足はどこにいった

足はどこにいった


 暖かい海に囲まれた島がある。海水浴や砂風呂を楽しめるいい場所だが、まだあまり知られていない。
 海外からの観光客で成り立っている島だが、日本人観光客は少ない。まだ宣伝がいきとどいていない。
 海岸の砂風呂は日本と少し違う。日本の砂風呂は上向けに寝たからだに砂をかけてもらい、顔だけを出す。僕も何度か行った。この島の砂風呂は、縦の穴にはいる。深い穴が掘られ、その中に立ち、砂をかけられる。顔だけ出すのは日本と同じだが、立ったままで身動きができない。怖くてできない人もいる。
 僕は日本のIT企業のプログラマーだ。休暇には国内の温泉によく行いくが、今回はこの島に一人できた。成田から朝早く出発し、飛行機を乗り継ぎ、小さな国の国際空港から、最後には三十人乗りのプロペラ機で5時間ほどかけ、午後半ばについた。隠れた玄人好みの観光地で、プロペラ機に乗っていたのは外国人ばかり、日本人は僕だけだった。
 島について、飛行場に降り立つと、乾いた熱い空気が顔に当たる。パスポートチェックはプロペラ機に乗る前に済ませている。飛行場の待合室で荷物が運ばれるのを待ち、受け取って、外に出るとタクシー運転手が、僕の名前を書いたカードを持って待っていた。
 小さな島の小高いところに飛行場があり、タクシーに乗ってすぐに広い海が見渡せた。十分も乗らなかっただろう、こぎれいなホテルについた。ホテルの前は広々とした砂浜だがそこは泳ぐところで、砂風呂は少し離れたところにある。
 ホテルにチェックインすると、すぐに砂風呂に行きたいことを告げた。
 「どこにしますか」
 フロントの受付嬢が地図を広げ、島のあちこちにある砂風呂の海岸を示してくれた。英語で事足りる。
 迷っていると、
 「今からだと、夕日の見える海岸がいいですよ」、
 彼女は車で十五分ほどのところを指さした。聖職海岸とある。
 「それにします」、
 うなずくと、「水着になってロビーにいらしてください」、と彼女は言った。
 僕は部屋にはいると、海水パンツをはいて、すぐにロビーにいった。車の運転手がカウンターの前にいた。
 「こちらです」と、手を挙げて玄関を指さした。
 乗り込むと、
 「聖職海岸は夕日がきれいですよ」と車をだした。
 ついたところには、掘っ建て小屋があるだけの広い砂浜で、地平線に落ち始めた太陽が少しばかりひしゃげて橙色に海に浮いていた。
 掘っ建て小屋の中から、屈強な大きな男が上半身はだかのまま、筋肉で盛り上がった腕にシャベルをかかえて出てきた。
 車をでると、車の運転手はお楽しみくださいと、英語で言って走り去った。
 男が手を差し伸べたので、僕も手を伸ばして握手をした。彼は小さな入り江の砂浜を指さして現地語で何かを言ったがわからない。砂風呂の場所はどこにするかということだろうと思って、先に行くように指さした。
 男の日に焼けた大きな背を見ながらついていくと、波打ち際から少しばかり離れたところを指さしたのでうなずいた。
 足元の砂を見つめると、白い砂粒に半透明の粒がたくさん混じっている。石英が多いようだ。
 穴掘り男はシャベルで穴を掘り始め、掘り出した砂を穴の後ろにつんだ。砂は少しばかり湿っているようで積み上げても崩れない。
 そういえば、周りには誰もいない。僕だけのようだ。大きな砂浜を独り占めとは贅沢なもんだ。
 海を見る。穏やかな海面が水平線までつづいている。この時期は雨がほとんどないと観光案内には書いてあった。
 筋肉男はあっという間に深い穴を掘った。
 どうぞという仕草で穴の中を指さしたのでのぞくとかなりの深さだ。飛び降りなければならない。入るとちょうど首がでるほどなのだろう。
 僕がうなずいて穴に降りようとすると、男が僕の水泳パンツを指さして、脱げと言う動作をした。真っ裸で入れと言っている。北欧のサウナなどはそれこそ真っ裸で楽しむ。躊躇しながらもパンツを脱ぐと、男はうなずいて水泳パンツをうけとった。
 穴の縁に手をかけて飛び降りると、やわらかく着地することができた。しかも具合よく首が出た。波が寄せてくるのを目の高さで楽しめる。穴の幅も僕にぴったりのようだ。尻に砂があたり冷やっと気持ちがいい。
 日本では着物を羽織ったその上から土をかけられた。そのとき、肌に直接砂が触れていた方が気持ちいいかもしれないし野性味がある、と思ったこと思い出した。だが縦に入るのと、横に寝て砂をかぶせられるのではだいぶ気持ちが違う。
 僕が入ると彼は僕の体と穴の隙間に砂を落としはじめた。掘るときとは違って丁寧だ。少しずつ砂を落とす。足のほうから砂の感触が伝わりはじめた。
 日本では、温泉場の暑いほどの砂だったが、ここは火山島ではないからか、砂の暖かさより冷たい。熱い地域なので冷たさが売り物なのだろう。ひんやりするほどだが、火照ったからだには気持ちがいい。ありゃ、股間のものに砂がかかると、びくっと反応して大きくなってしまった。
