うすらひのこいうた 4話

揺れる水面

 その日、アリアは部屋に閉じこもり、夕食を食べに来なかった。
 
 結弦は食堂の片隅で、黙ってスープを啜った。
 本来ならアリアの前に置かれるはずだったものだ。主人が手をつけなかった食事は、余った分として使用人たちの口に入る───それがこの屋敷の決まり。
「早川、お前が食べろ」
 他の使用人にそう命じられた時、結弦は一瞬、躊躇った。しかし、誰もいないはずの喉の奥から「食べないと叱られるぞ」と囁く声が聞こえた気がして、静かに頷いた。
 アリアの食事を、自分が口にする。それは許された行為のはずなのに、まるで己が彼女の何かを奪っているような罪悪感がつきまとう。
 食べながら考えるのは、たった一つ。
 アリアは今、どんな顔で、どんな気持ちで、部屋にいるのか。
 今日、真実を知ってしまった。アリアと自分は、ただの主従ではなく───血のつながった、きょうだいだと。
 それを知った時、アリアはどんな気持ちだったのだろう。食事ものどを通らないほどに、苦しかったのだろうか。
 きっとそうに違いない、だが結弦の胸の内にあの時浮かび上がったのは、仄暗い悦びであった。歪んだ形でも、自分がアリアと繋がっているという事実が、嬉しいと感じてしまったのだ。
 そんなことを思う自分が、おかしいのかもしれないと気づいている。だけど、知ったところでどうしようもなかった。

「……お嬢様」
 呟けば、喉の奥に絡みついた熱が、さらに疼く。
 あの人が自分のきょうだいだなんて。誰が何を言おうと、アリアは自分のもので、自分はアリアのものだ。
 たとえ、血がどうであれ───

 結弦は食事を終えると、立ち上がった。厨房へ向かい、ハーブティーの茶葉を探す。
 アリアが眠るとき、いつも飲んでいたもの。
 自分以外の誰かに癒されるくらいなら、代わりにこれを届けよう。そうすれば、ほんの少しでも、自分がアリアを支えることができるかもしれない。
 そう信じて、結弦はハーブティーで満たしたカップを手に、静かにアリアの部屋の扉を叩いた。
 扉の向こうからは、何の応答もなかった。それでも結弦は諦めず、もう一度、今度は少し強めにノックする。
「お嬢様……」
 呼びかける声に返事はない。しかし、耳を澄ませば、微かに嗚咽が聞こえた。結弦の指が、勝手に扉の取っ手へ伸びる。鍵はかかっていなかった。
 ゆっくりと扉を押し開けると、部屋の中は暗く、カーテンの隙間から洩れる月明かりが、沈んだ空気をより一層際立たせていた。
 結弦は、後ろ手にそっと部屋の鍵をかけた。

 アリアはベッドにうつ伏せになり、震える肩を押さえるように身を縮めていた。
 枕に顔を埋めているせいで、表情は見えない。
「お嬢様……お茶をお持ちしました」
 静かに言っても、アリアは微動だにしない。
 その細い指が、シーツを握りしめるだけで、結弦の言葉を拒むように見えた。

 彼女の悲しみの理由は分かっている。
 自分とアリアが、きょうだいだったということ。それを知り、彼女は涙を流している。
 だが、それの何が悲しいのか。
 血のつながりが、何だというのか。
 アリアはきっと、「もう結弦とはいられない」と思っているのだろう。けれど、結弦はそんなこと、微塵も思えなかった。

(きょうだいだからって、俺は……)

 胸の奥に滲む、黒いものを押さえ込もうとするが、指先は震えていた。このままでは、またアリアは自分から遠ざかってしまう。どうすれば、この距離を埋められる? 結弦の中で、漆黒がぐるぐると巡った。

 結弦はそっとベッドに腰を下ろした。その音に、アリアの肩がびくりと揺れる。
「……泣かないでください」
 震える声で囁く。
「俺がそばにいます。お嬢様がどんなに悲しくても、俺だけは離れません」
 ゆっくりと、彼女の手に触れようとする。
 けれど、その瞬間、アリアが小さくかぶりを振った。
「……いや……」
 掠れた拒絶の言葉が、結弦の胸を刺す。

 違う、そんなこと言わないで。
 俺は、お嬢様のものなのに。
 お嬢様も、俺のものなのに!

