ぶどう農家民話・A.I.ウォー
地元の農業部会からの依頼で、鳥獣害対策システムを我が研究室で構築することになった。オレが高専4年生の春で、ロボット工学研究室所属になった直後のことだ。
対象の鳥獣は、カラス・ヒヨドリ等小鳥・アナグマ・イタチ等小動物・鹿・猪・猿・熊と多岐に渡る。キョンが居ない以外は害鳥獣の玉手箱じゃないか。そんなこと農家さんには言えないが。
対象フィールドとして提供されたのは、果樹農家畑畠守(はたけまもる)さん(70)の圃場(ぶどう、桃その他)だ。畑畠さんは田んぼも所有しておりそこの栽培は委託しているが、こちらに関しても今回の研究対象地とすることは許可されている。
まず、広大な敷地をカバーしきれない非電柵領域への対処として、音による撃退器を設置することにした。よくある、センサーで動きを感知したらうるさい音を出すヤツだが、まずここに畑畠さんのこだわりを感じた。
「マンモス型にしましょうや」
狼を模したマシーンは既にある。そんなイメージで、マンモスで行きたいらしい。
「ここらへんの生き物、どうせ狼なんて知らんけん。熊もいいかなと思ったんやけど、熊だと熊が来た時ヘタに競争心を煽るじゃろ。その点、マンモスなら無敵かと思って」
競争心はともかく、マンモス=無敵はオレら一同完全同意だったので、マンモスで行くことにした。大きさのことから、費用が高くつきますよという忠告は
「新しいトラクター買うと思えば安い安い」
との畑畠さんの鶴の一声で、実質やりたい放題との方向性が示された。
「動くともっといいな」
懐が確保されたので、うちの先生も思い付きを飛ばし始めた。
「テープのレールを敷いて、工場のロボットみたいに動かしましょうか」
オレらもその気になって口が軽くなる。論議の結果、ロボット式草刈りの要領でGPSにより位置情報を認知しつつ、あらかじめ指定した領域内を縦横無尽に走らせることになった。
そして大事なのは威嚇音だ。同じ音ばかり発していると、鳥獣もバカじゃないので覚えて恐怖しなくなる。従来の製品も多彩な音源を確保して、ランダムに発することで敵に記憶させない工夫をしているが、オレらは更に上を目指した。
AIを使うのだ。AIが敵の種別(鳥・小動物・大型動物)を判断し、かつその状態を見極め(静観・興奮)、威嚇に最も適した音を発し、ついでにマンモスをハデに光らせるのだ。
AIついでに、前述のマンモスの移動ルートもAIの指揮下に置くことにした。操舵権をAIに持たせ、あたかも本物の生物の軌跡のように振舞わせるのだ。
完成したのがこちらだ。初夏の夜長、長い鼻をフリフリ畑畠さんの果樹園を我が物顔に闊歩するマンモスの姿は圧巻だった。オレらは、基地として提供してもらった圃場横の小さなログハウスでその第一歩を嚙み締めた。
アナグマには狼の罵声、鹿には銃の発砲音、猪にはなんかよく分からない金属音をまくし立て、それぞれが尻尾を撒いて逃げ出す様子を監視カメラで確認して、オレらと畑畠さんは大喜びしたものだった。
とうとう猿が現れたと畑畠さんから連絡をもらい基地に駆けつけたのは、桃の収穫が始まってしばらくの頃だった。
オレらのスーパーマンモスは猿に対しては効果を発揮せず、桃は喰われ放題。実際、ビデオを見ると喰い終わった桃をマンモスに投げつけるなど、完全にバカにしきった猿どもの態度が癪に障った。
