「夜とコーヒーと音楽。」

配信アプリ「IRIAM」でライバーとして活躍されている「鈴白おたま。」さんの世界観である「喫茶店キミノソラ」をお借りした2次創作です。

作中の『』は主人公の発言、「」は他の人の発言となります。

薄暗く視界もはっきりしない。いつも靄がかかっている。
そんな日がいったいどれだけ続いたんだろう。
私は、何が出来て、何をしてきたんだろう。
そんなことを考えて、どれだけの時を浪費してきたんだろう。
そっか。じゃあ…。

1

「すみません、そこに居られると営業の邪魔なんですけど…」
明るく透き通るような、でも意志がはっきりと感じられる声に私は意識を浮上させた。
『…あぁ、すみません。すぐに、…え?』
声のする先に目を向けながら返事をするが、そこには見覚えのない店があり、見覚えのない人物がこちらを怪訝な目で見ている。
[喫茶店 キミノソラ]と書かれた店名に心当たりは…ない。
『大変失礼ですが、ここは…?』
状況の整理もつかないまま、声を掛けてきた女性へと問いかける。
「ここは、喫茶店 キミノソラ。そして私はここの店長…みたいなものです。」
警戒を解かないまま答える女性。続けざまに女性が言う。
「よく分からないですけど、コーヒーでも飲んで落ち着かれては…?」
そんなに挙動不審だったのだろうか?
実際、状況が分からず、今を把握することだけに集中していた。
せっかくの言葉に私は、
『お言葉に甘えさせてください。コーヒーお願いします。』
と返事をしながら、店主と共に喫茶店の入り口に向かった。

2

店内は落ち着いた雰囲気。
カウンター席を勧められそれに従い席に着いた。
店主はコーヒーを用意している。
店内をぐるりと見渡しながら違和感を感じた。
その違和感の正体は分からないが、確かに何かを感じた。
なんだろう…と思考を巡らしていると、
「コーヒーお待たせしました。お砂糖・ミルクは如何ですか?」
と声をかけられた。
『ブラックで大丈夫です。ありがとうございます。』
カップから立ち上る香りと湯気に心が落ち着いた。
「私は鈴白おたま。と申します。あなたは…?」
カウンター越しにまっすぐと見つめられ思わず視線をカップに落とした。
『私は…フリーターです。趣味で音楽を少々。』
目線を戻さず苦笑いをしながら答える。
嘘はついていない。結局大成しなかった。趣味でしかない。
でもなにか大事なことを忘れている気がしてならない。
「音楽っていいですよね。私も好きです。」
と答える店主。自分のことを好きだと言われた訳ではないのに、少しだけ高揚。
『私は◎◎とか、××とかそういったバンドの音楽が好きで…』
と自分でも意外だったがスルスル言葉が続いた。
店主は私の話を適度なリアクションと相槌を織り交ぜながら、静かに聴いている。
「貴方自身はどんな音楽をされているの?」
店主の何気ない一言に、私は言葉を詰まらせた。カップのコーヒーはまだ温かい。
『…オーソドックスなバンドをやってました。』
吐き出した言葉に先ほどまでの高揚感はなく、絞るような声だった。
「そうだったんですね。凄い!私は楽器とか全く出来ないので…」
少しだけ目を輝かせながらも、こちらの様子を気遣うような声で話す店主。
『本当に趣味程度ですよ。才能があった訳でもないし何かに恵まれた訳でもなかったので。』
少し自嘲気味に答えた。
「でも好きなんですよね?音楽が」
なぜだろう、そんなことはないのに、心がチクりとした気がした。
『好きでしたよ。でも音楽のおかげで大変なことも悲しいこともいっぱいありました。』
純粋に音楽が好きだと言っている人に向ける言葉ではないと理解しながらも止めることが出来ない。
『曲が書けなくてメンバーに迷惑をかけたり、方向性の違いで大喧嘩したり、これからって時にメンバーが辞めていったり…』
『きっと音楽ってやつをやってなければ、こんなにも苦しい想いをすることはなかったんじゃないかな』
感情を抑えることが出来なかった。燻っていた気持ちを吐き出した。
音楽が好きだという人に向けて。
ハッと顔を上げ、店主の様子を伺う。その表情は穏やかでありながらも悲しみが感じられた。
何か言葉を紡ごうとしたがうまく言葉が出てこない。
私の様子を見ながら店主は話す。
「好きだったもの…いや、大好きだったものが嫌いになってしまったんですか?」
「それがどれほど辛いことなのか私にはわかりません。実際私の身に起きたことではないから。」
「でも想像するだけで、心が壊れてしまうんじゃないかと思いました。」
店主の言葉に[あぁ…またか、また気休めの言葉だ]と自分勝手な想いを抱く。
『そうですね、もう壊れてしまったんだと思います。もうなにもかもを投げ捨てたくなるくらいには。』
そう言葉を吐き捨てると、コーヒーを飲み干す。
言葉を続ける気にはなれず、不自然な沈黙が流れる。
投げつけてしまった言葉に少しだけ後悔をしながら、なぜここに居るのかを考えた。

