病的に透明、儚げに先鋭

  老女アリスの約束

睡る水晶の守護──幾星霜の瑕を生きぬいた、
老年のアリスは 今宵も亦、炎ゆる真紅のロリヰタを着付する、
嗚 うら若き頃、どぎつく少女性が映え立昇るようだったそれが、
いま しんと紅い彗星曳くようなしずけさ、それは一つの風景。

老女の眸は青春の不連続性に照り燦き、
星々との晩年の連続性に 月影をまるで沈ませているよう。
「わたしたちは約束をしたね」 と──
壮麗な少女衣装、薔薇色のロリヰタへ語り掛けるのだった、

「わたしの『わたし』を、ぜったい裏切らないということ」
せつな──するすると真紅の少女服は滑りおち、
老年アリスの、世にもまれに磨かれた背骨がさらされる、

「雪の衣装を背に負ったあの頃、ニ十歳、
わたし 幾たびも約束への守護の意思揺らいだわ、
だから貴女を纏ったの。少女にだって、Dandyismはあることよ」



  真紅のロリヰタとは闘いである

()れは真紅の少女のその瞼、眼鏡の向うで耀ってる。
その瞼、さながら果敢なき桃のうすかわでできている、されば仄かに淡い夜の火を、華奢な暗みも曳き伴れて、壮麗純粋に照らし映す。星空には、幾星霜の死と愛が、まるで幻想の焔とゆら揺れ睡っている。
されどその繊細さにとり眞昼の劇しく炎ゆる火に、鋭く腫らして了うのも、その繊細な瞼なのだった、すれば少女、視るもの等撰び抑制・思慮に沈み、雨音やむ如く瞼そっと降ろすのである。大理石に雨の打つ音、硬質な短調、眼鏡の装着完了。
戦闘、開始。

  *

「ところで、かのSimoneは、嘗てこんなことを云ったのだわね、穢れをじっとみつめうる眼差の注意力が 魂の純粋さを守護するのですって。
Simoneは野暮な眼鏡を掛けていたわ、して美貌を隠してたんですって。そんな言説わたし信じない。彼女、眞昼の火を抑制し、幽玄の美と善、狭きせまき深きふかき遥かな彼方な領域を、一途な光を、眸で徹し清ませようともしたのだわ──」
して、まっさらに澄むしろい瞼──さながら魂のそれの如く──神経的にひりつかせながら、真紅のロリヰタを永遠の少女武装とわが身を縛り、美しく着付けした少女、悪の暗みのどぎつい花、善の真白の無辜を一身に背負い、きんと雨音を眼鏡に反映。少女の魂と無縁は安寧。すと衣装を負う背は端麗。
戦闘、同意。
「穢れなければ、生きては不可ない、自分を裏切るのが大人」
真紅のロリヰタを着付した眼鏡の少女、淋しいほど澄むあどけない声、周囲と調和しないふるえで反駁──”Non”
ではみなさん、穢れたわたしを凝視め抜き、わたしの「わたし」を生きましょう、理不尽に墜ち、穢れを瑕に洗い落し、水晶、清楚へ剥ぎ落し、青薔薇へと剥きましょう。

  *

あんなにも色彩のとおい、シモーヌとシャルルは星空で手を握ってる、何故って、ふしぎと口を揃えてわたしに教えてくれたのです。
──与えられた世界から堕ちよ、魂・知性・言葉をまっさらに剥ぎ落せ。されば武装し酔い信じ、「お前」がたたかいたい闘いを、「お前」が愛するうごきで闘え。



  舞踏る少女と六つの薔薇

  1
少女は (しずか)に舞踏する、
まっしろな 華奢な喉元に、死際の
鶴のさけびを留め守護し、不断に通奏する断末魔、
青玻璃の神経に共苦とわななかせ、不可視の領域にて舞踏する、

  ──六つの薔薇の、一つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

少女は 閑に舞踏する、
其処に誰彼の姿はない、閃く不在と不在の閃き、
まっさらに剥かれた風景で、其が霧 星と光をしんと囁かせ、
視られるために舞踏るのではない、躰みを擲つため淋しいうごきで舞踏する、

  ──六つの薔薇の、二つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

少女は 閑に舞踏する、
霞と若葉と鉱石のみ くちにして、象牙色の肌、
硬質に締まり、ましろの花弁 月光の青み辷らす如く、
削がれた一身 一つの受皿と化し、月の涙享け身を花と捧げ祀り舞踏する、

  ──六つの薔薇の、三つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

  2
六つの薔薇の 炎ゆる眸は、
白銀花の白蛇の射す、どぎつい鏡の倫理の自意識です、
舞踏る少女 ゆら揺れる火焔に 波と陰翳として反映し、
真紅の乙女の御姿を、さながら焼身の翳を抛るがように空へ放つ、

紅い彗星の如く 投げ撃たれた、少女の真紅の翳、
rougeの色彩いろした 火と明け渡された 痛みに磨かれたruby、
熱っぽい恋を剥ぎ落し剥ぎ落し、期待の欲心を削ぎ落し削ぎ落し、
ついに海さながら 蒼穹を一身に侍らされる crystalと明け渡されるか?