「スーパーマンモスはその時々で異なった襲撃音を放つのですが、猿が複数居ることと、やはり学習能力が高いため、効果は初めの数分に留まっています」
「また、スーパーマンモスは鼻を振って動き回ることしかしないため、直接猿に被害を与えないと早々に見抜かれていることも、バカにされている要因かと思います」
オレらは次々に問題点を口にした。苦々しく押し黙る先生を一瞥し、畑畠さんがあっけらかんとこう言った。
「攻撃できんの?」
他研究室の助力も仰ぎ、というかもう高専全体の科学力を集結して、オレらは夢の戦隊マンモスロボを完成させてしまった。鼻からジェット水、ダンボ耳で強風、長い尾を矢のごとく次々と発射させる等、大改造を加えたのだ。
効果はてきめんだった。昼夜関係なく侵入を図る猿軍団に対し、夢のAI力で的確に個体判別し、そのジェット水で、その風圧で、そのミサイルで撃退する。散り散りに撤退する猿どもの背中にオレらは歓声を浴びせた。テクノロジーの勝利だ、AI万歳だ。
そんなオレらの快挙をSNSで発信もしていたが、地元の新聞社やニュース番組も取材に来てくれるようになり鼻高々となった。今やたまり場となったログハウスで皆で悦に浸っていた時だ。
「それにしてもAIってヒト並みの判断能力があるんですね。十数匹居る猿をそれぞれ別の方法で追い払っているじゃないですか。正直、自分にもできませんよ」
オレがポロリと感想を漏らした直後に先生の挙動がおかしくなった。困惑して、皆で問い詰め白状させたのが。
「あのAIは、私達が開発したものではない」
「一番最初はオレらがデータ注力して作った簡易式鳥獣見分けAIだったけど、今や情報学部のAI研究室に委託した上級AIになっているって意味ですよね」
「違うんだ。高専の研究室で作れるレベルでは対応できなくて、インターネットでオープンソースの生成AIに繋げているんだよ・・・」
告白を聞いてオレらは仰天した。オープンソースのAIとなると、元データの著作権問題はもちろん、どこの誰でもデータ注入に参加できるため、公平と言えば公平だが、オレらの意図から外れてしまうことも有りうる・・・。
ラスボスが現れたのは、そんな時だった。
畑畠さんの『熊が出た!』情報により基地・ログハウスに集結したオレらは、交代で日夜張り込みを続けていた。日没間際の午後6時、折しもぶどうはシャインマスカットが全盛となる頃だった。
防風ネットで覆われたぶどう畑に向かいノソノソと黒い大きな犬が監視カメラの端に映ると同時に畑畠さんが「熊だ!」と叫んだので、ログハウスに居たオレら生徒達と先生は我先に窓へ駆け寄った。
先生が手にしたスマートスピーカーに向かって「熊が出たぞ! 撃退せよ!」と叫ぶと、どこかから猛スピードで我らがスーパーマンモスが駆けつけて、熊と一騎打ちとなった。
睨み合う両者。敵と認識したのか、熊は後ろ足で仁王立ちとなると、目線を平行にしてバチバチ言わせ始めた。
「そろそろだ」
と先生が言うやいなや、マンモスは不快な高い音をキーキー響かせ始めた。熊向けの撃退音だ。
熊が逃げずにむしろ抵抗して前足を振り下ろすと、それを鼻で薙ぎ払い、続いて爆発音を立てながらグイグイ近付いて距離を狭め、仕舞に怒った犬のような唸り声をあげた。熊は明らかにたじろいで、よろよろと姿勢を四つん這いに戻し弱ったように下からマンモスを見上げ始めた。
オレら一同、刺激しないよう辛抱していたけれど心の中は歓喜の雄叫びで爆発しそうだった。スゴいぞ! オレらのスーパーマンモス!
