『しこう』

収監、管理、解放
その間に挟まるものは
食事、作業、睡眠、
そのまた間に挟まるのは「しこう」だ

時に人は「しこう」に飢えている
思考、至高、志向、試行、死行、

美、醜悪、嫌悪、美、醜悪、嫌悪
全て循環する『しこう』の結果だ
ならば考えるな



暗黙の空と暗黙の空間に語る
「明日、私はどうなりますか」
暗い最後の夜空を見上げる
そこには亀裂が生まれた
「さぁな少なくともお前みたいな下衆には
丁度いいところにたどり着けると思うぜ」
向かうは下しかない…
「私の名前聞いてもいいですか」
「教えるかよ、カスが」
囚人番号E402539B
どうやら私の名前らしい
「少し聞いて欲しい事があります」
「…」
「なぜここで働くんですか」
「趣味『しこう』だよ、悪いかよ」
「趣味嗜好ですか…私は違うと思いますが」
「…聞いてやるよ」
「青ざめましたね?」
「…」
言葉は帰ってこない
「まず私と貴方は違う」
「いいや、人は生まれてから皆平等だ」
「それは世の建前ではないですか
人は決められている、決められたレールの
上にだけで生きている」
「それはただ罪への逃れか?」
「そうでしょうね」
「ほらな」
「私は思考を追い詰めているだけですよ」
「哲学者でもマシなこと言うだろうよ」
「そのレールは崩れること無く進む
悪は悪へ、善は善のレールへ」
「お前はどちらか聞いておくよ」
「私のレールは悪でしょう」
「…続けな」
「犯罪者が募金活動を始める、善行者が犯罪に手を染める、これは全て
レールの上の出来事にすぎません」
「上っ面の妄想としか思えないが」
「それでは1つ問わせてください、
貴方はこの世の中どう思いますか」
「クソだ、良いもの、悪い者
関係なく、実力のみを求めるからな
俺は全部諦めた…」
『しこう』『しこう』『しこう』
揺れる
「私と同じだ」
「…?」
刑務官の表情が一瞬緩む
「貴方は私と同じ悪のレールに
乗っている」
「お前のレールの意味を教えてくれないか」
壁を背にもたれかかった
「レールは人生であり、私自身ですよ
選択の結果を私は言ってるだけですよ」
「クソみたいな考えだが、嫌いじゃないぜ」
「善のレールに行きたいですか」
少しの合間が2人を覆う
「善は嫌いだ、あいつらは所詮綺麗事で
語ってる、自分を認めた気になって
他人に接する…反吐が出てくる」
その目は本物だった
弱く舌が鳴る
「囚人礼だ、いい事教えてやるよ」
「世界は変わるクソみたいな『しこう』によってなこの目で嫌という程見てきた」
目の光が消え始める
「そこには理屈なんてねぇ
上っ面だけの世界だ」
「ではなぜそこに生きているのですか」
「重りがぶら下がってんだよ正義という名の
『しこう』に」
「…そうですか良い事を聞けました。」
「さっさと寝な…明日は早いぜ」



これより囚人E402539Bの死刑執行を始める

「命の綱君に託していいかね」
命を掛けたやり取りが上務官と刑務官で行われた
「チッ、なんでですか」
「君と彼が啀み合ってるのを見てきたからね」
「そう、ですか」
「君と彼の縁が切れていいと思ってね」
「ええ、任せてください」



「お久しぶりですね」
囚人は、冷徹な笑顔を覆う
刑務官は、目を見下げる
「…覚悟は決まった様だな」
刑務官は煙草に小さな火を近づけた
火は、つかない

男は目を開き直す
「囚人29……チッ、いいさっさと逝け」
「えぇ…そうしますよ」



死刑は完遂した


『しこう』は世界を作る
死行はレールを崩す
思考はレールを保つ
嗜好はレールを狂わせる

『しこう』は既にいる

『しこう』

『しこう』

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-15

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