昭和の生活。現代日本国に警告。仁義なき親族・家族。アラビアのロレンス、ならぬ、昭和ターちゃん。
「昭和の生活」が、日本国・現代社会に放つ警告。「仁義なき戦い」は、山口組をテーマにした菅原文太主演の東映映画だが・・全く無関係の「親族であるいとこの家族」がモチーフの実話。それに・・。
小説を書くまでの一コマ。
懐かしくも良き時代であった昭和、当時の生活はどのようなものであったのか。
風呂から始めるか。庶民一般タイプの各家庭には、勿論、戦前から、電気もガスも水道も使用できたが、仕様が異なる。所謂、焚く式の風呂釜であるから、風呂を沸かすのに薪(まき)を釜にくべる。
(余談であるが、約30年ほど前の「男はつらいよ・口笛を吹く寅次郎・マドンナ竹下景子」に於いても、風呂を焚く場面が筋書に貢献をしている。)
静岡市は山中ではないから、薪をとってくる事などは出来ない。従い、釜炊き用の束になっている薪を購入。それにマッチが必要・・それだけでは薪に火がつかないから、マッチを擦ったら窯内の薪の下にセットした新聞紙に火をつける。
ほぼ、どの世帯も新聞を定期購読していたから、古い新聞紙をため込んでおりいろいろな用途に使用する事で用は足りた。
(現代のような「記事を読む事が出来ない程碌な記事が無い」更に「思想意図が偏っていたり真実味に欠ける」、「系列TV局の方針に従い、政府に睨まれないように、此れ、近年では安倍政権から特に酷くなった事でもある。特異な環境下での生活経験がなくものを知らなさすぎる」、テレビやラジオの普及、更には、スマフォの氾濫などから情報の真意も不明だったりするから、必然的にそんな事にもなる。)
学生一人暮らしのアパートにさえ、各世帯を回っては執拗(しつよう=しつこく~)に購読を促す勧誘員(チンピラもどきの者も少なくなかった。)の強引さに(ひどい場合にはドアを閉められないように足を挟んだり。)やむなく購読を、などという事もあった。
新聞各社の売り上げ順位では朝日がトップで左系列、続き読売・毎日・となる。こんなことまでも。読売の勧誘員が若い女性の独り住まいのアパートを訪れた際に、何度も断られた挙句口論となり、腹いせに鋏(はさみ)を投げつけた。
これは犯罪であるから、本社から来たと名乗るスーツ姿の若い男性が各戸を「同様な事が無かったかの問いかけと、謝罪」をして回った事もあった。
これは次第に「何か月分無料購読の特典付き・洗剤などをおまけとして置いて行く」のようなサービスに変わっていったが、今は新聞を必要とする者は極少数なのかも知れない。方法を手軽に入手できる時代の到来。
その点、NHKは、昭和の時代のように「事実を全て忠実に伝える」、「ドラマなど番組の内容が充実しており人気があった」「俳優の演技の質が良かった時代ではなくなった」「ニュースを他のメディアに奪われた」、また、「視聴料をその対価とする仕組みとし、TVを所持していれば容赦なくNHKを見ているものと見做す」も、様々な家庭がありNHKは見ていないとか、TVは見ないなどの事実にマッチしておらず、経営状況低迷の原因となっている。(最高裁の似非(えせ=いい加減な)判決まで味方にしておきながら、やはり、仕組みそのものに根本的な欠缺(けんけつ=主とし法学用語で間違い・欠点)が存在する。)
戦後間もない昭和では、例えば静岡市を例にとれば、静岡大学浜松工学部が開発に貢献をした結果TVの誕生。(TVの仕組みそのものについては世界中で既に諸々の研究成果が明らかにされていたが。)唯一NHK、の時代から次第に対抗する民放局(SBS=TBS系列、静岡新聞社でもある~)や、UHF放送局(テレビ静岡)、更に民放局が増える。
風呂を焚くには、子供では最初は難しく上手く行かない事もあったが、次第に慣れていく。その経験が学校のキャンプファイヤ時に活かされたりもしたのは、風流というのみにあらずし、社会勉強の一環とも。