3

見覚えのない喫茶店。
不思議と落ち着くが、何か引っかかる違和感。
それにここに来る前のこと…自分のことははっきりと話せたのに、直前のことが思い出せない。
最後の記憶は、仕事終わりにいつもの店で酒を飲んでいたはずだ。
マスターにまた音楽やらないのかって言われて断った覚えはある。
会計を済ませ、苛立ちながら店を出た。
大して飲まなかったから酔いも回る前だった。
あ、そうだ。その後、スマホが鳴ったんだ。
ディスプレイには名前も見たくない辞めていったあいつの名前。
今更何だっていうんだ。私にはあいつに用はない。
苛立ちを抑えきれず、電話に出ずそのまま切り感情に任せ歩を進めた。
もう感情の起伏すら煩わしい。
何も考えたくない。
表面上は平気なふりをしていても、きっとギリギリだったんだと思う。
いや、気付かないふりをしていたんだろう。
些細な事がきっかけで、壊れてしまうほどには。
冷静に考えられるほどの余裕はなかった。
こんなに辛くて苦しいなら、マイナスな感情に支配されるなら、終わらせよう。

疲れた。

…雑居ビルの屋上に着き、フェンスに身体を預け、煙草に火をつけた。
そのまま腰を下ろし、むき出しの床に座り込んだ。
煙を吐きながら空を見上げた。
左手に何かがあたり、手に取った。
名刺?いや、カードか。
夜空に透かしても見えるわけもないのにそれを空にかざした。
[喫茶店 キミノソラ]と書かれたカードをぼんやりと眺めていた。

4

「あの…おかわり如何ですか?」
声をかけられ、思考の海から意識を戻した。
息は浅く、動悸が激しい。
声をかけられたことに驚いたわけじゃない。
じゃあここは…?そんな思いを飲み込んで言葉を返す。
『…お願いします』空いたカップを差し出し、店主の動作を眺める。
淡々とした所作を眺めつつ、違和感の正体に気付く。店内に居るのに星空が見える。
『あの…ここってなんなんですか?星空が見える喫茶店なんてあるんですね』
コーヒーの支度が終わった店主が、カップを渡しながら答える。
「ここは真夜中の喫茶店ですよ。星空くらい見えても不思議ではないんです。このお店は、本当に必要な人にしか辿り着けない不思議なお店。」
「ここには色んなお客様がいらっしゃいます。頑張りすぎて疲れてしまった人や、心に余裕のなくなってしまった人。そんな人たちがまた踏み出すために一息つく場所なんです。」
自分のことを思い返した結果に重なる部分があり、息をのんだ。
「貴方もきっと心を休ませたかったんじゃないでしょうか…?」
『休んだ先でまた頑張らなきゃいけないんですね。』
皮肉めいた言葉を返す。
「私が決めることではないですよ。貴方が望むようにやりたいことをやったら良いと思います。また頑張るのも、違うことをするのも、すべてやめるのも。貴方の自由ですから。」
ため息を一度つき、言葉を続ける。
『…色々頑張ってきたつもりだったんですけどね、自分では。でもそれじゃ駄目だったんですよ。』
『自己満足だけではダメだったんです。やりたいことをやるには認められないとだめでした。周りの人や環境。そしてメンバーに。』
『夢を見ていたんです。このメンバーとなら…って。でも音楽だけに向き合うには雑音が多すぎました。自分の生活やメンバーの生活、動員、売上。その他にもいっぱい。好きだった音楽を道具にしてしまったんです。』
『その結果、何がしたかったのかを見失ったまま走り続けてしまったみたいです。気付いた時にはもう遅かった。止まることが出来ないまま、人を巻き込んで迷惑かけて、そのまま壊れて止まってしまいました。』
『そしたら全部無くしてしまったんですよ。音楽が好きで集まった仲間も、好きだった想いも。』
『いくら頑張ったって何も残りませんでした。残ったのは壊れた心と後悔だけです。』
おかわりのコーヒーを一口だけ飲み、息を吐いた。
波打つカップの中を眺めていた。

