気のもちようさー寓話集「針鼠じいさん16」

気のもちようさー寓話集「針鼠じいさん16」


 春のきざしが見えはじめたある日。朝早くキツネの娘が野原を歩いていた。
 朝ごはんをとりに、かやの茂みに向かおうとしていたハタネズミのおやじが、キツネの娘をみかけて声をかけた。
 「朝早く、どこに行くんじゃい」
 キツネの娘は
 「畑の梅の木のところに行くの」
 というと、見られてしまったわという顔をして、恥ずかしそうにかけだした。
 ハタネズミのおやじは畑のおけらでも食べに行くのじゃろうと思って、かやの茂みに入っていった。 
 キツネの娘は畑にくると、梅の木の下に腰をおろして、木の天辺を見上げた。
 春の空は青くかすんで、うすい雲がゆっくりとながれている。
 しばらくたつと、緑色の鳥が飛んできて、梅の木の枝に止まった。
 ウグイスは「ほーほけきょ」と、よく通る声でさえずり始めた。
 キツネの娘は、そろりと動くと、枝の下にやってきて、ウグイスを見つめていた。
 やがて、
 「ほーほけきょ」
 一鳴きしたウグイスが、尾っぽをぴんと上に立て、だすべきものをぽとりと落とした。キツネの娘は手を差し出すと、その排出物をうまく受け止め、いそいそと、森に戻っていった。
 キツネの娘は、森の洞穴にもどると、入り口の切り株に腰掛け、ウグイスのフンを顔にまんべんなく塗りつけた。そして顔のマッサージをはじめた。
 おなかがいっぱいになったハタネズミのおやじと、畑からくすねたサツマイモをかかえたタヌキの子どもが、キツネの洞穴の前を通りかかった。
 ハタネズミのおやじは、
 「もうもどったのかい、ケラはつかまったかい」
 と聞いた。
 キツネの娘は、きょとんとした顔で、「いいえ」と答えた。
 「そりゃ、腹がへったじゃろう」
 ハタネズミのおやじは見当違いのことを言った。
 タヌキのこどもは、
 「キツネの姉ちゃんなにしてるの」
 と聞いた。
 「お肌の手入れをしているのよ」
 キツネの娘は、顔を手でこすり続けた。
 「なにぬってるの」
 タヌキのこどもが興味深げに聞くと、
 キツネの娘は目の上をマッサージしながら、
 「ウグイスのフンよ」
 と答えた。
 ハタネズミのおやじは、ヒャッと鼻にしわを寄せた。それを見たキツネの娘は
 「あーら、ウグイスのフンはおはだをすべすべにしてくれるのよ」
 と笑った。
 タヌキの子どもは何の話だときょとんとしていた。タヌキの子にはウグイスのフンがなにをするものかわからなかったのだよ。
 あくる朝早く、ウグイスのフンをみるために、タヌキのこどもは、キツネの娘のあとをつけた。 
 キツネの娘は、きのうのように、畑の梅ノ木の下でウグイスを待った。
 ウグイスもきのうと同じ枝に止まり、さえずりながら、ほんの一つぽとんとフンをした。キツネの娘は、それをだいじそうに拾うと、にこにこして森にもどっていった。
 タヌキのこどもは
 「鳥のフンがそんなにだいじなんだ、しかも、あんな小さな鳥で、あんな少ししかなくてもうれしいんだな」
 不思議に思いながら、野原を横切り森にもどっっていった。
 すみかにもどる途中にあるクローバ畑にきたときだった。タヌキのこどもははたと思いついたのだ。そして、そこにすわりこむと、クローバの葉っぱをたくさん食べた
 また明くる朝、キツネの娘は畑の梅の木の下にやってきた。
 ウグイスも来て、いつものように、ほーほけきょ、と鳴いたのだが、フンはなかなかおちてこなかった。
 「今日はだめなのね」
 キツネの娘が帰ろうとしたときに、枝の上から、ぽたぽたぽたと落ちてきて、目の前に積み重なった。
 「あら、たくさんね」
 キツネの娘は両手にいっぱいにフンをかかえて、うれしそうに森の穴にもどっていった。
 穴の入り口で、木の葉っぱでフンをつつみ、指に少しとって、顔になすりつけた。
 「今日のはいつもよりすべすべしていて気持ちがいいわ」
 キツネの娘は一人ほほえんだ。
 その頃、畑の梅の木の枝から、タヌキの子どもが降りてきた。
 「あーすーっとした」
 タヌキのこどもは昨日、クローバの葉っぱをたくさん食べたから、だしてしまって気持ちが良くなったのだ。
 キツネの娘はフンを塗り終えた
 「こんなにたくさんあるんじゃ、しばらくフンをとりにいかなくてもすみそうね」
 葉っぱにくるんだフンを穴の脇の木の根元にしまった。そして、森の泉に遊びに出かけていった。
 その途中、ハタネズミのおやじとタヌキのこどもにであった。
 ハタネズミのおやじは
 「キツネの娘さん、今日はまた、とても色が白いね、ウグイスのフンはよく効くんじゃね」
 と言って、思わず鼻にしわを寄せた。なんとなくタヌキの匂いがしたからだ。
 キツネの娘は、
 「ありがとう」
 と、うちまたで、しゃなりしゃなりと歩いていった。
 それを見ていたタヌキの子どもが、
 「気のもちようさ」
 と、おとなびたことを言ったので、ネズミのおやじは目を丸くして、タヌキの子どもを見たのだよ。

気のもちようさー寓話集「針鼠じいさん16」

寓話集「針鼠じいさん、2015、209p 一粒書房)所収
絵:著者

気のもちようさー寓話集「針鼠じいさん16」

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-01-16

CC BY-NC-ND
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