街
鉄と真鍮と銀を固有の宇宙の数々と云うビーカーへふりわけられ それ等轟々と流れこむ先の結末を閉ざした硬質な風景画、それは一破片等の連続体のふしぎな固着、一面の絵画の裡に無限の河を包含し上辺の表情から涙とし濁流する情景の眼窩に暗示とし浮び出るは不連続の総体性──おお、かの都会よ!
かのビルの一群は立方体とし断面を、恨みのあてつけと云う絵画と憧れと云う音楽の双を結われた紅いリボンの反転とし夜の天空に晒している、鉄性の断絶性がそれの態度にほかならぬ 淋しさの林立した樹々は首無しの如くそれぞれの無数の孤絶を生命それ自体に所有している、断面断面の数同様無限に
それ等の振り挙ぐる行為は放棄を目的とし、それに使用されるは掌を切り落とした鉄の手頸 それは行為の可能性を放棄し獲得の器官を切りはなしたが故に銀にしなる、さながらに断絶詩人の赫々たる音韻──市街にしゃなりしゃなりとひそやかな疎外を止る時間とし並ばせる鉄の反映の総体の散り散り──おお、かの都会よ!
ぼくはこの頽廃そのもののように突起をボコと翳落すわが背骨から躰を落っことして、うっすらと暗みの雨を降らせるがように、この街を一の総体とし抱いてみよう、さすればそれを無数の宇宙へ砕いてみせよう、背を胎児の如き老成さで複雑怪奇に折り曲げもして──
*
孤絶孤絶を腕に無数の断面とし内包する風景の無限は、一と云う銀性背骨戒律と結ばれることにより点の音伴れ一刹那となって了うのだった、それ 一条の涙を秘めたスクリーンとし目の裏へ往き霧消して、ぼく 閉ぢられた唯一人のぼくをみいだすばかりだ!
(転調、しないで──ぼくは、此処に在りたいのだから)
転調──
ましろいヴェエルが御空でひらりひらりとしております きょうも、天使はございません、そうであるなら裾のひらめきの一音楽の蠱惑を幻惑舞踊させないでいただけませんか? なぜって、はや天使はおられないでありましょう? わたし知ってる わたし知ってるの、わたし
最早わたしにわたしの詩を歌わせることをやめておくれ 環境音楽の如きためいきだけを後ろ髪から曳かせるくらいにしておくれ 樹々のそよぐ音 海鳴り 空の幸福なわななき そんな言葉なき言葉だけをわたしに呻かせておくれ──ぼくはそんなぼくを赦しはしない
*
ぼくの躰は宇宙から剥がれた一破片としての雲母硝子にすぎないけれど それをわななく黒蝙蝠のように街へ張る生活には最早飽き果てて了ったのだった、ぼくは水音の破綻で調和の小河の羽音に組み込まれえないから この春に生れ落ちた澪曳く命を、真冬の断絶へと閉じ込めて了ったのだった、さすれば 世界を硝子盤へと変貌させて了った──それの後遺症が詩作にほかならぬ
(ひらいて)
さるにしてもかのH市の街並み それはぼくの爪肌に半透明とし睡っているのだった、それは詩と云うひっかき傷を削るように下方へ建築し、舘をさかしまに湖へ沈めるためにあったのだった──
瑕ばかりの荒れた紙片にこそ 半透明の詩は墜落しえるのだと それ、つまびらかに一途に綾織った蜘蛛の巣に後光の射す風景さながらに 月に炎ゆりて透きとおり”無化”と云う一義性を果すのだと、ぼくはそう希うが故にぼく固有のいたみに流し落されたぼく固有の涙を、心臓へ秘めながら痛みという手段によって圧しこめ、閉ざした
月が上方に有る限り、この命題は真となりえない、
従って、ぼくはこれを詩であると詩的に帰結する
──ぼくが歌えるのはなぜ? 現実のざらつきがぼくの湿度高き粘りに引っ掛かる、こたえはそうであることを知っている、けれどもぼくの詩的言語はそれを是認しない
さればわが身への憐憫の涙を銀へ化学変化させよう すべて背骨へと注ぐことにしよう、さすれば、宇宙という暗みに吊る一条の神経として冷然硬質へ締まる筈だから 要検討
勁くあれ、勁くあれ詩人よ(泣くなよ、詩人なら 弱くありたいんだろう)
さすれば再び眼窩に市街の金属製アネモネの花畑が一刹那-幻惑とし昇ったのだった、ぼく それを永続の反転としての雲散霧消の一刹那であると消え入るようなどぎつい鮮明さで歌った、「ひとが生きるは”俗悪-美”」──ぼくはそれこそ永遠の数々の繰り返しであると云う詐欺の生を、遂にこれ迄生きてきて了った──
ぼくの躰の周囲には ましろいヴェエルの観念の霧の如きめくるめく”ましろ”な希死の風圧なき切迫 物質的に比喩させるなら 一輪の巨きな蝶が不断に数千羽分のはばたく羽音を鳴かせている様
ぼくは断絶面としてのわが鉄の頬を硬き銀の街に埋めようと幾度も打ちつけという現実への参入行為を験したけれども それは詐欺の罪悪の数々の一総体により神経を一条へ変え詩的な意味における首吊りを宿命させるのが亦常だ、
ぼくは知らない 君は知らない 誰も知らない 其処より更に潜れば誰もが知る それをいつや、歌う(賭け)──”匿名の歌”がそれである(古代の詠み人しらずの如き詩を書きたい! 然らずんばエミリ、貴女の様な詩を…)
公理Ⅰ 一の刹那は数々の永遠
公理Ⅱ 淋しさに死にたい想いをするのなら、それは生の意味となりえる
公理Ⅲ “生きる”と”書く”はシノニムである
従って 宇宙の総体はぼくの淋しさとおなじ歌を零すか?──要検討
──斃れて無数の宇宙の一つ 絶世の光とぼくという無明が射しちがってもかまいはしない、一義性と云う宇宙なんかに、ぼくの疎外を跪かせはしない
*
たとい、幾たび斃れても わたしは、絶対手折られぬ
街