的が。まったく。
(このままで)
 いいはずが。それでも。
「!」
 ぬうっと。
「ただいま」
「あ……や……」
 声が。そんなこちらに構わず。
「あっ」
 中に。
(く……)
 何なんだ。こちらも。
「あー、おかえりー」
 中から。
「こっち? 楽しかったわよー」
 のんきに。
「すっかり、わたしになついちゃってー」
 誰がだ!
「わたしのためにお風呂沸かしてくれたりしてー」
 させたんだ!
(くぅっ)
 イライラするだけだ。ここにいても。
「ふん!」
 立ち上がる。
 も。
「………………」
 だめだ。いまはまだ。
(正体を)
 はっきりさせるまで。
「ねー」
 ドキィィッ!
「晩ごはん、カレーでいいー」
「えっ!」
 できるのか。
「旦那がカレー粉もらってきてねー」
 粉から。
「た……」
 食べたい。言いかけ。
「……!」
 そんな自分に。
「い……」
 いらない。
「………………」
 言えない。
「決まりねー」
「あっ」
 決まった。
「……カレー」
 口に。
「………………」
 それは。

Ⅺ

 黄色い。
「さー、召し上がれー」
 匙を。
「………………」
 知っている。
 この色。このもったり感。
(店と)
 同じ。
 基地と言うべきか。
(カレー……)
 かつての『店』とは。微妙に違う。
 それでも。
「肉は」
 はっと。
「期待するな」
 匙を口に運びつつ。見た目通りの重々しい声で。
(い、いや)
 探しては。
「もっと肉入れてくれよー」
 横から。
「気持ち、わかるなー」
(そ……)
 そんなに卑しいと。
「じきだ」
 ぽつり。
「戦争は終わる」
「っ……」
 やはり。
「なら、カレーも食べ放題ねー」
 能天気。あくまで。
「肉も入れ放題❤」
 そこまで。
「そんな未来が来ればいいのに」
 それでいいのか。
「来るさ」
 来るのか。
「来る」
 静かながら。力強く。
「うん」
 うなずく。
「………………」
 そんな。二人に。
「おいしいね」
 自然と。
「これ」
 言っていた。


「はぁー」
 暗い。天井を見つめ。
(何してんだか)
 三度の食事。しかも、寝床まで。
(罠……)
 やはり。
(………………)
 しかし。
「ねー」
「!」
 突然の。
「一緒に寝ていいー?」
「な……」
 馬鹿な。
「んふふー」
 驚きから。覚めるより早く。
「な!?」
 同じ布団に。
「ちょっと!」
 さすがに。
「いいから」
「は!?」
「ちょっとくらいせまくても」
 こっちはよくない!
「ちゃんと食べてるー?」
 つんつん。
「育ち盛りなんだからー」
「おい!」
 ムキに。
「っ」
 そんな。自分に。
「……やめてよ」
「んー?」
「こういうの!」
 起き上がる。
「なんでよ!」
 返ってくる。おだやかな。
「なんで……」
 その目で。
「だめ?」
「っ……」
 そんな。
「だめ……」
 じゃ。ないから。
「だめ」
 なのだ。
「甘えさせて」
「えっ!」
 何と。
「あ、間違えた」
 がくっ。
「甘やかせさせて」
 抱きしめ。
(う……)
 なぜ。
 伝わる。それが。
(なんで)
 ますます。
「こんな……」
 自分が。
「『こんな』ぁ?」
 怒りの。
「何が『こんな』じゃあ!」
「!?」
 キャラが。
「こーれーかーら!」
 バンバン!
「ドンマイ!」
 励まされた。
「……ははっ」
 なんだか。
「いいよ」
 言って。いて。
「愛いやつよのぅ」
 だから、キャラが。
「じゃ、さっそくー」
 さっそく?
「ほら」
 パンパン。うながされる。
「……うん」
 隣に。
「見てー、お星さまー」
 いや、天井しか。
「ねーねー、三組の太郎くんのことどう思うー?」
「………………」
 これは。
「どうとも」
「うっそー」
 嘘も何も。
「知らないし」
「とぼけちゃってー」
 つんつん。
(いやいや)
 なんだ、これは。
(ないし)
 こういうことでは。
「若いっていいわー」
 そういう結論で。
「夢いっぱいね」
 夢?
「恋もいっぱい」
 ない。
「……ふぅ」
 冷めて。
「ねえ」
 何を。期待して。
「くかー」
「………………」
 こっちが。
 何を。
「ふぅ」
 またもため息。
「おやすみなさい」
 今日は。
 それで。

Ⅻ

 翌朝も。
「いただきまーす!」
「………………」
 無駄に。
「今日も元気だ、ごはんがうまい!」
 それはよかった。
「うまい!」
 こちらに。
「うーまーい!」
 どういう。圧で。
「うま……」
 つい。
「うま?」
「………………」
 なぜ、言わせたがる。
「……おいしい」
 仕方なく。
「もう一杯!」
「えっ!?」
「よろこんで!」
「あっ」
 まだ残っている。
「う……」
 山盛りで。
「はい!」
 受け取る。
「どんどん食べてねー」
(た……)
 食べるけど。


