一杯のコーヒーでも

 ーーカランコロンカラン
「いらっしゃいませ」
「はぁ、外すげー寒いわ。マスター、メニューある?」
「…はい、こちらをどうぞ」
「んー。どーすっかなぁー。じゃあ、ケーキ頼むわ」
「かしこまりました」
「……………………」
「お待たせいたしました」
「おう、サンキュー」
「お客様。本日こちらの店のご利用は初めてでしょうか」
「ん? そうだけど」
「そうですか、では…」
 コトッ。
 
「本日はよく冷えますので、出会いの記念に一杯のコーヒーでも、サービスにいかがですか?」
 
 
 
 最悪だ。
 大学のゼミのレポートが終わらない。
 エナジードリンクを飲みながら自前のノートパソコンのキーボードを叩いていた俺は、あまりにも絶望的な状況に頭を抱える。今日はレポートの提出期限の3日前。まだ時間はあるとはいえ、進行具合を考えると余裕があるとは言えない状況だ。
 俺が絶望を抱えてる後ろを、別の生徒が通り過ぎる。
「先生、できました」
「確認します」
 先生が他の生徒からレポートを受け取る。ざっくりと斜め読みで確認した後、先生は満足そうにレポートをトントンと整えた。
「はい、ではこれで提出完了ということで」
 パソコンで作ったものを、紙で一度提出し直すというこのゼミの二度手間な方法を文句も言わずにやり遂げた男子生徒は、大きく伸びをして嬉しそうな表情を作った。彼も悩んでいたひとりだったはずなのに、先を越されてしまった。
 そうこうして何人もの生徒が、俺よりも先に教室を出ていくところを、既に数分間見つめていた。おのれ、どいつもこいつもまともにレポート提出なんてしやがって。恨みがましい目で見つめる。
「ほら、そんな目してないで、さっさと手を動かす」
 そんな俺の意識を引き戻すかのように、同じゼミの仲間である井門晴美が俺の目の前に、個包装のチョコを2個置いてくれる。
「ありがとう」と軽くお礼を言いながら早速1個空けて、口に放り込んだ。ミルクチョコレートだろうか、甘いチョコだ。冬には濃厚なチョコがより美味しく感じる。それも人からもらったチョコなのだから格別だ。だが、それに舌鼓を打っている場合ではない。
 俺は既に動いていなかったがキーボードの上には置いてあった手を宙に浮かせ、まさにお手上げというポーズをとる。
「そうはいっても、全然進まないんだよ。晴美はもう終わったんだろ?」
 元々少し離れた席でゼミを受けていた晴美は自分の鞄ごと近くまでやってきてそれを長机におき、呆れたような顔をしながら隣の席に座った。既に隣の人も退席してはいたが、元々部屋が小さく、人数も少数のロの字に置かれたテーブルで、自分の席などないようなものだ。
 晴美は得意げな顔を作って、ふふんと鼻を鳴らした。
「もちろん。前々から提出期限は言われていたのに、期限の3日前までやってない賢介が悪いんだよ」
「それはそうなんだけどさ」
 正論に参りながら、反論も思いつかず頭を掻きむしる。
 S大学の社会学部に通う2回生の俺、上田賢介は今年から始まったゼミで出されたレポートに苦しめられていた。
 レポートの内容は、自分で研究テーマを自由にきめ、その研究テーマで卒業論文の簡易版のようなものを作ること。4回生になった時に卒業論文を書くことになるが、その際、どのようにして書けばいいか分からず戸惑わないように、という先生なりの配慮が2年先回りして俺を苦しめている。
 俺が決めたテーマは「学校での人間関係による社会的地位の変動について」である。学校でどのような人間関係を築いたかによってその後の社会に出た時の人間関係に影響を与えるのか、もし影響を与えるのだとしたら、どのような人間関係を学校で築くことによって、社会的に良い影響を与えることができるのだろうか…とか、そんなところだ。最初考えていた時はもっと浅いところをやろうと思っていたが、先生とレポートの内容を精査しているうちに、このようなテーマとなった。しかし、これが全くと言って良いほど進まなくて困っている。
 そもそもこのレポート自体、卒業論文の練習とか言っていきなり研究をしろとか自分なりの結論を書けと言われて、いきなりできる方がおかしいと思うのだ。もっとも、晴美を始めとしてほとんどの人間が提出しだしたのだから、できるのだろうが。だが、できる人間ばかりではないということを先生にはわかってもらわないといけない。そうでないと、俺みたいな出来の悪い生徒が置いていかれることになってしまう。
