星がきれい

1 ロノの家出

あーあ、もうこんなのは飽き飽き!
ロノは北の外れのお山の寂れた集落に暮らしていました。今日も11時過ぎにベッドからむくりと起きるとすぐに、そんなことを思ったのでした。だって、なんだか、窮屈なんだもの。
 起きたあとはおばあちゃんが作ってくれてあるマフィンを食べます。中に干しブドウが入っています。特別に大好きってわけではありませんでした。キノコと大根と、南から来る商人から定期的に買っているイカで作った煮物は好きでした。ロノはおばあちゃんが作ってくれた煮物の鍋から、イカだけたくさんつまんで食べました。
 「ねえおばあちゃん。今からちょっと、お散歩に行ってくるね」
 ロノのおばあちゃんは働き者で、ロノが起きる頃にはもう畑仕事を数時間も頑張ったあとでした。ロノがおめかしをして畑に伝えに行った頃には、おばあちゃんは昼の休憩中で、ちょうど畑の小屋でご飯を食べているところでした。
 「まあ、それは良いことだね。今日は寒いからこのコートを持っていったらどうかい? それに日差しがあるからこの帽子も」
素足じゃ寒いでしょうから、タイツも履きなさい。道中お腹がすいたら寂しいでしょうから残りのマフィンも持っていきな。そうだ、蒸し芋も今から作るからちょっと待っていてくれないかい。
ロノはこれに本当に本当にうんざりしていました。もう、だって、私、私だけでもしっかり準備したって思うのに。
でも、ロノは笑顔でおばあちゃんが蒸し芋を作るのまで待って、貰ったものも全部持って出発しました。せっかくのおしゃれが着膨れして残念です。
「何時ごろ帰ってくるんだね」
「うーん、」
ロノはすぐ帰るとは言わずに、曖昧に返事をしてお家を出ました。おばあちゃんが持っていけと言ってくれたリュックが重いです。どこかに捨ててしまいたいけどまだお家の近くなのでダメです。おばあちゃんに見つかるからです。
きっとすぐ帰るんだろうなあと思いつつ、本当は行ったっきり帰らないのが良いなあと思いました。ロノは、生まれてこの方、こんなふうにおばあちゃんに育てられてきたので、おばあちゃん抜きの自分のことをあまり知らないのでした。だから、知ってみたいのです。

2 リルドとの出会い

ロノの集落のお山を下って川もひとつ渡ったところで、荷物を捨ててしまおうとリュックの中身をいじくっていたときです。ロノの前を通り過ぎていくまばらの通行人のひとりが、ロノの目の前で足を止めました。
「うわ、こいつ。こんなふうに荷物を漁るなんて。泥棒に取られちゃうかもしれないのにな。不用心なやつだ。不用心なやつはバチが当たる。はー、ほんとに困ったもんだね」
こんな具合に、ロノが聞こえるか聞こえないかの声でぐちぐちと言っているのです。
「なんですか。文句があるんだったら直接言ってくださいよ」
ロノがリュックからその通行人に目を向けます。めいいっぱい睨んだつもりでした。
「文句は無いですよ。羨ましいなと思っただけですよ。あの木の枝にかかってたマフィンも食べないんだったら僕にくださいよ。あれも捨てたんでしょ」
その人は肌着と靴だけ身に着けていて、他には何も持っていませんでした。リュックなどの荷物も一切ないのです。ロノは、この人はなにか事情があるに違いないと思って、蒸し芋と温かいお茶とコートと帽子も分けてあげることにしました。

彼は暖かくなった服装で、マフィンを美味しそうに食べながらおしゃべりをしてくれました。彼はリルドという名前だそうです。
リルドは旅をしながら落ち葉集めの仕事をしていたのですが、昨日温泉に浸かっている間に全て盗まれたとのことでした。
落ち葉行商は西の国の、背中に大カタツムリの殻を背負っている種族が行っています。殻の種族は代々受け継がれた分厚いなめし皮のコートと磨きあげられたキラキラの、カタツムリの殻のリュックが目印です。
リルドもこの種族なのですが、コートも殻も高級品なのです。それが全て盗まれてしまったので見た目ではもう落ち葉行商だと判別がつきませんでした。
「参ったもんだね。家族にもどう顔見せしたらいいんだろって感じだしさ。南の国も、落ち葉行商の姿じゃなけりゃ入れないんじゃないかな。僕はもう行く宛てが無いから、死にゆくだけですよ。あ、君。美味しい食べ物と暖かな服をどうもありがとう。もう日が暮れるから早く家に帰りなさい。この辺は集落もないしどこに行くか知らんけれどもね」
君じゃなくて、ロノって呼んでよ!と、ロノはリルドに言ってから、もう日暮れが近いことに気がつきました。
「これじゃ、家に帰るころには真っ暗で、吸血コウモリに襲われちゃうかもしれない」
「君は北の山に住んでいるのか」
ふたりは困りました。
1人分の荷物のふたりが、何もない道の端っこで、途方に暮れています。