同じように、台所にも大き目の釜が二つあったりしたが、これは女性が料理を作る為。現代のように料理を男女半々でつくるという事は、この国の伝統からも異色の事。
女性の社会的進出推進・とはいったものの、子育て育休と同様、或る意味余計な事を社会が押し決め、法制化などは、別の観点やこの国の風習から離れていく事にも繋がっている。
また、この国の社会が一方的に小さくまとめられた結果とも言え、男女間の給与其の他の問題とすり替えられている。主人の給与が多ければ家庭の生活は賄えるが、そうではなく男女平等という意味を履き違えた意識・が社会を変えてしまった結果なのだろう。
女性は女性らしく振舞う事が女性の魅力であり、社会に於きメインに立つような、例えば業界であるとか、夜勤もあるなどで家事に時間を割けないのであるのならば理解はできるのだが・・その意味とは異なる時代・社会の流れ、と言える。
それを拡大解釈すれば「戦争状態になる可能性が高市から勧められていき、おそらくはそのような事態に発展をしていくだろう、核戦争にはいたらないが、小競り合いや通常戦争をわざわざ招く政府・国、その場合、本来は男子が戦闘員として戦う筈が、男女平等の法理によれば女性の軍隊が半分になる事」、然しながらそれが相応だと誰もが考えないだろう。「根本的な思考能力の欠如」といえる。
そうなれば女性の性的な虐待にも至り=戦争は女性を凌辱する~今のセクハラどころでは無い程の凄惨な光景が見られるようになってしまうだろう。尤も、高市は高齢であるから自らは免れる事が出来る。人類は所詮動物であり凹凸の部品を所持しているという意味では、犬猫と変わらない。実際、歴史上獣と交わるなども存在していたが、二度とはないと思っていた「敗戦」ともなれば、従軍慰安婦どころではなくなる。歴史の記憶はまだ百年にも至らない間に、もう忘れさられてしまったようだ。という知恵遅れの国民。戦場では女性は暴行された上射殺されるだろう。
頼りの筈の米軍にしろ「建国以来かつてなかった本土攻撃による一般国民の犠牲者が増加し、この国どころではなくなるのが目に見えるのでなければおかしい」、「安保」などは異なる時代でのみ有効であり、世界戦争ともなれば、全く無意味な言葉といえる。同様に、昭和では「平和」という文字が活かされていたが、「ノーモア広島ズ」ではなく通常戦により「平和」より「脅威」から、遂には「現実の戦争」に向かうのも、政府の浅知恵なのだろう。
また、交易面でも何らの支障もなくす為には、どの国とも「友好条約」を結び「永代中立」となる以外には「賢い国」は生まれない。
冷蔵庫は木製、ドアを開け中の棚の最上段に氷を配置する。この氷は、リヤカーを自転車の後ろに取り付けたおじさんが市内を回り、声がかかるとリヤカーに積んであった大きな氷を注文通りの大きさにのこぎりで切分けし販売。
近所の子供たちは、その切断の際に出た氷の粉末を貰って遊ぶ。
遊ぶと言えば、当時の遊びは、屋内では手つくりのゲームに軍人将棋も含む各種将棋やトランプから次第にボードゲーム、プラモデル、屋外では「駒回し」や「めんこ」に「ビー玉遊び」「かくれんぼ」に「缶蹴り」や「校庭や路上に白墨其の他で線を書いた上での遊び」など。
女の子は「あやとり」「縄跳び」などまた異なったが、学校で男女で遊ぶ以外の事はわからない。
特筆すべきは「久能山=東照宮=徳川家康を祀った神社がある~の下の断層壁面にあたる辺りに、大量の三葉虫やアンモナイトその他の化石が埋まっており、幾らでも手で取れたが、砂同様の脆(もろ)さ故に、紙箱に入れ保管しても崩れて消失してしまう事が多かった。」が、古生代の海洋生物でそのあたり一帯が元は海だった事を現わしていた。(地殻変動で海と陸地に大きな変化があった。これからの世紀にも同様な地殻変動がないとは言えない。)