 気分転換と少しの現実逃避を兼ねて、晴美に話をふる。
「晴美はテーマ、何にしたんだっけ?」
「私のテーマを今更聞いてどうするの? 真似しない?」
「今更真似して完成できるものならやりたいくらいだよ」
 晴美の軽口に軽口で返した俺の言葉に晴美は少し笑う。それだけで、手詰まりになって重くなっていた心が少し軽くなった気がした。やはり、誰かと話すというのは良いものだ。
「聖地巡礼が地域に起こす効果」
「うわ、やりやすそう」
「そんなことないよ。観光地でそこの人に話を聞いたり、結構頑張ったんだから」
 社会学は基本的に、とある事象が社会にどのような影響を与えているかというようなことを研究する学問である。そのため、アニメやドラマ、映画がきっかけで一般的に普及した、聖地巡礼という親しみやすいテーマであっても、十分研究に値する。
 この聖地巡礼の他にも、もっとわかりやすいテーマでレポートを書く人間もいる。俺もそういう感じのわかりやすいテーマにしておけば良かったと、ほんの少しの後悔が襲いかかってくる。
「そもそも、賢介はなんでそのテーマにしたの?」
 頬杖をつきながら何気なく聞いたであろう晴美の言葉に、俺は思わず「え」と小さな声を漏らす。
「なんでって…先生にこうしたほうがいいって言われたから?」
「そうじゃなくて、もっと根本」
 晴美が言いたいことがあまりわからず、そしてそれが顔に出ていたのか、晴美はため息を吐く。
「テーマを決める時って、それをやりたい理由があるからじゃない? 私の場合は、アニメや映画が好きで、何度か聖地とか映画の舞台に行ったことがあるってだからってだけだから、あまり賢介に対して偉そうなことは言えないけど」
 それだけが理由でレポートを特に苦もなく書くことができるなら、それはよほどそのテーマが好きなのか、レポートを書く才能があるかのどちらかだと思う。どちらにせよ、書き切ることができている時点で偉そうなことを言う権利はあるはずだ。
「でも、ほら。初心に帰ってみたら、案外やりたかったことを思い出してスラスラ書けるかもしれないよ」
 晴美の言葉に、俺はなぜこのテーマでレポートを書こうと思ったのか思い出す。あれは、忘れもしない中学時代の経験が根元だ。
 その根源は晴美に告げながったが、自分の中で書かなければいけないと思い直すには十分な力があった。一度深呼吸をして、やる気を入れる。
「そうだな。もうちょっと頑張ってみるか。俺めちゃくちゃ頑張るから、晴美は応援してくれ」
「はいはい、がんばれがんばれ。私はもう帰るからね」
 俺の隣の席に置いてあった鞄を晴美は背負い、教室から出て行こうとする。俺は晴美を引き止めるために声をかけた。
「おい、帰っちゃうのかよ。もうちょっと一緒にレポートやってくれよ」
 晴美は振り返ってこちらの言葉に反応してくれたが、身体はもう帰る準備が万端という感じだった。
「そりゃあ、手伝ってあげたい気持ちもなくはないけどね。先生も他の皆も帰っちゃったし、私もバイトがあるから」
 周りを見ると、俺たちが話をしている間に授業は終わっており、先生も早々に引き上げてしまったようだ。他の生徒も一部を除きノートパソコンなど持ってきていないので、俺のようにまだ終わっていない生徒は続きを共用のパソコンが置いてある自習室でやっているのだろう。
 バイトがあるため帰らなければいけないという晴美の言い分ももっともだ。だが一人で残されるのも辛い。ダメもとで、晴美にさらに声をかける。
「なぁ、今日くらいバイト休んだっていいじゃん。それにまだ昼前だぞ? バイトって夕方からとかじゃないのか?」
「だーめ。私は真面目だから、バイトを休んでいい理由なんて体調不良と家の急用以外にないの。それに、大学生は授業がなければお昼からバイトをしていてもいいの」
 とりつく島もないとはこのこと。バイトを休んでってのは半分冗談だったが、この様子だと、俺が単位を落とそうがお構いはしなさそうだ。
 次はなんて言って引き止めようかと考えている内に、晴美は扉に手をかける。
「それじゃ、また明日。頑張ってね」
「くそ…」
 そして、晴美はとうとう帰ってしまった。部屋に一人残される。さっきまで人と喋っていたから、部屋が作り出した静寂に誰がいるわけでもないが少し気まずくなる。これで集中できなくて終わらなければ、手伝ってくれなかった晴美のせいだ。