3 野宿

途方に暮れるだけ暮れていたら、あっという間に辺りが暗くなってきました。
ロノとリルドはお互いに困った顔をして少しの間見つめあったり逸らしあったりしていましたが、これではどうにもならないので、まずリルドが落ち葉集めをはじめました。
ロノもそれに倣って、おばあちゃんから教わった通りに木の実やきのこをいくつかとってきました。
幸いにもロノとリルドのいるこの道のあたりは、開けたところなので吸血コウモリは出ません。ほかの肉食の動物も火は嫌いでしょうから、きっと大丈夫なはずです。
リルドはあっという間に落ち葉に火をつけました。周りがほっと明るくなります。
ロノはその火の上で、水が入っている木の実を
4つとたっぷりのきのこでスープを作りました。毒があるかどうかはロノには当たり前にわかりました。ロノは初めてこんなに楽しいことをしたからとても嬉しくなりました。
「これから君はどうするんだい。おばあちゃんのところに戻った方がいい。きっと心配しているし、君みたいに料理が上手な孫がいたらおばあちゃんきっと助かっているんだろ。戻った方がいいな」
リルドはロノの料理に満腹になるとそう言いました。質問をしているようでただ押しつけた意見のように思ったロノは、せっかく気分が良かったのに、イライラするのでした。
「ぜーったいに帰らない!」
そう口走ると、またリルドが早口の小声でお経みたいにグチグチ話します。
「そんなことを言ったってどこに行くんだい。君は手に職も無いだろうし、身分も高くないだろうし、うーん、アピールポイントがないように思うけれどね。きっと仕事を見つけるのが大変だろうな。それにお金だって持ち合わせてないだろ?」
ロノはこのリルドの言い草に本当に頭が来て、誰にも見せるはずの無いものをカバンから取り出しました。
「な、何その分厚いお金の束は·····」
「これだけあれば、部屋を借りて1ヶ月は暮らせるでしょ」
「1、2、3·····、100·····、500·····、1000万円。初めてこんなに分厚い束を見たよ。これだけあれば1年でも2年でも暮らしていけるんじゃないの」
リルドは札束をロノに返して、「ちゃんとしまっておいてよ」と言ってから地面に寝転びました。
「あーあ、君はいいですねえ、いっぱい持ってて」
ロノは確かにいっぱい持っていました。お金も、これはおじいちゃんとお母さんとお父さんの遺産の1部で、北のお山のお家にはもっといっぱいありました。
それでも、なんだか、この男の言い草に腹がぐつぐつと煮えてしまうのです。
「それなら、リルドも一緒に住んでよ。私、ひとりだと寂しいもの。リルドだって行くところがないんでしょ」
ロノもリルドに倣って、地面に寝っ転がりました。土の地面は気温が低いせいで冷たくて、お腹まで冷えてしまいそうでした。息を吐くとそれが全部白く見えました。
「こんなに寒いんだから、南の国がいいわよね」
ロノがそう言うと、「当たり前だろ。北は君の故郷もあるし寒すぎる。西は僕の故郷でダメだし、東は物価が高いんだもの」とリルドがまたぶつぶつと答えました。
今日は雲がなくて空気が澄んでいるから綺麗な星空が見えました。ふたりは寒いので、しかたなく焚き火のそばで身を寄せて眠ったのでした。

4 すれちがい

南の国に着いてから、ふたりはそれはそれは快適に暮らせました。お金が有り余るほどあるので、ロノとリルドは3部屋あるお家を借りることが出来ました。ふたりは平和に暮らしていました。
リルドは南の国で新しい仕事をはじめました。道のお掃除の仕事です。朝早くに仕事に出て昼には終わる仕事でした。
ロノはお家でだらだらと過ごしていました。リルドがふたりのお家にいるときは張り切って料理や掃除をしてみていますが、ひとりではやる気が起きませんでした。正直あまり外に出たいとも思いませんでした。冬なのに暖かすぎるんですもの。

