弁明
「殺すことで、救えると思ったんです」
中年の男に向かって、僕は言った。僕がこのように発言するということは、ここは取調室なのかもしれない。が、よくわからなかった。どのようにここまで来たのかも、目の前の男が、誰であるのかも。
「救える、というと?」
男が言った。あまりにも、静かな声で。僕の心を、強制的に鎮めようとするかのように。
「だって、そうでしょ? 簡単なことじゃないですか。太陽を殺せば、地球温暖化はなくなる。つまり世界を救うことができる。あまりにも、簡単なロジックです」
「……なるほど」
なるほど、が口癖なのだろうと僕は思った。それを言うだけで、クールな男を演じられるから。黙っていると、蒸し暑さを感じた。部屋には窓はなく、壁も、床も、天井も、すべて灰色。壁の隅には小さなエアコンが取り付けられ、中央に小さな机と、僕らが座る小さな椅子が二脚あるのみ。それらもすべてが灰色だった。そのあまりにも簡素で無機質な空間は、勘違いしてしまった「引き算の美学」を思わせた。不要なものをそぎ落とし、本質的なものもそぎ落としてしまったみたいに。僕はうんざりした表情を作って口を開いた。
「でも、実際の太陽を殺すことはできません。そんなの、当たり前じゃないですか。だから、僕は考えたんです。では、どうやって殺せばいいかと」
男が、なるほど、という前に、僕は続けた。
「人間が見ている世界って、実際には、自分の脳のフィルターを通してしか見ることができないって言うじゃないですか。『人間は見たいものしか見ない』とも言いますよね? だから、見えないようにしてしまえばいい、と思ったんです。思想的に。つまり、そのためには、『太陽』という言葉を、この世から消してしまえばいい」
言いながら、自分に酔っていた。それに気づいてはいたが、どうでもいいと思った。冷房の風が身体に当たり続けているが、なぜかまったく涼を感じられなかった。
「……それが、どうして人を殺すことに繋がるのだろうか」
僕は大きくため息をついた。出来るだけ大きく、男を侮辱するように。この男は、何もわかっていない。
「……いや、どうしてって。さっきも言ったじゃないですか。殺すんですよ。言葉を。では、言葉を殺すためにはどうすればいいか。わかりましたか? 殺すんです。人を。太陽の名をもつ人を。太陽の言葉を発する人を。だって、言葉は、人間しか発しないんだから」
男は、じっと僕を見続けている。その表情から、感情は読み取れない。絶対に目を逸らしてはいけない、となぜか思った。冷房の風が、当たり続けている。灰色のエアコンから出た風が。そのとき、気づいてしまった。僕らを照らしている光に。たぶん、どうせ、小さな豆電球なのだろう。だが、もう見ることはできない。男から目を逸らさないと、決めてしまったから。少なくとも、わかるのは、その光は灰色ではない、ということ。それは、よくない。すべて、灰色でないといけないはずだ。すぐにでも、この光を破壊しなくてはならない。
「……この電球、外してもらえますか?」
男はなおも、僕を見続けている。表情ひとつ変えずに。
「……いや、だから、電球を、外してください」
「……電球?」
「は? 電球ですよ。電球!」
目を、逸らしてしまった。こうなってしまったら、もうだめだ。僕は頭を抱えた。人生に絶望した人間が、よくするような仕草だと思いながら。もう、この光が、太陽に思えてならない。消さなければならない。殺さなくてはならない。
男は、ゆっくりと立ち上がった。
「あなたの言い分は、わかりました。私からは、何も言うことはありません。私には、何を言う資格もない。ただ、あなたの話を、聞いたまでです。さあ、ここから出ましょう」
男が僕の腕を掴む。すでに、抵抗する気力は残っていなかった。ゆっくりと、どこかへ、連れられて行く。僕の、知らない場所へ。僕の、届かない場所へ。
弁明