「ふぅ」
 お腹を。さすって。
(オヤジか)
 我ながら。
『もー、体重落ちちゃうよー』
 うらやましい。心底。
「………………」
 いまごろ。
(探して)
 くれては。
(……いる)
 はず。
(けど)
 確信は。
「コラーーッ!」
「!?」
「いい若いモンが、なに食っちゃ寝しとるかーっ!」
 あぜん。
「あとの半年ゃ寝て暮らすか! デカンショデカンショで半年暮らして!」
 わからない。
「立て!」
 鬼軍曹か。
「走れ!」
 なぜ。
「それが青春だ!」
 知らん。
「食ってすぐ寝ると牛になるぞ!」
 そんな伝説。
(牛……)
 ブタ。よりはマシかもしれないが。
(体重)
 どちらにしろ。
「ラージオはさけぶ~♪ いっち、にっ、さん♪」
 知らない。
「行こう!」
 どこに。
「山狩り」
 思いも。
「まあ、山ってほどじゃないな。丘狩りだ、丘狩り」
 何でもないと。
「ほら!」
「え、ち、ちょっと」


 丘狩り。は。
(険しい)
 なんなら『山』でも。
「ほらほらー」
 前を。やはり無駄元気に。
「分け入っても分け入ってもだー」
 確かに。『分け入る』だ。
 道が。
 人一人。いや、それすらも。
 舗装なんてまったく。
(獣道)
 まさに。
(獣の)
 道。
「増えちゃってねー」
「えっ」
 何が。
「がんばるわよー」
 何を。
「……!」
 ガサガサっ。
「さっそくねー」
 何がだ。
「来るわよ!」
 するどい。
「!」
 飛び出した。
「やあっ!」
 突き出される。
 網。
 くるり。返され。
「よし!」
(う……わ)
 それは。
「い、犬?」
「いかにも」
 生け捕ったりと。
「さーて、お次はー」
「ち、ちょっ」
 ついて。
「なんで!?」
 裏返る。
「つかまえるでしょ」
 そうなのか!
「危ないし」
 えっ。と。
「言ったでしょー。増えちゃって大変だって」
 それは。
「病気持ってたりするとねー、子どもが噛まれたりして危ないし」
 そうか。
(丘狩り)
 こういう。
「役場に持ってくとこだけど、まあ、それどころじゃないっていうか」
 戦争。
「……じゃあ」
 思わず。
「どうするの」
「食べる」
「!」
「ってのは、さすがにねー」
 やめてほしい。
「食べたい?」
「っっ!」
 首を。勢いよく。
「病気だもんねー」
 そういうことではなく。
「まあ」
 手早く。紐をかけ。
「仲良くやれればいいんだけどねー」
「………………」
 仲良く。
「すれば」
 言いかけ。
「!」
 見た。
「……あ……」
 声が。
 まさか。
「放して!」
「ん?」
「こいつ」
 顔に。
(仮面……犬!)
 馬鹿な。
「早く! いいから!」
 声を張る。
「!?」
 ガサガサガサッ。
「おーっと、大漁かー」
 のんきな。
「逃げて!」
「えー、逃がすわけには」
 伝わらない。
「……!」
 囲まれた。そのすべてに。
「仮面……」
 うめくしか。

ⅩⅢ

(どうする……)
 戦うしか。
(でも)
 いる。すぐそばに。
「おー、いっぱい出たわねー」
 相変わらず。
(見えて)
 ない? 馬鹿な。
 異様な。
 仮面の。
「下がって」
「おっ、やる気出た?」
 ムカッと。
「邪魔だし」
 言ってやる。
「へー」
 カチン。
「なら、お手並み拝見と行こうかしら」
(だから!)
 見るなと。
(見られて)
 いままでの。これまでの。
 全部が。
「なーんて」
 前に。
「バッ……!」
 出るなと。
「いいから、いいからー」
 そういうことで。
「おうらぁっ!」
「!?」
 蹴った。
「な……」
 容赦ない。
「馬並だし」
 どういうことだ!
「下がりな、ノラ犬ども!」
 勇ましすぎる。
「こちらに居わすはねぇ!」
「えっ」
 こちら? こっち!?
「わたしもよく知らん!」
 がくぅっ!
(な……)
 確かに。お互い。
「それでもねぇ!」
 肩をめくり。
「妹なんだよ!」
「は!?」
 いつ、そういうことに。
「こちとら、姉さんなんだ!」
 呼ばせてはいるが。
「親の血を引く兄弟よりも、固い契りの姉妹船!」
 演歌か!
「はぁぁ~♪」
 歌うな!
(頭が)
 こんなことを。
「とりゃあっ!」
 バキィッ!
「あ……」
 また。
「フフン、かかってきなさーい」
 挑発するなと。
(あ)
 警戒。あきらかに。
(どうして)
 仮面の。それが。
(普通の)
 普通の?
(なわけ)
 もう。短い付き合いでも。
(だからって)
 この状況に。
「ほらほらほらぁっ!」
「あっ」
 止める間もなく。
(う……)
 わかっていても。ある意味〝虐待〟にも見えなく。
「犬はねぇ!」
 力強く。
「こっちが強いって思い知らせるの!」
(お……)
 それは。
「ハンパが一番だめ! やるときはやらないとね!」
(やるとき)
 その。時を逸し続けているのが、自分の知る『現代』ではないか。
 事なかれ。そんな空気の中。
 誰も。立ち上がらない。
 立ち向かわない。
(………………)
 孤独。久しぶりの。
 その痛みは。
「……あ」
 気がつくと。
「いい汗かいたー」
(そんな)
 豪快すぎる。
「あ」
 しまったと。
「みんな、追い散らしちゃったなー。一匹ぐらいつかまえとくんだった」
 それなら。
「あ」
 いない。残っていたのは拘束していたはずの紐だけ。
「あー」
 あっさり。
「逃げられた」
「……うん」
 こちらも。それ以上の感慨は。
 驚きの反動というか。
「あーららー」
(なっ)
 まるで。こちらが。
「知らないし!」
 あわてて。
「吠えるのはおびえの裏返し」
「……!」
「この国も」
 だから。
「負けてるんだって」
 くり返し。
「………………」
 つい。
「どうすれば」
 口に。
「負けないで済むの」
「んー」
 あごに。指を。
「やっちゃえばいいんじゃないかなー」
(な……)
 何の答えにも。
(そもそも)
 吠えていたか? あの。
(わからん)
 あれもこれもだ。