ラジオは真空管ラジオから次第にトランジスターラジオに変わり、真空管も今でいう半導体にあたる。
「この半導体については、シリコンからSiC=炭化ケイ素やGaN=窒化カリウム=電力効率関連、更には、百年後か何時の日にかには電気自動車の時代が終わりを告げ別のモノの到来となるだろう。」
自転車に乗り「紙芝居」のおじさんが来ると、十円で美味くもない飴の様なものを購入しおじさんの芝居に耳を傾ける。また、デパートやスーパーも立ち直り、製菓会社各社の御菓子もあったが、近所の駄菓子屋の存在も大きかった。
当方は、母が毎日maker品のお菓子を買っておいてくれた上に一日十円を小遣いとしてくれたので、駄菓子屋はあまり利用しなく近所の子についていくだけだった。
家の斜め前にも駄菓子屋があり、此処では表の道路の片隅(店の軒先)に長椅子が幾つも並べられ、当時は当方の家と駄菓子屋にしか無かったテレビを見る近所の者達で(相撲などを観戦)賑わっていた。
この駄菓子屋のせがれは警察署の事務係で公務員、当方の両親も公務員だったから、公務員は比較的待遇が安定していたのかも知れず、NHKのテレビ放送開始以降すぐに家に14インチNEC製の白黒テレビが備わっていた。
戦後、最初は十円札が見られたし、五十円玉は今の五百円硬貨の大きさ。日本国は高度急成長を遂げつつ世界に返り咲こうとしていた。1970年には郵便局の十年定期で「一千万が複利だったから、何もしなくとも十年後には二千万になっていたし、NTTの前身である電電公社などの高社債の利息も良かったので、当時は固定電話しかなく、それの契約時に公社債を購入し五年後に売却」をした。
ギャンブルである投資・株式・は今ほど国民全員ではなくそれに特別の関心を持ち、或いは身分から大枚をつぎ込んでいた。大東亜戦争や第二次世界大戦が勃発した原因としては、その約十年前のUSAウォール街での株暴落から波及したが、直前にはUSAなどからの資源制約もあり、また、途上各国の独立支援も名目で、インドネシアなどは結果的に白人社会から独立をする事が出来た国で、戦後は此の国への好感度が高かったが、今では発展途上国からもさげすまされかねない「不思議なJapan」とのようである。
ただ、此処で母方の親族の間で共通の一種の法則というものがあった。後述の「仁義なき親族・家族云々」にも登場をする家族の「母の妹=叔母」だけがこれを逆に解釈し「株式投資」を行っていた。
ではその法則とは何か?
「・・元々は東京(都以前は市や府の名称。)の麻布富士見町に今でいう【チンチン電車=都電が・・都内至る所に通じており今でいう地下鉄の代わりをしていた。但し、地下鉄銀座線は一号線と呼び大正末期には登場をしていたので、華族であり文豪でもある武者小路実篤の著書にこれが登場する】の二駅に亘(わた)り家の表門と裏門が繋がっており、通称・麻布御殿・だったが、大東亜戦近くに「株暴落」の被害を被った。
この事から、当方宅・母の弟宅だけでなく「母の妹」の子供宅にすら「幾ら株の購入を勧めても絶対に係わらない」という大きなギャンブル・投資・には手を出さないという暗黙の了解があり、そのおかげで親族一同は大難も無く来られた」訳である。
母の妹「・・御殿の血統だから株の素質がある・・」と、一人だけ株で遊んでいた。あまりに株を勧めるので、当方両親もやむなく中部電力株を60万のみ購入したようだが、結局、ほったらかしのまま、両親死亡時には十万以上の赤字だった。
当方はこれをトントン近くにまで回復させ、「国債=銀行の窓口などでは、国債を売るなんて・・国が潰れる時なのに・・と必ず言うが、そのような事態が訪れる可能性はないとは言えず・・」。
