静かな侵略
故・星新一先生を意識し始めた作品です。
静かな侵略
いよいよロボット界で革命的な発明が生まれた。完璧な学習装置の開発に成功したのである。
今までのロボットは、当然命令されたプログラムの範囲内でしか行動できなかったが、この学習装置はただロボットに積むだけで、それ以上のことを行えるようになったのである。例えば、ロボットに買い物に行かせたとき、普通のロボットは買って来いと言われた物しか買ってきてくれないが、装置を積んだロボットなら、何かしらの消耗品が切れ掛かっているとき、その補充のために独断でそれも買ってきてくれるのだ。この技術によってロボットは「気が利いた」存在となり、多くの人が所持しているロボットに装置を取り付けた。
だが、私は装置を取り付けなかった。この装置の恩恵に頼りすぎると、だんだんと命令も大雑把なものになってくる。ロボットの対応力はその学習装置により日ごとに上がるからだ。最終的には命令をしなくてもロボットは主人の希望を察知して行動する。そうなってしまうと、人間は考える事を行わなくなる。必要なことは全てロボットが予想し、行動してくれるので、自分が再度命令しなくてもいいのだ。いつかはロボットなしでは生きられない体になってしまうだろう、そう踏んでの決断だった。
だが、世の中の人々は私のように危惧することなく、純粋に便利さを求めた。今では装置をつけていない私が異端だ。それでも構わない、間違っているのは彼らの方なのだ、と私は毎日自分に言い聞かせていた。
ある日、私のロボットが故障したので、それの修理を依頼するために、製造会社へ電話したときのことだった。
「もしもし。NNJ-035を購入した者ですが」
「お電話ありがとうございます。こちらはエス社でございます」
相変わらずエス社の女性の声は美しかった。
「型番はNNJ-035でよろしいですね?どのような状態ですか?」
私は脚部の動きが悪いことを説明した。少し前ならオイルを注せば直ったのだが、最近は全く動かなくなってしまった。流石に十年以上前の型だから、そろそろがたが来てもおかしくはないと思っていた。
「恐らく、脚部を構成する部品に何か異常があるものと思われます。お手数ですが、我がエス社にお客様のロボットをお送りしてください。送料はエス社が負担します……」
どうやら直ってくれそうで安心した。ついでにメンテナンスも頼もうと思っていると、女性はこんなことを聞いてきた。
「失礼ですが、お客様のロボットには、学習装置は取り付けられていますか?」
私はそれを聞いて少し腹が立った。テレビで腐るほど学習装置のコマーシャルを流しておきながら、電話でもこのようにコマーシャルを行うとは。いくら電話代もあちらが持っているとはいえ、商売よりも消費者へのサービスを優先するべきだ。取り付けていません、と私は若干声の調子を下げて答えた。
「それでは、この機会に学習装置を搭載してみてはどうでしょうか。お勧めの品に、つい先日発売された最新鋭装置、『オシリス』がございます。『オシリス』の一線を画した性能は……」
私はもううんざりしていた。学習装置の話など聞きたくもない。彼女がコマーシャルを終える前に、
「学習装置なんていらん。うちのロボットには修理とメンテナンスだけして返してくれ」
と叫んでそのまま切った。
それから一週間ほどして、修理が済んだロボットが戻ってきた。念のため確認してみたが、学習装置はついていなかった。
だが、それから奇妙なことが起こったのだ。私の会社の同僚が、決まって私のことを忘れているのである。皆が私をからかっているのだと憤慨したが、なんと私の小学校以来の大親友まで私のことを忘れていた。同僚はともかく、大親友の彼までが忘れていたことには驚かざるを得なかった。しかし不思議なことに、三日も経つと彼らはいつものように接してきたのだ。
それだけではない。悪筆で有名な私の部下が、ある日突然丁寧な字で書類を提出してきたのだ。とても彼に書けるはずがない字だったが、念のため何も問わないでおいた。そして三日ほど経つと、やはりいつもどおりの悪筆に戻った。
これらと似たようなことがまとめて起こった。最初は何かの偶然だと思っていたが、今ではある答えが私の心の中に浮かび上がっていた。
私はエス社に電話をかけた。
「お電話ありがとうございます。こちらはエス社でございます」
いつもの彼女の声だった。今思えば、前回電話をかけたときからおかしかったのかもしれなかった。私は彼女にある質問を用意していた。もはや答えを直接聞くようなものだが、聞かずにはいられなかった。
「君は、人間かね?」
静かな侵略
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