オーロラ姫

 昔、北の国にオーロラ姫という王女がいました。
 姫の名前は、かつて偉大な冒険家でもあった王が、氷の国で見た美しいオーロラに感動して名付けたものです。
 王の願い通り、姫は年を経るたびに美しく、そして賢く成長していきました。
 しかし一方では姫の性格は大変勝気であり、活発な好奇心と行動力でいつも父や妹や大臣たちを困らせていたのでした。
 そんなことですから、ある日隣のドーマ国から使いがやって来て、ドーマ王がオーロラ姫を妃に迎えたいと申し出てきたとき、父王は大変喜びました。お嫁に行けば姫もしおらしくなるだろうと考えたからです。
 それに隣の国は大変裕福であり、しばらくして宮殿を訪ねてきたドーマ王も大層立派な身なりをしていましたから、姫はきっと幸せになるだろうと信じていたのです。
 この噂が広まり、国中が喜びに沸くなか、しかし当のオーロラ姫だけはひとり浮かない顔をしていました。賢い姫は、ドーマ王の顔に邪悪な影が落ちているのを感じたのです。
 悩んだ姫は御付の先生に相談します。すると先生は姫に一輪のバラの花を差し出し、
「次にドーマ王が訪ねて来たとき、このバラを渡してみてください」と言いました。
 果たしてオーロラ姫がその通りにすると、魔法のバラはドーマ王の手のなかで見る見るしおれていきました。それで王の正体がわかったのです。
「あの者は悪魔の手先です。わたくしを妃にしてこの国を乗っ取るつもりなのです。どうか、この婚礼は今すぐ中止にするとおっしゃって下さい」
 姫は必死になってうったえましたが、承知されません。父王はドーマ王の不思議な力により、彼の言葉をすっかり信じるようになっていたのです。姫と一緒になってうったえた先生は牢へ入れられてしまいました。
 姫は大いに悲しんで部屋に閉じこもり、今は亡き母へ自らの不幸を嘆きます。すると突然扉が開き、妹が駆け込んできました。
 妹は大変優しくまた姉思いの娘でしたので、オーロラ姫の話を信じて言いました。
「どうかお逃げになって下さい。わたくしがしばらくお姉さまの代わりを務めます」
 オーロラ姫は感激して涙を流し、妹を抱きしめました。
 そして妹に少しの間だけ身代わりになってもらい、まんまと城を抜け出すことに成功したのでした。

 城を抜け出した姫は東へ向かいました。
 もしものことがあった場合は、
「国はずれの東の森に年老いた魔女が住んでいます。彼女を訪ねていけば、きっと力になってくれるでしょう」と先生に言われていたのです。
 城下の町を抜け、丘を幾つか越えると、いつしかあたりは暗くなり、木々に囲まれた道が姫を迎えました。
 うっそうと茂る葉が魔物の手の平のように揺れ、どこからか恐ろしい獣の鳴き声も聴こえて来ます。しかし恐れず、姫は道を進んで行ったのです。
 やがて小さな石造りの小屋に辿り着くと、そこに黒い頭巾を被った老婆が、杖をついて立っていました。
「何も言う必要はないさ。さあこっちへおいで」
 老婆はしわだらけの顔をもごもごと動かしながら言い、まるですべてお見通しといった目で姫を家のなかへと招き入れたのでした。
 その頃、隣の国ではドーマ王がオーロラ姫の失踪を知り、顔を真赤にしてわめき散らしていました。姫が自分の正体に勘付いたことを悟ったのです。
 王は魔法の力で黒雲を呼ぶと、魔法使いにしかわからない雷の言葉を使い、自分の国に住む三人の手下に命じました。
「必ずやオーロラ姫を探し出し、その場で殺してしまうように」と。

