水光のたほれ
どうか、「みずびかりのたおれ」、と、お読みください。
わたしの伯父の話をしようとおもう。
伯父は母の兄であり、わたしの祖父母の住む家にずっと住んでいたのだった。いわゆる実家暮らしという身分がかれのそれであって、働いてはいたようだがしばしば体調を崩して家に籠り、また働きはじめるかそのまま辞職と転職をくりかえしていたという。かなしい病を患い17歳から通院していたようで、わたしはこれ等の話を高校生になって知った。それというのも母は兄である伯父のことをあまり語りたがらなく、父もまた義兄であるかれのことを語ることがほとんどなかったから。
なんとなしにタブーとされ、容貌すら記憶になかった伯父のイメージから少女時代のわたしが受けとったのは、”ヴェールに包まれた秘密の中年妖精”、”後ろめたさと綾織られたミステリアスな存在”というそれであったのだけれども、実際にかれときちんと話したのは、わたしが小学校高学年の頃である。
伯父はわたしが赤ちゃんのとき時々くらいは顔を覗きにきていたらしい、そして淋しそうな顔でほほ笑み、お話しようともせずに部屋に戻っていたそうだ。むろんわたしはかれに見つめられたその時の記憶などなかった。
かれと初めて話した時の話。
母の実家に行き、内気ではあったが時々大胆な行為によく驚かれる少女だったわたしは、皆が買い物かなにかで家を空けていたので伯父の部屋の扉をとんとんと叩いたのだ。
ややあって扉がひらき、淋しげにくすぶったような眼の男が現れてわたしを見た。その眼差は怪訝そうでもなく、わたしに対する嫌悪も感じられない。うん? と首をかしげる。柔かい真顔であった。その表情でかれは自分を嫌ってはいないのだとわたしは想い喜んで、当時このんでいた女児向けお菓子付玩具のセボンスターのネックレスを首元から掲げて、にっこりと笑ってみた。
はらり、と葉が落ちるような音楽、かれの浮べたかよわくも自然な笑みの与える印象がそれであった。偽装り笑いをするのが苦手な、淋しくよわい種族のするそれであった。
「かわいいね、似合ってるよ」
声もまた、かよわい風のようであった、すなわち頬にあたるぶんには心地よいのだが、とどめたり、吹きとばしかえすのは容易であろう、そう想像される話し方。おそらくや弱気で舐められやすいタイプだろうというのが当時わたしの受けた印象であったが、いま想えば、その感覚にまちがいはなかったであろうとおもう。
その表情と言葉は当時のわたしには優しそうに映ったし、退屈と淋しさをもてあましていたわたしに「遊ぼう」といわしめたのも無理はなかった。わたしは内気ではあったが本来ひと懐っこい性格をしており、ひとに相手にされるのが嬉しい年ごろ。かれのふしぎなほどに若くみえる顔が──三十であったが、大学生といっても通用しそうで、いま写真をみると、あどけない雰囲気がはや不穏なほどだ──母に似ているのもまた、わたしがかれに懐いた理由のひとつである。
「いまね、お留守番してるの。もうすぐママたちが帰ってくるんだよ」
「この部屋は煙草くさいから、庭にいこう」
たしかにけむたい部屋で、なにかが焼けた癖のある香りがしていた。変わった煙草の香りであった。本がおびただしく、整理されていないのでまるでごった返していた。四方をほぼすべて埋めていた本棚には、本が二列だったり縦に重ねて置いていたりとひどく乱雑に並べられ、横列の上にだって適当に置いて落ちそうなほどに散らかっている始末、ベッドの下には溢れかえる本たちがはみ出してつまずいてしまいそうであった。机は本のタワーでいっぱい。壁には何枚かの暗みのある絵や写真がかかり、わたしの写真も一枚あってすこし嬉しかった。
わたしたちは庭園に行き、伯父からさまざまな花の名前を教えてもらった。
「この植物はなんていうの?」
「これはね、アネモネ」
うつむいて、暗みのある声で柔らかくいう。声は低いが、憐れなほどに細く、いわゆる、もっともききとりづらいぼそぼそとした口調である。話し方じたいは大人らしかったがやはりどこか若すぎる声であったけれども、女性への印象はそれほどにわるくない雰囲気のそれであったように想う。
「これは春に咲くんだよ」
と、まだ花のないアネモネを説明してくれる。
「春になったら、また見に来るといいよ」
そういってやつれた顔をわたしに向け、淋しげにふっと笑みを浮べる。わたしと話すのがあたかも後ろめたいとでも想っているような、此方の顔色をうかがうおどおどとした身振り、それに反して、おのれに閉ざされたように内省的で暗い表情。わたしは残酷にもかれはあらゆる意味で弱い人間なのだと裁いたのだが、しかしかれのことがきらいという感情はなく、どちらかといえば好感をもっていた。わたしは遊んでもらっているというよりも、淋しそうな年上の男と遊んであげているという気分でいるのだった。
