今年も桜は咲くだろうか

今年も桜は咲くだろうか

君と出会って自由を知った

君と出会って喜びを知った

君と出会って世界の素晴らしさを知った

君と出会って・・・悲しみを知った

君との出会いは偶然なんかじゃない

そうなる運命だったんだ

つまらない


空は静かだ。
風は穏やかに髪を靡かせる。
何も変わらないいつもの日常。

「つまらぬ」
ただ、ぼんやりと空を見ているだけの毎日。記憶がない幼い頃からずっと。
「今日は静かなのだな。機嫌が悪いのか?」
私は桜の木に話かける。桜は答えてはくれない。
「・・・機嫌が悪いのか・・・ならば私は今日は暇になってしまうな・・・」
私は、樹齢200年の桜の木と共に生き共に育ってきた。
気づいた時には私はこの桜の木の根元に立っていた。
この桜の木はいつも私を守ってくれる。だから私もこの桜の木を守る。
そう決めたのだ。幼き日に。

『でさ~今日はどうする~』
『家来る~?』
『いいじゃん、それ』

甲高い声が耳に脳内に響く。
「鬱陶しい声よ」
・・・人間か・・・
「退屈だ。よし・・・」
人間たちが桜の木を通りかかる。
「ばぁ~」
物陰から隠れて私は人間たちを驚かす。
『そういえばさ~彼氏とどうなわけ~』
『それ聞く~』
人間たちは私をすり抜けて行ってしまった。

「つまらぬ」
私は桜の木の枝に座りまた空を見る。
私は・・・人間ではない。人に触れることも声を交わすことも出来ず人間の瞳に私の姿は映らない。
私は太古の昔から人間たちに多くの呼び方で呼ばれてきた。
ある人は妖怪と呼ぶ。
ある人は化け物と呼ぶ。
ある人は妖と呼ぶ。
この世に存在していて存在していない。この世に生きていて生きていない。
私は一体誰なのだ。なぜここにいて何のために生まれてきたんのだろうか。どうして人間に生まれてこなかったのだろうか。
世界には多くの人が溢れているというのに誰も私の姿も声も存在すら知らない。
なんと悲しくて寂しいつまらない時間なのだろうか。
私は孤独だ。

「今日も空は青いな」
私は深い眠りについた。

抜け出すことの出来ない牢獄に私はいた。

雨と共に

 桜がざわめいていた。
今年は雨が多く綺麗な空には黒い雲が立ち込め大粒の雨が勢いよく地面に叩きつけられていた。
「今日も雨なのだな」
木の上にただ座って空を眺めている毎日。
雨が降ったところで変わりはしない。
桜はついこの間まで美しい桃色の花を咲かせ、風で花びらは美しく舞っていたのに気付いたらもう花は枯れ真緑の葉が茂っていた。
「花を見るのはまた次の年か。寂しいな」
雨はよりいっそう激しさを増す。
「おい!最近何故黙ってばかりなのだ。そなたが話してくれなきゃ私は独りなのだぞ。私を独りにするな」
長いことこの木と一緒にいたからだろうか。
桜の木の声があの日を境に聞こえるようになった。
あの日も今日のように雨が降っていた。
「退屈だ。どうせ濡れてもどうという事はないのだ。散歩にでもいくか」
ーいかないでー
「!?」
ーずっとここにいてー
「誰だ!?どこにいるんだ!」
私はあたりを見渡した。
だが、誰もいない。
「気のせい・・・か・・・」
ーここにいるー
「!?」
ーずっとあなたを見てきた。いつも悲しそうに寂しそうにしているあなたをー
「もしかして・・・お前か。桜が話しているのか?」
ーもう悲しまないで。守ってあげるから。だからここにいてー
桜は話していた。
「どこにもいかぬ。行く場所がないのだから。ずっとここにいる」
その日から私は桜と話した。
他愛のない事も下らない事もいろいろ話した。
「見よ。私が捕まえた魚だ。昨日のよりはるかに大きいであろう」
ー大きい。美味しそうー
「そうであろう」
小さな事でも話した。
「人間というのは何故髪をゴムというものでたくし上げるのだろうな」
ー人間がうらやましいのー
「そんなわけなかろう。人間など嫌いじゃ」
たくさん話してきた。
そなたが話してくれねば私は独りなのだ。
独りにするなといったのはそなたなのに。
「頼む。また語りかけてくれ。私を独りにしないでくれ」
私の願いは雨の音にかき消され桜には届かなかった。