 晴美とは大学生になってから知り合った。入学と同時に開催された日帰りのレクリエーションで、友達がおらず居心地が悪い思いをしていた。このままでは誰とも喋らずに終わってしまうと思い、誰かと喋らなければと焦っていたところ、遠い大学を受験して友だちがおらず、俺と同じ思いをしていた晴美と出会ったというわけだ。
 もっとも、他の友達を作ることは半ば諦めていた俺に対し、晴美は人柄の良さからその後友達がたくさんでき、今では俺以外の人間とも一緒に遊んだりしている。それでも、ゼミでたまたま一緒になったとはいえ、まだ俺と仲良くしてくれているのは奇跡といえるかもしれない。
 しかし、俺だって昔から友だちがいなかったわけではない。中学時代はクラスメイト、部活の先輩や後輩たちと仲が良く、スクールカーストでも上位にいたと自負している。
 しかしながら、高校生活以降はめっきり人間関係が上手くいっていない。俺は学校の人間関係が上手くいっている人間は社会的地位が良くなるという相関関係があると思っているが、その俺の考えを邪魔しているのは、人間関係が上手くいっていたのに急に社会的地位が下がった俺のような反例がいるせいだ。
 そのせいで、どうまとめたらいいのかがまとまらず、なかなかレポートが上手くいかない状態が続いている。
 もっとも、晴美にとっては一番の友達ではなくても、女子と仲良くできている時点で俺としては結構気分が良くなる。これはある意味社会的地位が高いといえるのではないか、と考えると、また自分の考えがまとまらなくなってしまう。
 と、そんなくだらないことを考えているうちに、レポートが一気に進んでいた…ということもなく、相変わらず全く進まないレポート用紙がノートパソコンに映し出されていた。考えていたくだらないことの内容が、レポートがまとまらないということなのだから当然ではあるのだが。
「仕方ない」
 今は教室に全く音がないが、少しくらい音があったほうが集中できる気がする。確か、子どももリビングで勉強した方が成績が伸びるってみた気がするし。きっと、レポートに関しても同じことが言えるだろう。
 そんな言い訳を考えながら、俺は帰り支度をする。無造作に散らかされたメモ用紙などを片付け、ノートパソコンを、中学時代サッカー部で使っていたものからパソコン用に変わってしまった鞄にしまい、教室、そして学校を出た。
 通っている大学は実家から近く、中学、高校も近くにある。同じ中学、高校に通っていて大学も同じという人は何人かいるのだが、会話をするほど仲がいい人間が皆別の大学に進学してしまったことは、運が悪かったと言わざるを得ない。彼らが同じ大学であれば、それを皮切りに友達だって作ることができただろうに。中学時代に同じ部活で可愛がってくれた先輩も同じ大学だが、先輩の友達は見た目が怖くて少し疎遠になり、特に最近は先輩とも連絡がつかない。
 大学から歩いて帰って約30分。続きは家でするか、と、そんなことを思いながら、家に向かって歩き出す。
 外はすっかり冬の気温で、世間はこの前までハロウィンで賑わっていたにも関わらず、早々にクリスマス仕様に様変わりしていた。
 今年の冬は随分と早く寒波を迎えており、もうすぐ雪が降るかもしれないと天気予報では言っていた。今日も上着とマフラーがなければ寒さに震えていたかもしれない。上着のポケットに手を突っ込み、既に温かさを失ったカイロを、変わらないとはわかっていても手で揉んでみる。だが、先ほどまで誰も着ていなかった上着のポケット以上の温度は感じなかった。
 いつも歩いている大通り。大学や高校、駅がある程度近くにあることもあり、多くの人がこの辺りを歩く。平日の日中とはいえ、何人もの人たちがそれぞれの理由で歩いている。
 かくいう俺も子どもの頃から歩いていた道だ。中学、高校、大学とそれぞれの期間で色々な理由で通った道のため、クリスマス用の景色に近づいていっているとはいえ、その景色すらも見慣れたものであった。
 いつもなら、周囲の様子など気にせずに、いつも通りさっさと家まで歩いて帰るところだった。運動のためとはいえ、別に歩いてその辺に寄ったり、ということが好きなわけでもないため、この道もいつも何気なくさっさと歩いて過ぎ去っていた。
 
 が、今日はいつも歩いているはずのこの道で、いつもと違うことに気づく。
 
 いつもと違うその違和感は、大学と家のちょうど中間地点あたりにある、大通りから少し横に逸れた小道だった。
 今まで全く気にもかけたことがなかったが、あることにも気づいていなかったが、今日はなぜかその小道に気がついた。
 気がついた理由は、自分でもなんだったかわからない。