南の国で暮らしはじめてひと月が経ったころ、前まではお昼ご飯には戻ってきたリルドが、夕方になるまで戻ってこなくなる日が多くなってきました。
ロノは最初は、ひとりでいる時間を楽しんでいましたが、次第になんだかさみしくなってきました。
ロノはリルドが仕事終わりに何をしているのか気になって、リルドの後を追ってみることにしました。

リルドは道の掃除のお仕事終わり、片付けをしたあとに、細い路地に入っていきました。路地の前にはメニューつきの看板があります。
『月の喫茶店』
どうやら路地の向こうは喫茶店のようです。
ロノはなんだかもっと寂しくなりました。良いお店を知っているなら、ロノにも教えて欲しかったのです。それに、一緒に行こうって誘ってくれればよかったのに。
あの偏屈ななめくじ男には難しいことかもしれない。誘われなかったことを許してから、喫茶店を覗き見ると、喫茶店のマスターの女性と親しげに話すリルドが目に入りました。
ロノはリルドの笑顔をこのとき初めて見た気がしました。

ロノはとぼとぼと家に帰って、家に帰ってからもずっとじめじめ布団に篭っています。お昼ご飯は食べられませんでした。もちろんおやつも。
夕ご飯はリルドが帰ってくるし作りたいと思いましたがなかなか起き上がれません。どうしてこんなに落ち込んでいるのかロノはうまく受け止めきれませんでした。ただ頭の中でぐるぐると、ロノには向けられたことが無かったリルドの笑顔が浮かぶのでした。
しばらくしてリルドが帰ってきました。なんと鼻歌を歌いながらです。
「ただいま。良かった、今日は僕、気分がいいから露店で色々買ってきたんだ。それにケーキと紅茶もね」
ロノはそれに少しだけ心を踊らせて布団から出ました。でもリルドを見た時からまた頭の中のぐるぐるが止まらなくなりました。リルドは確かに色々なものを袋に入れて手に下げていましたが、それなのにわざわざ両手で大切そうに小さな箱をひとつ抱えていることにロノが気づいたからです。
「それはなに?」
ケーキかもしれないですからね。悪い予感が当たらないように祈りながらロノが言うと、「ああ、ええっと、これはその」と、リルドは恥ずかしそうに誤魔化しながら台所の方に逃げていきました。

なんだかとっても嫌でした。なにが嫌なのかわかりませんから、嫌じゃない気のせいだ、とすればそうなるくらいの嫌な感じです。せっかくリルドが買ってきてくれたのにご飯の味が全然わかりませんでした。
それに、リルドはそういえばロノの前でも笑顔を見せます。ロノはこれまではリルドの笑顔をそこまで気にしてなかったから見たことがないと思っただけで、リルドはロノにも、気分が良い時には笑顔でお話してくれる男でした。だったらなんで喫茶店が、リルドの笑顔が、ロノを苦しめるのでしょうか。
リルドが大事に抱えて持って帰った箱には、深い青色の綺麗なティーカップが入っていました。喫茶店で貰ってきたに違いありません。
ロノはそれに口をつけるリルドが嫌でした。大切そうにカップを扱っているリルドが嫌でした。

夕ご飯後の片付けはロノがしました。「君はなんだか今日元気がなさそうだし、休んでてもいいんだよ」とリルドは言ってくれましたが、夕食を準備してくれた手前申し訳ないと思ったのでロノがしました。
リルドが「このカップは僕が洗うから大丈夫だよ」と言いました。ロノは私に触って欲しくないなら、そういえばいいのに、私にも喫茶店の話してくれればいいのにと思いながらも、「いいよ。私が洗うよ」と言っていました。
いつの間にかロノはリルドのティーカップをつかんでいました。ああ、こんなことしたいわけじゃないのです。そのカップはどうしてもらったのかとか、特別な場所ができた話とか、ロノにもして欲しかっただけなのに、そんなのは口から遠くの場所にあるのです。指先だけにすごく力が入って、もうこのカップをこの男のものじゃなくしたい気持ちしか上に出てこないのです。

