人形は旅を終えて

 人形づくりの腕では国一番を自負する職人のもとに、一世一代の仕事が舞い込みました。お金や時間はいくらかけても構わないから、この世のどんな女よりも素晴らしい人形がほしいとの注文でした。
 勇んで引き受けた職人は、苦労の末にようやく一体の人形をこしらえました。真っ白な絹の肌に細い金糸の髪を植え、瞳には深い青色の水晶をはめました。生まれたばかりの子鹿の革を縫いつけた唇には、鮮やかな真朱を盛りました。仕上げに国一番の仕立て屋につくらせたドレスを着せかけると、その姿は大きさも愛らしさもまるで生きた女の子そっくりでした。
 職人は出来上がった人形をじっと眺めていましたが、やがていまいましげにつぶやきました。
「だめだ、こいつには心が欠けている。人に勝れるはずがない」
 彼はそれを暖炉のわきに放り投げ、新しい人形づくりにとりかかりました。すると、捨てられた人形がぴょんと起き上がって口をききました。
「お父さま、心って、いったいどんなものですか?」
 職人は仕事の手も休めずに答えました。
「心の欠けた人形に、欠けた心がわかるものか」
 人形はしばらく首をかしげていましたが、やがて元気よく言いました。
「では、わたしは欠けた心を探しに行こうと思います」
 それでも職人は振り返らず、冷たい声で吐き捨てました。
「心の欠けた人形がどこへ行こうと知ったことか。おれがつくらねばならんのは、人より優れた人形なのだ」

 人形は、たった一人で旅に出ました。街道を歩いていくと、酒場の軒先から通行人を睨みつけては、ぶつぶつ独り言をつぶやいている老人に出会いました。
「教えてください、心ってなあに? わたしには、いったいなにが欠けているの?」
 人形が尋ねると、老人は待っていたとばかりに渋い顔で叱りつけました。
「けしからん。ちかごろの若者もそしておまえも、欠けておるのは礼儀の心じゃ。年上の者にあいさつもせずいきなりものを尋ねるとは、まったくもってけしからん」
 老人は人形に向かってとうとうとお説教をしてくれました。
「まことにありがとうございました。この恩義を決して忘れることはございません」
 すっかり礼儀を身につけた人形がうやうやしくひざまずくと、老人は満足そうにひげを撫でながら、よたよたとどこかへ行ってしまいました。

 さらに歩いていくと、窓際で頬杖をついて通りを眺めている若い娘に出会いました。人形は丁寧にお辞儀をして尋ねました。
「どうか教えてくださいませ。わたしには何が欠けているのでございましょうか」
 娘は大きなあくびをして答えました。
「町じゅうの男たちもそしてあんたも、欠けてるのは陽気な心よ。わたしがこんなに退屈しているのに、真面目な顔でくだらないことを訊くのだもの。なにか面白い踊りでもしてみせてよ」
 人形はつくられてこのかた、踊ったことなどありません。それでもぎこちない身振りで手足を振り上げると、娘は腹を抱えて笑いました。
「ああ面白い。こんなへんてこな踊り、初めて見たわ」
 そう言って銅貨を一枚、窓から投げてよこしました。

 人形がさらに歩いていくと、広場のすみで物乞いをしている老婆に出会いました。人形はぎくしゃく踊りながら尋ねました。
「教えてください、わたしにはいったい何が欠けているの?」
 すると老婆は言いました。
「どいつもこいつもそしてあんたも、欠けているのは優しい心さ。腹ぺこの年寄りを見ても、なにも恵んでくれようとしないのだから」
 人形が娘からもらった銅貨を差し出すと、老婆はそれをもぎとり、
「これっぽっちじゃパンも買えない。おまえも少しは人様の役に立つがいい」
 と言って、人形を見世物小屋に連れていきました。
 愛らしくてお行儀のよい人形が歌い踊るのですから、興行主も観客も大喜びです。老婆は人形を売ったお金でおいしいものを食べ、すっかりふくれたお腹をさすりながらどこかへ行ってしまいました。

 こっそり見世物小屋を抜け出した人形は、ふたたび旅を続けました。
 どれほど多くの人に尋ねても、返ってくる答えにはきりがありません。人形が道端に座り込んでいると、そこへたくさんの家来を連れた若者が馬車に乗って通りかかりました。
「なにを悩んでいるのか、話してごらん。きっと力になってあげるから」
 立派な身なりの彼に優しく声をかけられて、人形は顔を上げました。
「教えてください、心ってなあに? わたしには何が欠けているの?」
 若者は、相手がとても美しい女の子の人形であるのを見てにっこりしました。
「そなたに欠けているのは、人を愛する心だろうな。ぼくほどの男を前にしても頬一つ染めないなんて、心がない証拠だろうよ」
 家来たちの笑い声に囲まれて、人形は首をかしげました。
「人を愛するには、どうすればいいの?」
「簡単なことだ。教えてやるから、一緒においで」
 若者は人形の手をとって馬車にのせ、立派なお城に連れていきました。そして彼女を大きなベッドの上に寝かせてドレスをまくりあげました。
「なんだ人形屋め、肝心なところで手抜きをしたな。たしかにこれでは出来そこないだ」
 若者はそうつぶやくなり、ナイフで絹にプスリと穴を開け、その上にまたがりました。
 人形が驚いて声を上げると、彼は大喜びして叫びました。
「こいつはいいぞ。まるで人間そっくりだ。いや、へたな人間よりもずっといい」
「人間よりも? それは本当?」
 人形はうれしくなって、求められるままにさまざまなことをして若者を喜ばせました。
 満足した相手がぐうぐう眠ったのを見届けると、人形はお城から抜け出し、もと来た街道を故郷に向けて駆け出しました。

 食事もとらず水も飲まず、昼も夜も歩き続けて懐かしい工房に着いたころには、人形は服も体もすっかり汚れ、真っ黒になっていました。
 仕事部屋の扉を開くと、床には彼女の妹たちが何十体も投げ捨てられ、うずたかく積み重なったその中で、職人が黙々と仕事を続けていました。
「ただいま戻りました、お父さま。こんなに汚れてしまったけれど、わたしはすっかり心を手に入れました」
 人形はうやうやしくお辞儀をし、陽気に歌い踊り、ドレスのすそをまくって足を広げてみせました。
 職人は目を丸くして、ぼろぼろの小さな体を抱き上げました。そして、

「こいつは救いようのないできそこないだ」

 とつぶやくなり、燃えさかる暖炉の中に放りこみました。
「こんなもの、殿下に献上できるわけがない」

 人形の女の子は、炎に包まれながら叫びました。
「教えてください、教えてください。わたしには、いったい何が欠けていたの?」
 その声に背を向けて、職人はまた新しい人形づくりにとりかかりました。

【おわり】

人形は旅を終えて

人形は旅を終えて

父である職人から「こいつには心が欠けている」と言われ、打ち捨てられた人形の少女。「わたしにはいったい何が欠けているの?」人形の問いかけに人間たちは――。【童話:9枚】

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted