骨迷路 最終話

おはようございます。最終話のお届けです。老人になった浮貝。幻想の果てに彼が見たものとは。お楽しみに。

最終話


 「骨迷路」(最終話)


          堀川士朗


あの日の桂林厨房飯店に僕はいたんだ。
店の壁には男性ムード歌謡グループ『断裂』のメンバーの沖羅奈鳩詩(オキラナ・ハトシ)のサインが、まだ飾ってあった。
桂林そばを注文した。
ゴム味のそばを食べる。
何十年前とまるで同じ伝統の不味い味だったので、文句をつける気にもならなかった。
もう食べられないや。
いつからだろう。
満腹が充足ではなく、苦痛に感じるようになってしまったのは。

僕がこの世を去る前に、最後の食事として取りたいものは何だろうか?
寿司。
焼き肉。
鰻重。
ステーキ。
いや、もっと質素でしっくり来る毎日食べているようなものが良いな。
納豆ご飯。
いや、それでも贅沢な気がする。
冷奴。
うーん。もっとシンプルで、ギリギリまで削ぎ落とされたものが良いな。
どうせこの世からいなくなるんだから。
そうだな、水が良いや。
ただの水道水。
ミネラルウォーターとかでなく。
水道水。
『末期の水』って言うでしょ。
それで良い。
それに決めた。
一杯の水を最後に飲んで、僕は水の世界へと帰るのだ。


今日も「浮貝さあん。浮貝弥一さあん」と呼ばれて病院で診察を受け、四週間分の薬をもらう。
長くかかる病気だ。
一生の付き合いかもしれない。
生に執着し、這いつくばって生きていくしかない。
僕はこの、一生続く病気と毎日向き合っていて、それには多くの手助け、サポートが必要なんだ。
頭の中で夢が咲く病。


三十三年後。


はあ。
やっと静かになった。
僕はカンパニーを辞めて退職金をもらい、悠々自適の生活を送っていた。
でも、あんなに好きだったお酒を飲むのもやめてしまった。
あれだけ気にしていた自分の匂いも消えた。

ここは、骨迷路だよ。
いつまでさ迷うつもりだろうか、僕は。
出口はどこにも見えない。
誰もいないからとても静かだ。
無音無臭の永久迷路。
これも全て僕の独り言さ。
やっぱり、独り言って大事なんだ。だって独りで何でも話せれば孤独じゃないもんね。
はあ。
テンテン……。
今どこにいるの?
どこで何をしてるの?
同じ骨迷路の中にいるのかな。
それとも、とっくの昔に出口を見つけて出て行ってしまったのかな。
僕はおじいちゃんになったよ。
でも君は今でも少女のままなんだろうな。
また都電ニャラ川線に乗ってどこか行きたいね。
あはは。
ああ。
悲しい楽しい切ない人生だったなあ。
骨迷路をさ迷ってばかりの、短い生涯だった。
僕はとうとう子孫を残す事は出来なかった。
ごめんよ、お父さんお母さん。
猫のひとつも飼えなかった。
テンテンはこの腕の中にない。
浮貝弥一青年は老いて八十ニ歳になったよ。
でも、まだ終われない。
まだ、終わらない。
懸命に動く。
懸命に、生きてみる。
雨が降り続く。
骨迷路に深い水溜まりが出来ている。
僕はそこを、傘も差さずに飛び越える。
冒険をやめない。

頭の中で夢が咲いてる。


あ!テンテン!
来てくれたんだね!


            終


   (2023年6月~7月執筆)

骨迷路 最終話

最後までご覧頂きありがとうございました。少しお休みを頂いて、また来年から新作をアップ致しますので宜しくお願い致します。

骨迷路 最終話

老人になった浮貝。幻想の果てに彼が見たものとは。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted