秋風の痛み

秋よ おまえにまだ良心が残っているのなら
失った記憶を喚起しようとするのはやめてくれ
おれは記憶に未練はもたない 記憶とは
吹けば崩れる伽藍のようなものだ
おまえが悪いのではない
愛撫に耐えられない記憶が悪いのだ
いや ほんとうは誰も悪くはない そう思いたい
ただ心の隙間を無情に吹き抜ける
この風による痛みがつらいのだ
ああ 秋よ おまえは無垢な季節だ
無垢でありながら 己の残酷を自覚していない
罪な季節だ 不意に現れたかと思うと
不意に消えてしまう それは起き抜けに幻視する
天使のようで おれはそれを網膜に
つとめて保存しようとするが むなしく叶わない
おれは季節の去来をとらえられぬ灰色の人間
この灰色の魂では どんな言葉も風景も響かない
秋よ おまえにまだ良心が残っているのなら
おれの首をその手でやさしく 絞めあげてはくれないか

秋風の痛み

秋風の痛み

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-07

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