 *

少女は 閑に舞踏する、
されど心中火花散り 真鍮の切先に魂のたうち瑕を負う、
苦痛に流される鮮血と 原動力としての炎の意欲は逆流し結びつく、
苦痛と苦痛は結われ、少女のそれと閑な蒼穹の秘め事(ヴェール)の苦痛は結ばれる、

  ──六つの薔薇の、四つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

少女は閑に舞踏する、
心の不可視の領域で 人目の不可視の領域で、
少女みずから眼を閉ざし、抑制と理想に眸を神秘へ磨いて往く、
閑に、閑に舞踏する、なべてのうごき定められ、決断と同意に沈黙する、

  ──六つの薔薇の、五つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

 3
唯一に 残る薔薇の火を、ひたむきにみつめうる そが眸──
花の真紅を 花の真紅と澄みきって映す、則ち不純を剥がしたらしい、
その清む眼差 世界を不可解なものと映し、酷な程優しい笑みを刻む、
少女の魂 きづけば──肉の底へ転げ堕ちて、根源的な領域に在った。

ずたずたに摩耗した肉は はや舞踏るに向かない、必至のうごき、
唯一に 残る薔薇の火を、ひたむきにみつめうる そが眸──
薔薇の花弁を 一枚いちまい剝く如く、怜悧な夢想に眸で剥げば、
透徹す視線を火に射せば──彼れは蒼穹に睡る水晶、天の荘厳な瞼の向う側。

 *

少女は蒼穹の水晶に操作され、肉に睡る水晶をうごかしていたらしいのです、
かのひとを愛したが故、嫌悪家の少女、光の投影と自らを愛せもしたのです、
唯一に 残る薔薇の火を、ひたむきにみつめうる そが眸──
月のような滅びの盛に 炎え滾っております──はや、先永くはないでしょう。

   ──六つの薔薇の、最後の火、秘め事と眸に照らし、彼女は生きる。


  シモーヌ お赦しにならないで

わたしを愛してくださるのは母だけであるから──
わたしは母に背をねじって向ける、冷たく燦爛な義母の元へと走る、

わたしを愛した母は硝子盤の拒絶に似ているから──
わたしはわが身拒む世界を愛する、わたしの裡でしかない世界を。

わたしを愛してくださるのは母だけであるから──
ほかのすべての女性は星と美化される、男達に揶揄を受けた。

わたしを仮で愛してくださるのは義母だけであるから──
わたしは彼女に縋る、虚無という名のひらかれた硬い胸に。

 *

シモーヌ 今夜のわたしの自己憐憫をお赦しにならないで、
シモーヌ 誰をも愛したがゆえに誰も愛していない貴女よ。


  病的に透明、儚げに尖鋭

かの少女、さながらに病的に透明、儚げに尖鋭。
神経的なうらわかき情緒はめくるめいて円舞する、まるで真白な水晶の乱反射のように。それ儚い翳を曳く。さまざまな感情の陰翳をうつろわせる少女、十七歳、群青の夜の暗みの奥で、清む透徹した光が睡っているように蠱惑的な眸をもつ。それ、ときに冷たい鮮明な耀きで、月の如くどぎつく炎ゆるのであるのだけれども。
そう、線がきゃしゃで肌の色の白く、まるで病弱な雰囲気の彼女を舐めてかかってはいけない、もし君がそんなことをすれば、冴え冴えと燦る硝子の切先をむけるようにして銀の銃口を向け、燃えあがる冷然硬質を噴くがように、しらじらとそっけなくも残酷で鋭利な牙を君へむけることであろう。
少女は病める魂の銀を熔かしそっと滴らせ、溶かし沈めるようにして憂鬱な悪書へと綱を伝い曳き降りて往く──暗闇の粒子のうちに、後ろめたげな躰を隠すようにして。ひっそりと。ひっそりと少女は読書する。シャルル・ボオドレール。ポール・ヴァレリー。オスカア・ワイルド。萩原朔太郎。太宰治。久坂葉子。アンナ・カヴァン。くわえて、シモーヌ・ヴェイユ。
いるのかも判らぬ、読者よ。
もし君が、この個人的美意識により書かれた架空少女を歌う拙い散文詩を、風に揺れる頁の向うでまるで隠れんぼしているように読んでくれているのなら、どうか、どうか聴いてくれないか。
  ──悪書を蔑んではいけない、より果敢なくも、生きるためには!
病的なまでに淋しさを清ませよ、すれば儚さをなげだすように、鋭く燦々たる刃を突き立てよ。