ⅩⅣ

(わからん)
 まま。
「あー」
 夕暮れを。ただ。
「ゆうやけこやけでひがくれて~♪」
 はっと。
「それは知ってる!」
「そうなんだー」
(う……)
 馬鹿に。我ながらはしゃぎすぎたとは思ったが。
「………………」
 はしゃぐ。そんな。
 いつの間にか。
「……あのさ」
 わかっていた。から。
「行くわ」
「カラスと一緒に?」
 まだ。
「一緒っていうか」
 言葉を。
「まあ、一緒でなきゃいけないっていうか」
 そう。
「そっか」
 あっさり。
「いってらっしゃい」
(……あ)
 それは。
「い……」
 本当に。久しぶりの。
「いってきます」


 しかし。
(く……)
 朝を。せめて待てば。
 いまさらの。
「くそっ」
 そもそもだ。
 ここは。自分の知る世界ではない。
 いや、知るというほどこのあたりに詳しかったわけでもないが。
 それでも。
「あーもー、田舎暗ぇー!」
 八つ当たり気味に。
「街灯どこだよ!」
 そもそも。この時代に。
 というか世界に。
「わかんねー!」
 八つ当たり。完全な。
「っ」
 灯り。前のほうに。
「ホタル?」
 間抜けな。我ながら。
(いないだろ)
 いや、郊外ならいたのか? いるのか?
 どちらにしろ、見るのは初めてで。
「マジか……」
 思わず。
「!」
 強く。燃え上がる。
「わ……わわっ」
 完全に。
(カッコ悪ぃ)
 唇をかむ。
 犬に。
 勇ましく向かっていったあの。
(比べて)
 自分は。
(ホタルに)
 正確には。というかまったく違うが。
「おい!」
 気持ちは。
「ホータル、こい!」
 ヤケで。
「ホッ! ホッ!」
 馬鹿か。思いながら。
「ホータル、こい!」
 前に。
「……!」
 来た。
 向かって。
「うおっ!」
 直角カーブ。顔面すれすれを。
「!?」
 ズッ! 足もとが。
「うおわぁっ!」
 バシャァーン!
「ぶっ!」
 水!?
(つか)
 川か。闇のせいでその縁にいたことにまったく気がつかなかった。
「くそっ」
 また。罠に。
「!」
 ゆらゆら。灯る。
 そこに。
「障子!?」
 なぜ、野外に。そんな疑問も突き抜け。
「……!」
 浮かびあがる。
 影。
「これ……」
 パタン。パタン。
 日常的にはなじみのない。しかし、何をしているかは想像できる。
「う……」
 思わず。手が。
「つるがみる~♪」
「……!」
 ぎょっと。
「つ、鶴……」
 やっぱり。
「って」
 それを言うなら。
「………………」
 言いたくない。ほんのわずか前、自らそれを認めていても。
「っ!」
 飛び上がる。
 白い。大きな翼を持った。
「ニワトリじゃなかったのかよ!」
 まさかの。
 闇夜のカラスならぬ、闇夜のツル。
 目立つことこの上ない。
「つるがみる~♪」
 再び。
「み、見るな!」
 というか、こちらが見る側では。
「つるがみる~♪ つるみがわ~♪」
「あ……」
 川の名前か。この。
「くっ」
 巧妙に。すべて仕組まれているような。
(だめだ)
 飲まれるな。
 どんな手で来ようと。どんな鳥だろうと。
(やることは)
 顔に。
「やるし」
 仮面。
(わからせる)
 力が。意志と共に。
「こっちが強いって!」
 じゃれつかせるような真似を。もう許しは。
「あは……はははっ」
 笑いが。
「王よ」
 恍惚の。
(何でもいい)
 何と呼ぼうと。自分は自分だ。
「やるから」
 そう。
「どうぞ」
 前に。
「っ」
 スッ。差し出される。
「な、何だよ」
 思わぬ。
「王が望まれるなら」
 ためらいない。
「首を」
「え……」
 どういう。
「……っ」
 我に。
「今度は」
 油断なく。
「どういう罠?」
「………………」
 答えない。
「わかってるし」
 それでも。
「どうぞ」
 くり返される。
「ざけんな!」
 声を。
「……く……」
 変わらない。動かない。
(どういう)
 このまま。なら。
(い……)
 いいのか。
(いい)
 決まっている。
 自分は。
 仮面たちすべてを。
(そう)
 手が。
「狩る」
 上向かせ。その首を。
「お望みのまま」
 後押し。
「っ……」
 言われなくとも。
「くっ」
 指に。力が。
「く……」
 ぐい。ぐい。
 喉に。
 その感触が。
(いいんだ)
 これで。
「く……か……」
 苦しそうな。それすら媚びを。
(いつまで……)
 こうやって。
 耐えられない。
(っ……弱気に)
 なるな。
 こちらが。強いと。
(思い)
 知らせる!
「っ」
 砕けた。
「あ……」
 やって。
「………………」
 いや。自分は。
 初めてでは。
(なのに)
 なんだ。この。
 胸の。
 どうしようもなく。
(なんで)
 関係ない。
 仮面だ。
 それ以外の見た目がどんな姿かたちをしていようと。
(子どもだって)
 つかみきれないと思うほど。
 細い。
 その首を。
「あ……!」
 細すぎる。
「やっちゃった」
 耳元で。
「あ……あぁ……」
 これは。
「だっ――」
 爆発。
「だましたなぁーーっ!」
 ふり向く。そこに。
「怒るよねぇ」
「っ!」
「だまされたら」
 にんまり。
「たかが鳥がさ、人のフリしてたんだよ」
(鳥……)
 首。この。
「仮面をつけてね」
「!」
 そうだ。そういうことに。
「だから」
 ささやく。
「殺されて当然」
「っ……」
 違う。そんなつもりで。
 自分は。
(仮面だから)
 けど。それは。
(変わらない)
 なら。
「……そうだ」
 声が。
「いいんだ」
「仰せの通り」
 うやうやしく。
「だから」
 ささやく。
「殺しちゃえ」
「っ」
「人の心に平気で入りこんでくるようなやつらは」
 心。
(人の……)
 それは。
(あの)
 二人。
「ひどいよね」
 そんな。
「ぜーんぶウソだったんだ」
「……!」
 嘘。
「お返ししないと」
 恩返し。じゃない。
「カチカチ山」
 そうだ。
「ババア汁」
「そうそう」
 自分は。何を飲まされた。


