Merry Carolina Reaper

Merry Carolina Reaper

 盆暮正月ラジオ局は忙しなく、この年の瀬の夜にも拘らず殺伐とした空気が流れていた。深夜の本番五分前、パーソナリティふたりは静かにスタジオの自席へつき、ヘッドフォンを装着する。髪が崩れるから本当はイヤホンにしたいのにな、と思っていたこともあったが、今ではこれが本番への緊張感を高めるスイッチとなっていた。ふたりは目を合わせてうなづく。上座にはメインの漣(さざなみ)トレイシー。下座は助手の松下ぴなである。
 ガラスの向こうの部屋から、スタッフの指が見える。本番十秒前……三、二、一!
「みなさんこんばんわ、本日も始まりました、トレイシーとぴなのキャロライナリーパー。司会は私、漣トレイシーと」
「松下ぴなでお届けしていきます。十二月二十四日、二十三時五十五分から二時間の生放送。最後までお楽しみください」
 二時間の生放送はラジオ界では珍しいものではない。パーソナリティを交代させたり曲を頻繁に流したり、演者が疲れないようにする技はいくつもある。しかしこのふたり、そんな小技は眼中になく、実によく喋る。
「いやークリスマスですよ。昼間天気も良くてね、ホワイトクリスマスにはならなくても良い夜をお過ごしなのではないでしょうか。てかぴなちゃん髪染めたよね。このタイミング?」
「そうそう、しかもこの、急〜っ、に、この色にしたくてさっき行って来ました。知り合いで最初にこの色見たのトレイシーさんですよ」
「ま・じ・で! 行動早……視聴者の皆さんはホームページをご確認いただけるとわかるんですが、もうこれ、完全にトマトとかりんごの色になっております。クリスマスに赤髪の松下さんです」
「かわいいでしょ〜唐辛子と言って欲しかった!」
「可愛く言ってやったんでしょうが。先週は真っ黒だったのにね、髪色でこんなに印象変わるんだなあ」
「トレイシーさん、今日緑で来てくれると思ってたのに全然変わってなくてがっかりですよ、金髪プリンがやばすぎます」
「あ〜ちょっと私最近急に忙しくて。寒くて動きたくないし本当怠慢だわ。来週はゆっくり休みたいと思うんで、よろしくお願いします」
「それでは最初のミュージック。クリスマスといえばこの曲、ミライヤ・キャロライナで「恋人たちのクリスマス」」
 小さな机に向き合うふたりはかれこれ五年の仲になる。ブログを通して執筆したエッセイが脚光を浴び、その愚鈍ぷり、粗雑ぶりを売りとしている漣トレイシー。現在は講演会、テレビ番組のコメンテーター、地方の祭りの営業にと引っ張りだこである。
 豪快さと行動力が持ち味の彼女が自身の初の冠ラジオ番組の相棒に選んだのが女優の松下ぴなだった。二十代の彼女はアダルトビデオ女優出身で、テレビタレントになると豪語し引退したのち、そんな経歴もオープンにしながら持ち前の愛嬌で徐々に活躍の場を広げて来た。
 アダルトビデオ時代からのファンには女性も多くいて、握手会を開けば耳元で喘いでくれと言ってくるコアすぎる女性ファンもいるくらいだ。
 漣が松下を起用した理由として、「かわいすぎるし人気すぎるから自分の中に取り込みたいと思った」と語っており、番組名の通り松下や周囲に対し辛口コメントのオンパレード、しかし松下は意外にも臆することなくスマッシュにスマッシュを返すが如くの切り返しで、深夜ラジオ番組の中でもトップクラスの視聴率、投稿はがき数となっている。
「お聞きいただいたのはミライヤ・キャロライナで、「恋人たちのクリスマス」でした」
 曲が終わるとすぐはがきコーナーとなる。今日のテーマは「クリスマスの思い出」。この番組のはがきコーナーのお題はいつもありきたりで、先週は「冬の味覚といえば」であった。もうはがきについて語ってほしいというよりは、ふたりだけで話させるとどんどんコアな方向へ進んでしまうので、それを緩和・中和・矯正させる意味合いが強いのだろう。一枚目のはがきを松下が読み上げる。
