◽️プチストーリー【まなざし】(作品No_10)
【作者便り:猫の目って何か見つめると不思議な感覚なりませんか?いつまでも見てられる】
海の猫は石の防波堤にひとり立ち、海の先にある地平線をじっと見つめていた。
時間が止まったかのように。写真に切り出された空間のように。
周りに動くものがないから余計にそう感じるのだ。
そう海の猫のまわりには他の猫はいなかった。
海の猫は、雨の日も濡れることを一切気にせず、石の防波堤に凜としてひとり立ち、地平線をじっと見つめていた。
太陽が海の猫を照らす。
微動だにしない海の猫の背中。大きさ以上に感じられ、風景の中に存在感を讃えていた。
春の穏やかな心地よく眠気を誘うときも
夏の刺すような暑さのときも
秋の熱を落ち着かせるようなときも
冬の体内の活動力が寒さから外に出てしまうときも
365日、海の猫は、防波堤に立ち、一言も発せず、ただただ地平線の先を見つめていた。
いつからだろう、耳を澄ますといつもと違った音が聴こえた。
ニヤァー。ニヤァー。
猫の声?・・・・でも、海の猫は、変わらず防波堤に立っている。声を出したように見えない。
ニヤァア。ここにいるよと気付いてよという声に聞こえた。
先入観をもたず、目の前にみえる景色全体を見渡す。
あ・・・・。
ひとりの鳥が空に飛び、猫の声を出している!
あの鳥は、前から猫の声を出していただろうか?
あの鳥は、防波堤にひとりいる海の猫の周りを、空から猫の声を出しながら旋回している。
あの鳥・・・いいづらいので、猫の声を出すので、ウミネコと呼ぼう。
海の猫は石の防波堤にひとり立ち、海の先にある地平線をじっと見つめていた。ウミネコの声が聞こえども、動かず声を出さず変わらない。
ウミネコは、石の防波堤の上空をひとり飛び、漂っている。
動かない海の猫
猫はずっと防波堤にいる。
海を見つめ、地面に触れて沈黙の中に生きている。
移動したいのに移動のすべをもたない猫。
猫は地上に居場所がなくて、空を飛びたいと意志を届け続ける。
移動しないウミネコ、留鳥、漂鳥
鳥はどこにも渡らないのに、空を飛ぶ。
まるで何か探しているように、何か届けるものを探すように。
移動できるのに移動しない鳥。
鳥は地上に居場所がなくて定住しないことを選んだ。
海の猫は石の防波堤にひとり立ち、海の先にある地平線をじっと見つめていた。
これ以上のすべを知らなくとも、この小さな島から無言のメッセージを発信し、届けつづける。
ウミネコは、石の防波堤の上空をひとり飛び、漂っている。
海の猫に惹かれ、ニャアニャアと声をかける。
質問のように、応援のように。
春だろうと、
夏だしても、
秋にしても、
冬といえど、
さらに年を経過しても
海の猫は石の防波堤にひとり立ち、海の先にある地平線をじっと見つめていた。
それは何も変わらない。季節だけが変わっているのだ。
いつの日だろうか
ジャリジャリジャリ・・・
防波堤にいるひとりいる海の猫に近づく足音がした。
ジャリジャリ・・・いったん足音が止まる。
代わりに波の音が聞こえる。
ジャリ・・・ジャリジャリ・・・
僕は海の猫に声をかけた。
「はじめまして。
あなたの前にいく勇気がなくて、ずっとずっと後ろから見させてもらっていました。
そしてあなたを見ていたら、やっと、近づいて横までくる勇気をもてて、こうして声をかけさせてもらってます」
「隣りに座っていいですか?」
海の猫は石の防波堤にひとり立ち、海の先にある地平線をじっと見つめていた。僕の声が聞こえども、動かず声を出さず変わらない。
失礼します。僕は海の猫の防波堤の定位置の右隣に座った。
海の猫のまなざしは、クリッとした丸い目に、黒い瞳孔が鎮座していた。見つめていると何か答えが浮かびそうな不思議な感覚になる。
僕も石の防波堤に座り、地平線をじっと見つめた。
言葉はいらない気がした。
ニヤァー。ニヤァー。ただ、上空にいるウミネコがまるで友人に新参者がきたことを語りかけているように聞こえた。
勇気を出してからどれくらいたっただろう。ある日。
海の猫は石の防波堤にひとり立ち、海の先にある地平線をじっと見つめていた。
「今日も、そばにいていいですか?」右隣に僕は座った。
「あなたは何をみているんですか?」
ニヤァー。ニヤァー。近くに聞こえると思ったら、海の猫の左隣にウミネコが立っていた。
海の猫、ウミネコ、僕は石の防波堤にいて、海の先にある地平線をじっと見つめていた。
風の音、海の音。聞こえる。
僕は防波堤のへりに両足を交互に不規則に前後ろとぶらぶらと動かしていた。自然と口が開いていた。
「・・・ぼく、いましばらくお休みもらっているんだ」
ニヤァー。ニヤァー。
「ウミネコも僕も、声はなくとも動かなくとも広大な風景の中で、あなたを見つけて・・・見逃せなくて、こうしているんだろうなぁ」
僕はふいに横にいる海の猫を見た。
海の猫は大きな口を開けた。一瞬、あくびかと思った。違う。
「え・・・あなた・・・もしかして、声を出せないのですか?
あ・・・よく見ると、少し傷が・・・傷の表面はもう治っているみたいだけど。大丈夫?」
その一瞬だけ、初めて動くところをみた。
海の猫は石の防波堤に立ち、いつのように海の先にある地平線をじっと見つめていた。
僕はふいに言葉がもれた。
「僕の家に来ませんか?」
海の猫は石の防波堤に立ち、海の先にある地平線をじっと見つめていた。
「じゃあ、失礼しますね。
また、来ます」
僕は防波堤を背を向けて歩き出す。
スタッ・・・
背中に、温かく力強いまなざしを感じる。
これが小さな島から送られていたのか、と肌で感じた。
海の猫が動いた。
(しばらく、いっしょにいきましょう)
海の猫と同じように僕も言葉でなく、そう伝えた。
(了)
◽️プチストーリー【まなざし】(作品No_10)