 僕はだんだん埋まっていき、首だけが砂浜から飛び出した状態になって、身動きができない。恐怖を感じる人もいるかもしれないが、僕は楽天的だ。
 男は口を指差して、その後自分を指した。きっと何かあったら声をだし、自分を呼べということなのだろう。うとしてみた。手をあげようとしてみた。動かない。そうだ、のどが渇いたらどうしよう。声をあげればいいか。指に触れている砂をほじくった。手の回りに余裕ができた。それで気持ちも落ち着いた。
 目の前の青い海の小さな波がよせてくるのを見て、さらに海の上の大きな夕日をみたら、暖かな気分になってきた。一時の心配がなくなりからだがすっと楽になった。
 皮膚を砂粒が刺激をする。気持ちがいい。なんだ、俺のあれが堅くなったまま砂に埋もれている。
 目の前に何かがやってきた。ヤドカリじゃないか。
 大きなヤドカリが目の前で止まると、エナメルで塗ったような黒い目で僕を見た。日本では沖縄や奄美にしかいないヤドカリだ。ナキオカヤドカリと言ったような気がする。沖縄では天然記念物だったと思う。そいつは、僕の鼻先まで来ると、きゅきゅと音を出し、回れ右して海の方に向かっていった。
 静かに波が打ち寄せ、白いしぶきがあがり、また引いていく。穏やかな海だ。
 薄い青色の空と、濃い青色の海の境には、はっきりとした光る筋が見える。
 しばらく海を見ていた。橙色の太陽の下縁が水平線に触れた。
 これからだんだん海の下に沈んでいくドラマをみることになる。
 砂にからだがなじんできた。
 遠くに鳥が飛んでいる。ねぐらに帰るところなのだろう。砂が少し暖かくなる。熱せられた海の水がしみこんできているようにかんじる。眠くなる。
 うとっとして目を開けると、夕日が地平線から三分の一ほど顔を出す程度になっている。水平線は朱色に染まり、海の半分もだいだい色だ。
 ねむいな。目を閉じる。それでも瞼を通して夕日の赤い色がはいりこんでくる。
 はっと、気がつくと、海が黒く見え、空には星がまたたいている。月はどうも頭より後ろの方だ。寝てしまったようだ。
 流れ星だ。海に向かって落ちていく。海と空の境は黒い線だ。何時になったのだ。体を動かそうとした。動かない。係りの人を呼ばなければと、口を開けたら塩水がはいってきた。
 海水だ。潮が満ちてきた。波しぶきが顔にかかった。あっという間に、海水が頭の上にかぶった。
 海水は温かい。上を見ると海面が見える。海水の中は明るく見えた。月の光が海の中にまで滲みこんでいるのだろうか。
 魚が泳いできた。頭の毛をつついた。魚の名前はいつも食べる奴しか知らない。
 自分のいる砂浜は海の底になっている。カニが歩いている。あいつはナマコじゃないか。
 鼻の穴にゴカイがはいっていてきた。
 やめろ、やめろ。
 海の水が明るくなってきた。海面が泡だっている。朝になったようだ。頭の後ろの方から朝日が昇ってくるようで、海の中も遠くまで見えるようになった。
潮が引いてきたようだ。
 目がでて、鼻がでて、口がでた。水打ち際が離れたところに見えるようになった。
 目の前に砂浜が広がった。
 海岸に黒いものがいくつも並んで飛び出している。人の頭だ。みんな水平線をみつめている。
 横目で一番近く、となりの人を見た。女性の頭だ。金髪の女性が海を見ている。
 僕が一番は端にいるようで、右を見ると数十人の頭が砂浜から突き出している。
 もうホテルに帰らなければ、男をよぼうと思ったが声がでない。 
 からだを動かそうとすると少し動いた。足の付け根の間からつきだしたものがまだ堅いままだ。砂にすれて頭の中がもつれてきた。
 砂からでなければ、肩を持ち上げ、手を動かして砂からでようと思った。あ、手がでた。足を持ち上げる。足が動いた。外にでられる。
 そう思って前を見た。
 砂浜に自分の足と手があった。足が水際に向かってかけていく。足に手がつかまって一緒にいく。
 僕の手と足だけじゃない。いくつもの手と足が水際にかけていく。
 ずらりと砂浜から飛び出している頭がそれを見ている。
 水ぎわで胴体がない足が、よせる波と遊んでいる。手が絡み合って、海の中に入っていく。他の人の足と手も同じだ。自分の足はあいつだ。足の奴、白い細い足とからみあっている。なんだ女性の足じゃないか。隣の金髪の頭の足じゃないか。
 股間のものがさらに堅くなった。俺の手が白い足のつけ根をつかんだ。腰が熱くなってきた。股間のものに衝撃がおきた。勝手に律動運動が始まり液体が発射された。
 しばらく頭の中に快楽がうずまいた
 目を開けると、目の前に僕の二本の足がいた。手が足につかまっている。
 足の奴、僕の頭をけっとばした。
 なにしやがんだ。
 あしからず、そう言うと、手と一緒に町の方に歩いて行ってしまった。
 なんてやつらだ。
 