「おー」
 縁側で。
「早かったなー」
「………………」
 馬鹿に。
「何してるの」
「月見」
 のんきな。
「ほら」
 指を。
「丸いぞー」
 当たり前だ。
「あの月を射落としてみよ」
「っ……」
 何だ。
「なんだっけ」
 知るか。
「いいから」
 もう。
「いいかー」
 からからと。どこまでも。
(いいから)
 もう。
「座りな」
 隣を。
「………………」
 逃げない。
「どうだった」
「えっ」
 不意を。
「ここに来て」
「………………」
 それは。
「どうも」
 ない。ただ。
(ただ……)
 ふり回されただけ。それだけで。
「もう……いい」
 こんなこと。
「はっきりさせるし」
 正面切る。
「何が狙いさ」
「狙われたい?」
「っ」
 また。
「……く」
 そらさない。
「やめろよ」
 微笑。
「やめろったら!」
 激昂。
「放っとくだろ!」
 面倒くさい。こんな。
(自分だって)
 どうにもならない。
「なのに」
 手が。
(あ……)
 引きそうに。
「だからだよ」
 触れる。
「こんな」
 慈愛の。
「かわいい子を」
「っっ……」
 あり得ない。
「あんたの」
 あらがう。よう。
「仮面」
 火を。
「剥いでやる」
 吐く。烈しさで。
「………………」
 沈黙。
「そっか」
 手を。
「それって」
 顔に。
「こういう仮面?」
「!」
 それは。
「……や……」
 見間違い。
 否定。即座に。
「嘘」
 思いたい。そうとしか。
(こっちと)
 同じ。
「さあ」
 赤い仮面の。向こう。
「だーれだ」

ⅩⅤ

「うわぁぁっ!」
 悲鳴。
「どうしたの」
 迫る。
「見たかったんでしょう」
 違う! こんな。
「あんただ」
「……!」
 自分。
「これは」
 自分の。
「逃げるな」
「っ!」
 手首を。
「や、やだ」
 子どものように。
「こんなのやだ。やだよぉ」
「………………」
 かすかな。
「……黙れ」
 しかし。
「見ろ」
 厳しい。
「あんただよ」
「え……」
 この仮面が。
 自分。
「違……」
「違わない」
 容赦なし。
「あんたの」
 近づく。
「顔だ」
 視界。いっぱい。
「どうだ」
「………………」
 聞かれ。ても。
「嫌だ……」
 それしか。
「怖いか」
 はっと。
「こ、怖い?」
 そうか。自分は。
「……こ……」
 おそるおそる。
「怖……い」
 認める。
「だろう」
 再び。そこに。
「だったら」
 だったら?
「………………」
 自分と。向き合って。
 どうすれば。
「どうしたい」
「ど……」
 どう? したい?
「そんな」
 ますます。
「……わからないよ」
 もろく。
「馬鹿だし」
「馬鹿じゃない」
 優しく。
「わからないってことがわかってるんだから」
 そう。言われても。
「よしよし」
 手が。
「やめてよ」
 払おうと。
「っ」
 変わって。
「あ……」
 白い。面。
 狐の。
「な、なんで」
 化かされたよう。まさに。
「おい」
 ぬうっ。
「!」
 ひょっとこ。
「行くぞ」
「え? え?」
 追いつかない。
「決まってるでしょ」
 いるのか。
「ほら、そんな格好してないで」
 うながされ。
「……うん」
 おとなしく。


「き……」
 初めての。
「着物?」
「浴衣でしょーが」
 苦笑。
「おー、似合う似合う。元がいいから」
「え……」
 熱く。
「さすが、わたしのお下がりよねー」
 そっちの『元』か。
(まあ)
 思いのほか。こんな格好をしようともしたいともいままでなかったが。
「……イカす」
「おいおーい!」
 バンバンッ!
「ぐ、ぐふっ」
「『イカす』って何だよ、『イカす』ってー。何時代だよー」
「………………」
 何時代だ。ここは。
 そして。
「………………」
 狐面を。いまは斜めにかぶった。
「なんだー?」
 にやっ。
「見とれちゃうほど美人かー。おいおーい」
 バンバンッ!
「ぐ……」
 一々。
「行くぞ」
「あっ」
 さっと。
「ま、待っ」
 あわてて。
「っ……」
 ついて。いって。
「置いてくぞー」
「!」
 子どものように。どうしようもなく。
「行くから!」
 言って。