叔母の死後、相続で取得した株と伊豆の不動産は全て売却したと思われるし・・その後しばらくしいとこも70歳で直腸がんの闘病生活を経死亡した。(当方より3歳上なのに早く短い生涯を終え亡くなったいとこ=「以後ターちゃん」と呼ぶ~の家族とは一切の付き合いが無いので詳しい事は知らないが、生前の叔母はこんな事を言っていた。「・・あの・・さん(ターちゃんの嫁さんの事)は幾ら勧めても絶対に株を購入しないんだよね・・」から推測するとそんなことになる。)
「君子危うきに近寄らず」
日本国の投資家には大きく分け二つの種がおり「一つは大金持ち・・」なのだがこれは遊び上手・・ところが、叔母のように、ターちゃんが子供の頃・・案外「貧しく」働きに出ていた。その際にターちゃんの面倒を見たのが当方の母であったと・・此れは母からもターちゃんからも聞いていたように・・一獲千金を夢見・・子育ての荷が下り孤独を紛らわす為、株に手を出すという事になったようである。
当方にしても・・「・・予言は自らの金銭に無関係の事柄のみにしか通用せず・・欲を出せば・・その能力も失う・・」を守ったまま六年後以降に消滅をするのである。
さあ、時間を戻し・・ターちゃん一家と我が親族=とは言っても三家族・都合9人しかいないが、登場をする時代に戻り、幕とする・・。
標題の「仁義なき親族」とは「ターちゃん一家」を主として意味する。
且ての懐かしいセピア色の一コマとも言えそうだ。
ターちゃんの父は大蔵省=現金融庁~(銀行や生保が鳴いて驚く「抜き打ち検査(民間では平凡な監査にあたるが内容はやや異なる)を行う事で有名な「財務局」)勤務だった。
大東亜戦争時には朝鮮半島に親族一同で移り、朝鮮大学に入学し兵士、戦後日本に戻った。そのせいで叔父は気が荒いところがあったが、当方を「ケイちゃん」と呼び、至って気を使ってくれたのが不思議なくらいでもあった。
兎に角転勤が多かったので(とは言っても、エリアは静岡・名古屋・三重・の三県になるが。)その都度当方もあちこちに遊びに行けた。
此処からは小説風にしてみよう。
静岡市は沓谷所在の「市営住宅を大蔵省の官舎として借り、そこにターちゃん家族が住んでいた時期もあった。叔父が大蔵省を定年退職後は、家を購入したが・・此れについても後程」。
東京の羽田空港に見学に行ったのは、ケーちゃんもターちゃんもまだ幼稚園や小学校当時の事だった。おじ(叔父)さんは随分気前が良いというか大胆な人で=朝鮮半島で育った影響~もあったようである。
二家族で東京に行ったのだが、ホテルか旅館に宿泊。おじさんが羽田空港で二人に買ってくれた「リモコン操作式の大きな航空機」には、正直驚き、はしゃいでは大喜び。飛行機が操作通り床を動きながら赤と緑のランプが点滅をする、きれいだし面白い。
当時、静岡市から東京や名古屋に行くのには「東海道線でも、準急東海何号、という電車に乗った」が、所要時間は四時間半程度。現在はひかりで約一時間半程の新幹線などは無く、まだ御殿場線などが蒸気機関車だった時代。
準急は普通より速いが急行や特急には劣る速度。長い乗車に飽きてくるころ・・やっと東京に近づいてくる・・その知らせは横浜駅で「崎陽軒(きようけん)のシュウマイないしはシュウマイ弁当やお茶」を売りに来る駅弁売りの声だった。新幹線とは異なり列車の窓を開け注文の声をかける。停車中の時間内に素早く声をかけ・販売をする、という技術も必要だった。
横浜から東京までは30分以上かかった。「トウキョートウキョー」という独特の駅のアナウンスを聞いては何か楽しい事が起きそうな気配を感じたもの。
ケーちゃん家族のみで行った際には「後楽園遊園地」「神宮プールで行われた山中が登場する水泳」「神宮球場で行われた巨人・中日戦」、ところが、子供にはまだまだ関心があるものあり。