ついにリルドが貰ってきた素敵な深い青色のティーカップが割れてしまいました。
「君。さっきからなんなの。そんなに僕と一緒にいるのがいやかい。君はさいきんずっと楽しくなさそうじゃないか」
「そんなことない」
「まずは謝ったらどうだろう。まあ僕はもう出ていくことにするから関係がないけど。多分君はひとりのほうが上手くいくんじゃないかな。結局のところ僕だってそうだからね」
ロノは口からごめんなさいが出てきませんでした。口を大きく開けたら、涙も寂しさも全部一緒に出てきてしまいそうで、リルドがいなくなってしまいそうにも関わらずまだそんな小さなことで口が開けませんでした。ロノがロノの体裁のことだけでいっぱいになっている間に、リルドは割れたカップを綺麗に布に包んで、それから荷物をまとめて出て行ってしまいました。

5 月の喫茶店

リルドが出ていった夜。ロノはお布団にはいることすらできませんでした。まだ、ダイニングテーブルの前にいました。もう出ていってから2時間ほど経ったというのに、なにひとつやれませんでした。追いかけるなんてそれこそできませんでした。
海辺のカモメの声が聞こえるようになってきました。夜明けです。ロノは未だダイニングテーブルの前にいました。南の国は暖かいから毛布無しでうずくまっていても凍えないのです。ロノはようやくリルドの心配をしはじめました。空っぽのお家がさみしくて、一晩経ってしまったからもうヒョンと帰ってくるなんてことないと思って。現実逃避的に、あの偏屈なかたつむり男がひとりで出ていって、なにか化け物に食われてないかとか、人質にとられていないかとか妙な妄想ばかりしてしまいました。
そうだ、月の喫茶店に行っているかもしれない。あのティーカップもきっとあの喫茶店のものだし、マスターとも仲良さそうだったもの。ロノはそう思ったら自然に体が動きました。夜はあんなに動けなかったのに、今のロノは手早くおめかしをして喫茶店に向かったのでした。

喫茶店のドアもすんなり開けました。お客はロノの他にいなくて、昨日リルドと親しげに話していたマスターが出迎えてくれました。
メロンソーダとホットケーキを頼むのと同じときに、思い切ってマスターに「リルドという人がこちらに来ていませんか」と尋ねてみました。するとマスターはキャァと喜んだ声をあげて、「貴女、ロノさんね! リルドさんからよくお話をお聞きしますよ!」と言いました。
ロノはびっくりしました。でも、どんな話をリルドがするのか聞くとその驚きも無くなって安心だけが残りました。
リルドはいつもロノのドジや変なところを面白そうに話していて、昨日は「このカップ、買っていいですか? 僕これが気に入ったし、アイツに見せたらきっと羨ましがると思うんです。ああ、楽しみだな」といじわるなことを喋っていたそうなのです。
ロノは本当は怒らなくちゃいけないのかもしれないのにとてもとても嬉しくなってほっぺまで赤くなるほどでした。

6 おばあちゃん

メロンソーダとホットケーキをたいらげて、月の喫茶店をあとにします。その時には、ロノはスキップをして鼻歌を歌っていました(実はホットケーキも美味しくて鼻歌を歌いながら食べていました)。
ロノはリルドに会いたくて仕方がなくなりました!ロノは南の国を出て、北の方向に歩いて行ってみることにしました。