ⅩⅥ

「おお……」
 地味だ。
(こんな)
 お祭り。初めて。
「どうだー」
 どうもこうも。
 というか、よくわからない。
「こっそりだからなー」
 悪びれず。
「けど、こういうのはさ」
 真面目な。
「途切れさせたら終わりなんだ」
(終わり……)
 重い。
「ま、細かいことは気にすんな」
 していない。
「楽しめ」
 どう。
(えー……)
 ぽつり、ぽつり。
 灯る。
 かすかな。
 その周りに人影は認められるのだが。
(何を)
 して。
(けど)
 感じる。その。
 楽しげな。
(何が)
 言いたく。
「照れるな、照れるなー」
「えっ」
 そういうことと。
「デレるなー」
 誰が。
「行けば」
 いいんだろう。
「行くし」
 またもの。ヤケで。
「………………」
 おそるおそる。
(な、何を)
 ビビッてるんだ。
(たかが)
 たかが? 何が。
 わからない。
「っ」
 こちらを。見る気配。
「オ、オッス」
 しっぽの生えた子どもか。
(う……)
 無反応。
「お邪魔します」
 無難に。
(無難か?)
 疑問はあるも。
「あのー」
 仮面の。二人。
(お面か)
 細かいことは。
「ねー、わたあめはー? いか焼きはー?」
「ない」
「じゃあ、作ってー」
「なら、まずは保健所に」
「そこから!?」
「いや、先に地元の顔役と」
「テキ屋!?」
 息を。
「お、おい」
 近づく。
「……!」
 見えた。はっきり。
 青と黄色。
「お……い……」
 まさか。
 いや、間違いなく。
「あ」
 向こうも。
「いいなー」
「えっ」
「それ」
 指を。
「おしゃれしちゃってー」
「お……」
 違う。そんな余裕なんか。
 こちらでどれだけのことがあったか。
「どれだけ」
 瞬間。
「……っ……」
 もろく。
「なんだよ」
 なかば。自分に。
「何なんだって」
 意味なく。
「こんな」
 自分が。本当に。
「お帰り」
(あ……)
 ふるえる。
「いやいや」
 こちらは。クールに。
「ここでお帰りは早いだろう」
「あ、家に帰るまでがお祭りだもんね」
 そんな言葉は。
「やかましいよ」
 帰るまでお祭り状態だったら。
(けど)
 いまなら。というより。
 いまが。
「選べたな」
 後ろに。
「選んだ?」
「そうだ」
 よくやった。言いたげに。
「あんたはあんたの道をつかんだんだ」
「道……」
 それは。
「おめでとう」
 くしゃくしゃっ。
「っ……」
 やっぱり。
「……でしょ」
 顔を。
「マスター」
「………………」
「なんでしょ」
 にかっ。
「バーカ」
 言って。
「それはもう」
 瞬間。
「っ!」
 首に。
「バーカ」
 まったく。異質な。
「家畜のくせに」
 食い入る。
「や……」
 闇の向こう。紐の伸びてきた先。
「やめろぉーっ!」
 走る。
「!?」
 新たな。
「ふんっ!」
 巻きつく。横から伸びた太い腕に。
「あ……」
 大きな。背中。
 こちらを守るよう。
「うまかったか」
「えっ」
「カレーだ」
 ちらり。こちらを。
「……!」
 間違いない。
「おっさん」
「お兄さんだろ」
 あたたかく。
「嘘……」
 こぼれる。
「なんで」
 二人とも。
「しゃらっくせぇぇ!」
 勢いよく。
「ぐっ!」
 巨体が。
「おっさん!」
 ドシィィンッ!
「どいつもー、こいつもー」
 いら立ち。にじむ。
「離せ!」
 声を。
「つかまってるんだよ」
「え……」
「こいつらは」
 さげすみの。
「そ、そんなの」
 見れば。
「違うんだなー」
 あっさり。
「あっ」
 解かれる。
「へ、平気!?」
 あわてて。
「………………」
 応えは。
「つかまってるの」
 影。
「ここは」
 両手を。
「籠の中」
 上に。
「ほら」
「……!」
 見えた。
「かーごめ、かーごめ♪」
 囲まれて。
 夜の闇の中。
 ドームのように巨大な。
「……わかったよ」
 ひるまない。
「抜け出てやる」
 心が。
「一緒に」
 燃える。
「あんたを」
 ゆるぎなく。
「ブッ倒してさ!」