虎の門ホテルに泊まった際には「エレベーターを自分で操作できるのが面白い」、まあ、他の客には迷惑だっただろうが、どこの階にも動かせ、開閉可能というのは気分が良い。
また、当時エスカレーターは登場していたが、上りばかり・・初めて下りのエスカレーターが登場をしたのは有楽町のそごうデパートで、何回も乗ったが、兎に角ニュースで報道されるくらい有名だった。
所謂(いわゆる)高層ビルはなく・・初めてそれが出来たのは高校時代=1960年代、虎ノ門ビル・30階建てくらいだったか。やはり、日本国が高度成長を始めたのはこの時期であり64年東京オリンピック「現在、このDVDを借りられるのはゲオの宅配レンタルしかない。旧作だから僅か110円+送料程で借りられるが多分一枚しかないと思われるので順番待ちか?」、新幹線も首都高速も浜松町モノレールも?オリンピックの為につくられたし、航空自衛隊の五輪の曲芸飛行も起点は此処。
昭和を知らない国民は・・或る意味・・二度と敗戦以来の良き時代を知らずにこの世を去る事になる。そういう意味では現代社会よりも、映像でも何でも良いから当時の日本国を見ておいた方が良い・・のかも知れない。
もう同じように生きていた日本国を見る事は不可能といえる。今は、世界一に届こうとするChinaに朝鮮など他国を代理しての反省を求められる時代になってしまった。
増してや、それに対抗するなんざ・・大馬鹿者と言える訳・・「中立国を貫くしか手はない」、「無知」・「歴史」を知らないことほどみすぼらしく憐れなことは無いのである。この「歴史」とは日本国だけでなく「世界」を含んでの事。
まあ、謂っても分からない・・それ自体が既に先が見えている事に繋がる。一時「ワールドワイド」という言葉が使われたが、今まさに全ての国と分け隔てなく交流をすることで「生き残る道」が開かれるわけ・・だが、国民も政府も何も知らず滅んでいくのかも知れない。
その後の大阪万博は詰まらなさ過ぎ、ターちゃん一家と名阪を飛ばして行ったが、パビリオンも二つくらい見て「帰ろう・・埃っぽいし疲れるだけ・・」大蔵の叔父ですらそれに同調する程度が万博なのである。
さて、「仁義なき戦い」は東映=やくざ映画が得意~で有名だが・・監督もやりたい放題で何名かの女優と遊んだり、映画が終わって出てくる客は「肩を怒らせ・大股で歩き・山口組だ・・もう完全に、ヤクザの何処が悪い・・」という惨状(笑)でもあった。
ターちゃん一家の仁義なき戦いはケーちゃんから見たケースである。
幼稚園だったケーちゃんが沓谷のターちゃん宅に遊びに行ったは良かったが・・突然始まった夫婦喧嘩の凄い事・・「・・うわー何だこれ・・」てなわけで「僕帰る・・」。
帰るたってバスに乗り長く揺られてきたのだから・どうやって帰る?当時、静岡市の静鉄バスには循環と名がつくバスがあり・・その中でも「東部循環」で来た筈。
帰り道は全くわからない。
「まてよ?バスで来たという事は・・バス停を探しながら進めば・・ひょっとしてゴールまで行けるかも・・?」
この発想は正解で・・幸いバス停はそれほど入り組んだ道に設置はされていなかった。もう、こうなるとバス停探しゲームと化す。おまけに・・三分の二時間ほど経過し・・途中「・・あら・・よく見たことのある街並み・家」・・それもその筈、母の祖母が住む家の表通りには「祖母は兎に角踊り好きで、近所の連中と毎日ではないが・・歌に合わせて踊りまくりフィーバー(この言葉は映画・トラボルタのダンスから使われる様になった。)」
仲間の代表格が「家政婦界の大元締め」だったから、その家も目立った・・あがたさんといったが・・他にも杉村さんその他・・。古くからある住宅街・大岩宮下町。
且て、ターちゃんにこんな事が・・皆で集まっていた際の事・・何処で手に入れたのかは分からないが、ターちゃんが小さな三輪車を乗り回している時だった。