 また夜が来て、再び潮が満ちてきた。もうなれた。海の水が首の回りから頭の上にかぶさってきて水中に没した。頭の上の方に海面がみえるようになった。
 首より下がうごめいている。手足のない胴体は動かすことができる。
 胴体が回転した。あたまはそのままだから、首から胴がちぎれたようだ。頭の後ろから大きいもの海中に躍り出た。
 首より下に空間ができて海水がなだれ込んだ。
 海に飛び出したのは胴体だった。
 胴体は腰を前後に動かして、立ち泳ぎをして目の前にやってきた。
 なんだ、大事なものは砂の中に残して来ちまったのか。くっついていない。
 クラゲがやってきた。
 僕の胴体はクラゲのように傘を動かすことはできないが、前後の運動はできる。くにゃくにゃ動かして、青いクラゲの後をついていく。
 白い胴体が動いてきた。女性の外人の胴体だ。乳房がゆれている。赤いクラゲのあとをついてくにゃらくにゃら動いている。
 しゅっと音がした。
 僕の目の前の砂の中から、鉄砲のようなものが勢いよくとびだした。
 僕の胴体が砂の中に忘れていった奴じゃないか。
 海の中を突き進んで、白い女性の胴体めがけて飛んでいく。
 目がないくせに、穴があるのが見えたようだ。
 勝手にさせておくさ。
 頭だけじゃ、脳だけじゃなにもできない、食べることも、やることも、大事な本能をはたすことはできないことを知った。
 海の中の胴体とクラゲのダンスを見ながら眠ってしまった。

足はどこにいった

足はどこにいった

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2025-12-27

CC BY-NC-ND
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