燦爛詩集

[アルチュール・ランボオ]



   地獄の一季節

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 嘗ては、もしぼくが定かに憶えているんなら、わが生活、饗宴のそれであったのだ、その時分、如何なる心もわが身へむかいひらかれて、悉くの葡萄酒は、どっぷりと垂れ流されていて。
 或る(ゆうべ)、ぼくはかの美、(ため)しに膝に坐らせてもみたのだった──そうか、貴様は嫌な奴──さすればそいつへ、罵詈雑言を投げてやった。
 正義、そいつに対し、ぼくは武装したのだった。
 ぼくは逃げた。ああ、魔女供、悲惨、くわえて憎悪よ、わが秘宝を託した対象、それは貴様等なのである。
 ぼくは苦心惨憺し、遂に成し遂げたのだった、なべての人間の希望なぞというものを、わが精神の裡で、失神状態へと還らせることを。ありとある歓喜、ぼくはそいつ等を絞殺するが為、無慈悲なる野獣の魂から湧き昇り、すればトリップしたのだった。
 くたばろうともするさなか、ぼくは死刑執行人等を召喚した、すればそいつ等の銃の台尻へ、噛みついてもやったのだ。ぼくは花々をも喚び起こした、どす黒い流血を以て、わが身を窒息させんとして。不幸の一季節、夏こそが我が神の発情期(サカリ)である。わが肉体、汚辱の泥に吊るされた鉤、ぼくはその身ぐったりと横臥え、重罪の空気のどん詰まりに、さながらに乾き切っても往くのだった。さすれば狂気による手練手管によって得たもの、そいつは云わば野蛮人の血色の好い頬であった。
 されば、うら若きぼくがわが身へもたらしたもの、そいつは風と運ばれる、おぞましい狂人のケタケタ嗤いなのだった。
 ところで近頃の話──不断に響いてるのだよ、わが詩作の極致に脚張り蟠りやがった、断末魔の不協和音がね! ぼくは夢想し、嘗ての宴の鍵を捜し求めているのだった、いずこでそいつを奪還しえるか、或いはそいつを閃かす鍵、まさか食欲ではあるまいか。
 愛こそその鍵である──ぼくの抱く夢想が幻にすぎぬこと、そいつを証明するのがこの想付だ。
「貴様はハイエナのままでいるのだ…」なぞと、悪魔奴、しかも自己欺瞞に塗りたくられた奴、愛想笑い浮かべた罌粟の花を、わが頭に戴冠しやがる。「死をモノにすることさ…それも貴様の欲望、エゴイズム、くわえて吐き棄てられ溜った罪業、それ等諸共曳き()れて」
 嗚、ぼくはね、夥しいもの等で手が塞がり、うんざりしているところなのだよ。──扨て、親愛なる悪魔よ、お願いですがね、その苛立ちに燦る瞳、一寸(ちょっと)抑えてはくれませんか、されば遅ればせながら自己紹介、貴様がぼくを逃がすまで、その短い猶予期間にやらせてもらおう。貴様はね、作家の描写・啓蒙の才なぞというもの、欠如しているのがお好みだ、そんなら君に披露しようか、地獄で書かれたぼくの手記、呪わしき紙片の幾枚か!



  永遠

見つけたよ、
なにがだい?──永遠さ。
海へ沈んで 融けこんで
伴れ去ってしまった太陽だよ。

ぼくらの見張り番、いわく魂というやつよ、
今夜はそっと語り合おう、囁き声で、胸の内。
なにもかも、虚空にのみこむ夜のこと、
火と燃ゆるような 昼のこと。

通説的な御意見からも
世間の迫らす逆上からも
きみはわが身をときはなち、
されば 飛んでも往くのが好い。

煌々と照る燠火とね 艶っぽい繻子(サテン)
くるまれば、ただそれだけが
だあれもなんにもいわずとも、
義務なるものを、浮かばせる。

希望の歩み そいつの進路、
センセイなんざあ、教えちゃくれない、
ぼくは確信してるんだ、科学とは
辛抱ともなう責苦であると。

見つけたよ、
なにがだい? ──永遠さ。
海に沈んで 融けこんで 
伴れ去ってしまった 太陽だよ。



  幸福

おお 季節往き、城(かがよ)う、
無疵な(こころ)何処(どこ)にあろう?

   嗚 季節往き、城赫う、

僕の究めた幸福奥義を
いったい、誰が脱れえよう?

「幸福万歳!」 ゴールの雄鶏、
喉をば鳴らし 歌うたび。

されど僕、はや なんにも憧れないさ、
生 それじたいに、幸い満つる。

かの蠱惑! 霊肉、統合崩しちまって、
散り往き 努力もほぐれつ霧消()えて!

嗚 季節往き、城赫う。

  して 災厄が、僕伴れたところで、
  とるにたるまい、確かなことだよ。

  ねえ 聴いて、悪書を蔑んではいけない、
  より果敢なくも 生きるためには!

  おお 季節往き 城赫う、
  無疵な魂が何処にあろう?



[シャルル・ボオドレール]


  猫

おいで、ぼくの美しい猫、わが熱っぽい胸に、ひょいと跳び乗ってごらん、
おまえの鋭い脚の爪、どうか韜晦に秘めてくれるかい、
して ぼくが身を、金属と瑪瑙織られ照りかえす 君が双の()の裡に、
投げ入れ、燦りの反映に ほうっと侍らせておくれ。

ぼくの ピアニズムさながらのゆびづかい、
そいつでおまえの|(こうべ)とね、発条(ばね)のごとやわっこい背 愛撫する時、
あるいは、ぼくの デッサンの如くタッチがね、
電磁をはらむ君が()に、触れ 悦びに陶酔する時、

ぼくは識るのさ、わが恋人の面影を。その眼差、あたかもかの女のよう、
愛すべきけものよ、奥行ぶかく くわえて澄むごと冷たくて、
投槍さながら、わが身をぞっとつんざきもして、
 
して 脚のさきから、こうべまで、
籠る鋭き雰囲気と、むっと あやうき薫がね、
黒褐色をうつろわす、陰翳ぶかき海が|()ただよう。



  音楽

音楽というやつが、しばしばぼくをとらえるさま、さながら海のようだね!
  こい焦がれる、仄かに照る蒼白の星へ、
深く蔽う濃霧の下で、あるいはエーテルのみちる 広大な天空のなかで、
  ぼくがそそぎうつすそれ、薫りたかいかの秘め事(ヴェール)

広がっているのはかの胸の風景、その乳房は豊かにふくらみを帯び、
  風をはらんだ ころもさながらで、
ぼく、波のかさなる背を昇り、秘密へ這入りこもうとするのだ、
  ぼくを蔽いかくすそれ、夜の帳の仄かな(ヴェール)

ぼくは肌の感覚わななかせる──なべての情熱そそぎながら──、
  恋わずらいの大船として。
ここちよい風も、嵐さえもが、劇しく身もだえするがよう。

  音楽とはね──無辺際な湾岸の上、
ぼくを揺すって耽らせる。──あるいは他日、静謐なる平板、
  わが絶望の反映、高貴なる鏡よ。



  身を売るミューズ

ぼくの胸中のミューズ──いわく、華麗なる宮殿暮しを愛するひとよ、
  時は睦月(いちがつ) 北風の吹きすさぶ頃、
積雪さながら くろぐろと蔽う倦怠(アンニュイ)に、さいなまれるかの暁に
  紫にかじかむ双のあしさき 暖める火種はもっていないの?

紫斑印された大理石の肩、鎧戸から射す月光の夜想曲(ノクターン)に、
   さらし浴びれば 蘇るのかい?
金銭(かね)はや干からび、におう貧しさに強いられて
   蒼穹の降らす 黄金を搔き集めでもするの?

  毎日の麺麭(パン)を買ううために、貴女はせっせと稼いでる、
香炉揺らして戯れる、聖楽団の少女のように、
   讃美歌(テ・デウム)なんぞを歌ったり──たいして信じてないけれど──、

  あるいは空腹の道化者さながら 恥やら色やらさらす如くに、
ひと知れず 頬を濡らす涙秘め、貴女はばか笑いを御披露、
  腹をよじらす卑俗な笑い そいつでその場を華やがすため。



  病めるミューズ

ぼくの憐れなミューズよ、ねえ、いったい今朝はどうしたの?
  きみが空疎な双の眸 夜の幻影 たっぷり湛えられていて、
ぼくには視えるよ、きみが顔の色のうえ、旋回するごと
  冷たく不感な 凶器と恐怖、無言のままにうつりかわるのが。

碧がかった夢魔(サキュバス)と、うすももの 薔薇のいろした妖精が
壺かたむけて、恐怖と情欲 そいつ等 貴女へ降り注いだの?
あるいは悪夢というやつが 残虐な、遊戯めいた掌で、
  神話の沼底へ突き落し もしや きみを溺れさせたの?

ぼくは欲しいんだ、むっと立ち昇る きみの健康な薫り、
  かの女神の胸 屹立する強靭な思念を不断に宿し、
して鮮血──基督の為流されたそれ──調なめらかに波打って、

さながら歌の父アポロン神 くわえて
  収穫司る偉大な牧神(パン)の、交代制で統治するが如く
かの女神の 古風にして、おおいなる音節(シラブル)満つるよう。



  黄昏の諧調

かの時 沈み来て、いま 梢で顫える
  ゆらめく花々 霧消する、香炉の薫らすように。
夕暮のそらへ 音楽と香放ち、旋回する。
  憂鬱な 円舞曲、もの憂げな 眩暈(げんうん)よ。

ゆらめく花々 霧消する、香炉の薫らすように。
  ヴィオロンはわななく、胸締めつけるように 愁しく、
憂鬱な 円舞曲、もの憂げな 眩暈よ!
  天空は 愁しくもまた美しい、おおいなる 祭壇さながら。

ヴィオロンはわななく、胸締めつけるように 愁しく、
  やさしく 脆い心は憎む、暗鬱にして 広大な虚無を!
天空は 愁しくもまた美しい、おおいなる 祭壇さながら、
  落日は 凝るおのが血の海に 溺れて往く。

やさしく 脆い心は憎む、暗鬱にして 広大な虚無を。
  明澄に燦る 在りし日の痕跡を 曳きだそう。
落日は 凝るおのが血の海に 溺れて往く……
  聖体顕示台さながら 貴女の御姿耀く、わが追憶の裡で。

燦爛詩集

燦爛詩集

仏蘭西象徴派訳詩選 青津亮訳 【アルチュール・ランボオ】 [地獄の一季節(冒頭のみ)] [永遠] [幸福] 【シャルル・ボオドレール】 [猫] [音楽] [身を売るミューズ] [病めるミューズ] [黄昏の諧調]

  • 自由詩
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-31

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