5

「お話を聞かせてくれてありがとうございます。好きを続けるって大変なことですよね。私はここを訪れたお客様からたくさんの想いを聞かせてもらいました。」
「お話を聞いて、貴方の表情や言葉から私が思ったことなんですけど、聞いてもらえますか?」
店主は真っすぐに私を見つめ話始めた。
でも不思議とその姿を受け入れている自分がいた。
「きっと…なんですけど、音楽を嫌いになっていないですよね?」
店主は穏やかな笑みを浮かべながら続けた。
「辛いこと悲しいことがいっぱいあったから、嫌いってことにして蓋をして、見ないふりをしてるんだと思います。きっとその方が心が楽だから。」
「好きなものを、やりかったことを、自分で汚して壊してしまった。その現実から目を逸らしているだけ。それすらもきっと自分で理解しているんじゃないかな。」
店主の遠慮のない言葉に胸を抉られた。わかっていたことだった。
それをわざわざ突き付けてくるなんて。どういう神経でそんなことしてくるんだ。
と、いつもの自分なら感情に任せて激昂していただろう。
でも不思議と納得してしまう自分が居た。
『やっぱりそう思いますか…?』
不気味なくらい落ち着いた感情で一言。そしてまたコーヒーを一口。
「本当に嫌いなら、話題にも出さないと思いますよ、きっと。私ならそうします。」
『…本当に大好きだったものを嫌いになんてなれなかったんですよね。嫌いになれたらどれだけ楽だったか。一時は、こんなにも音楽に溢れている世の中を憎んだりもしました。』
『辛いことも苦しいこともたくさんあったけど、それでも幸せを感じて楽しんだ時間は嘘でも幻でもなかった。確かにあったんです。』
『素人みたいな私でも、誰かの耳に誰かの心に音楽を届けることが出来た。時には誰かが涙を流し、時には笑顔にもさせた。』
『そんな素敵なものだったんですよ。でも私が壊してしまった。もう元には戻せません。だから私なんかが音楽を好きでいて良いわけがない。』
「元に戻らなくても、また始めても良いんじゃないですか?形を、やり方を変えて。自分が心からやりたいものを、自分が楽しめるように。」
「それに自分の気持ち、考えですよ。好きでいることに誰かの許可なんて必要ないと思います。」
「無責任にまた始めたらなんて言いましたけど、やるもやらないも貴方の自由です。少し休んで考える為に、貴方はここに辿り着いたのかもしれませんね。」
「考えた答えを聞かせてほしいなんて言いません。勿論、お話ししてくれたら喜んで聞きますよ。」
店主は伝えたいことを話し終えたようだ。
その後に続くのは、耳障りの良い楽しそうな鼻歌だった。