  シモーヌの肖像の四行詩

私のお慕いするシモーヌの肖像の印象からの啓示 眼を瞑り、眸をひらけ、
祈りに掌合わせるように 瞼降垂れ視界を不在に沈ませて 静謐で抑えよ、
睡る眸いっぱいにみひらき 水晶に青く照らしすべてを光と射しみつめよ、
眼を瞑り、眸をひらけ──其がすべての不在であり、不在のすべて。貴女。


  眼を瞑りなさい

眼を瞑ってみなさい
少年よ そのいたましく剥がれた眼を瞑りなさい
淋しい空白に神経が浮遊するだろう
とおくの城に憧れ つい腕をのばしてしまうだろう

それでいい それでいいんだ
君はその淋しい空白を愛していい 信じてもいい
揺蕩いなさい 噎び泣きながら
背を折りまげて 琴の音が鳴るだろう

美しい悲鳴のような音色だろう
君の空白から歌と昇る死にぎわの鶴のそれだ
眼を瞑りなさい つよい意志で

眼をあけなさい
たしかに君にはこの世が訝しい 不可思議だ
染まりたくないのなら 靱く 頸しくなりなさい


  つきがらすひめ

  1
かすみは、お月さまばかりをながめている
ちょっぴりかわった 夢みがちな女の子でした

  2
お日さまの照るころ 小学校では、
お友だちがアニメやオシャレに夢中になっているそばで、
お月さまの光がゆびもとに落っこちてきて、
おなじ光をこぼしていると信じている指輪の銀の石を
じっと 祈るようにながめているのでした

  3
真夜中がおとずれるころ
かすみはうっとりとがらすのような月光をみながら、
お菓子についてきたリングの銀の石
それを青い光に浴びせて ちらちらと 光をダンスさせました

  4
かすみは、硬くて重たいさみしさをかかえていました

  5
小学校では、かすみはお月さまハカセとして有名でした
「お月さまの光がとどくのは、」
とはなしはじめます
「光が出発して、だいたい1秒後なんだよ」
「かすみちゃん そんなにお月さまの話ばかりして
ほんとうは 月からきたんじゃない?」
と冗談をいわれ、うれしそうに
さみしそうに 変わりものの少女はほほえむのでした

  6
もしわたしが月からきたとしたら、
と かすみはかんがえます
わたしがこの世界になじめないのも当然だわ
わたしはまるで地球人ではないみたい
わたしは月から落ちてきた がらすのように光るつきがらすひめ
そんなことを想像する ゆめみがちな女の子

  7
ある日 かすみはお母さんと街をあるいていると
まぼろしにうかぶ月に濡れたように青い
まるでネモフィラのように神秘的なワンピースをみつけました
「お母さん、あれ欲しい」
「まあ高い だめよ、だめよ」

  8
かすみはどうしてもあのワンピースが欲しいのでした
あの美しく上品なブルーが
ひとみにがらすが刺さったように目に残っているのでした
「盗んでしまおうか」
そんな考えがうかび かすみは首をつよく横にふります

  9
かすみは もっている麻の白いドレスを
青い花で染めてしまえばいいと想いつきました
残念ながら ネモフィラの花はめずらしいので
かすみの住んでいる場所にはありません
女の子は 町を散歩して 青い花をさがす旅にでかけます

  10
かすみは夢をただようように歩きます
知らない大人に
「青い花の場所を知っている?」
ときくと、
「いまの時代、そんなものを探すものはないよ」
と冷たくいわれます
かすみはそれでも ひたむきに 青い花をさがしました

  11
青く 天にひろがるような 幻想的な青い花は
ふしぎなことに
みんなの歩くところより低い きたない下水道に
ふしぎなくらい硬い背をのばすように
さみしげに咲いておりました かすみは
その花を いちりん たおりました

  12
かすみはしずかなきもちで家に帰り
ざらざらとした白いワンピースのうえで
ちいさなてのひらでぎゅっと花びらを絞って
青いしぶきを降らせようとしましたが
とうめいな さみしい花の涙がこぼれたばかり
かすみはゆびについた青い染みがかなしくて
むっとこみあがるせつなさに 泣きはじめました