突然、三輪車のハンドルの途中が折れ・・縦の支柱であるパイプに額を突っ込んだターちゃん・・グサッ・・血が飛び散り・・幸い目ではなく中間の額に突き刺さったから・・大人になってもその時の傷は消えなかった。
大体ターちゃんは、ず~体が大きく、身長186センチのがっちり方・・ケーちゃんちに遊びに来た時も・・裏に木戸があり釘で打ち付けてあったのだが・・「・・体当たりの大ちゃんだ・・ターちゃんでなく・・だいちゃん?」体当たり一発で木戸が吹っ飛び・・無茶苦茶やおまへんか・・関西弁ならそんなところ・・。
ケーちゃんは仲が良いからターちゃんともめたことは無い。これが、他人ともなると・・小学校の頃だった・・名古屋の千種区に引っ越していた際の事。
二人で住宅内をちょっと歩くと子供の集団・・ターちゃんが彼らの親分格の子供の真正面に立つ、何も言わずに「・・ハイ済みません・・」何で謝ったのかは分からないが・・いきなり「バシッ」ターちゃんのびんたがさく裂・・他の子供は無言で・・「・・ごっつ・・え・げ・つ・な・・」など、名古屋だから言わないが・・沈黙・・こういうの・・黙秘権・・とも・・いうな
。
一方、ターちゃんとケーちゃんは偶にあっても仲が良い・・ケーちゃんちに来ていたターちゃんが紙に幾つかの数字を書き、二つのサイコロの目で・・要は野球ゲームである・・1-1ホームラン・・2-2二塁打・・ぞろ目其の他がヒットなどになる訳。
単純なのだが・・ケーちゃんの番になったら・・ホームランや三塁打に・・大量得点・・イチローもびっくり・・ああ、そういえば、後程、愛工大名電が登場をする。
ケーちゃんはあまりの面白さに・・笑い過ぎ・つい・小便がじょびっと漏れ・・ターちゃん「・・何だお前・・?」。
名古屋千種区・・夏休みで遊びに行った際の事。休みで愛工大名電のグランドががら空き。おじさんがノックをするからひろえとの指示。
ターちゃんとケーちゃんは適当な位置に立ちノックを待った。
おじさんは「・・ハイケーちゃん・・」球は簡単に取れるに決まっている位置と速度・・とって投げるだけ。
ところが、次はターちゃんの番「・・行くぞ・・」何と・・ターちゃんが立っている位置から相当遠くに速度も速い。
取れる訳ない・・誰の目から見ても・・絶対無理・・。
この連続・・「・・ハイケーちゃん・・」コン・・「・・こら・・何やってんだお前・・ちゃんととれ・・」バスーン・・って・・取れる訳ない。
それでも・・ターちゃんは汗だくだくで・・文句を言いながらも・・二人家路につく。
おじさんが「風呂に入ろう・・汗かいたから・・運動の後の風呂はいいぞ・・?」
って・・温度が・・「あちあちあち・・」・・郷ひろみの歌にあったな「・・あ・ち・ち・あ・ち・ち・・」。
そりゃいいんだが・・ケーちゃん苦情も言えず・・苦情係のおばさん立ち会いなし・・。
「・・せいの・・」入ったところでおじさんが「・・よく漬かれよ・・体を深く沈めて・・」・・って・・漬物でも・・禅寺でもなし・・しかし、只管(ひたすら)・・ぐ・ぁ・ま・ん・暑・熱・アチイ・グアッ・・う~。
そろそろ時間が無くなってきたので・・三重の久居というところにターちゃん一家が(うん?一家?やくざの集団?)転勤になっていた当時。
一家で麻雀を・・と・・ブーンと、夜だから、電灯に飛んできた蛾・・。「・・おい・・追い出せ・・」おじさんの趣旨とは・・全く異なる結果・と・・。
いきなり・・ターちゃんは手元にあった新聞紙で「バシッ」。
すっ飛んだのは・・蛾ばかりか・・電燈も共に・・もう、辺り一面、ガラスは飛び散るは・・真っ暗になるは・・おじさん「・・ぬ・あ・に・・やってるんだ・・お・ま・え・・」阿修羅顔・・。
いや・・迫力満点・・しかし・・?
