心の声なんて聞きたくない

episode.1 人気者の意外な裏側

「伊勢ラズキ、よろしくな!」
高校三年、席替えで最前列の窓際という最悪の場所になったラズキの目の前に、神沢ルセが立っていた。学園一の人気者、神沢ルセ。社交的で明るい彼女は、恋愛に興味がないことで有名だ。
ラズキは、人の心の声が聞こえる能力を持っている。小さい頃からある能力。嫌すぎて一度問題行動を起こしたこともあった。それぐらい嫌なのだ。年齢を重ねるにつれて、ある程度は落ち着いたが、悪意や打算の雑音にうんざりし、彼は誰とも話さないド陰キャのポジションを選んだ。そのおかげで、高1、高2と何事もなく平和に過ごせていたはずだった。
だが、ルセが隣の席にカバンを置いた瞬間、彼の日常はひっくり返った。
その声は、一瞬の好意などではなかった。それは、積み重ねられた熱量だった。
(心の声):うわぁぁっ!!本人だ!目の前にいる!高1の時からずっと遠くから見てきたけど、まさか最後の最後で同じクラスになれるなんて!黒髪短髪高身長ド陰キャなのが逆にパーフェクトでやばすぎでしょ…この二年間、遠くで生きててくれてありがとう…!
ラズキの背筋に、冷たい汗が伝った。二年間?彼が知らなかっただけで、ルセはそんな昔から自分を…?
ルセが恋愛に興味がないという建前を崩さないのは、「私がラズキくんを好きだと知られたら、変に問い詰められてラズキくんに迷惑になる」という深読みがあったからだ。
「伊勢くんってさ、趣味とかあるの?」
(心の声):話しかけれた!奇跡!かわよっ!高1のとき、一回だけ廊下ですれ違ったあの時のこと、覚えてるかな…?
ラズキは何も覚えていなかった。彼の能力は、興味のない相手の心の声はただの雑音として処理してしまう。つまり、これまでの二年間、ラズキにとってルセの心の声は、周囲の生徒と同じ「無関係な雑音」として流されていたに過ぎないのだ。
放課後、ラズキはリゼに「ルセが妙に絡んでくる」と状況を打ち明けた。
リゼは幼馴染でオタク仲間だ。共に平和な学校生活を歩んできた仲間だ。能力のことは打ち明けていないが、過去に荒れていた時は寄り添ってくれたいいやつだ。
「ルセが、僕のことを好いているんだ」
真面目に言ったのにリゼは腹を抱えて笑った。
「ちょっ、待て待て、ド陰キャのラズキが、恋愛興味なしの学園の王子様に好かれてるって?いくらなんでも設定盛りすぎだろ。まるでラブコメの主人公みたいじゃないか」
(リゼの心の声):面白い!ラズキが本気でそう思ってるのが面白い。ありえないだろ。
「陽キャに話しかけられて気でも狂ったか?」
楽しそうに笑い飛ばしているが...それどころじゃないんだよな
次の日の昼休み、ラズキとリゼがいつものようにオタク談義をしていると、ルセが近づいてきた。ルセの笑顔の裏には、激しい嫉妬の声が響いていた。
(心の声):はあああ、またリゼさんと。仲良すぎでしょ。私の二年間の努力を無視しないでよ!
「ラズキくん!リゼちゃんも!今日、委員会の仕事で放課後図書室に寄りたいんだけど、二人とも手伝ってくれない?」
リゼはすぐに断った。「ごめん、私、今日は帰って原稿作業しなきゃ。ラズキは暇だろ?手伝ってあげなよ」
この一言が、ルセの心の炎に油を注ぐ。
「そっか…ラズキくんとリゼちゃんって、いつも一緒だよね」ルセは悲しげな笑顔で言った。
(心の声):きっとカップルなのね。リゼちゃんはラズキくんのことを信用してるから...私と二人きりにすることを許してるの...?それだけ愛が深いってこと...?
ラズキが慌てて「そんなんじゃない!」と否定しても、ルセの誤解は深まるばかり。リゼがなんとなく意味を理解して「同志ですよ!」と主張しても、ルセの耳には届かない。
ルセの瞳には、嫉妬と切なさ、そして「二人の間のヒミツの信頼関係」という、ねじ曲がった解釈が焼き付いていた。彼女は去り際、ラズキにだけ聞こえるよう、そっと言った。
「図書室は放課後来てね」
放課後、ラズキは渋々図書室に行った。
「リゼさんには内緒ね。だって、邪魔されたくないもん」
(心の声):今、リゼさんのことを「邪魔」って言っちゃった!ラズキくん、この言葉で私の本気を察して…!それで僕も実は...とか?うわぁぁ!!
ラズキは内心パニックだ。彼はルセの行動全てが「好意」だと知っているが、同時にルセの心の声を聞きすぎたせいで、ルセの「表面的な言葉」が全く信じられなくなっていた。