  13
かすみの爪には
まるでマニキュアのように青い染みがついていました
かすみは ざらついた白い麻を
けずるように 怒ったように いとおしげに
すべるように 浮くように いちどひっかくのでした


  アリスの脱獄

身に纏うはくすんだブルーのワンピース、それなびかせる風はなし、ましろの陶器さながらの硬き頬に、夜空に沈み込んだ月の如くほうっと燦る眸をもつアリスは、その、仄暗く廃墟めいた城に住まわせられていたのだった。
少女の使命、それ、青い花を城から捜しだし、硝子瓶の内へ閉じ込めること。
アリスは、聴きなれた優美にして古風なるサロン音楽を黒髪にわななかせ、幽閉された空間をうらわかき躰が切るようにすすみ、窓から射す月光は少女が肌をすべり落ちる、そうして、踊るように城を渉猟するのだった。花はいずこ? 蒼褪めたネモフィラ、高貴なる誇りはいずこへあるの? アリスはそれを、城じたいに命令されたのである。城はなによりも、みずからの古色蒼然たる姿を愛している。
床に散らばるは石と金属、それ乱雑のようでいて、精緻に配置された様式美、少女はそれを蹴っ飛ばしてすすむ、グレーッシュにくすんだ壁はひび割れている、花はいずこ? 花はいずこ?

 *

ふと少女、なにかに躓き転んでしまう、それ、みずからの青い衣服の裾、沈鬱に照る花の色、アリスはすべてを悟ってしまう。
その廃墟、こつぜんと憤怒の唸りを上げ、仕舞われた本は飛ぶ鳥のように少女へ襲い掛かり、忠告の乱射、されどアリスの決意は固く、倒れた瓶から水が毀れ落ちるが如く、さっと城から去いってしまった。

  受難の人魚

 水面に漂ふ泡の真白な髪の網目の
 中に、人魚の美少女の、稚い腹を
 貪欲にも、溺れさせようとするのか
    ──ステファヌ・マラルメ「無題」

 1
受難に跳んだ 人魚の美女が、
きんと 硝子めいて硬い水面で、
白い腹 弓なりにしなりうねらせて、
真白の月影さながら 浮び沈みし揺らめいている、

  ──賤しきわたし、それ悲しむのを肉から歓ぶ。

受難に溺れる 人魚の美女が、
燦爛と 死を照らし誘う水面で、
濡れそぼる藍の髪 ぬらぬらと燦り垂らし、
陰の暗みへ昇り沈みし 鱗に緊縛された躰波うたせる。

  ──賤しきわたし、その不幸をわが悦楽とする。

受難に沈む 人魚の美女が、
ぞっと 青灰の虚空と剥かれた水面で、
苦痛に歪み ecstasyとも酷似した貌、
水底の深みの湿りへ堕ちて 苦痛と苦痛に結ばれる、

  ──賤しきわたし、共苦の震えに音楽を聴く。

 2
私は「我わたし」が後ろめたい、
「わたし」へ後ずさるがために、
わたしは「我」を解体する、
果して 「我」でない「わたし」はいずこにありや?

──骨を水晶へ、
──皮を銀へ、
──眸を硝子へ、
──巡る血は天蓋へ昇らんとする青き焔へ。…

「おねがい、おねがいだから
 私を人形にしてほしい、
“我”を使用し嬲って抜殻にし放逐してほしい」
「それは不可能でございます」

 *

受難に浸る 人魚の美女が、
真実のいたみで 美をみすえ、
唯一の韻踏み、死際の舞踏と善くうごく、
倫理の鱗に縛られた 断末魔の身振は舞踏である。

  ──賤しきわたし 助けもしない、
    何故って不幸撰ぶは romanticだ、
    片恋のひと模す 少年に似て、
    淋しいお歌を歌いながら 嘗て、わたし水面へ跳躍した。


  抽斗に睡る少女詩の断片

  1
わたしは、ほかの悉くの少女たちとどうように、
少女の美と謂うものを、生れもって所有してなどいない。

それに気が付いたとき、少女はむしろ逆説的に、みずからの「少女」を信じえた。わがいだく幻想の美を守護することを決意したのだった、それがうつろな、柔らかで熱いものに抱かれた、冷然硬質にして幻影の翳の夢想鱗に蔽われた睡る水晶を、それが在ることへの信仰を守護することを少女的倫理の義務として背に負わせたのだった。
概念としての、少女。彼女は少女に産れついたのではない、少女への憧れが魂の反映に侍らせて産み落されたのだ。それは彼女が厳然として少女としてまだ在ることへの証明であり、世間じみた言葉たちに染まり重力に従属い、撃たれ墜ちていないことの刻まれた証である。
蒼銀の夜空が美しい、星々に彼女は永遠をみる

