魔人メロの世渡り
0.歌い手、時の人
「たーららーらー!」
東雲ミトという名前の少年がいた。この世に生を受けて十六年。彼は自慢の喉で周りを魅了してきた。
男でありながら中性的な顔立ちと声は、不可思議な認識不全を引き起こして神聖さすら感じさせるほどだ。
彼の歌はネットを通じて世界中へ届いた。天才歌い手として皆から笑顔を向けられ、自分の喉には人を幸せにする力があると、そう信じていた。
アルバムも売れて、人気も上昇、有名テレビ番組にだって出演する予定もできた。
そんな時、彼は行方不明になった。
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「ミト、放課後あの喫茶店行こうぜ」
一日を終えるチャイムが鳴り響き、鼻歌を歌っていたミトの肩が叩かれた。
ミトが振り返ると、そこにいたのは同じクラスの赤橋来栖。可愛らしい名前とは裏腹に、背が高く笑顔少なめ、三白眼の乱暴な風貌の高校生だ。
彼はミトとは中学生からの友人で、見た目に似合わぬ喫茶店巡りが趣味の来栖に、ミトは連れ回されることが多かった。
「しょーがないな。僕が居なきゃ喫茶店にも行けないのかい?」
「俺が一人で行ったら気まずいんだよ」
「ぬぁにが気まずいのさ。今どき男一人で喫茶店なんて珍しくもないだろ?来栖の顔がいくら犯罪顔だってもさぁ」
「誰が犯罪顔だコラ」
グリグリと大きな拳で頭蓋を挟まれ悲鳴をあげるミトはやれやれと呆れながら来栖と共に学校を後にした。
珍しくバスケ部が休みだったこともあり、来栖は今日の喫茶店へ出向くことを前々から決めていたらしいが、もしミトに外せない予定があったならどうしていたのだろうか。
「僕は大人気歌い手なのに、よく当日のお誘いで連れ出せると思ったね」
「水曜日は絶対お前休むだろ。だから行けると思った」
「月から金は学校と動画撮影。土日は収録と撮影。水曜日しか休みが取れないから仕方なくね。ていうか、今週は君のせいでそれが潰れるわけだけど!」
「るせぇとっとと行くぞ」
「言っとくけど、君が頼む側だからな!?」
図々しい態度でミトを連れ出す来栖。だが出会った時からこんな調子なので、ミトは今更来栖に嫌悪感を抱いたりすることはなかった。
「もー……君なら僕じゃなくても友達沢山いるだろ?なんでわざわざ僕なんか……」
「あそこ、カップル割りがあんだよ。お前女のフリしろ。顔可愛いんだから」
「無茶言うな!」
二人の高校生の、なんの意味もない会話。おふざけしかないのに楽しさで溢れた、掛け替えのない至福の時間。
「あっはは!もー来栖ってばあったま悪いなぁ!はははは!はぁ……ぁれ?」
ミトも来栖も、少なくなってしまったこの時間を心の底から楽しんでいた。
「なぁ、ミト」
しかし、その時間は、
「来週の水曜、良かったら───」
唐突に終わりを迎える。
「───ミト?」
来栖か振り返った先、さっきまで一緒に笑っていた親友が居なくなっていて、来栖は目を見開いた。
何も隠れる場所のない夕方の一本道。道路にも、建物の影にも、何処にもミトがいない。運動神経が悪い彼が、一瞬にして来栖を撒けるはずがない。
「は、は……?なんで、急に……」
その後、来栖はミトを探し出すことが出来なかった。どこにも、どこにも居なかった。突如として姿を消した東雲ミトという人物は時の人となり、やがて皆の注目は彼から外れていく。
日常からぽっかりと失われたミト。件の日、ミトを探すのに焦っていた来栖か覚えていたことはただ一つ。
焦りで満たされた彼ですら振り返るほどの美人と、すれ違ったということだけだった。
魔人メロの世渡り