「ん~・・・」
鳥が鳴いている。
「寝てしまったのか・・・」
雨は上がり、久々に雲ひとつない空が眼下に広がった。
「綺麗だな」
桜を私は撫でる。
「今日も話してはくれぬか」
独りとは寂しいものだ。
私は空を見てまた一眠りしようと思ったその時、

「そんな所で何をしているの?」

見知らぬ声が聞こえてきた。


牢獄の前には見知らぬ人影の姿があった。

涙は止まることなく

 何年もの長い年月を私はたった一人で生きてきた。
「私はここにおるのだぞ。なぜ、振り向かぬのだ」
「見てみぬふりするな。私の声が聞こえておるのだろう。なぜ・・・気づいてもらえぬのだ・・・」
何人もの人間に話しかけてきた。
だが、誰一人として私の声に気づく物はいなかった。
長くてつまらぬそして悲しくて寂しい時間だった。
きっと私に気づく者も私の声に耳を傾けてくれる者もきっといないだろうと思っていた。
君に出会うまでは・・・

「木の上で何をしているの?落ちたら危ないでしょ」
少女が私の方を見て話かけている。
だが、少女の目に映っているのは私ではないのだろう。
もう・・・期待しないと決めたのだ。
期待して何になるというのだ。期待して裏切られて悲しくなるだけではないか。
もう・・・二度と・・・孤独を感じたくなどない。
私は木から降り散歩に行こうとした。
その時、
「ひどいわね。聞こえているのに無視することないじゃない」
少女は私の手をつかみ微笑んできた。
「・・・そなた・・・私が見えるのか・・・」
「見えるに決まってるじゃない」
「・・・では・・・私の声が・・・聞こえるというのか・・・」
「不思議なこと聞くのね。聞こえてるわよ」
私は驚いた。何年もの間私に気付いた者などいなかった。
幾度の長い時間で初めての事だった。
私の目から涙が流れ出ていた。

牢獄のカギが一人の少女によって今開かれた。

私の名前

なんの楽しみもなかった。私は存在しているのか・・・それすらもわからなかった。
誰にも私が見えぬのなら私は存在していないことになる。
ならばいっその事・・・

死にたい

いつしか私の頭の中にはただ死にたいという文字が浮かび上がるだけとなっていた。
ある時は、川へ飛び込んだ。
ある時は、刃物を胸へと突き刺した。
ある時は、ロープで首を吊った。

死ねない

私は何をしても死ねなかった。
痛みも苦しみも体は感じてる。
だが、死ぬ事は出来ない。
残るのは悲しみだけだった。
私は一体なんなのだ。
生きてるのかもわからず、死ぬことも許されずただただ何事もない毎日を過ごしているだけ。
これが私の運命とでもいうのか。
私は孤独だ。
そう思っていた。


「ちょっと、泣かないでよ」
娘は白い透き通るような手で私の頬を撫ぜた。
「・・・あたたかい・・・」
「えっ?」
「そなたの手とても暖かいのだな」
「そう?そんな事言われたの初めて」
娘は笑った。
「あ、そうだ」
娘は何かを思い出したように私を見つめた。
「ねえ、あなた名前なんていうの?」
・・・名前・・・
「・・・私の・・・名前・・・」
自分の名前など考えた事なかった。
独りだった私は誰からも呼ばれた事などない。
「・・・わからぬ・・・私の・・・名前・・・」
私に名前など・・・存在しない。
「ん~」
娘は考えそして、
「なら私があなたの名前考えてあげる」
娘は笑って考え始めた。
娘の笑顔はとても眩しく思えた。
「かるみあ」
娘はつぶやき、
「あなたの名前はかるみあ」
「・・・かるみあ・・・」
私の・・・名前。
「気に入らなかったかな?」
不安そうに聞く彼女に私は、
「いや、とてもよい名だ。気に入ったぞ」
と私は言った。
「よかった。私はあざみ。よろしくね」
差しだされた手を、
「ああ」
私は強く握った。

少女の手をつかみ牢獄の外へと足を踏み出した。

今年も桜は咲くだろうか

今年も桜は咲くだろうか

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-01

Copyrighted
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  1. つまらない
  2. 雨と共に
  3. 涙は止まることなく
  4. 私の名前