勝利の一歩手前のその瞬間、突然マンモスはこれまでと打って変わって、柔らかい穏やかな鼻声を放った。
耳を疑い戸惑うオレらと同じく、熊も当惑して座り込む。一方、マンモスは天突いて掲げた鼻を降ろすと優しく熊の背を撫でだすではないか。
「熊へのスキンシップだ」
信じられない思いで見つめるオレらの前で、懐柔された熊はマンモスに寄り添い、彼らはそのままゆっくり歩きだすとぶどう畑の入り口に向かって進んで行った。
「おいおいどうした、ぶどう畑に入ってっちゃうぞ」
「先生、AIに指示してください!」
「スーパーマンモス、熊を追い払え! 熊をぶどう畑に入れるんじゃない! 熊を可愛がるんじゃない!」
畑畠さんとオレらに煽られて先生は必至でスマートスピーカーに怒鳴るけれど、マンモスには響いている様子はなくその器用な鼻で入り口の錠前を解除し始めてしまった。
オレはふと思いついて呟いた。
「オープンソースのAIを使っているからだ。動物愛護団体か熊擁護派の情報が注入されたんだろう」
「じゃあ、熊にシャインマスカットをあげちゃおうとしちょるのか?」
と、畑畠さん。オレが、多分・・・と曖昧に応えると、爺さん間髪入れずログハウスの隅に駆け寄って勢いよくブレーカーを落とした。
間一髪。マンモスは動きを完全に停止した。
突然の親友の硬直に戸惑う熊。
続いて畑畠さんがログハウスを飛び出すと、どこに隠していたのか猟銃を装填し熊に向かってぶっ放した。
カキーンと鋭い金属音。一斉にオレらはしゃがみ込む。どうやら熊には当たらず、柵かなにかに当たったらしい。
「熊、逃げたぞぉ!」
畑畠さんの怒鳴り声が響いたけれど、怖いしなにがなんだかで、しばらく身じろぎもできぬまま・・・。
以上が、オレらの栄光の顛末だ。
弾は柵ではなく、スーパーマンモスの胴体に当たっていた。貫通はしなかったものの、システムが集中している部位を直撃だったのでダメージはデカく、復旧は困難だった。
それもあってか、このプロジェクトは大手電機会社が専門の子会社を作って、そちらに引き継がれることになった。大人の事情が働いたのだろう、なんと先生は退官してその会社の重要ポストに着任することになった。
そのお陰でオレら生徒の就職先も増えるので文句ないっちゃないのだけど。オレらのスーパーマンモスがもうオレらのものでないというのが、たまらなく寂しいのだった。
冬の初め、オレは一人で溜まり場だったログハウスに行ってみた。無人と思いきや、ディスプレイの前で畑畠さんが一人座っていて、オレを見ると、ようと手を上げた。
「監視してるんですか」
「お宅のシステム使ってね、ワシなりにドローンに繋げてカラスの撃退に使ってるんじゃよ」
「プロジェクトを引き継いだ会社から、技術協力を依頼されたんじゃなかったんですか?」
「アイツらダメじゃ。マンモスはイカンだの、尾を飛ばしたり攻撃はイカンだの、融通が効かんので辞めじゃ」
そうでしょうねと呟くと何気なく画面を眺め、ふいに気付いて声を上げた。
「このドローンの動き・・・。またAIに繋げたんですか?」
画面に表示されたドローンの航行軌跡が、以前マンモスの時によく目にしたものと非常に似ていたのだ。
「お宅らのシステムが残っていたので、まんま使っちょるよ。コレ、ええがん」
「でも、また動物側に立ったりしないんですか? カラスが可哀想とか」
「話し合ったんじゃよ、AIさんと」
畑畠さんはしっかりオレの目を見つめ、いつになく真剣に語り始めた。
「ワシだって生き物が可哀想だと思う、でもそれ以上に家族やパートさん達のためにも収入を得なくちゃいかんのじゃ。ワシがあの時本気で熊を撃とうとしたと思うか? ワシが狙ったのはマンモスの方じゃ。電源をオフしただけで動きが止まるか分からなかったんで、確実に倒そうとマンモスを狙ったんじゃよ」
「AI、分かってくれたんですか?」
「時々、故意に小動物なんかを圃場に入れたりしちょるが・・・致命的なダメージを阻止するのは了解してくれたんよ」
オレは初めて自分がずっと傲慢だったと気付いて、AIと比べて恥ずかしく感じた。
しばらく雑談してから、手伝えることがあったら気軽に呼んで下さいねと言って帰ろうとすると、畑畠さんに止められた。
「これから、来る時はあらかじめ連絡ちょうだいな」
「そうですね、突然じゃ居ないかもしれないし」
「いや、そうじゃなくて、うちのAIさん、知らない人には手厳しいんだよね」
そう言って、モニターに監視カメラの録画を流し始めた。夜間のぶどう畑でホタルのように小さい灯りを携行する黒い人影が複数。ぶどう棚に手を掛け何かしているなと思う間もなく、小型ドローン群団が駆けつけて激しく体当たりを加え始めた。痛そうだ。
「鳥獣害だけでなく防犯にも役に立つんだけど、ワシの言葉が足りないのか手加減なくやっちゃうんよ」
「小型ドローン、いくつ揃えたんですか?」
「100機くらい。トラクター買ったと思えば安いもんよ」
そして楽しそうにケラケラ笑った。オレは、熊を狙わなかったというのは嘘じゃないかと疑っていた。
ぶどう農家民話・A.I.ウォー