東山界隈 ―路地犬アストロラーベ―
ネフィリムネビリム
城は丘の上にある。
白い石で積まれ、乾いた光を返している。
人の手で組み上げられた秩序の色だ。
王は最上段にいる。
見張りと祈りのための、狭い広間。
壁に装飾はない。
祖の名、契約、戒め。
像はない。
顔を持つ神は、ここには置かれない。
王は膝をついている。
玉座の前ではない。
高い窓の前だ。
大きな王冠が床に置かれている。
投げ捨てられたのではない。
役目を終えた道具のように、
静かに、向きを整えられている。
王の頭には、
小さな王冠が残っている。
遠くで、三つの影が動いている。
最初は山だと思えた。
朝の光の角度が変わるたび、
尾根がずれるように見えただけだ。
だが、違った。
一体が腕を振り上げ、
谷が削られる。
もう一体がそれを受け止め、
岩盤ごと押し返す。
三体目は身を屈め、
倒れた同胞の肩に歯を立てる。
血が流れる。
赤黒い流れは川を変え、
畑を覆い、
都市の縁を壊す。
倒れた巨人は、
食われながら、
自分の手元の肉を口に運んでいる。
奪われても、
止まらない。
王は目を逸らさない。
まばたきはする。
だが祈らない。
強く張った頬骨。
深い目。
ちぢれた髭。
この顔は、
像に刻まれるためのものではない。
裁く顔でも、
征服する顔でもない。
聞き、覚え、
伝えるための顔だ。
王は思い出している。
天から降りた者たちのことを。
彼らが教えた技を。
金属の扱い、
刃の形、
言葉にならない知恵。
祝福だった。
実際に。
畑は実り、
城は高くなり、
民は守られた。
だが、
その守りは、
いつしか過剰になった。
この大きさは、
この力は、
戒めの外にある。
止めるべきだった。
予感はあった。
だが、止められなかった。
増えすぎた。
大きくなりすぎた。
食う量が、
作る量を超えた。
いま、
彼らは互いを食っている。
城の下では人々が叫び、
祈り、
逃げ惑っている。
王は動かない。
軍は届かない。
律法も風に散る。
祝福も、呪いも、
あの距離では意味を持たない。
王は膝をついたまま、
両手を床につく。
それは降伏ではない。
崇拝でもない。
理解してしまった者の姿勢だ。
空に天使はいない。
雲は重く、
光は差さない。
これは罰ではない。
裁きでもない。
起こるべくして起きた、
世界の状態。
王は小さく息を吐く。
神の王冠は棄てた。
だが、私は人の王として、
最後まで見届ける。
それは嘆きではない。
記録だ。
王は、
この瞬間を覚えておくために
生き残る者なのだから。
オノマ・アステロス
灯商店は酒場である。
だが、ただの酒場ではない。
五条楽園の奥、夜の重なりの中にある。
看板は小さく、光も控えめだ。
急いで歩く人間は、たいてい気づかない。
扉を開けると、音が少しだけ変わる。
外の夜が、背中の向こうで閉じる。
中には、静かな領域がある。
祭壇はない。
神像もない。
だが、そこに立つ人がいる。
作られた美しさではない。
灯りの中で静かに立っていると、
その人だけが、わずかに輪郭を強く持つ。
人はそこに来て、まず名前を聞かれる。
本当の名前を言う者もいる。
言わない者もいる。
代わりに与えられるものがある。
ニックネーム。
それは冗談のように聞こえる。
だが不思議なことに、
その夜からそれがその人の名前になる。
酒を頼み、
惣菜の匂いが立つ。
どこの店で飲むのか。
誰を知っているのか。
どこから来て、
どこへ帰るのか。
話すうちに、
だんだんと位置が見えてくる。
それは自慢でも告白でもない。
ただ、露呈する。
その人が、
この街で何等星なのか。
明るい星もいる。
遠くからでも見える星。
かすかな星もいる。
近くにいなければ気づかない星。
だが、それは問題ではない。
星は、明るさだけでは星座にならない。
ときどき線が引かれる。
「ああ、その人なら知ってるよ。」
その一言で、
遠くにあった星が近づく。
別の夜にいた人と、
別の店にいる人と、
別の時間に生きていた人が、
一つの形になる。
夜空に線はない。
星はただ、遠くで瞬いているだけだ。
だが人は、
そこに線を見る。
数光年の距離を、