 なんだか見慣れない看板が壁に立てかけてあるな、とか、レポートから現実逃避をしてふと横を見たのかもしれないとか、そんなことだったかもしれない。道がいつもと違ったっというよりは、俺の意識がいつもと違ったのだろう。それが、たまたま発見に繋がったのかもしれない。
 だが、たまたま発見したとはいえ、今まで気づかなかった、人がひとり通れるくらいの小道が確かにそこにはあった。
「どこに繋がってるんだ、この道……」
 家に帰ってレポートをやらなくてはいけないとはわかっていた。先ほどはレポートの提出期限が迫っているのに、その手が全然動いていなかったのだ。当然、寄り道などしている場合ではない。
 だが、そんなことは十分わかっていたのに、わかっていたはずなのだが、なぜだかその道が気になってしまい、気がついた時には狭い小道を進んでいた。
 小道は建物の隙間であり、その通りは煩雑としていて決して通りやすいものではなかった。室外機や誰が使っているのかわからないゴミ箱の間を通り、服やカバンにそれらの汚れがつかないように気をつけながら歩く。
 普段であれば、こんな道は通らなかったであろう。こんなに寒い中、そしてレポートが終わっていない中、どうしてこの道を通っているのか自分でもわからない。通った先が家への近道になっているわけでもないはずだ。だが、今日は普段とは違ったということだ。
 そして、少し歩いた後、まだ大通りからはそんなに離れていないであろう場所に、喫茶店があることに気がついた。そこを目指していたわけでは決してないのに、その店に導かれていたかのようにそこで足を止めた。
「こんなところに、店があったのか」
 随分と古風な雰囲気を醸し出している店構え、だがどことなく品があるようにも感じる装飾に、惹きつけられていた。
 外には店内で何を出しているかといったメニューなどはないが、少し食欲をくすぐる匂いがしてくる。そういえば、昼ごはんがまだだったなと一度思ってしまうと、腹の虫が空腹であることを急に知らせてきた。
 そういえば、少しくらい音がある場所の方が、とか考えていたんだった。そう考えると、家に帰って誘惑が多い場所でレポートをするより、手に届く場所に誘惑の少ないこの空間で店員が働いている音や店内BGMを聞きながら作業するというのも、悪くないかもしれない。それどころか、なんだかかっこいい気さえしてくる。喫茶店でレポートを作る。いいじゃないか。よし、今日はここで昼食を食べながら作業としゃれこもう。
 そうと決め切る前に、俺は店の少し重めの扉を開いていた。
 
 ーーカランコロンカラン

 という喫茶店で何度も聞いた気がする音を耳にしながら、店内に足を踏み入れる。
 店内も外観に劣らず、雰囲気のある店だった。喫茶店と思った感性はどうやら正しかったらしく、カフェやファミレスといったカタカナ言葉を使うのが憚られる佇まいであり、席はボックス席がなく、カウンター席しかない。一見さんや複数人の客だと入りにくい、という印象を持たれかねないというのが、店に入った最初に抱いた正直な感想だ。
 だが、入ったと同時に薫るコーヒーの匂いは、それだけでこの店のコーヒーの味を保証してくれるかのような安心感をもたらした。外の寒気によって冷えた四肢が先からじんわりと暖まっていくように、店内は暑いくらいの温もりを保っており、
 店員はいないのだろうか、と店内を見渡すと、奥のキッチンのスペースと思わしき部屋から、白髪混じりの男性、おそらく店主であろう人が姿を現した。彼はこちらに気がつくと、驚いたような表情を見せた後に、ゆっくりと笑みを作った。
「いらっしゃいませ」
 彫の深い顔によく似合う深い声。まさにこういう店の店主という感じの男性だと感じる。突っ立ったままというのも格好が悪いので、手近な席に腰掛けた。
 俺が腰掛けたのを確認すると、カウンターの裏側からメニュー表を取り出して渡される。中を開いて見てみるが、聞いたこともないコーヒーの名前が並んでいた。入った時は食べ物は無い純喫茶かもしれないと思ったが、サンドイッチなどの昼食になりそうなメニューもあるため一旦安堵した。が、その後すぐに金額を見て、そして財布の中身を思い出し、店主を呼ぶ。
「すみません」
 店主はメニューをメモする準備もなく、俺の顔を見た。注文をしてもいいという合図だろうと判断して、注文する。
「サンドイッチで」
 腹が減ったので昼食を食べないわけにはいかないが、コーヒーと一緒に頼むと財布の残りが心許なくなる。お小遣いをもらえるのはまだ先のため、今回はサンドイッチだけで我慢することにした。