大学生の二人だった。ターちゃんがおじさんに言われブルーバードを洗車している時だった。もう、おじさんより背の高いターちゃん。
ケーちゃんはターちゃんが洗っている横で見ていたのだが・・「・・特に何ら問題も無く・・進行中・・」と・・おじさん登場・・。
「・・ぬ・あ・ん・だ・この洗い方は・・!」
そこで・・異変が・・。
今までのターちゃんが・・。
いきなり・・持っていたバケツの水を・・頭上高く・・つまりは・・おじさんの頭の上に移動中・・。
「・・ど・zu・baxt・び・しょ・び・しょ・ね・・」
見事・・おじさんは頭からシャワーの恩恵を受けているのだが・・。
「・・なんつうことに・・?」
ケーちゃんが驚く間もなかった・・この事件・・いや~・うん?来るか・・馬場の空手チョップ・・?
ところが・・おじさんは阿修羅なのだが・・「・・う?ん?の?こ・の・・」。
何か・・「ゴジラの逆襲」とかあったかな・・その昔東宝「地球防衛軍」という映画・・モゲラという宇宙人が作った怪物が登場をする。
うんなことは・・どうでもよい・・
おそらくは・・これで決まり・・。
でもな・・親ってものは・・それだけじゃない・・。
ターちゃんは愛知学院大三年の時、静岡のケーちゃんの家に夜遅くに来たことがあった。
ケーちゃんは珍しく机で英語の勉強をしていたのだが・・二か月でやめてしまった塾で配られた「アニマルファーム」という英語の書物を見ていた。
ターちゃん曰く「・・おまえ・・これ読んでんの・・?おれんとこの教科書と同じ・・大学三年と高校三年・・?」。
で・・ターちゃんはおじさんの勧めもあって卒業後・・今でいう損保ジャパンに入社をした。
親子とは・・そんなもの・・。
調布の男子寮に行った事があった。
狭い部屋にベッドが一つ・・しかし、泊っていけというから泊まり・・丁度寮のパーティーもあり・・ケーちゃんもstageでひたーの弾き唄いを指示された。
いや、寮内でもかなり意見が通るようで・・まだ迫力はあった。
誰もターちゃんに逆らうものはいないようである。
何をするのかと思えば。
「・・いいか・・一緒に飛び出せ・・」
何だと思えば・・部屋のコンポに「ジミーヘンドリックスのレコードを・・」、そして、ボリューム摘みを右に回し切った・・最大音量・・。
廊下に出た二人には・・理由が分かっているが・・他は「・・何じゃこれ・・?」だっただろう。
ある時ターちゃんから「・・おまえ・・ちょっと来てくれない・・いや、うちの会社の女性なんだけれど・・」。
要は、品定めをしてくれないか・・ということだった。
このようなエピソードを全く知らない同じ会社の女性と結婚をしたが・・知らぬ方が良い?いや・・大人になったターちゃんはガラッと変わり・・大人しくなった。
性格が百八十度変わったのである。
ケーちゃんは相手の女性を見るまでもなく「・・いいんじゃない・・」しか言える訳ないだろ・・つーの・・。
いや、無事定年まで仲が良かったようである。
しかし・・肝心なターちゃん・・ケーちゃんの親族では女性は兎も角も・・男性は皆81までにきちんと亡くなっている。
だが・・ターちゃんは70歳の若さで一年間の直腸がんで闘病生活を経・・亡くなったそうである。
最後に消えた大物・・残るはケーちゃんのみとなる・・しかも・・後6年程で・・81。
先日見たのはクレージーキャッツの「無責任シリーズ」なのだが・・メンバー全員故人。
「・・いや・・面白かったな・・もう・・」
「・・何が?」そんなターちゃんの声が聞こえるような気がしている・・(LOL)。
完
昭和の生活。現代日本国に警告。仁義なき親族・家族。アラビアのロレンス、ならぬ、昭和ターちゃん。
怪物ターちゃんの一生・・知るは我のみ・・ターちゃんに関するエピソードはまだあるが、妻・・・女の子二人もおそらくは・・結婚をし家庭には子もいるだろうから・・まあ、この程度で・・バイチャ・・。