 老婆のもとに身を隠して数日が経ったある日のこと、小川へ水汲みにきたオーロラ姫に、ひとりの背の低い男が近づいてきました。
「何をしているんだい?」と、男が声をかけます。
「ごらんのとおり、桶で水を汲んでいるのよ」
「ほ・ほう! しかしそいつは大分まずいなあ、ちょっともうまくない……」
 オーロラ姫はむっとして男に言いました。
「あなたなら一体どうするっていうの?」
 すると男はニコリと笑って、
「この魔法の手桶を覗いてごらんなさい、こいつはいくら使ってもなかの水がなくならないってしろもの!」
 そう言って手に持っていた桶を差し出して見せます。
 覗きこむと、桶に入った水に姫の顔が映し出されました。
 その途端、男がなにやらブツブツと唱え出したかと思うと、姫の姿は陽炎のようにたちまちかき消えてしまったのです。
「こいつはケッサク! 姫が桶に飲み込まれちまった!」
 男はケタケタと腹を抱えて笑います。
 桶の水面には姫のおどろいた顔が映っています。
 そう、男はあの恐るべきドーマの国の魔法使いだったのです。
 水の牢獄へ捕えられた姫は、自分ではどうすることもできません。
「さあさ、うるわしの姫君様は小川へとお流れあそばされ……」
 男が桶の水を川へ流そうとすると、後ろから老婆がやって来て声をかけました。
「そいつを流しちまうくらいならあたしにおくれ、のどがかわいてしょうがない」
 老婆は男から手桶をひったくってしまいました。
 あわてた男は、
「そいつはいけない。つい今しがたかわいいお姫様を閉じ込めたばかりでね」
「ほう! 今更こんな年寄りにそんな大ボラが通じるもんかね?」
「うたがうなら覗いてみるがいいさ」
 老婆は桶のなかを覗いてみました。そこにはたしかにオーロラ姫の姿が映っており、何ごとかを叫んでいましたが、かわいそうなことにその声は老婆に届きません。
 老婆は桶を男へ突っ返して言いました。
「なるほど、たしかにおまえさんがウソつきだってことがわかった。何も見えやしないじゃないか」
「なんだって!」
 男が桶のなかを覗きこむと、老婆は何やらブツブツとつぶやき始めました。
 それがさっき自分が唱えた呪文とまったく逆の文句であることに、男は気付きません。
 見る見るうちに男の姿はかき消え、代わってオーロラ姫の姿がそこに現れました。
「ごらんよ」
 言われて姫が桶を覗き込むと、水面にあわれな男の姿が映っているではありませんか。
 老婆はさっさとその水を川へ捨ててしまいました。そして、
「あぶなっかしい世の中さ。そろそろおまえにも魔法を教えてあげないとね」
 そう言って、オーロラ姫を飛び上がらせるくらい喜ばせたのでした。

 日の経つにつれ、姫は老婆に習い魔法を少しずつ覚えていきました。
 ある日の夕方、小屋へだれか訪ねて来たものがあります。
 戸を開けると、なんとそこにはオーロラ姫の妹が立っていました。
 二人は抱き合って再会を喜びます。
「お父さまはお姉さまのことを大変心配しておいでです。婚礼の話もなくなりました。どうかお城へ戻って来て下さい」
 オーロラ姫が喜んでうなずくと、老婆は姫を奥の部屋にやって帰りの支度をさせました。
 そうして姫が出て来ると、妹は先に立って歩き出しました。
 日の落ちていく道を進んでいくと、あたりはだんだん暗く、見慣れぬ景色に変わっていきます。
「この道で合っていたかしら?」
「ええ、お姉さま、間違いございませんわ」
 妹はずんずんと奥へ進んでいきます。
 やがて日はすっかり落ちて、森が夜の闇に包まれたころ、
「出口はどこ? 暗くてなにも見えない。灯りをつけなくては」
 姫は妹に声をかけましたが、返事はありません。
 そのとき妹はこっそり姫の背後にまわって、手に持った毒針をふり上げていたのです。
「あ!」
 毒針で背中を突かれた姫は、一声あげてその場に倒れてしまいました。
「あはははは! 暗闇ご用心!」
 笑う顔がゆがんではがれ落ちると、その下から妹とは似ても似付かない年老いた女の顔が現れました。
 この者こそ、あの恐るべきドーマの二人目の魔法使いだったのです。
 女は妹に化け、卑怯にも後ろから姫を襲ったのでした。
 勝ち誇った女は、しかし足元の姫の姿を見ておどろきます。
 そこにはなんと、あわれな姫の姿の代わりに、姫の服を着た大きな人形が倒れているではありませんか!
 老婆は妹に化けた女の正体を直ちに見破り、魔法で命を吹き込んだ人形を、姫の身代わりにして連れて行かせたのです。
 女がハッと息を呑んで後ずさりすると、背後から何者かが飛び掛ってきました。
 それは実のところただのフクロウだったのですが、おどろいて暗闇のなかで暴れた女は、うっかり自分の体に毒針を刺して死んでしまいました。

 それからまたしばらく日が経ち、姫も大分魔法を身に付けてきました。
 そこへ大きな男がひとり訪ねて来ます。
 男は、自分がドーマの国の魔法使いであることと、姫の命を奪いに来たことを高らかに告げるのでした。
 老婆は男が大変な術者であると見抜きます。そこで、
「今度はおまえがひとりで相手をするんだ」と姫に言ったのです。
「わたしにできるかしら?」
「できなきゃそれまでさ」
 オーロラ姫は老婆に鍛え上げられ、自信を身に付けてきていましたので応じることにしました。
 男が呪文を唱えると、その体は山と見まがうほどにふくらみ、たちまち天を突くほどの巨人へと姿を変えます。
 姫もあわてて同じ呪文を唱えようとしましたが、
「同じ事をしたってしょうがないわ」
 と思い直し、かえって体を小さくし、空飛ぶツバメに変身しました。
 姫は小さくすばしこい体でもって巨人の周りを飛び回ります。
 男はそれを大きな手で叩き潰そうとしますが、なかなかうまくいきません。
 やがてかんしゃくを起した男は、足元に来たツバメを狙い定めて踏み潰そうとします。
 しかしするりとかわされてしまい、勢い余ってその場に尻餅を付くと、あたりには地割れのような響きがこだましました。
 怒った男は今度は大きなワシに姿を変え、姫を追いかけます。
 すると姫は素早く元の姿に戻り、魔法を使ってそこらじゅうに生えているツル草をかき集めると、大きな網を編んで大ワシへと投げ付けました。
「や、や、しまった!」
 網に捕えられた男はたちまち元の姿へと戻ります。
 再び呪文を唱えようにも、網に込められた魔法の力のせいでうまくいきません。
 男はついに降参しました。
「あなたがひとつ約束してくれるなら、見逃してあげてもいいわ」
 姫は男に、自分はもうこの世にいないとドーマ王へ報告することを約束させます。そして金色に輝く自分の髪の毛を少し切って渡したのでした。
 男はきっと約束を守ると誓い、国へ戻るとその通りの報告をしました。
 王は姫の髪の毛を確認すると、もう姫はこの世にいないとすっかり信じ込み、
「でかしたぞ!」
 と満足そうにつぶやいたのでした。