6

すっかり冷めきったコーヒーを飲み干し、天井に広がる星空を眺めた。
ゆっくりと大きく息を吐き出し正面を向き、店主に声をかける。
『コーヒーありがとうございました。話も聞いて頂けて、すこし整理が出来た気がします。』
ポケットから財布を取り出した時に、あのカードをがひらりと床に落ちた。
『あっ。店長さん、このカードって…?』
「キミノソラのショップカードですね。どんな巡り合わせで貴方の手元に…。」
「…うん。そのまま持っていてください。もし誰かがこのお店を必要としていたら渡してあげてください。」
『わかりました。その時が来たら勧めてみますね。私もまたお話をしに来ます。』
「はいっ!ご来店、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
どうやって帰ったらいいんだろう?と頭をよぎったが、
店主の見送りを背中に感じながら扉に手をかけ外側へと押し開き外へ出た。
落ち着いた明かりの店内に居たせいか、やけに外が明るく感じる。
眩しさに目を薄めながら空を見上げる。
雲の切れ目から光が零れ落ち、私を照らした。余りの眩しさに目を閉じ下を向いた。

7

ポケットのスマホが震えている。
良い気持ちで寝ていたのに。誰だ。あ、着信が止まった。
意識を浮上させ、眠い目をこすりながらスマホを手探りで探し、ディスプレイを確認。
『えっ!?』
思わず声を上げた。そこには[着信履歴 20件 AM 4:28 ]の表示。
ここはどこかの雑居ビルの屋上。
フェンスに身体を預けそのまま眠っていたようだ。
時間の経過だけでなく、着信履歴の多さにも驚いた。
誰だよこんな時間に、こんなにも電話をかけてくるやつは。
スマホを操作し、着信履歴を確認する。全部あいつだ。
そうこうしているうちにまた電話がかかってきた。
今度は電話に出る。
『もしもし、なんだよこんな時間に。』
「おい!!お前大丈夫かよっ!?」
予期せぬ大きな声に心拍が跳ね上がる。
『何がだよ。今お前のその声にびっくりして心臓止まったわ。』
「あっ…悪い。いや、でもお前が悪いからな。連絡しても出やしない。飲み屋のマスターから死にそうな顔して店出てったって連絡来たぞ。」
「っと、そんなこと言いたかったんじゃない。まぁ半分は心配だったからなんだけど。」
『あぁ…そんな顔してたか…。まぁいいわ。そんで要件は何?』
「人が心配してたってのにお前は…。要件は、その…あれだよ…。…お前もう音楽やらねぇの?」
『は?今更なんだってんだよ?』
「今更…なのはわかってる。…けど、気になったんだよ。」
『それを聞いて何がしたいんだよ。』
「まずは答えろ。話はそれからだ。」
『…今はやってない。でもこれから先はまだわかんねーよ。少なくとも一生やらないとは言わない。』
「そっか。分かった。用事はそれだけ。」
『はぁ?そんなことだけ聞くためにわざわざ鬼電してきたのか?』
「先に言っただろ、半分は心配だって。」
「とりあえず明日…いやもう今日だな。19時にあの店な。マスターに心配かけたんだから顔出せよ。」
『お前と酒なんか飲みたくねぇ。でもマスター…分かったよ。一緒に飲むとは言ってねぇからな。』
「はいはい。相変わらず素直じゃないねぇ。そんじゃまたな。」
『うるせぇよ。馬鹿が。じゃーな。』
電話を切って不思議と嫌な気分じゃないことに気付いた。
前だったら電話に出ることすらしなかっただろう。
音楽だってやるつもりがないと答えていたと思う。
此処に来た当初の目的も果たせなかった。
いや、果たす必要が無くなったのか。
不思議な気分だ。
あれは夢だったのか現実だったのか。それすら分からない。
そんなことを思いながら屋上から階段へと続く扉を開いた。
そこには薄暗い階段があるだけだった。

「夜とコーヒーと音楽。」

「夜とコーヒーと音楽。」

不思議な喫茶店キミノソラ。 そこに辿り着いたお客様と店長?とのお話。 IRIAMライバーの鈴白おたま。さんの世界観をお借りしております。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-01-19

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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