「……結弦、私たち、もう……」
 細い声。結弦はそれ以上の言葉を聞きたくなかった。彼女の声が、自分から遠ざかるのが怖かった。

 だから───衝動のままに、結弦はアリアの肩を両の手で掴んだ。うつ伏せになっていた彼女を、無理やり起こし、そして今度は仰向けに押し倒す。驚いた彼女の瞳が、大きく揺れる。
 その隙を突くように、結弦は彼女の唇を奪った。
 柔らかな温もりが触れる。
 涙の味がした。
「……っは、ゆづ、る」
「は……、お嬢様……、俺はあなたを、愛しています」
 唇が離れる。結弦の掠れた声が、アリアの耳にしみこむ。揺れていたアリアの瞳には、ふるりと水の膜が張り、再び雫が溢れた。
「だめよ……結弦……」
「だめ? お嬢様は、俺のことが嫌いですか……?」
「違う、違うの。嫌いなわけがない。でも結弦、私……私、どうすればいいか、わからないの」
 溢れて止まらない彼女の涙を、結弦は唇で拭う。ぴくりとアリアは身を震わせるが、その手は彼を突き放すことはなかった。
 むしろ、彼女は自らおずおずと両手で結弦の頬に触れた。アリアの淡青色の瞳と、結弦の琥珀色の瞳が、見つめ合う。
「わからないの。だから、いけないわ」
「……お嬢様は、俺が好きでしょう。嫌いではないのだから」
「あ……っ」
 ぐ、と結弦はアリアのスカートに包まれた太ももに腰を押しつけた。互いに服を着ているのに感じる、結弦の質量を持った熱に、アリアは息を呑んだ。
「好き同士で、してはいけないことなんてあるんですか?」
 互いのまつ毛が触れ合うほど顔を近づけて、結弦はそのアルトの声音で囁く。唇が再び触れ合うまで、あと数秒。
 アリアは、彼の頬に触れていた手を、彼の首に回した。黙って、しがみつくように。体がバラバラになりそうなほど胸が痛くて、そうでもしないと怖くてたまらなかったのだ。


「お嬢様を見たい」と、結弦が乞うままにアリアは服を脱いだ。「結弦も見せてくれなきゃ嫌」と、アリアが命じるままに結弦は服を脱いだ。そう言い合ったのに、いざ互いが下着姿になると直視ができなくて、二人はベッドの上で寝転んで抱き合ったままでいた。
 結弦が意を決したようにアリアのシュミーズを捲り、乳押さえを外す。これからすることは、アリアはよく知らない。男女が睦み合うことへの憧れは年相応にあった。もしもそれが自由に許されるのであれば、結弦がよかった。血が繋がっていなければ、一敬という婚約者がいなければ、アリアは結弦がよかった。───ずっとそばにいてくれる、結弦が好きだった。
 一敬、一敬……ああ、自分は今婚約者に不義を働こうとしている。アリアが感じるのは罪悪感と、少しの、昏い悦び。
「……。……何、考えてます?」
「……なにも」
「はい。それで良いんです……」
「結弦……、……あ、きゃっ!」
 やわやわと結弦はアリアの控えめな乳房を揉む。結弦にとってはずっと触れてみたかった箇所であったが、触れられているアリアにとっては、よくわからない感覚が細波のように押し寄せ、羞恥の方が勝っていた。「結弦はここが好きなの?」とアリアは聞こうとしたが、その前に結弦の指がアリアの胸の頂点を弾いた。ぞくりと背中が粟立つ感覚に、アリアは身を震わせる。
「ひ、ぁ……あう、な、なにこれ……」
「嫌ですか……? 俺、お嬢様が嫌がることはしたくないです」
「や、める気、無いくせに……いじわる……」
「……バレました? ええ、俺は今、お嬢様を襲っています」
「おそ……っ、あ、ぁ、ゆづ、ゆづるぅ……」
「……お嬢様……もっと、俺の名を呼んで……」
 結弦の舌が、アリアのすっかり立ち上がった小さな乳首をべろりと舐める。ひっ、とアリアの口から声が漏れた。彼の熱を持った舌にころころと転がされ、アリアが真っ先に思ったことは「食べられる」だった。……恐怖、に近い感情だったかもしれない。だが、アリアは拒絶しなかった。結弦の前髪がふわふわと胸に当たるのが、乳首以外もやさしく愛撫されているようで、心地よかった。
 結弦は、同じ使用人からポルノ雑誌を見せられたことは何度かある。その時は女性の体に対して特に何とも思わなかったが、たった今結弦、結弦と名前を呼ぶアリアの細く甘い声、汗で少し塩辛い体、今日の外出のために体につけた彼女のお気に入りの香水の、ほんの少し残ったすみれの香り。その全てに興奮していた。夢中になって弄んでいたアリアの胸から手と口を離し、指でその筋肉のついていないやわらかな腹をなぞる。上から下へ、彼女の輪郭を確かめるようになぞっていく。
「ぁ、ん……くすぐったい……」
「ふふ」
 アリアは結弦の背中に腕を回す。その手のひらに感じるのは、ぼこぼことした線のような……無数の、傷痕だった。鞭で打たれた痕。服を着ている普段は隠されている、アリアの罪の証。薄暗い部屋では、結弦の体はよく見えない。この傷は、どんな色をしているのだろう。そうぼーっと考えていたアリアは、結弦の指が今どこを触っているか、ようやく気づいて我に返る。結弦は、アリアのショーツを脱がそうとしていた。
「お嬢様、もう少し腰を浮かせてください」
「あ、そんな……だ、だめ」
「だめ? なぜ」
「なぜって……! だめなものはだめなの」
「お嬢様は……俺が好きでしょう?」
「そ、そう言えば良いと思っているでしょう、ばか結弦」
「はい、愚かな従者です。お嬢様を愛しています。だから……」
 お嬢様の大切なところ、俺に見せてください。
 そう言った彼の手で白色のショーツが足と足の間から離される。あらわになったそこは、うっすらと彼女の髪と同じ色の毛が生えていた。最近毛が生えてきたそこを、アリアはどうしていいか分からず、結弦に見せるのは何となく恥ずかしかったのだ。それでも、結弦は体を下げ、アリアの股座に頭を突っ込むようにそこをじっと見る。見られているアリアの秘所は、アリアの顔と同じくらい熱く、アリアの目と同じくらい潤んでいた。
「椿の花みたいです」
「は、恥ずかしいから、これ以上は……」
「お嬢様、これはどうですか?」
「え? ……ひゃ! あ、あうぅ……!」
 ぴちゃり、と淫猥な水音が響く。アリアは自分が結弦に何をされているのか、理解するまで数秒かかった。結弦が、アリアのそこを。舐めている。美味いものを貪るように、舌を這わせている。羞恥に足を閉じようにも、結弦の両手はアリアの白い太ももをがっちりと掴んで広げていた。
 あられもない姿になっていることを自覚したアリアは、もう、どうしようもなかった。諦めてただ、気持ちいい、気持ちいいと結弦に聞かせるように嬌声を上げた。結弦はミルクを前にした仔犬のように夢中になっている。仔犬、犬。結弦は、確かにアリアの犬であった。
 