「かしこまりました」
 というと、主人はメニュー表を回収し、奥のキッチンに引っ込もうとした。俺は慌てて声をかける。
「あ、すみません。ここって、パソコンとかで作業しても大丈夫、ですか?」
 思えば、こういった店はあまり作業などをして居座るような場所ではなかったかもしれない。と思ったのは、聞いてしまった後だった。サンドイッチしか頼まないのに、失礼だったかもしれない。だが、主人は和かに笑った。
「えぇ、客もなかなか来ない店ですし、構いませんよ」
 なんとも気前のいい店主だ。そう言ってもらい、では遠慮なくと俺は鞄からパソコンを出して、先ほどは全然進まなかったレポートを進める。
 店内は落ち着いた雰囲気のクラシックと思わしき曲が流れている。それが店の雰囲気を更に良くしていた。無音で何も耳に入って来ない状況よりも、曲が流れている状況、それも自分にとって聞き馴染みのない知らない曲が流れていた方が、よほど集中できる気がした。
 先ほどまで何も思いつかなかったはずなのに、こうして良い雰囲気の場所で作業をしていると、うって変わって頭が冴える。嘘のように次々とレポートが進んでいく。。
 そうして少し時間が経ったのち、店主がサンドイッチが2つ乗った皿を持ってきてくれた。
「お待たせいたしました」
 サンドイッチは名前に何もつかないシンプルさ通り、よくあるものだった。ひとつは金色に輝いていると思うほど美しくふっくらとした卵焼きと綺麗なピンク色のハムのサンドイッチ。もうひとつは新鮮なのが一目でわかる瑞々しいレタスと卵の方で使っているものと同じハムのサンドイッチ。どちらも空腹をさらに促進させるような見た目のいいサンドイッチだ。
 少し作業を止めて、卵のサンドイッチを一口食べる。食べた瞬間真っ先に思ったのは、なぜこの店はこんなに閑古鳥が鳴いているのだろう、だった。
 一口食べたそれは、今まで食べたことがないほどに美味いサンドイッチだった。卵焼きは出汁巻きの卵焼きだったが、シンプルながら口の中に旨みが広がる。ハムも味や香りが良く、卵焼きと凄くマッチしている。そして、それらを挟むパンですら、邪魔にならない程度に甘味を感じた。
 一気に食べるのももったいなく感じ、また、やけにレポートの調子が良いため、作業をしながら少しずつ食べていく。
 そうして、卵焼きのサンドイッチを半分ほど食べたところで、奥から店主がカップを持って俺の前までやってくる。そして、そのカップを目の前に置いた。入ってきた時に感じた、良い薫りの正体であった。
「あの…頼んでないですけど」
 金欠ということもあり、諦めたコーヒーだ。これを頼んでしまっては、財布の中身が明日以降かなり厳しくなってしまう。もっとも、これを頼まなかったところで、かなり厳しい状況であることに変わりはないのだが。
 慌てふためく俺に対して、店主はふっと笑いかけてくれた。
「サービスですよ。今日は外も寒いですからね」
 コーヒーは、温かい店内であるにもかかわらず、湯気が立ち込めていた。
「一杯のコーヒーでも、どうぞ」
 正直、先ほどから良いコーヒーの薫りに誘われて、どうしても飲みたくなってきていたところだった。サービスと言ってくれるならありがたいと、主人の好意に甘えコーヒーを一口流し込む。
 コーヒーの深い薫り、苦味、酸味の中に確かな旨さがあり、後味は変な味がするなと思ったが、おそらくそれも、俺が飲んだこともないようなコーヒーだからだろう。それもなんだか癖になるような、魅力的なコーヒーだった。
 最初の一口をたっぷり堪能した後に、俺はマスターに笑いかける。
「すごく美味しいです。これ、なんてコーヒーですか?」
 店主の口から、少しだけ笑い声が溢れた。
「ブラックアイボリーです」
 知らないコーヒーだ。そんなにコーヒーの種類を知っているわけではないが、少なくともその辺のコーヒーショップで見かけたことはない気がする。
 わからない、という顔をしている俺に店主は更に畳み掛ける。
「知らないのも無理はありません。日本ではまず飲めない、大変高級なコーヒーですから。この店の中で最も高いコーヒーのひとつです」
「えぇ!?」
 どうりで美味いはずだ、とか、そんな良いものを飲めるなんてラッキー、とかよりも、なんでそんな高いものを飲ませたんだ、という気持ちの方が強く出た驚きだった。一瞬サービスと言いながら、ぼったくられるのではないかと思ったが、店主は再び笑った。
