センスのない私?
持ち込みってやつは、何度やっても緊張するなぁ。でも、今日こそはチャンスを
つかんでやる…。
俺の名前は、佐藤俊夫。俺はこの名前が嫌いだった。なぜって?
だって、ワープロで「さとうとしお」を変換すると、必ず、「砂糖と
塩」って、出るんだも?ん。
「ちょっと、待て」
「なんでしょう?」
「いろいろツッコむ前に、ひとつ確認しておきたいんだが…」
「なんでしょう?」
「おまえが書こうとしているのは、在りし日のトレンディードラマを彷彿とさせる
ハイセンスで都会派の大人のラブストーリだったよな」
「そうですが…?」
「それで、なんで、ベタな主人公のモノローグの自己紹介、しかも、自分のコンプ
レックス…、で始まって、挙句の果てに『も?ん』はありえねぇだろうがっ!」
「そうですかねぇ?」
「『そうですかねぇ?』って言ったのはこの口かなーっ?」
「痛い痛い痛いっ!」
「俺も暇じゃないから、飛ばして、次、その、主人公がヒロインに出会うところ読
んで…」
俊夫は、自転車で、その交差点に差し掛かった。ふらふらしてい
た。まるで、吉本新喜劇に出てくるお巡りさんのようだった。これ
で、殿様キングスの「なみだの操」でも歌っていれば完璧…。
「ぐっふぅ!…何でいきなり蹴るんですか?」
「分からんのか貴様!というか、貴様の狙いは何だ?俺の邪魔をしに来たのか?」
「そんな事ないです!ただ、ちょっと、村上春樹を超えたいだけです」
「貴様ぁ、やっぱり、俺を愚弄しに来たな!」
「あっ、ここを聞いて頂ければ、分かって頂けます。クライマックスシーンです」
「この次は、俺の理性が耐えられるか分からんぞ」
「何も、心配、要りませんよ」
「さあ、顔をあげて…、涙を拭いて…。僕は君の泣き顔は見たく
ないんだ。『タイタニック2』の1000倍見たくな…」
「俺は、生まれて初めて、本物の殺意というものを知った」
「な、なんで、編集部に金属バットなんかが、あるんですか?」
「ついでに、俺は、生まれて初めて、『赤ずきん』のオオカミの気持ちも知った」
「な、なんすか?それ?」
「『それは、おまえを、ぶったたくためさーっ!』」
俺は、ブンブンと唸りをあげるバットをよけながら、「この編集者、センスない
な」と思った。
(おしまい)
センスのない私?