ほろりとさせる話じゃないかー寓話集「針鼠じいさん8」
ある日の夕方、街の真ん中にある公園で、マンホールの中から、大ボスの黒猫が小さなネズミをくわてきた。
「うまそうだなあ」
それを見た猫の子分はみな唾を飲んだ。
ボスは子ネズミを下におくと言ったんだ。
「マンホールにゃまだネズミがいたぜ、ネズミが食えるのは何ヶ月ぶりだろう」
それを聞いた子分猫は、マンホールにむかって一目散に駆け込んで行った。
子ネズミは足がすくんじまって、おしっこをもらしている。
大ボスの黒猫は、
「そうはなかなかつかまらないもんだ、せいぜいがんばりな」
笑いながら子分たちを見送った。
「いつ食うんですボス」
残った取り巻きたちは、うまそうな子ネズミをうらやましげにみていた。
そんな時、一匹の雄の三毛猫が、植え込みの陰にいる小さな黒いものに気がついた。
三毛猫は雌しかいないんだ。雄の三毛猫が生まれてもみんな死んでしまうので、雄の三毛猫はとっても珍しいんだ。
小さな黒いものは子ネズミをじっと見ている。三毛猫は少しばかり近づいた。
そいつは三毛猫に気がつき、ぶるっと震えた。でも、じっと動こうとしなかった。
三毛猫は黒いやつの目が子ネズミの目にそっくりなことに気がついた。
母ネズミなんだ。三毛猫にはわかった。
三毛猫の胸の中がかっかと熱くなってきた。
三毛猫はボスの前に出るといった。
「ボスはたいしたもんだ、その子ネズミはいつ食うんで」
いつもおとなしく、近づいてきたことなどなかった雄の三毛猫が、そばに寄ってきたのでボスは面食らった。
「あったり前よ、夕食時までおあずけさ」
ボスは子ネズミを前足でちょっと引っ掛けた。
茂みの中の黒い生き物があわてて伸び上がった。
三毛雄猫は言った。
「ねー大ボス、そんなちっぽけなネズミを食ったって、腹の足しにはなりませんよ」
「おやお前さん、変なことを言ったね、獲物にけちをつけようっていうのかい」
ボスは三毛猫をにらみつけた。
「とんでもないことで、そんな子ネズミは大ボスの食べ物としては似つかわしくないと思いましてね、いっそ放して大きくしてからお食べになったほうが大ボスらしい」
三毛猫はボスの顔をうかがった。
ボスはくしゃと顔をしかめて
「ばかいうな、こんなご馳走めったに食べられるものじゃない」
子ネズミにひょいと手を伸ばした。
子ネズミは平べったくなって動けなくなった。
三毛猫は茂みを見た。
母ネズミは胸をかきむっしって子ネズミを見ている。
ボス猫は毛づくろいをはじめた。
三毛猫はまた茂みをちらっと見ると、耳を後ろに倒し、長い尾っぽをパタンと振り、頭を低くし、背を丸めた。
時間が刻々と過ぎていく。
ボス猫は大きなあくびをした。その瞬間だった、
三毛猫は長い尾っぽをなびかせて、子ネズミめがけて突進をした。あっという間に子ネズミをくわえ、さっと茂みに駆け込み、母ネズミの前に子ネズミを置いて反対側へ逃げた。
そこで、何が起こったかさとったボス猫はどなった。
「どろぼうしやがった、みんなあの三毛雄を捕まえろ」
その声を聞き、取り巻き連中は三毛猫のあとを追いかけた。三毛の雄猫は植え込みの中を右へ左へ逃げ回る。だけど数でかなわない。とうとう取り押さえられ、ボスの前に引き出された。
「おい三毛なにをしでかしたかわかっているのだろうな」
ボスはどすの聞いた声を響かせた。
三毛はボスを見上げたままだまっていた。
ボスは三毛猫を引っ張って、道路わきに連れて行った。
「おきてだ」
三毛猫は素直にうなずき、長い尾っぽを通りの真中に伸ばして目をつぶった。
そこへ、ぐあぐあぐあとトラックがやってきて、三毛猫の尾っぽの上を通り過ぎた。
尾っぽはちぎれて飛んでいった。
短くなった尾っぽから血をたらし、雄の三毛猫は森に向かって旅にでた。
マンホールから、母ネズミと子ネズミが顔をのぞかせ、いつまでも三毛猫を見送っていたという話だ。
その後は三毛猫がどうなったか猫たちは知らなかった。
この話をしている森のハリネズミじいさんの脇で。尾っぽの短い三毛猫がすわっていた。
ハリネズミじいさんはまごたちに言った。
「わしの友達の、森に住む雄三毛じゃよ、お前たちも遊んでもらいなさい」
ほろりとさせる話じゃないかー寓話集「針鼠じいさん8」
寓話集「針鼠爺さん、2015、209p 一粒書房)所収
絵:著者