「息子があなたくらいの年齢でしてね。長いこと息子には会えていませんが、あなたを見て、息子のことをおもいだしました。そして、このコーヒーを飲ませないといけないと思いましてね。私の自己満足ですよ。値段のことはお気になさらず」
 なんだか、センシティブな話題なようだ。あまり息子さんのことには触れない方が良いのだろう。自己満足と言われて飲ませてもらえるのなら、ありがたく甘えさせていただくことにする。
 店主がキッチンへ姿を消した後、コーヒーとサンドイッチを交互に食す。サンドイッチの旨みとほのかな甘さがコーヒーを飲む意欲をさらに引き立たせる。こんなに良い店を今まで知らなかったことを後悔するほどだった。
 良い店を知ることができて気分が高揚した俺は、更にレポートを進めていく。このレポートはあと3日で完成させなければいけないため、この店で同じレポートをすることはないだろうが、別の機会に訪れるのも良いかもしれない。
 そんなことを考えながら、タイピングする手は今までにないほど軽やかだった。
 
 
 どれくらい作業をしていただろうか。しばらくした後、一度キッチンへ姿を消していた店主が再び現れて、目の前にやってきた。
「もし、よろしければ。お邪魔にはなってしまいますが、私の遊びに付き合ってはいただけないでしょうか」
 急な店主の話し出しに、俺は困惑することしかできなかった。なぜ急に、そんなことを言うのか。
「実は、こうした他にお客様のいない日には、趣味でちょっとした遊びをさせていただいておりまして。貴方が勝てば、お代はいただきません。私が勝っても、特に貴方に罰はありません。いかがでしょうか?」
 まさかこんなオシャレな店の店主にこんな茶目っけがあるとは。レポートも結構進み、余裕も出てきた。なにより、店主が提案する遊びというものがどんなものか、興味がある。
「どんな遊びか聞いてから決めてもいいですか?」
「もちろん。ありがとうございます」
 そういうと、店主はにこりと笑った。
「内容としましては、お互いに相手がどのような人間かを予想するというゲームです。予想する内容は、相手に関わるものであればなんでも構いません。予想し、それを相手に告げ、どちらの方がより正確な予想ができたか競う、というものです」
「なるほど……?」
 どうにも説明だけ聞くと難しそうに感じてしまう。相手のことを全く知らないのに予想するなんてことができるのだろうか。
「難しく考える必要はありませんよ。シャーロックホームズはご存知ですか?」
「え? はい、読んだことはないですけど」
 世界でもトップクラスで有名な名探偵。助手がワトソンということくらいは知っている。
「シャーロックホームズは、ワトソンと初めて出会った時、握手をしただけで彼がアフガンで軍医をしていたということを見抜いたらしいです。そのことを考えると、名探偵ではなくても、ある程度は当てることができそうな気がしませんか?」
 名探偵と同列に考えるのもどうかと思うが。「判定は誰がするんですか? 当てた個数とか?」
「そこは、お互いの感覚で決めましょう。当たり障りのないことで個数を稼いでもつまらないですし、真剣勝負の場で悪あがきをするような無粋なことはいたしません」
 お互いの基準で成り立つゲームということか。何か明確な基準があるよりは気が楽な気がして面白そうだ。レポートにも疲れてきたところだ。できるかどうかはわからないが、気分転換にやるのも悪くない。
「いいですよ、やりましょうか」
「それでは、どちらから始めましょうか」
 店主の質問に、俺は少し考えて。
「俺が先に予想します」
 と宣言した。店主は文句なく頷いた。
 こんなゲームを提案するくらいならきっと店主は得意なのだろう。その店主の後にやったら、自分がどれだけ慧眼を見せたとしても霞んでしまいそうだ。
「それでは、私を見てどのように予想しますか?」
 店主の質問に、店主を見て考える。
 白髪混じり、だが年寄りという感じのしない男性。息子が俺と同じくらいの年齢といっていたことから、50代くらいだろうか。身体つきがそこそこ良いことから、ある程度の年齢まで、もしくは、現在も何かしら運動をしているのだろう。
 見た目以外のところで言うと、高いコーヒーをサービスで出すことができるくらいだから、おそらくよほどのお金を持っているか、別で副業のようなものをしているのだろう。この店だけでそんなにお金を稼いでいるとは、失礼ながら客の入り方を見るととても思えない。