「最初のおはがきです。ラジオネーム「平成一桁女みぽりん」さんから。トレイシーさん、ぴなさんこんばんわ。いつも楽しく聴いています。私のクリスマスの思い出は、二十四歳のクリスマス一ヶ月前に彼氏に振られたことと、二十九歳のクリスマスの一週間前に彼氏に婚約破棄されたことです。ふたりとも、他に好きな人ができたそうです。当時、二十五歳未婚は売れ残りと言われ、二十九歳未婚は負け犬一直線でした。私自身は確かに結婚に対し人一倍気になる年頃でもありましたし、そのあたりで友人がことごとく結婚するので青ざめながら彼氏に手料理を振る舞っていたこともあったかもしれません。現在の年齢は言いませんが未婚のまま。元カレふたりは私と別れた後すぐに結婚したことを友人経由で知りました。完全に黒です。でも今考えるとこうやって仕事や親のことだけに集中できるのは、未婚のメリットかなと思うことにしています。トレイシーさん、ぴなさんは旦那さんとパーティなどは開くのですか? 良いお年を!」
 松下が読み終わると一瞬の間が生まれた。BGMのボリュームを上げてもらおうかと思ったくらいだ。ふたりは目を合わせて、声にならないため息をこらしていた。初っ端からこんなに重たいはがきを差し出してくるスタッフもそうだが、まあしかしこのパンチならどこへ置いても衝撃であることは間違いない。束の間の沈黙の後、沈んだ空気を一掃するように漣が口を開いた。
「もう年越しになった! えーっ、みぽりんさんは相当……波瀾万丈でしたね……ラジオ聴いてくれてるかな、今夜は最後まで楽しんでね」
「本当に! 今年のクリスマスは楽しく行きましょう! てかこの男たちなんなんでしょうね? いやいや、クリスマス直前に別れを告げるなんて、潔いいのか空気読めないか」
「そうねみぽりんさんが言うように二股説ありありよね。結婚って準備結構かかるから、これもうやば。片方で結婚決まったからみぽりんさんと別れたんじゃん?」
 うんうん、とうなずく松下。隣の部屋で聞いている女性スタッフも、はげしくうなずいて首が取れそうになっている。
「そんな男別れて正解だよね。ほら、スタッフの子もうんうん言ってるもん」
 スタッフの女性が漣に向かって真剣な眼差しでぐっと親指を立てる。
 ふと、小休止、と言ったように松下がはがきから逸れた話を振っていく。なにごともヒートアップしては良くない。
「ちなみにトレイシーさんは何歳で結婚されたんでしたっけ」
「私二十七。多分だけどみぽりんさん同世代な気配がするなあ」
「あっ、本当ですか。確か二十五歳未婚女性は売れ残りっていうのは、クリスマスケーキになぞらえてると聞きました」
「そうそう、二十五日はもうケーキ食べないから、二十四日の夜には割引されたり、それでも売れなければ売れ残りってやつ。それに則ってる感じだよね」
 眉間に皺が寄っていくのが、視聴者にもわかるくらいに二人の声は低かった。
「それを未婚女性にたとえるのえぐいですよね。負け犬は、私が子供の頃大人世代が言っていたの覚えてます。雑誌もその話題の比重高くて、子供の頃は興味なかったけど今それ言われたらうんざりですよね……」
「本当それ。私自身はあまり気にしてなかったと思ってたけど、今考えると当時彼氏がいたからなのかもね。ぴなちゃんはもう結婚二年目?」
「そうです、一昨年の二月に結婚しました。今日は帰ったらもう寝てるので、明日パーティします」
「シャンメリーでしょ」
「お酒飲めないんで。へへ、トレイシーさんは赤ワインラッパですもんね」
 松下がでれっと楽しそうに笑う。
「あれは飲み会だけよ! そうかーぴなちゃんとこ年の差だったよね。どうしても、未婚だと結婚に憧れて、結婚すると未婚に戻りたいなって思うことがあるんだと思うけど、無い物ねだりというか。みぽりんさんは今の未婚のままで、ご両親との関係に集中できるっておっしゃってて、本当によい選択なのかもしれないよね」
「わかります、私はまだ子供いないからそれも考えたいけど、のちのち考えることたくさん増えて行くんだと思うと、幸せでありつつ不安や負担はありますよね」
 突然、隣の部屋からホワイトボードで「曲行くね」と知らせが入る。松下が「戦場のメリークリスマス」を紹介して、ふたりはほんの少し自由になった。ヘッドフォンを外し、背もたれにぐっと寄りかかる。