ⅩⅦ

 装着。
「行く!」
 ニワトリだろうが、鶴だろうが。
「!」
 ぶわっ。視界いっぱいに。
「ハト!?」
 バサバサバサバサッ!
「くぅっ!」
 かがみこむ。
「鎌倉みやげー」
「!?」
「鶴に行ったらハトー」
 意味が。
「手品か!」
 ツッコミが。
「ハト肉はうまい!」
 食う気か。
「エサやり禁止!」
 そうだが。
「えーと、あとは」
 ネタか。
「ハト胸!」
 何がなんだか。
(ふぅ)
 けれど。
(いつもの)
 戻って。
(なら)
 やれる。
「青! 黄!」
 向かって。
「行くから」
 それだけ。
「了解」
「オッケーさ!」
 直後。
「うわりゃぁーーーーーーっ!」
(って)
 誰が真っ先に。
「わーーーーっ!」
 まともに。ハトの群れに。
(子どもか)
 神社でよく。
「っ……」
 しかし。
(なんだよ)
 逃げない。追い散らされない。
 逆に。
「たっ……た……痛たたたたたっ!」
 当たり前だ。
「面倒な」
 こちらは。冷静に。
「やつごと丸焼きにするなら別だが」
 さすがに。
(だったら)
 狙うは。
「本体」
 うなずく。
「痛っ! マっ……マジ痛いって!」
「しばらくはもつ」
 さらり。
「たまには食われる立場もいいだろう。食い意地張ってる分な」
 そういうことか。
 と、いまは。
「行くよ」
 左右に。
 紐。
 伸びているその先。
「ぽっぽっぽー♪」
 いた。
「はーとぽっぽー♪」
 闇の中。不気味に明るい。
「まーめが」
「!」
 前に。
「ほしいか?」
 邪悪な。
「っ……」
 気配。
 二つの影。
 動きを止めていたそれが。
「離せ」
 一言。
「離していいのー?」
 いたぶるよう。
「行っちゃうよ」
「!?」
「どこかに」
 にんまり。
「もう二度と会えなくなる」
「嫌だ!」
 子どものよう。
「もうやらせない! あんたらに! 絶対!」
 バァン! バァン!
「っ」
 弾ける。二人につながれた。
「割りばしは」
 得意げに。
「はさめる」
 だから、何だと。そんなツッコミの余裕もなく。
「二人とも!」
 今度こそ。
「どこにも」
 共に。両腕に。
「……え」
 違う。
「抜け殻」
 馬鹿な。
「夏の日の」
 本物は。じゃあ。
「どこだよ」
 押さえきれない。
「いいじゃん」
 軽く。
「死んでるんだから」
「っ……!」
 おまえたちが。
「残るんだ」
「えっ」
 どういう。
「仮面に」
 触れる。己の。
「生きてるか、死んでるか」
 笑う。
「どっちだっていい」
「っっ……」
 爆発。
「いいわけ」
 突っこむ。
「あるかーーーーっ!」
 並ぶ。
「!?」
 二人。壁のように。
「残りカース」
 あざ笑う。
「エサ」
「……!」
「にしか使えない」
 阻まれる。行く手を。
「こういう使い方もー」
「どいてよ!」
 懇願。
「なんで」
 答えない。
「抜け殻だからー」
 あざけり笑う。
「本物は」
「!」
 指さした。先。
「……?」
 何も。
「きゃっ」
 二人が。覆いかぶさるよう。
「こうしても使えるー」
「や、やめろぉっ!」
 押し倒され。もがきながら。
「なんで」
 涙が。
 悔しくて、悔しくて。
 自分がじゃない。
 こんなことをさせられている。
「許さねぇ」
 血を吐くよう。
「ごめん」
 両の手を。それぞれ地面に。
「はぁっ!」
 放つ。
 赤光の勢いのまま上体を起こし、二人を払いのける。
「本当でも嘘でもどっちでもいい!」
 よくはない。
 それでも。言わずには。
「させない!」
 だから。
「やる!」
 騎虎の。憤激の。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ジェット。
 両足裏から放つ光で。
「!」
 またも。前に。
「あははっ、だめだめー」
「こっちを」
 はっと。
「忘れないでほしいな」
 ヒュンッ!
「チッ」
 叩き落とす。しなる紐が。
「無駄だよ、そんな線香花火」
 余裕の。
「……っ」
 直後。
「チィッ!」
 視線を。元に。
「く……」
 いない。
 壁として立ちはだかった二人の前にもその周りにも。
「!」
 上。
 急激な方向転換。そこから。
「シャアッ!」
 紐を。
 それより速く。
「うらぁっ!」
 ゴゥン!
「げひっ」
 直撃。
 急降下頭突き。
「ぎっ! ぎぎぎぃっ!」
 仮面を押さえ。虫のようなうめき声を。
「やったぁ!」
 白い羽を身体中につけ。
「よくも、人をハトってくれたなぁ!」
 ハトる?
「ハトられに突っこんだのはおまえだろう」
 広げるな。
(けど)
 これで。
「終わらせるから」
 この。遊びを。
「ふ……」
 はっと。
「二つ面!」
 勢いよく。
「く……」
 そうだ。こいつらには。
「!」
 途端。
「な、何?」
 じぃわじぃわじぃわ。
 低い。うなりのようなものが徐々に。
「くうっ!」
 耳を。
「カエル!?」
 そうだ。蛙の。
「カエルの歌が聞こえてくるよ!」
 来る。ふさいでも。
「鳥の次は蛙か」
 脈絡が。
「蛙の肉は鶏の味がすると言う」
「食べるの!?」
 そんな。
「蛙宿(あやどり)」
 大合唱の中。そのつぶやきは。
「っ!」
 いた。
 あらたな仮面の。
「また動物頼りかよ」
 怖くはない。
 どうせ、同じような。
「っっ……」
 かすかに。
(地震?)
 違う。これは。
「冬眠していた蛙が一斉に」
「えーーっ!」
 そんなものではない。もっと重々しい。
「!」
 鳴き声の向こう。
 キュルキュルキュルキュル。
 多数の。
 地を食む金属の。
「嘘……」
 巨影。野山を割るように。
「あ、あれって」
 声が。
「戦車ぁぁーーーっ!?」