 あとは、店の中にオシャレな小物などがあることから、それらを集めるのが趣味だったりするのだろうか。それと、このゲームをするのにシャーロックホームズを引用したことから、推理小説を好むのだろう。シャーロキアンというやつかもしれない。シャーロックホームズを読むくらいだから、本にはかなり慣れていると考えて間違いはなさそうだ。
 とりあえずわかるのはそんなところ。それをそのまま店主に伝えると、黙って聞いていた店主はこくこくと頷いた。
「なるほど。なかなかお見事です。概ね正解ですが、一点だけ違う部分があります」
 店主は、首を横に振った。
「実は、シャーロックホームズは読んだことがないのです。推理小説は確かに好きですが、シャーロキアンではございません。引用したのは、他の人から聞いたことがあったからです。シャーロックホームズがワトソンの仕事を見抜いたらしいです。と言っていたのはヒントだったのですが」
 言われてみれば、見抜いたらしいです、という言い方は誰かから聞いたりした時の言い方か? まさかこのゲームをする前にヒントが出ていたとは、そこまで思い至らなかった。いや、むしろこのゲームをすると決めていたからこそ、ヒントを散りばめてくれていたのだろうか。
「では、次は私の番ですね」
 店主は俺の身の回りをチラチラと見ている。俺は、何かヒントになるようなことはあまり言っていなかった気がするが、どの程度当てることができるのか。
「そうですね」
 店主は、少し目を伏せて、親指を口元に持ってくる。そして、一度瞼を閉じたかと思うと、ゆっくりと開いた。
「まず、あなたの年齢は20歳程度。大学生ですね。実家からS大学に通っていますね。学部は社会学部。学生時代は運動部だったのでしょう。バイトは積極的にはしておられませんね、もしくは現在はやっていないかもしれません。。パソコンは、親に買ってもらったものでしょう。結構前から触っておられますね。あとついでに、チョコを持っておられるかと思います」
 店主の言うことはほとんど正解だった。確かに運動部だったし、バイトはせずにお小遣いをもらっている。パソコンも高校時代に親に買ってもらったものだし、チョコは晴美にもらったものが一個残っていた。
「すごいですね、正解です。どうしてわかったんですか」
「それは良かった。まず、年齢は息子と同じくらいと言っておりましたが、見た目である程度わかります。大学はこの辺りだとS大学くらいですが、駅とは逆方向のこの店に来たと言うことは、電車で通学しているわけではないのでしょう。作業をしなければいけないという状況で、この店に来たと言うことは、帰り道の途中でたまたま目に入ったこの店で作業をしようと思ったのかと考えられます」
 店主はさらに続ける。
「運動部であろうというのは、身体つきが運動をしていた人間のそれだったのと、鞄が運動部が使うような鞄に感じたことから、そうだったのだろうと思いました。お昼のこの時間にサンドイッチしか頼まず、メニューで見ていたコーヒーを頼まなかったことから、お金がないんでしょう。節約をしていた可能性もありますが、そこは勘です。パソコンはタイピングがとても早かったので、大学生になってから触り出したという感じでもなかったと思います。そしてチョコは、先ほどから甘い匂いがしていたので、そうかと思いました。店内は暖かいので、少し溶け出したのでしょう」
 いくらか勘が入っているみたいだが、それも込みで楽しむゲームなのだろう。実際、店主の予想は全て当たっていた。店主はこの遊びを何度もやっているのだろうということが確信になった。素晴らしい精度である。
「なるほど、すごいですね。全部正解です。思っていたより楽しいですね、これ」
 相手のことをわかっていてはできないゲームだ。初対面だからこそできるところに面白さを感じた。店主は思ったより良いリアクションをもらえたのか、「光栄です」と返事をした。
 俺は店主に笑顔で投げかけた。
「俺のこと、もっと他にもわかるんですか? もしわかるなら、ぜひやってみてください!」
 店主は時間をチラッと見て、口元を綻ばせた。
「では、上田さんのさらに深いところまで当てて見せましょうか」
 やはり、この店主は俺にある程度合わせてくれていたのだ。俺が見た目や趣味といったところを話したから、店主もそれを返すような形で予想してくれたのだろう。つまり、それ以上のこともいろいろわかっている中から、あえてそれを選択したのだ。見事なものだと感心する。