「はーこの人すごいな。ありとあらゆるミソジニーの餌食になっている」
「やばいっすね。その話の後に私らの夫の話持ってくるのも怖い。単純に挨拶だけど、怖い」
 この声は、ふたりにしか聞こえない。切られたマイクの向こうではピアノの旋律が流れているだけ。ペットボトルの水をがぶりと飲んで、漣がぽつりと言った。やけにかしこまった表情がらしくなくて、松下につい笑みが浮かぶ。
「ぴなちゃんは夫の浮気を察したことはありますか?」
「なあいですよ! でも、五年付き合って結婚して、その時に少し、あれ? と思ったことは、まあまあ、まま、あったかなあ」
「それでも結婚に踏み切ったんだ」
 曲が終わる。松下の脳裏にあの頃と同じ不安感がよぎる。確かにそうだ、なぜあの時私は、彼のプロポーズを受けたのだっけ。
「曲は辻井龍一のピアノで、「戦場のメリークリスマス」でした。平成一桁女みぽりんさん、おはがきありがとうございました。まじ幸せ集めていこうね」
 漣が次のはがきに行こうとした時、二人の前にあるコンピュータに一通のメールが届いた。これは視聴者がメールで投稿してくれるおたよりをリアルタイムで見るためのもので、漣はすべて読み終えたメールボックスの中の未読の文字を拾い上げる。それはなぜか隣の部屋にいるはずのスタッフからだった。
「トレイシーさんとぴなさんにはいつもお世話になってます。私の二十四歳の時の彼は漣悠平、二十九歳の時の彼は松下康太といいます。この番組ももう五年ですね。本当は十年も二十年も続くはずでしたが、あまり無理はされない方が良いかと思っています。お二人とも素敵な方でした。ありがとうございました」
 二人がそのメールを読み終わるか否かという時、大きな物音と共に雪崩れ込んだのは女性スタッフとその腰にしがみつき止めようとする男性スタッフ。
「えっ、どうしたの!?」
 頭から血を流すスタッフを引きずりながら、女性は荒い呼吸で部屋に踏み入る。突如部屋の明かりが消える。バツン! とブレーカーごと落ちたような重低音がふたりのヘッドフォンから脳天へ叫びつける。オンエアのランプは煌々としたまま、赤いランプに照らされた刃渡り十センチほどの斧は、よく研がれた刃境がぬらぬらと光っている。聖夜の電波に叫び声が響く。
 下座に座る松下の脳みそがよく見えるほど、その斧の切れ味は鋭かった。ばっくりふたつに割れた相方の頭が目の前に転がる。漣の番だというようにゆっくりとこちらへ向かってくる。さっき見ていたメールの本文はまだ続いていた。添付された二枚の写真、もう何が映っているかはわからないが、その事実を突きつけられた漣は悪寒に襲われ、ごめんなさい、ごめんなさいと壁ににじり寄るしか出来なかった。
「あなたもぴなさんも、全然知らなかったと思います。だからおふたりにはなんとも思ってないけど、あの二人にもう一度会いたいなって思うから、殺しますね」
 なす術なく、漣も首をちょん切られて死んだ。
 その後、ラジオ番組の音声はオカルトサイトに転載され、その中に漣、犯人のやりとりもしっかりと録音されていた。
 法廷で犯人は、起訴事実を認めたあと、舌を噛みちぎり自死した。遺書はなく、自宅には漣、松下夫妻の盗撮写真と、よく読み込まれた漣の初版エッセイ本、松下の写真集がまとめて置かれているのが発見された。事件はファンによる強行犯罪、容疑者死亡で不起訴となった。
 遺された夫二人は、みずから着込んだ汚名を晴らすことも出来ず、社会的加害者として過ごしている。

Merry Carolina Reaper

Merry Carolina Reaper

クリスマス×ホラーアドベントカレンダー Advent Calendar 2025に投稿した作品です。 クリスマスイブのラジオ局に巻き起こるホラー

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-25

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