季節は十一月、夕方になると重たいコートかダウンを羽織らないと寒い時期である。
「おじさん、四葉のクローバーを探したい」
そういうと此方を向く伯父の顔はどこかほころんでいるようだった、みょうなほどに若くみえる顔が、まるで釣り合いをとるように少年らしくきらきらとした。まるで暗みの奥の眸が、めいっぱいの星空をあらわすように群青色に照ったかのよう。
「いいね、そういうことをやってみたいと、ずっとおもってたよ」
わたしたちが這ってクローバーを探していると皆が帰ってきて、
「何をしているの?」
と母にきかれ、
「おじちゃんと四葉のクローバーを探しているの!」
といっぱいの笑みで叫んだ。
「戻りなさい」
いつも酔って大騒ぎをし、わたしを溺愛している祖父が、しんと冷たい声でいう。
「ぼくも、部屋に戻るよ」
伯父はそういって、二階の部屋に戻った。
*
帰り道、伯父と何を話したかを母に訊かれ、お花の話と答えると、
「あんまり、話しかけちゃダメだよ。事情があるひとだから」
と注意をされた。事情って、なんだろう。かれがいつも自分を除け者として団欒から距離をとっていて、いつも後ろめたい目をしているのを、想いだした。
「どうして? ママのお兄ちゃんでしょう」
「かるく挨拶くらいならいいけど、どうしてもの話だよ」
「パパと遊ぼう」
「パパはお花に詳しくないじゃん」
「一緒に図鑑を読もう」
「わたしは花が好きなんじゃなくて、おじちゃんと花を見るのが好きなの」
パパは悲しい顔をした。やさしい顔を、くしゃりとこわす。素朴なやさしさと大人びた義務の観念を両立させてしまったくるしい生き方が、表情にしばしば出るひとである。
「兄に似るのかな、」
と母がひとりごとのように低い声でささやき、
「なんでもない」
と、いいなおした。
わたしはその後ろめたいふんいきに、躰をかたくしていた。大人の醸す不穏な空気に抗ってはいけない、わたしは、それをまなんでいる年齢であった。
*
それからたびたび祖父母の家に行き、こっそりと二階の部屋に行っては、伯父から「戻って」と柔らかい声で一階へ行くことを促された。
なぜかしら恋人へかける声のような話し方をする伯父のそれに、わたしはすこしだけ、コケティッシュな悪戯っこのような感情をもっていた。かわいいと思われてみようかな。そんなもの。そういう感情もあって、しばしば扉をそっと叩くことをくりかえしていたのだった。
毎年わたしの誕生日とクリスマスには、三人全員のニット帽や、Tシャツが届いた。わたしたちはそれを身につけたが、誰がくれたのかははぐらかされる。ひっそりとベランダに行き段ボールをみると、母の旧姓の下に、男性の名前。いまとなっては伯父のフルネームであると確信をもてるが、当時から、これは伯父からもらったものだと信じ嬉しさにとびはねる心地なのだった。
話せないなら、と、いちどお手紙を書いてみた。文面はほとんど覚えていないが、「わたしが色々な楽しいところを教えてあげる」というような、上から目線な内容であったことをおぼえている。かれはきっと、そういうことを知らないのだろう。だからあんな憐れげで、淋しそうで、いつもいつもいまにも泣き出しそうな雰囲気をしているのだ。
わたしは、かれのことを守ってあげなければという意識に駆られていたのだった。それはけっして好きな男に対するそれではなく、たとえば疵を負った動物や、生存力のよわいちいさな生物へのそれであった。かわゆらしい、そんな気持はたしかにあったけれども。されどわたしが伯父へなんらかのいたわりの気持を向けていたこと、それは真実であったと、わたしは想う。
*
しばらく返事はない、と思っていたら荷物が届いて、中身はかわいらしく小さな花の図鑑、そして愛情と優しさを謳った幾つかの童話の短編集、それはささやかなわたしへの愛情の表現だと感じた。お手紙の返事はなかった。二冊の本だけが入っていた。いま想えば、これはかれの加害者意識、それと表裏一体の被害者意識による余計な礼儀であった。
季節は、もはや春。
わたしたちは、また母の実家へと向った。
わたしは親と祖父母の目を盗んで伯父の部屋の戸を叩いたが、返事はない。こっそり扉を開くと雑多に本が重ねられた部屋のなかに伯父は不在、わたしは走って庭へ行った。