「あ、ぁ、んっ……んぅ……! やだぁ、私ばっかり、こんな、きもちいいよぉ……」
「ん……お嬢様……はは、ぐちゃぐちゃだ……。ねえお嬢様、お嬢様は今から、俺のものになるんです……」
 アリアの秘所から口を離し、手の甲で口の端についた唾液と愛液が混ざった液体を拭う。もはや押さえつけなくてもだらりと開かれたアリアの太もも。その二本のやわらかな間に結弦は下半身を押しつけた。下着を脱げば、先走りの液で濡れた少年のそれが、早く早くと言わんばかりに屹立していた。
「上手くできるか、わからないですけど、俺は……あなたとずっとこうなりたかった……っ」
「……あ、」
 だめ、と声を出す前のアリアの華奢な腰を掴み、結弦は強引に押し進んだ。
 そこは、入ってきた結弦をきゅうと拒むように締まり、それとは裏腹にあたたかくぬるぬると受け入れるように結弦を包んだ。ぞくぞくと結弦の全身に走るのは、強すぎる快楽と、たった今愛しい人の処女を自分が手に入れたという、よろこび。
「いっ……!? あ、ぁ、結弦……っ! 入って……る……ゆづるが、私の、なかに……!」
「は、ぁ……っ。あ、ぅ、気持ちいい……! お嬢様……、お嬢様……」

 破瓜の痛みも、進んでも戻っても吸い付いてくるきもちよさも、何もかもが、二人の頭の中をめちゃくちゃにした。
 もうどうにでもなってしまえ。
 好き同士で、してはいけないことなんて、無いのだから。

 たん、たん、たん、と、二人は音を立てて一段ずつ快楽の階段を登っていく。やがて登り詰めた時、二人はどちらともなく抱き合い、身を震わせて足を絡ませた。アリアが結弦を抱きしめるように締め付け、結弦は、罪を吐き出す。
 くたりと重なり合う二人を、月の光が舐め回すように見ていた。
 
 アリアと結弦は、涙を流していた。その瞳を、水面のように揺らして、見つめあっていた。夜はまだ明けない。

うすらひのこいうた 4話

うすらひのこいうた 4話

ついに一線を越えてしまう結弦とアリア。濡れ場があります。

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更新日
登録日
2025-11-26

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