ⅩⅧ

「マチルダⅡ歩兵戦車」
「えっ!」
 それは。
「オーストラリア製の派生型。太平洋戦域で投入された」
 戦慄の。
「マチルダ・フロッグ! 最凶の対拠点戦車だ!」
 直後。
「!」
 炎。
「逃げろぉーっ!」
 叫ぶ。
「ひゃあーっ!」
 悲鳴が。
「くっ!」
 焼き払われる。容赦なく。
(最凶の)
 まさしく。
「どうするの!? どうすればいいの!」
 そんなこと。
「相手は戦車だ」
 冷静に。
「マチルダⅡは装甲がウリでもある。正面からでは」
 何とかなっても。手間取ったりすれば。
「打つ手なし」
 逃げるしか。
「……!」
 人影が。
「だめだぁっ!」
 きびすを。
「おい!」
「何して!」
 聞こえない。
「マスター!」
 二人とも。まさに糸の切れた人形と。
「逃げるよ! 逃げないと!」
 キュラキュラキュラキュラ。
「!」
 炎を。背景に。
「逃げて!」
 必死の。
「っ……」
 間に合わない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 前に。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 雄叫ぶ。
 力の。魂の限り。
「くぅぅっ」
 両手から。
 かろうじて炎の暴威を食い止める。
「あっ」
 しかし。
「く……」
 囲まれる。
 逃げ場のない。
 そうしようとした瞬間、一斉に。
「燃やせよ」
 どうすることも。
「こっちだけでいいだろ」
 にじむ。大粒の。
「させないし」
 二度も。
「させないからな」
 精いっぱいの。
「くっ……」
 なえていく。力。
「……!」
 燃えあがった。
「あーあ」
 あきれた。
「泣き虫だなー」
「なっ」
 違う。言おうと。
「あ……」
 そこに。
「力は」
 大人びて。
「こうやって使うんだよ」
「………………」
 声が。
「あ……」
 赤い。
 自分のと。同じ。
「……なんだよ」
 最初から。
「手間取った」
「えっ」
「戻ってくるのに」
 どこに。
「!」
 持ちあがる。車両。
「おお……」
 下に。
「おっさん!」
 黄色い。仮面。
「おおっ!」
 ズゥゥン! ひっくり返される。
「すげぇ!」
 戻って。きた。
「一匹くらいー」
「っ」
 いた。
「カエルは」
 ゲロゲロゲロゲロゲロ。どこからともなく。
「まだまだいるいるー」
 笑って。
「カエルの歌はー」
「知るか」
 いまは。
「止めてやる」
 言える。
「止める」
 できる。から。
「よーし、よく言った」
 うれしく。
「ほら、あいつらも」
「あっ」
 鋼鉄の群影。その背後。
「ほーら、こっちこっちー!」
 跳ね回る。
「こっちだよー! こっちだってー!」
 無視できないほど。しつこく。
 砲塔が向いたところで、素早く別の車影に隠れる。
 構わず放たれる火炎。短時間なら生物だけ焼滅できると判断して。
「大ハズレー!」
 炎を放った。当の車両の上に。
 すると、今度は、放射を受けたほうから火炎が噴き出される。
 同士討ち。
 的が定まらず、混乱が広がっていく中。
「!」
 ドウゥン!
 破裂する。砲塔。
「さすがに火のタンクとエンジンのタンクは別だな」
 炎にあおられつつ。冷静に。
「それでも」
 ドゥン! ドゥン!
「武器がなければ、ただの鉄の塊だ」
 そんなことは。言いかけるも、確かにせまい空間に集中しているせいで、その動きは大幅に制限されている。
(でも)
 どうやって。
「あっ」
 たばねられた。食堂の箸立てのようになったそれを。
「フンッ」
 手早く。
 跳び回る影に気を取られたその筒先に。
「わっ」
 ボゥン!
(やるじゃん)
 これだったら逃げずとも。
(……違う)
 とどまったから。
 自分が。
 だから、危険に身をさらすような。
「うわっちぃ!」
 はっと。
「熱ちちちちちちちちっ!」
 火を。尻から。
(おい……)
 昔の漫画か。
(ううん)
 冗談でなく。
「よーし、消火ぁー」
「えっ」
「ほら」
「ええぇっ!?」
 やれと。どうやって。
「できるだろ」
「で……」
 できる。のか。
(……できる)
 そう。
(思う)
 足りない。だけでは。
「やるし」
「よーし」
 満足げに。
「やってみろ」
 丸投げか。
(やるし)
 むしろ。背を押され。
「あ」
 はっと。
(赤)
 同じ。
(だったら)
 やれる。
 確信の。瞬間。
「っ……」
 感覚。
(これだ)
 手綱を。締めるよう。
(来い)
 炎を。力を。
 収斂。
「ふぅー……」
 見つめる。
「昇華」
 一つに。
「きれーい」
 渦を巻く。それは宙に浮かぶ大輪の。
「花火」
 手が。肩に。
「祭りらしい締めだな」
 こくっ。
「たーまやー」
 のんきな。
「ちなみに、玉屋は火の不始末で取りつぶしになっているぞ」
「マジ!?」
 どうでも。
「あー」
 そうだ。
「締めじゃないし」
 そう。
「あっ」
 いない。
「みんな!」
 注意を。
「!」
 ズン! 四方を。
「な……」
 壁が。覆った。