かれはきっと、また花を愛でているにちがいない。あのひとには優しいところがある。あのひとには優しくて素敵なところがあるのに、みんなそれを知らないんだ。
わたしはなんだかかれのことを愛おしく想っていたが、やはり、そこには軽蔑があった。かよわいが少しばかりの優しさと重たすぎる少年っぽさが残るとわたしにみなされたかれを守ってあげるために、話しかけてあげねばというやや傲慢さがみられるがあながち良心ではないともいいきれない感情があり、わたしは当時、母の伯父に対する冷たさを酷いものだと想いこんでいたのだ。
わたしはいまとなっては親の感じ方がまっとうで、人間らしい欠点はあるけれど母も父も年相応の立派な美徳をもち、いわゆる、良識的な思い遣りのある人間だと気づいているのだけれども、そのときのわたしは、まるで大人の狡さとちょっとした悪意の隠し方を怖ろしく想っていたのだった。そのなかで伯父のよわさと淋しさはまるでわたしたちの年頃のそれ等を守護しているようであり、そんな、浮世ばなれした中年のやつれた妖精のような伯父を大切にしなければいけないというような自己本位な感情、そんなものが当時のわたしにあったのである。
まるでわたしはイノセンスという観念をかれの淋しげな眸に託していたのだけれど、はや十八となったわたしはその観念の投影が誤りであったと知っている。それがわたしの幼さのみせた幻想だったと知っている。かれ特有の狡さ、悪意、惨めきわまりなく良識には許されえぬ弱さをのちに母から聞いて、わたしは、以前とはべつの軽蔑心をかれに対してもっている。
しかしかのような弱さを三十になってももちつづけていたというのはどことなしにロマンがあった、そう感じるのもまた、ひとのサガであるように想う。柔かい領域を硬き背骨に締めたような心意気がもしやあったのかもしれないし、しかし、それもまたわたしの淋しい願望の投影であったのかもしれない。
わたしは高校生の時かれのような印象の翳りのある男と恋愛をしたのだが、すぐに見切りをつけた。
かよわい風のような男は、女を、けっして幸福にしない。
それは、ただ、吹きつけるのみである。
恋愛の幸福とはともに手を結び幸福或いは不幸へ互いに引き往かれるものであり、かのような男は、いつもいつも独りでおのが真空に足を浸すのみ。女に、なにも与えやしない。のみならず与えられることを拒み、怖れすらし、与え合いふたりで前へ進む戦いから逃げ、しかし、隣にはいてほしいという甘えだけを示す。
真空に足を置いている、感じる義務のない苦痛をいたんでいる、それだけが、かれ等の自恃なのだから。だが、やはりそこには詩人めくロマンチシズムがあったのではと、はや強くなって了ったわたしたちに感じさせることがあるけれども、それだってほんの時々の話である。
伯父はようやく咲いたアネモネの花畑にやや小柄な躰をうずめていたのだった、それはふしぎな情景であって、というのも伯父の皮膚はあたかも点描のようにかすかで淡い空気のような雰囲気へ化しており、緑の風景との調和がまるで過剰、そのなかで、まっしろの花々のほうがむしろどぎついほど鮮明にみえていたのである。その揺らめく鮮明な白はやはり”死の風景”をわたしに連想させたのであり、わたしの視界からは、一刹那それがゆびをのばして両目を蔽うようにまっしろへ剥がれた──想わずわたしは、かれのことを小さく叫ぶように呼んでいた。
「おじちゃん」
伯父は此方を向いた、だらりと垂れた瞼からふっと洩れたような眸の光をわたしへ射し、はじめてわたしに、偽装られた笑いをむけた。青年のように青々しい領域に佇んでいるようなふしぎな顔が、こつぜんと隠されていた三十の老化により不自然に引き攣られたような、何歳とも知れないような印象の、不気味な笑み。かれの作り笑いはいかにもいびつで、あわれげであった。
わたしはどっと斃れこむように風景へ溶けこんで往く、伯父の水の光のような躰をみた、こつぜんと風景がまっさらに剥かれ、かれの肉体は雲散霧消したような気がしたけれども、むろん、それは幻想であったに相違ない。わたしはそれを見る迄まるでかれを抱き締めたいような愛情をもっていたのだが、それをみとめたせつなに、かれとは関わってはいけないのだと確信をした、それは、したたかな直感であったのかもしれぬ。
わたしはその日のその後の記憶が全くない。伯父へのある種特殊な感情もいまとなってはとおく現在のわたしとは切り離されたそれであり、やはりというべきか、母のいった言葉は正しいものであったと、殆ど確信をしている。
*
伯父はその数日後に、事故で死んだ。
水光のたほれ