いっそ、夢のままで

いっそ、夢のままで

『え、あー。ん? はいはい。いいですか? えー、すべて、勘違いでした。そう、勘違いだったんです。嘘をついていたわけではないですよ。データはすべて正しいし、その解釈も、概ね合っている。ですが、なんというか、うん。ほんとうに、勘違いだったんです。申し訳ありません。……でも、いいでしょう? こういう勘違いなら。だから、もう、気にしないでください。気候変動のことなんか。地球温暖化のことなんか。じゃんじゃん、排気ガスをまき散らしちゃいましょう。勘違いなんだから。勘違いなんだから』
 ぼくはテレビをぼんやりと観ていた。ぼんやりとした部屋で。ぼくの知らない部屋で。
 すぐに、夢とわかった。最近は、夢のなかで、夢に気づくことが多かった。でも、いままでなら、夢と気づけば、なんとなく気持ち悪くて、頑張って目を覚まそうとした。まぶたを開けることに意識を集中させると、夢の視界が滲んできて、けれども重いシャッターのようなものが上から落ちてきて、なかなか起きられない。いままでなら、それに頑張って抵抗していた。
 けれど、いまみている夢は、起きなくていいと思った。
『どういう勘違い? いや、勘違いは勘違いですよ。どういうも、何もない。え? だって、勘違いのほうがよくないですか? 気候変動とか、地球温暖化とか、そんな言葉、今日から忘れてしまいましょう。それが人間の原因だなんて、ばかげている。そうでしょう? いや、そう思いたいでしょう? ……しつれい。でもほんとうに、勘違いなんですよ』
 テレビのなかの人物は、くちゃくちゃと喋り続けている。誰かはわからない。画面にはその人以外映っていないから、自問自答しているだけかもしれない。
 部屋を見回してみる。やっぱり、知らない部屋だ。部屋にはテレビ台とテレビしかなく、床には茶色の絨毯が敷いてある。ぼくはその絨毯の上に、膝を抱えて座っていた。
 突然、視界が、上下に引き延ばされるようにぼやけた。まずい。起きてしまう。ぼくはうずくまった。それが、起きることへの抵抗になると思ったから。うずくまったまま、まぶたをぎゅっと閉じてみる。と、頭が、うしろに引かれる感じがした。いや、もっとまずい。今度は力を抜き、仰向けになってみる。すると、引き延ばされていた視界が、わずかに戻った。そうか、ただ、力を抜いていればいいのか。何も気にせず。何も考えず。
『人間のせいなんて、ほんとうに、ふざけていると思いません? 私たち人間が、どれほど偉大で、他の生物よりも優位なのか、もう一度私たち人間は、認識する必要があると思うんです。だって、これほどの文明を、文化を、発展させてきたんですよ? それを、いや、それのせいで、地球が汚れてしまっているなんて。信じられますか? 信じなくていいんですよ。え? わたしは誰かって? そんなこと、どうだっていいでしょう? あ、でも人間は権威に弱いから……。いや、わたしはね、環境サイエンティストなのですよ。ええ、サイエンティスト。いい肩書でしょう? それっぽいでしょう? だから、信じていいんです。むしろ、信じなきゃダメです。だって、信じないとつらいから。つらすぎるから。さあ、テレビの前の皆さんも、一緒に叫びましょう。気候変動は、勘違い! 地球温暖化は、勘違い!』
 ぼくは仰向けのまま、テレビの音声を聞き続けている。夢であるから、ぼくにとって都合のいいことを喋ってくれていることは、夢のなかのぼくもわかっている。でも、もう、それでいい。現実は、つらすぎるから。いっそ、夢のままで。
『え? やめてください! わたしが何をしたっていうんですか! みなさんにとって、気持ちいいことを、聞き心地のよいことを、話していただけではないですか! なんで、手を縛るんだ。おい、やめろ! ……いや、やめてください。あ、足は、足はやめてください。歩けなくなるから。歩けないと不安だから。前に進んでいないと、不安だから。やめて、やめて……』

 ぼくは夢のなかで、目を閉じ続けている。絨毯に落ちていた緑色の耳栓で、両耳をしっかりと塞いで。いまでは、この絨毯の柔らかさを、毛並みを、背中でしっかりと感じ取ることができる。もう何日、何年、夢のなかにいるのだろう。もしかしたら、たったの数分かもしれないけれど。なんだっていい。夢のなかでも、ぼくは眠っていたい。

いっそ、夢のままで

いっそ、夢のままで

#掌小説 #ショートショート #地球温暖化 #気候変動 #夢 #理学療法士

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-01-09

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