一本の細い光で結ぶ。
この街の星図が、
静かに描かれる場所。
夜ごとに。
誰にも気づかれないまま。
そしてその中心で、
店主は立っている。
星を集める者としてではなく、
星を繋げる者として。
出戻りアクアリウム
職場は水槽に似ていると思う。
ガラスの向こうに世界があって、
その中で魚たちは、それぞれ勝手に泳いでいる。
流れを読む魚もいる。
石の陰でじっとしている魚もいる。
餌の時間だけ元気になる魚もいる。
誰かが水草を植え、
誰かが底砂を整え、
誰かが濾過装置の音を気にする。
誰もそれを「生態系」とは呼ばない。
ただ、なんとなく水は澄んでいて、
魚たちは互いにぶつからずに泳いでいる。
それだけだ。
ある日、一匹の魚がいなくなった。
強い魚だった。
海に挑んだ。
水流を作る魚だった。
水槽の中で一番速く泳ぎ、
一番多くの泡を立てる魚だった。
いなくなると、水は少し静かになった。
底の方にいた小さな魚が、
ゆっくり泳ぎ始めた。
水草の陰にいた魚が、
外に出てきた。
誰も命令しないのに、
水槽は静かに回り始めた。
濾過装置の音は同じなのに、
水の感じが少し違う。
透明度というのは、
きっとこういうものだと思う。
そして、ある日。
その魚が戻ってくるらしい、と聞いた。
誰かが言った。
「またあの感じに戻るんですね」
別の誰かが言った。
「そんな都合よくさせないよ」
私は水槽を見ていた。
魚は戻ってくる。
そういうこともある。
水流は変わるだろう。
水草は揺れるだろう。
でも、もうこの水槽は
あの頃の水槽ではない。
底砂は一度かき混ぜられ、
小さな魚たちは
自分で泳ぐことを覚えた。
水は、もう、
ただの水ではない。
ガラスの向こうで
魚が一匹、ゆっくり泳いでいる。
その背中を見ながら、
私はふと思う。
それでもこの水槽は、
まだ続いていくのだろう。
透明な水の中で、
私たちは今日も泳ぐ。
マイルダーザンヘブン
従食でランチ。
さて、
とりあえず、
お昼は一緒にいないとね、
という空気がある。
誰も命令はしない。
でも、命令より
よく効くものがある。
空気。
職場には
空気の形がある。
笑いの高さ、
相槌の速度、
誰が誰の隣に座るか。
間違えると、
少しだけ
温度が変わる。
それだけのこと。
それだけのことだけど、
一週間にすると
結構な量になる。
だから私は言う。
「日光浴びてきます」
事務所で寝ます、
とは言わない。
角が立つ。
でも、
日光なら誰も止めない。
ウェルビーイング的だし、
反対する理由がない。
ビルを出る。
光が少し強い。
歩道に出ると、
空気が軽い。
梅は咲いたか、桜はまだかいな?
ベンチに座る。
スマホも見ない。
ただ
少しだけ
空を見る。
天国、
というほど
大げさなものじゃない。
でも、
あの部屋よりは
少しだけ
やさしい。
私のスタンド名。
マイルダーザンヘブン。
なんちゃって。
そういう名前を
つけてもいい気がする。
昼休みは、
だいたい
四十五分ある。
そのうちの
三十分くらいで
私は人間に戻る。
残りの十五分で
また
人の顔を思い出す。
立ち上がると。
光が少し
弱くなっている。
それでいい。
天国なんて
行ったことはないけれど、
たぶん
これくらいが
ちょうどいいのかもね。
アテレース
七条河原町を少し下がったところに、小さな空き地がある。
空き地と言っても、昔は家だったらしい。
火事だったのか、取り壊しだったのか、誰もはっきり知らない。
いまはフェンスもなく、ただ砂利が敷いてある。
春になると、誰かが植えたわけでもないのに、
包丁草が伸びる。
その草を見ていると、京都だなと思う。
完成しない。
誰も完成させない。
ただ、途中のまま置かれる。
夕方、西日が東山の上に溜まるころ、
その空き地に女が立っていた。
きちんとしてる上下。
鈴蘭の日傘。
歩き方でわかる。
この街の人間だ。
ただ、何をしているのかはわからない。
誰かを待っている様子もない。
ただ立っている。
西日が顔に当たっているのに、
表情はよく見えない。
向かいの町家の窓から、老人がその様子を見ていた。
この街では、あまり理由を聞かない。