  *

少女は愛の美を信じつづけるために、それだけのために、知性をえようとうごいたのだった。それは少女が概念少女として生きてあるという自恃を、少女に与えかけた。
 即ち、
 理論的に愛を明るめろ、
 情念的に愛を炎やせ、
 倫理的に愛のうごきを限定せよ
   ──されば、愛は信頼にあたいする。
真紅の愛は暴力で、蒼褪めた愛は身を捧げえぬ、綾織れ、縛れ、引き絞れ、して歌え、されば生きよ。
愛は文学とおなじいろ。ご存知かしら? 菫色って、世にも稀有で美しいのよ。

   *

  月硝子城

赫々と照っては、消える わたしの月硝子城が──
霧がかった青紫の夢の夢の裡で しゃんと紗の羽音を立てて、
銀に燦る刹那がある──その刹那はわたしには久遠の火、
何故と云い久遠とは無であり、宇宙の這入る領域・闇であるから。

オルガンを弾くような身振で、城へ弓を吹くわたしの少女、
わたしはわが意志に従って、月硝子城の射す月影で溺れる、
疵を負え 疵を負え。その疵がわが魂を水晶へ剥くであろう、清楚へ。
──清楚は、無疵を云うんじゃない、瑕負うに伴い、磨くものだ。

   *

少女はわれが少女であることを験すために斯く詩を綴ったのだった、恰も教室の雑踏と暴力で引き千切られた少女らしい夢をむしろわが手で疵つけ、破壊し、されば再構築として縫い合わせるような細心のゆびさきで、この言葉を継ぎ合わせた。
夢のようないたみがゆびさきから神経へ奔りぬけた、浮世離れしたそれであるが故に鋭く、疎外に身を折るが如く肉体質ないたみであることを、少女は理解されようとしない。
先ずもって淋しさの守護が、少女が概念少女であるための第一条件だ。

  2
叔母様。
わたしはわたしの一領域をだけ信頼するわ、そして信仰にまで低みあげ、愛にまで高めあげるのよ。わたしは天蓋へ駆け昇るピアノソナタを音色しながら、月影の奥へ駆けおりて、しずしずと沈んでいくのです。
昇る筋力を鍛え脚を奇々怪々にうごかして、悍ましい姿に笑われながら、摺り堕ちて往くということ。最後にわたしの「わたし」、燦々と瞳孔をめざませる水晶の光が、かの月硝子城と双に番うかもしれないという詩的推論に、わたしは全肉体を投げこんでさしあげるわ。
人生を愛するということは、人生を台無しにすることと同意です。
わたしは日常的な言語の意味でも少女である。家庭に守られ、通う学校があるの。
外面的には不可視の領域でするすると心を糸に引かれ辷るように躰を落して往きたい、その内面には青々とした火を炎やし鮮明な夜空の星への劇しい嫉妬に身をズタズタに疵つけ、創とし歌を残したいの。
しかれば、万事よし。

  *

返事はない。
抑々が彼女に、叔母などいないのだから。

  3
幽かな雨音に交って 聖歌が何処かできこえます、
ましろく清んだ、硬き光をくるしみに轢き散らされている、
貴女に睡る 水晶よ──
どうか、おねがいがあるのです。

染まって了ってはいけません、
含まれて了ってはいけません、
唯 そのままに その石のように美しい眸をうごかさないでください、
揺れうごきざわめく風景で、そのうごかぬ月の眸ばかりが美しい、

銀の國を守護する かの俟ちびとの銀製蜘蛛は、
背後より壮麗な黎明が射すことを俟っているのです、いつや。
その王國を統べるのはむろん銀の蜘蛛ではありません、
月硝子城という 世にも冷然硬質な女王です。蜘蛛は花です。

あなたが「あなた」を守護すれば、
あなたのあなたは見たこともないほど美しい、
  すればかなたの風景へ 水晶の歌は昇りひろがり、
  すればあなたの水晶は 高く貴く墜ちるでしょうか。

   4
御空(みそら)のましろの瞼のむこうでは、我等水晶とおなじ御歌が光るらしい

病的に透明、儚げに先鋭

病的に透明、儚げに先鋭

  • 自由詩
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-04

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