映画『万事快調〈オール・グリーンズ〉』レビュー
父親からのDV、原発事故に関する不安から正気を失って「お姫様」となった母親の面倒、農家の後継ぎになることを一人娘に当然の如く求めてくる前時代的な風習といった数々の問題を《茨城県の東海村》という舞台に詰め込むセンスに脱帽でした。地方から俯瞰できる社会のヤバさが物語の普遍性を獲得し、家の中にも外にも希望を見出せない主人公たちの生き地獄に多大なる説得力を与えていました。
映像においてもその辺りの工夫があちこちに施されていて、例えば①教室の俯瞰シーンが奇妙に思えるぐらい縦長で撮られてたり、あるいは②南沙良さん演じる朴秀美が序盤のピンチを脱した後、疲れ果てて歩く場面の背景に蛇のようにくねくねうねる坂道を捉え、社会の歪みから逃れられない彼女の状況を間接的に語ったりと、優れたルックでイかれた状況を見事に演出していました。
このような畳みかけが映画の序盤から行われ、朴秀美以外にも出口夏希さん演じる矢口美流紅、吉田美月喜さん演じる岩隈真子と主要人物がそれぞれの闇を背負って揃い踏み。そこから挙げる反撃の狼煙と、手の中に収まる例のヤバいやつが「そういや、まだだったわ」って感じでタイトルバックを降臨させる。
それだけでもむちゃくちゃカッコいいのに、朴秀美が生み出すリリック、矢口美流紅がシネフィルよろしくで語る蘊蓄、岩隈真子が描きたくて仕方ない漫画といった文化的要素がクソみたいなリアルを跳ね除け、〇〇の栽培というヤバい選択を極上のフィクションに仕上げていく。そこに足並みを揃えて流れてくる劇伴がまたいい感じに展開を煽るもんだから、どんどんと画面にのめり込んでいく。物語上のノリとテンポの噛み合い方が半端じゃないんですよ、『万事快調〈オール・グリーンズ〉』。そこに身を任せて覚える快感は早くも今年ベスト級の映画体験。そんな作品が迎えるラストも当然、まともなものになる訳がありません。
劇中、矢口美流紅が中指を立ててファ◯クをかます《因果応報》が園芸部に襲いかかって来て迎える大ピンチ、それからも再び脱しようと講じた手段は〇〇の栽培を入り口に見えてきた社会の闇深さで、そこに蔓延る《ルール》に朴秀美たちは完全に打ち負かされてしまう。
ああ、結局これなのか…。
そういう諦めが序盤以上の濃度で漂い出し、彼女たちから笑顔が消えて、他の作品を参考にシュミレートできる終わり方が自然と頭の中に思い浮かぶ。
どのパターンになるんだろう。これだと興醒め。あれだとありきたり。こっちだと、さすがにやりすぎ。そういうあれやこれをもって映画としての本作の値踏みを始める観客たちの思考。それを前振りにして二度目の革命は始まる。リアルに熱い〇〇で、フィクションとして最上の飛躍を見せながら。
それを目撃して「え?え!?」となる頭にぶつけられる情報は、ちっとも片付かずに広がるカオス。コロナ禍という時代に深く刻まれた言葉もさりげなく画面の端に捉えられて、映し出されるみんながイカれていく。その情けない姿は、けれど、とんでもない清々しさで観客の胸に届いてしまう。思いたくないのに思っちゃうんですよ、羨ましいって。道理も倫理もぜーんぶ吹っ飛んで走り出す事態はそうして映画を成り立たせる因果の紐を引きちぎり、《映画》の外へと駆け出していきます。ほんと、矢口美流紅が言ったとおりでした。
「私たちの人生って、そんなブックオフで100円で買えるような物語じゃないから!」
テーマとして掘り下げれば無骨な社会派の作品にもなっただろうに、選び取ったのは軽薄なエモの極み。それを大正解と喜べる観客はとてもマトモな感性の持ち主だと誇っていい。もちろん、私は後者の一人。だから胸を張って、堂々と逃げて走って辿り着く所存です。
とんでもなく面白い一作なので万人に観て欲しい。ゲロかっこいい南沙良さんにもとことん惚れること間違いなしです。興味があろうがなかろうが関係なく劇場へ足を運んで欲しい。ていうか運べ。行って笑え。ガチで気持ちいいから。最高だから。
映画『万事快調〈オール・グリーンズ〉』レビュー