理由を聞くと、
話が終わってしまうからだ。
京都はだいたい途中で止める。
話も、建物も、関係も。
女は少し笑った。
カラスみたいだった。
何に笑ったのかはわからない。
猫が通ったわけでもない。
誰かが声をかけたわけでもない。
ただ笑った。
その顔を見て、私は思う。
ああ、これは完成していない顔だ。
喜びでもない。
悲しみでもない。
ただ、途中だ。
空き地の向こうで、笑い声がする。
知恩院の鐘が鳴る。
誰かが自転車で通り過ぎる。
全部が少しずつ重なっている。
どれも主役ではない。
女は空き地の端まで歩くと、
少しだけ首を傾けた。
そこに何かがあるように見える。
しかし、何もない。
私は思う。
ここには、たぶん何かがあった。
でも、それはもうない。
そして、次に何ができるかも決まっていない。
女は空き地を出て、路地に消えた。
西日はまだ東山の上にある。
草が風で少し揺れる。
誰もその草を刈らない。
刈る理由がない。
残す理由もない。
京都は、だいたいこういう形をしている。
完成する前のまま、
ずっと続く。
スーパー左目大戦
穴ぐら、
事務所。
出ると、もう夜だった。
いつか行きたい、天ぷら酒場のガラスに顔がぼんやり映る。
残業様の顔だな、と思う。
たいしたことはしていない。
ただ、終わらなかっただけ。
会議が一つ延びて、メールを返して、
「ここまでやって帰ろう」を三回くらい繰り返したら、こんな時間になった。
七条通り、少し空気が広い。
昼間より人が減るからだろうか。
歩くと、靴の音がやけに静かに聞こえる。
お腹が空いている。
ほか弁が食べたいな、と思う。
唐揚げでもいいし、のり弁でもいい。
白いご飯に、おかずが並んでいて、
蓋を開けると湯気が出る。
そういう、ちゃんとした晩ごはん。
でも、歩く元気がない。
遠いわけじゃない。
ほんの少し回ればある。
でもその「ほんの少し」が、今日はやけに遠い。
七条烏丸の交差点に差しかかる。
信号が青になって、人がゆっくり動き出す。
左目で、すき家の明かりをかすめる。
店の中は明るい。
カウンターに何人か座っている。
湯気と、牛丼の匂い。
一瞬、ああ、ここでもいいかな、と思う。
でも足は止まらない。
左目で通り過ぎる。
入ろうと思えば入れる。
でも入らない。
そんな小さな分岐を、
今日もいくつか通り過ぎている。
鴨川を越えると、コンビニがある。
2軒ともファミマ。
笑っちゃう。
明るい。
吸い込まれるみたいに入る。
パンの棚の前で、しばらく立つ。
食べたいものがあるわけじゃない。
ただ、ここにあるもので済ませる、という感じ。
丸いパンを一つ取る。
チーズがたっぷりに見せかけた乾いたやつ。
レジの横に、インスタント味噌汁。
それも手に取る。
結局、ここでパンを買う。
この先は無いから。
袋が、かさりと鳴る。
帰って、お湯を沸かす。
味噌汁をカップに入れて、
パンの袋を開ける。
テレビはつけない。
静かな部屋で、味噌の匂いだけが少し広がる。
なんとなく思う。
今日も、世界の影の中を歩いているみたいだ。
朝起きて、
風呂でくつろぎ、
仕事して、
帰り道で何かを通り過ぎて、
結局この袋小路でパンを買う。
味噌汁をすすりながら、
ふと、七条烏丸のすき家を思い出す。
左目で通り過ぎた、あの明るい店。
まぁでも牛丼はないなあ。
歓喜天
結局娘は名古屋に行った。
吉田山の濃い緑は、もう見に行っていない。
白川疎水の水音も、思い出さなければ聞こえない。
代わりに、自由な足は南へ下る。
三条を越えて、木屋町通り。
初春。
風はまだ冷たいのに、服だけが先に季節を変えている。
スプリングコート。
軽い。
こんなに軽かったのかと、歩きながら思う。
誰も手を引いていない。
引かれてもいない。
それだけのことなのに、
歩幅が少し変わる。
高島屋の化粧品売り場は、いつも通り明るい。
光が強くて、顔の輪郭が曖昧になる。
今朝リップを一本、捨てた。
古い色。
引き出しの奥にあったやつ。
――取り出したら負け、と思っていたもの。
カウンターの女の子が、
「こちら、今季の新色です」と言う。
指先で試す。
少しだけ、血の気が戻る色。