ⅩⅨ

(くっ)
 また。罠か。
「なんか変だよ、これ」
「おい、むやみに」
「うわぁっ!」
 驚きの。
「誰かいる!」
「えっ」
 壁しか。
 いや、壁の向こうか。
「動いたもん! 見えたもん!」
 暗闇の中では判然と。
 確かに、うっすら影のようなものは。
「コラ」
 パン。頭を。
「おまえならやれるだろ」
「あっ」
 そうだ。いまなら。
「どいて」
 凛々しく。
「っ……」
 本当だ。何か。
「離れてて」
 手のひらに。
(ほどよく)
 調節。出しすぎては閉鎖空間で蒸し焼きだ。
(そうだ)
 人差し指だけ。
「灯れ」
 ポッ。ロウソクのように。
「便利ー」
「チャッカマン要らずだな」
 そんなものと。
「お墓参りでお線香に」
 そんな用途か。
「黙って」
 かざす。
「!?」
 仮面。
「くっ!」
 不意打ちか。身構えるも。
「あっ」
 同じ。赤。
 というか、まったく同じ。
「鏡……」
「わー、恥ずかしー」
「なっ!」
 そちらが先に。
「くっ」
 手を。高く。
 周囲を照らし出す。
「っ!?」
 鏡。四方すべて。
「えっ、ミラーハウス?」
「違うのは」
 皮肉るよう。
「出口が見当たらないことだな」
 そうだ。閉じこめられていることに変わりは。
「さぁて、お立ち合い!」
 パン! どこからともなく張り扇の。
「御用とお急ぎでない方はゆっくりと見ておいで」
 何を。
「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚」
 何が。
「籠の中にガマを追いこみ四方に鏡を置きます」
 はっと。
「鏡に映し出された己の姿をガマは見て『おのれ!』と驚き」
 それは。
(同じ)
 自分の姿。
 自分と同じ仮面。
「たらーりたらりと脂汗を流し」
 汗。
「三、七、二十一日とろーりとろりと煮詰めたるが」
 パァン!
「仮面王」
 馬鹿な。
「っ」
 ゆらめく。鏡の。
 仮面の。
「わ……わっ」
 無限に現れて見えるその姿に。
「や、やめて」
 恐怖。
「やめてよ……見せないでよ……」
 それは。
「お願い! もう!」
 どうしようも。
「コラ」
「……っ」
 我に。
「あ」
 見ていた。
 仮面の。
 自分と同じそれの向こう。
 けど。違う。
(いるんだ)
 見て。いる。
 それは。
 肯定の。
(ここに)
 自分が。いられる。
 その。
「……サンキュ」
 波が引くように。
「大丈夫」
 何でもない。
 ただの。
 鏡。
「あーらら」
 残念そうな。そうでもないような。
「ま、いいや」
 手を。振るう。
 砕ける。
 無数の虚像ごと。
 そこに。
「これでおしまい」
 ちんまりと。
「そっちはまだまだ大変だけど」
 その。仮面に。
 ヒビが。
「じゃあね」
 全身にまで。
「っ」
 砕け散る。
「………………」
 あっけない。
(……ううん)
 負けていた。
 ふり回され続けた。
 結局は。
「何なの」
 口に。
「何なんだろうねえ」
「おい」
 おまえまで。
「まあ、いいじゃん」
「よくないし」
 ぜんぜん。
「ほら」
 ポンポン。浴衣についた汚れを。
「これでよし」
「だから」
 よくない。
「似合ってる」
 浴衣姿に仮面。完全にお祭りだ。
「ははっ」
 笑えて。なんだか。
「よし」
「……うん」
 うなずく。
「じゃ」
「あっ」
 行って。
「仕方ないだろ」
 頭を。子どものように。
「仕方なく」
 ない。
「頼んだぞ、こいつのこと」
 二人に。
「じゃ」
 背を。
「っ……」
 二人。並んで。
「あ」
 消える。
 夜の中に。
「あぁ……」
 取り返しのつかない。そんな思いに。
「っ」
 舞う。光。
 それは。
「わー、ホタルー」
 今度こその。
「きれい」
「えっ」
 意外だと。
「似合わなーい」
「う、うるさい」
 自分でも。
「ほーたーるのーひーかーあり~♪」
「下校時刻か」
「あっ」
「どうした」
「蛍光灯ってさ、『ホタルの光』って書くのに中にホタル入ってないよね」
「………………」
「えっ、入ってる?」
 戦いの。後が。
(これか)
 やれやれ。

ⅩⅩ

「おかえりー」
「………………」
 軽い。
「あのさ」
 聞かずには。
「知ってたの」
「んー?」
 とぼける気だ。
「おい、鳥」
「マスター」
「っ」
 それは――
「会えたんだな」
「………………」
 やっぱり。
「会えた」
 うなずく。
「そうか」
 と。
(おい)
 それだけか。
「マスター、カレー鬼盛りー」
「はいよ」
「こちらはラーメン」
(おい!)
 空気を。
「はぁー」
 無駄だ。
「こっちも」
 こうなれば。
「どっちだ」
「えっ」
 そんなの。
「カレー」
 決まっていた。

仮面ランサー/弐

仮面ランサー/弐

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-02-09

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 1
  2. Ⅰ
  3. Ⅱ
  4. Ⅲ
  5. Ⅳ
  6. Ⅴ
  7. Ⅵ
  8. Ⅶ
  9. Ⅷ
  10. Ⅸ
  11. Ⅹ
  12. Ⅺ
  13. Ⅻ
  14. ⅩⅢ
  15. ⅩⅣ
  16. ⅩⅤ
  17. ⅩⅥ
  18. ⅩⅦ
  19. ⅩⅧ
  20. ⅩⅨ
  21. ⅩⅩ