うすらひのこいうた 8話

涙は流さず

 お互いを知るのは、きょうだいとしての禁忌を犯すのは、初めてではない。
 
 だが、今宵の結弦は、まるで飢えた獣のようにアリアを貪っていた。女の体のありとあらゆる簡単に触れさせてはいけない場所を暴き、触れ、舐める。それは暴力のようであったが、アリアの心の中は恐怖よりも興奮の方が勝っていた。
「あっ、はぁ……! ん、ん、結弦、気持ちいい……」
「……。……」
 結弦は何も言わず、アリアの秘所の中に入れた指を掻き回す。その度にアリアは年齢にそぐわない艶やかな嬌声を上げた。特にざらざらとした一箇所を擦ると、きゅうとねだるように締まるのだ。
 それでも、結弦の震えは治らない。あの時一敬を刺した手が、まだ血に塗れている気がして。彼はすでにとろとろに蕩けたアリアのそこから指を引き抜いた。

(人を刺した後なのに、どうしてこんなにまで興奮するのだろう)

 結弦はそう思い、アリアの愛液に濡れた指を見つめる。快楽から解放され、半身を起き上がらせたアリアは、その手を取った。
「お嬢様……?」
「ん……っ」
「あっ、ちょっと……お嬢様……!」
 アリアは、結弦の指を口に含んだ。あたたかな舌に包まれ、ちゅ、ちゅ、と音を立てて吸われると、結弦の下腹部はずんと重くなる。汚いとは言えなかった。アリアの体液が付いていたから。汚いと言いたかった。憎らしい一敬を刺した手だったから。
「お嬢様……」
「ん、結弦……言ったでしょう。私に触れて……? 良いの、もっと触れて……」
「……っあ」
  結弦の指を口に含んだアリアは、まるでその先にある彼の痛みまでも吸い取ろうとするかのように、静かに、丁寧に舐めた。
 ひどくあたたかい。どろりとした愛のぬくもりが、彼の指先を濡らしていく。

 結弦は息を詰めた。
 これは、あの男を貫いた同じ手だ。血の匂いがまだ爪の奥にこびりついているようで、触れられるのもおぞましく思えたのに。
 なのに───アリアはその指を、まるで宝石でも味わうように、慈しむように、口づけた。
「どうして……そんな顔を、するんですか」
 震える声で問うと、アリアは顔を上げ、すっと微笑んだ。その瞳には、何の曇りもなかった。ただ、彼を愛しいと思う光だけが、揺れていた。

「結弦の指だからよ。私を、抱いてくれた指。私を選んでくれた手。たとえ罪を犯した手だとしても、私はその傷も全部……愛したい」

 その言葉は、鋭くてやさしい刃だった。
 深く刺さって、痛くて、あたたかくて、結弦は何も言えなくなった。

 アリアはそっと、彼の手を自分の胸の上に添えた。心臓の鼓動が、はっきりと伝わる。

「ねぇ、結弦。あなたの涙が、見たいの。あなたが泣くところ、私はずっと見たことがないから」
「泣くほどのことなんて、ないです」
 淡々と答える結弦の声は、逆に感情の熱を帯びていた。
 涙を流す代わりに、彼はアリアの身体を、呼吸を、鼓動を、全身で抱きしめていた。壊れた心をどうにか支えるように。
「でも……怖かったでしょう? ずっと、震えてた」
「怖くなんて、ないです。ただ……」
 言葉を切り、結弦はゆっくりとアリアの額に口づけた。
「……お嬢様を汚してしまうのが、怖かった」
 それはたぶん、自分自身の手の汚さを知ってしまったから。もう、どれだけ愛しても、傷つけてしまった事実は消えない。
 けれどアリアは、静かに首を振る。
 
「結弦。好き同士で、してはいけないことなんてないのだから」
 
 まるで魔法のような言葉だった。罪を赦し、傷を抱きしめるための呪文。その一言に、結弦はようやく、呼吸を深く落とした。
「……あなたって、本当に、ばかだ」
 それでも目の奥には涙を宿さない。結弦は泣かない。
 泣いてしまえば、崩れてしまうから。守りたくて仕方ない、彼女の前で。
「……泣かないのね、結弦」
 返事の代わりに、唇を重ねた。何も言わず。ただ、確かにそこにある愛の形だけを、ふたりは確かめ合っていた。


「そう、結弦……挿れて……あ、んぅ……」
「お嬢様、こんなに濡れて……」
「だって、結弦とこうするの、すき……」
 互いの性器の先と入り口でキスをし合っていた。ぐにぐにと擦り付け合う。それだけで気持ちよかった。けれど、アリアはきっとそれだけでは満足しないだろうと結弦は思っていた。

(お嬢様をこうしたのは、俺だ)

「ねえ、挿れて結弦。お願い……」
「お嬢様、仕方のない人ですね」
「だってぇ……結弦に、触れてほしいんだもの」
「……ふふ」
 微笑む結弦の心の中には、深い深い独占欲と悦びがあった。ぎゅうと抱きしめ、少し乱暴に一気に押し進める。
「あっ! あぁ……結弦、結弦……!」
 それだけで小さな絶頂を迎えたのだろう。アリアの身体は小さくひくひくと震える。ああ、なんて可愛らしい。と結弦は律動を速めた。
「ひぅ、ん。ゆづるぅ……」
「お、嬢様は……んっ、激しい方が、お好みですか……?」
「結弦だから、いいの、ゆづるだから、全部好きぃ……!」
「あ……んっ、今の、ずるいです……!」
 どこもかしこも繋がりたいと、舌と舌を絡ませる。指と指を絡ませる。結弦がとんとんとアリアの最奥を突けば、そこはまるで結弦の指を舐めたアリアの舌のように、ちゅうと何度も結弦にキスをしてきた。
「あ、あ、あっ、また、キちゃう……っ! きもちいいの、来ちゃう……!」
「俺、もっ、ダメ……です……」
「ゆづる、ぎゅうってして、ぎゅってして……!」
「……っ! はい、お嬢様……!」
 震える互いの体を、痕がつくほど強く抱きしめる。きもちいい、おぼれる、とけてしまう。そんな様々な感情が湧き上がり押し寄せ、二人は昇り詰めた。
 

(俺はこの人を本当に俺のものにするために、あとどれくらい人を刺せばいいのだろう)

 アリアのネグリジェのボタンを止めながら、結弦は、それでも一敬を刺した感触を思い出し、吐き気を我慢した。ああ、朝までこの人と一緒にいられる関係ならば、きっとこの気持ちも治るのに、それができない。
 結弦は苦しかった。けれど、泣かなかった。

「……泣いて。……、……泣いてちょうだい、結弦……」
 情事の疲れからかふわふわと夢見心地のアリアが、結弦の頬をそっと触る。その手も瞳も、慈しみと少しの悲しみに濡れていた。す、と目を閉じたアリアの目蓋に口付けをし、結弦は服を着直し、入ってきた窓から出ていった。

「泣けませんよ、お嬢様」
 だって泣くのは、汚れのない証だから。涙を流すのは、あなたの特権だから。
 結弦とアリアは、互いを愛している。

うすらひのこいうた 8話

うすらひのこいうた 8話

共に罪を犯して。濡れ場があります

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2025-11-26

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