鏡を見る。
まぶたに指をあてる。
笑い方を、ほんの少しだけ変えてみる。
――誰に見せるわけでもないのに。
「お似合いです」
そう言われて、うなずく。
理由は聞かない。
理由なんて、どうでもいい。
それをそのまま、つけて出る。
木屋町通りの川沿いは、少し湿っている。
昼と夜のあいだ。
店はまだ半分しか開いていない。
暖簾をくぐる。
知らない店。
知らない席。
知らない私になったみたい。
小鉢が先にがひとつ、置かれる。
「初めて?」
「はい」
恐いけど、それだけでいい。
隣に座った男は、
物流センターの部長だと言った。
よく分からないけど、
ちゃんとしている人だった。
声が低くて、
ゆっくり話す。
こちらの話を、途中で遮らない。
それだけで、十分だった。
何を話したかは、あまり覚えていない。
天気とか、仕事とか、
どうでもいいことばかり。
でも、
どうでもいいことが、
ちゃんと通じる。
それだけで、十分だった。
グラスの水滴が、指につく。
冷たい。
ふと、思う。
――あの子は、今なにをしているのだろう。
思うだけで、
それ以上は続かない。
祈りにもならない。
言葉にもならない。
ただ、通り過ぎる。
男が言う。
「また来る?」
「どうやろ」
少し考えてから、
「来るかもしれへんな」
と答える。
外に出ると、風が変わっている。
少しだけ、暖かい。
スプリングコートの裾が揺れる。
軽い。
オシャレってこんなに軽かったのかと、
もう一度思う。
川面に、灯りが揺れている。
形は定まらない。
それでも、消えない。
どこかで、何かが祈られている気がした。
けれど、それが何なのかは、分からない。
分からないまま、
歩く。
木屋町通りは、まだ夜になりきらない。
ランデブーランブリング
京都には、ぬか漬けがない。
少なくとも、飯屋では出てこない。
……いや、正確には「見えない」だけなのかもしれない。
有名な漬物屋はいくらでもある。
千枚漬け、すぐき、しば漬け。
どれもきれいに整えられていて、料理の流れにすっと収まる。
でも、ぬか漬けだけがいない。
故郷では違う。
ぬか漬けは、宝物みたいに出てくる。
いい店ほど、さりげなく出してくる。
手入れされたぬか床の匂い。
きゅうりの歯切れ。
あの酸味と塩気。
「これがうちの味です」って、
そう言われている気がする。
強い。
でも、それがいい。
むしろ、その強さに意味がある。
濃口の文化では、味は重なっていく。
醤油、脂、旨味。
少しずつ積み上がって、
気づくと、舌が疲れている。
そこで、ぬか漬け。
一口で、全部がリセットされる。
フレンチのソルベみたいに、
「はい、ここまで」って区切ってくれる。
だから、ぬか漬けは必要だった。
京都は違う。
出汁は、最初から最後まで流れている。
静かに、でも確実に、少しずつ深くなる。
強くならない。
でも、確実に積み重なっていく。
まるで、ギアを一段ずつ上げていくみたいに。
そこに、ぬか漬けを挟むとどうなるか。
想像してみる。
透明な出汁の余韻の中に、
あの酸味と発酵の匂いが、すっと割り込んでくる。
悪くはない。
むしろ、おいしい。
でも——
流れが、切れる。
不味いわけじゃない。
ただ、文脈に合っていない。
能の幕間に、巧みな講談が挟まるような違和感。
どっちも好き。
むしろ、どっちも大好きだと思う。
でも、今じゃない。
ある日、漬物屋の前で立ち止まって、ふと思った。
ぬか漬けは、どこにあるんだろう。
たぶん、ある。
どこかの家の奥に、静かに生きている。
毎日かき混ぜられて、
手の匂いを覚えて、
その家の時間を吸い込んでいく。
店には出てこない。
出さないのかもしれない。
京都は、そういう街だ。
見せるものと、見せないもの。
出す味と、奥にしまう味。
その線引きが、やけにきれいで、少しだけ面白い。
帰り道、口の中に残る出汁の余韻を感じながら、
ふと、思い出した。
ぬか漬けの味。
あの強さ。
あの輪郭。
食べたい、とは思う。
でも同時に、少しだけわかる。
ここでは、違う。
もう少し、先。
——ギムレット的な物には、まだ早い。
東山界隈 ―路地犬アストロラーベ―
東山界隈