あるドイツの兵隊さん
あるドイツの兵隊さん
あるドイツの兵隊さんが、塹壕から少し離れた所の泥濘を掘り進めていました。
彼は、通りすがった私に、声を掛けました。
あなたは民間人でしょう、ここは戦地です、東へ向かいなさい。
ここから真っすぐ東へと進めば、まだ安全な町がありますから。
こんな場所に来てはいけない。イギリス軍が攻めてきます、早く逃げなさい。
私は彼に問いかけました。
「貴方はここで、何の為に地面を掘り進めるのですか」
彼は哀しい眼差しで答えました。
戦友が戦闘で命を落としました。
彼を埋葬する為に、墓を用意しているのです。
彼は善人でした、善人らしく弔いを受けるべきです。
誰も争いを望みません、けれど戦争は始まります、
友達を失う度に、私は心が壊れそうだ、けれど、
志半ばに命を失う彼らこそが、最も哀しいのだ。
私はまだ生きているから、努めなくてはいけない。
私は彼との話をつづけました。
彼に対して「貴方の戦争はもう終わりましたよ」と伝えました。
すると、ドイツの兵隊さんは墓を作る手を止めて、考え込みました。
すると、私は既に死んでいるのか。
そうだったのか、混沌極まる激しい戦いの中で、
私は死んだ事に気付かなかったのか。
実に、時は百年以上も過ぎたのか。
時間が止まった様な胸中の虚しさに、やっと気づけた。
異国の人よ、教えてくれて、ありがとう。
これだけの年月が経てば、実家も無い事でしょう。
家族達も皆、帰るべき場所へと帰ったに違いありません。
私も、帰る事にします。帰るべき場所へ。
ドイツの兵隊さんは、ヘルメットを棄てて、東へ向かいました。
東へと続く、光あふれる地平線へと、力強く進み、
光の中に彼の姿が消える時、彼が手を振っている気がしました。
あるドイツの兵隊さん