「伊勢くん、私、この委員会の仕事、本当はあんまり得意じゃないんだ」
(心の声):本当は得意だよ!でも、苦手なフリをしてラズキくんの助けを借りたい!これでヒーローになってもらって、心の距離を縮めたい!
(また嘘だ…)ラズキは、ルセの心の声が高1からの片思いという「真実」を持っているにもかかわらず、その行動が全て「嘘」で塗り固められていることに疲弊していた。
その時、ルセがうっかり資料の山を崩してしまった。資料はラズキの足元に散乱する。ルセの心の声は、表面上の演技とは違い、本当に狼狽していた。
ラズキは無意識に、一番下の資料を拾おうとしたルセの手の上に、自分の手を重ねてしまう。
「大丈夫。慌てすぎだ」
手が触れた瞬間、ルセの心の声が一瞬だけ途切れた。
「…ラズキくん。今の、どうして分かったの?」
「え?」
「私が焦っていること。私、笑ってたのに…」
(心の声):そうか。高1の時、私が転びそうになったのをラズキくんが助けてくれた。あの時も、私が平気なフリをしてたのに、ラズキくんだけはすぐに気づいてくれた。あの時から、ラズキくんは何か知っているのかもしれない。
ルセは挑戦的な目でラズキを見つめた。
「そっか。ねえ、ラズキくん。私、恋愛には興味ないって言ってるけど、それも嘘だって分かる?」
この言葉は、心の声ではなく、ルセ自身が口にした「本音」だった。彼女は、ラズキの能力を確信し、「君が知っている真実を、私に聞かせて」と迫っているのだ。
ルセは、ラズキへの好意(かっこいい、抱きしめたい)と、突然の否定(別に好きじゃない、ただの友達)を、意図的に心の声で交互に発し始めた。
(心の声):さあ、ラズキくんはどっちを信じる?高1からの私の本気と、今、私が発しているフェイクの声。
ラズキの混乱は頂点に達した。彼は能力の限界を知る。能力は真実を伝えるが、その真実が操作されたとき、それは「絶対的な嘘」に変わる。
ラズキは決意した。彼は、自ら耳を塞ぎ、ルセの心の声をシャットアウトした。
「っ……」
ラズキはルセに向き合った。目の前には、戸惑いと期待を混ぜた表情のルセがいる。
「ルセ。僕に、聞きたいことがあるんだろ」
ルセは微笑んだ。「うん。聞きたい。ラズキくんは、私の心の声を聞いて、何を思ったの?」
ラズキは静かに答えた。
「僕は、君の心の声を聞きすぎたせいで、君の目の前の言葉が信じられなくなった。君が『恋愛には興味がない』と言う時僕に聞こえる心の声は反対で。君が『私、ドジで…』と言う時、僕にはそれがただの演技だと言うこともわかってた。」
「でも、一つだけ分かったことがある」
ラズキは、ルセの目を見て続けた。
「君が、高1の時からずっと、僕を遠くから見ていたこと。君が僕を二人きりに誘い、僕に真剣な顔を見せようとしたこと。それは、心の声がどうあれ、君が僕に『特別な関係』を求めていたという、君自身の行動だ」
ラズキは息を吸い込んだ。
「僕は、僕の能力は真実を教えてくれない。それに……君にとって結果は残酷なことになると思う。」
ルセの顔から、全ての演技が消えた。彼女はしばらく黙っていたが、やがて優しく微笑んだ。
「…うん。わかった」
ルセは深呼吸し、ラズキの目を見つめ、はっきりと口にした。
「ラズキくん。私は、ラズキくんが…」
彼女の言葉は、声が聞こえなくなった。チャイムが鳴り響いたのだ。
ルセは悪戯っぽく笑い、ラズキの肩を軽く叩いた。
「聞こえた?……はぁぁあ、悲しくなってきちゃった。……叶わないんだよね。大体わかったよ。ごめんね。困らせちゃって」
ルセはそう言い残し、教室を飛び出していった。
ラズキは、その場に立ち尽くした。
彼の耳には、もうルセの心の声は響いていない。響かなくなってしまった。決断が心の声を遮ったのだ。
飛び出していったときに見えたあの表情。寂しそうで、どこか吹っ切れて清々しい表情。状況こそ違うがあの人が脳裏に浮かぶ。込み上げてくるものを抑えながら、ルセさんから解放され、また今日から始まるであろう平凡な高校生活を無難に過ごしていこうと決めた。

心の声なんて聞きたくない

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更新日
登録日
2025-11-26

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