 それからしばらくしないうちに、オーロラ姫は妹がドーマ王と結婚することを知りました。
「お城へ戻って妹を助けなくては」
 しかし老婆は「まだ早い」と言って出立を許してくれません。
 いてもたってもいられなくなった姫は、とうとうある晩、老婆の留守にこっそり森を抜け出す決心をしたのでした。
 支度のために洋服ダンスを開けると、そこには五本の白樺の枝と、水を入れた小瓶と、手紙が一通置いてありました。
 手紙には「枝と小瓶を必ず持って行くように」とあり、そして姫のことを案じる温かで、強い励ましの言葉が、老婆の字で書かれていたのでした。
 姫は思わず涙を流し、きっとまた無事な姿を老婆に見せることを誓ったのでした。
 一晩かけて森を抜け、町を行き、城へ戻った頃には太陽が真上に昇っていました。ちょうどドーマ王と妹の婚礼がとり行われようとしているところです。
 現れた姫の姿を見て、出席した一同はおどろきます。
「ばかな! オーロラ姫は死んだはず! 姫の姿を借りた悪魔め!」
 ドーマ王は直ちに本性をむき出しにして呪文を唱え始めました。
 魔法の力で呼ばれた黒雲から灰色の雨が降り出し、これを身に受けたものが次々と姿を石像に変えられていきます。
 ただひとり、魔法の力を持った姫だけが無事でした。
 ドーマ王は下品な舌打ちをして、
「人々を戻せるのはこの私だけだ! さあどうするね?」とおどしましたが、
「あなたを倒せば同じこと!」
 姫は恐れずに立ち向かう意思を見せたのでした。
 ドーマ王は雲から雷を呼び出し、これを落とそうとしてきます。
 するとオーロラ姫のふところから白樺の枝が飛び出し、地面に突き刺さったかと思うと、あっという間に生長して、姫の身代わりに雷を受け止めたのでした。
 今度はオーロラ姫が突風を起こしてドーマ王を吹き飛ばそうとしましたが、王はそれを見抜いていたように、足を樹木の根に変えてしっかりとこらえます。
 これを見てオーロラ姫は妙だと思いました。
「すべてお見通しだぞ」
 ドーマ王の両目は悪魔より授かったものでした。それはオーロラ姫の力のすべてを前もって察知してしまうのです。
 そのためどんなに魔法を唱えても、王はまったく見事にかわしてしまうのでした。
 姫が大火を起こせば洪水を呼び、地面を崩せば翼を生やしてかわし、降り注ぐ氷の刃はドーマ王の体に触れる前にすべて溶かされてしまいます。
 オーロラ姫はすっかりまいってしまい、戦いの疲れと恐れによって、今にもその場に膝を着きそうになります。
 しかしそのとき、激しい戦いによって折れた白樺の枝が、風に乗って飛びドーマ王の足へ突き刺さりました。
 つい姫にばかり気を取られていた王にとって、これはまったく予想外の出来事だったのです。
 鋭い痛みに顔をゆがませたドーマ王の胸へ、すぐさまオーロラ姫の作った魔法の矢が打ち込まれます。
「ギャアッ」
 恐ろしい叫び声をあげ、ドーマ王はその場に倒れました。
 頭上の雲が轟音を立てて渦を巻きはじめます。
 やがてそれは黒い悪魔の風となり、呪われたドーマ王の体を地獄の底へとさらって行ってしまったのでした。

 オーロラ姫が小瓶の蓋を開くと、中から光の砂が舞い散り、これに触れた石の人々は皆呪いを解かれ元の姿へ戻っていきました。
 すっかり事情を知った人々は、感激して口々に姫をほめ讃えます。そしてオーロラ姫の父王も正気を取り戻し、牢につないでいた先生を解放すると、深く反省したのでした。
 こうしてオーロラ姫はまたお城で平和に暮らすようになりました。
 それからしばらくして、遠い国の優しい王子に見初められたオーロラ姫は、今度こそ万人の見守る中で祝福の口付けを受けたのでした。

オーロラ姫

こういう感じの物語を書いてみようと思い、大体その通りにやれた作品です。

オーロラ姫

お姫さまが悪い魔法使いたちと戦います。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 児童向け
更新日
登録日
2011-05-23

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著作権法内での利用のみを許可します。

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