眠りグマの洞窟のあたりも、西側の妖精族の集落の方まで見て回りましたが、リルドは見つかりません。人に尋ねると、みんな口を揃えて北に行ったと言うものだから、ロノはとうとう、故郷の北のお山まで来てしまいました。
ロノはおばあちゃんを訪ねる前に、自分の姿を池で見て不安になりました。おばあちゃんから貰った服をひとつも着ていませんでした。全部リルドにあげてしまったからです。それに、おばあちゃんには、すぐ帰るって言って出ていったのに、もうあれからひと月も経っていました。
ロノがお池の前であたふたしていると、懐かしい声が聞こえました。
おばあちゃんがロノの名前を呼ぶ声です。
「ロノ、寒かったでしょうに」
ロノは泣きそうになりながらおばあちゃんに抱きつきました。おばあちゃんはずっと変わらずロノのことを待ってくれていました。
「おばあちゃんから貰ったふく、着てなくてごめんね」
ロノが涙ぐんでそう言うと、ロノの首もとが急にあたたかな柔らかいマフラーに包まれました。
「いいんだよ。私はロノがとっても優しいのを知っているよ」
ロノは久しぶりにおばあちゃんのマフィンを食べました。煮物は、おばあちゃんがイカをたくさん入れてくれました。
「そうだ、おばあちゃん。ここに、ええっと、偏屈で、目つきが悪くて、私のことをよく知っている男が来なかった?」
ロノがそう言うと、おばあちゃんは愉快に笑います。
「ああ、来た来た。ロノの服を来た少年だ。ロノの話を沢山してくれるのに、褒めているんだかなんなんだかわからなくって面白かったよ。でも、ロノにお世話になっているっていうのを、5回も言っていたから、うちの子は大丈夫だって思ったんだよ」
リルドはどうやら、ロノのおばあちゃんにも偏屈にロノの話をしたようでした。
「あの子にティーカップの修繕を頼まれていたんだ。今朝ちょうどやっておいてよかった」
おばあちゃんは綺麗に金継ぎされた深い青のティーカップをロノに渡してくれました。
「あの子は、『僕がこの美しいティーカップを持ち始めたから、ロノが嫉妬して落としたんです』って言ってたけど、どうなんだい?」とおばあちゃんに揶揄われるように言われました。ロノは「大体合ってるよ」とほっぺを膨らまして答えました。

7 仲なおり

ロノが南の国のお家に帰ると、ダイニングテーブルで眠るリルドがいました。ロノを待っているうちに寝てしまったのでした。ダイニングテーブルの、ロノがいつも座っている方にだけ料理が置いてありました。
ロノは良く眠っているリルドに毛布をかけてあげてから、リルドの作ってくれたご飯を食べました。リルドの出身の、西の国の料理は、ボイルをした野菜や卵と、しっかりと焼いたパンが有名です。ロノはリルドの料理を初めて食べました。
「また出来たてを食べさせてよね」と、ロノが、緩い涙腺を抑えながら小声で言うと、モゾモゾと、リルドが起きてきました。
「おいちょっと、君。帰ってきたなら一言くれればいいのに。待ちくたびれたよ。どこに行ってたの」
いつも通りのリルドでした。このリルドの調子がロノはなんだか好きなのです。
「ロノ、なんで泣いてるんだよ、全く⋯⋯」
呆れながらハンカチを渡してくるぶっきらぼうだけど優しいこの人のこと、北のお山のおばあちゃんも、月の喫茶店のマスターもホットケーキも、南の国も、吸血コウモリのことも、なんだか全部ぜんぶが好きでした。
「リルド、私ね。ぜんぶ、大切にしたいの」
ロノがそんなことを言いながら、おばあちゃんが直してくれた深い青のティーカップをリルドに返しました。リルドはそれを受け取ってから「君のおばあちゃんはなんでもできるんだな」と感心していました。
「ねえ、リルド。私たちが初めて会った時、寒い中ふたりでお外で寝たでしょう。このティーカップってその時の空みたいね!」
「君が割ったぶん余計にそうだね」
リルドがティーカップの割れ目の金色を愛おしそうになぞりながら答えます。
「ねえ、リルド。また私と星を見に行ってね」

8 星がきれい

まだ寒い冬が続いています。
沸かしているやかんから、湯気がぽわぽわと吹き出していました。
「おいロノ。火をあんまり強くしたら星がよく見えないだろ」
「寒いんだもの。少し見えないくらいいいじゃない」
いつもの調子でおしゃべりするふたりの息も白くなります。
ロノは今日もおばあちゃんから貰ったマフラーをつけてきました。首もとが暖かくて、まるでおばあちゃんに守られているみたいでした。リルドはロノの服を今日も着ています。この人はあまりファッションに興味が無いみたい。
金継ぎされた深い青のティーカップと、最近ロノがバイトをしている月の喫茶店で買ったたっぷり入るマグカップにコーヒーを淹れます。
初めて会った時の空より曇っているのに、なんだか今日のほうが星がきれいに見えました。

星がきれい

星がきれい

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-01-27

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Copyrighted
  1. 1 ロノの家出
  2. 2 リルドとの出会い
  3. 3 野宿
  4. 4 すれちがい
  5. 5 月の喫茶店
  6. 6 おばあちゃん
  7. 7 仲なおり
  8. 8 星がきれい