 と、それはそうとして。

「俺って、店主さんに、名前教えましたっけ……?」

「上田賢介。S県H市で県議員の上田隆太と教員である旧姓松村舞香の元に生まれ、Y小学校、S中学校、S高校と進学。現在はS大学に通う。小学校、中学校とサッカー部に所属するも、中学時代の事件をきっかけに部活を辞める。中学時代は駅前の塾に通い、成績は中の上程度。よく行く店は近所の大型スーパーの雑貨屋と本屋。本は買わずに立ち読みをすることが多いようですね。最近は大学で井門晴美さんと仲が良いようですね。井門さんの方は彼氏がいるようですが。好きなものは井門さんの影響で見始めたアニメ。血が出るアニメは苦手。映画などもよく行くそうですね」
 店主の言葉を、黙って聞くしかなかった。ただひたすら、列挙されたことを黙って聞き、全て頭の中に入ってきて言われたことが分かった時、俺の口から言葉が漏れていた。
「なんで…?」
「どうでしょうか、当たっていましたか?」
 店主はニコリと笑った。今までと変わらない笑顔のはずなのに、今までと同じ印象を受けることはできなかった。
 店主の質問に、当たっていた。と笑えるほど能天気ではなかった。まるで、俺の人生を全て見てきたかのような正確さだった。
 ありえない。見た目や話し方や持っているものの特徴である程度相手のことを判断することはできるだろう。だが、名乗っていない相手の名前や親の仕事まで当てることができるわけがない。
「なんだよ、誰だ、あんた…」
「私の名前は、森本淳二です」
 森本淳二……? 聞き覚えのある名前に、頭の中で記憶が駆け巡る。森本淳二の名前が思い出せたわけではなかったが、森本という人物に心当たりはあった。
「まさか、森本肇の…父親?」
「覚えておられましたか」
 森本肇。中学時代の俺のクラスメイトだ。小学校から一緒で、クラスでも特に大人しいやつだった。勉強ができるわけでも、運動ができるわけでもなかったが、誰に何を言われても怒らない、性根の穏やかな優しいやつだった。
 だが、森本肇は既に亡くなっている。中学時代に、自殺したのだ。
 理由は、よくあるイジメだった。森本は彼の中の何がそうさせたのか、サッカー部に所属していた。サッカーを経験していたわけではなく上手いわけではなかったが、真面目にサッカーの練習をしていた。
 だが、森本は中学の運動部に所属するには優しく、穏やかで、反抗心というものがなさすぎた。
 中学時代のサッカー部の先輩は、悪い意味で体育会系すぎた。先輩には媚び、後輩には偉そうにする。俺はそれに順応することができて可愛がられたが、森本は順応することができなかった。
 先輩からの嫌がらせに加え、クラスでもあまり馴染むことができていなかった森本は、ストレスを発散することができなかったのだろう。そして、あの性格からして家族に相談することもできなかったはずだ。森本はサッカー部を退部したが、先輩のストレスの発散から逃げることはできなかった。逃げた罰として、普段の学校生活でもイジメられることになった。
 だが、森本を救うことは俺にはできなかった。なぜなら、俺もイジメに加担していたひとりだったからだ。
 自分からそうしたわけではない。先輩から言われて、先輩の後をついていき、森本が逃げないように押さえつけたり、イジメられている森本を撮影したりしていた。それが良くないこととはわかっていながら、先輩に逆らうことができなかった俺には、森本をイジメる方が簡単だった。
 そして、逃げ道を失った森本肇は、この世からいなくなった。中学校に入学してから1年が経った頃だった。
 森本が亡くなってから、俺は自分のやってきたことの大きさに、今更怖くなった。誰かがいなくなるなんて考えることができなかった中学生は、取り返しのつかないことが起きてようやく自分のやった過ちの大きさに気がついたのだ。
 先輩たちは森本をイジメていた主犯格として、引退前に退部、自宅謹慎となった。そして、サッカー部は時を同じくして活動停止となった。
 俺は先輩たちに逆らえなかったのだろうということで、先輩たちよりも短い期間の謹慎で済んだ。家では父親と母親に怒られることはなかったが、まさかウチの子がと思ったであろう二人からはどう接すれば良いかわからないという扱いを受けた。それは、真っ当に叱られるよりもダメージを受けた。
 そして、謹慎を明けた俺は、退部させられたわけではなかったが、部活を自主的に辞めた。活動停止になったこともあり他の部員に顔向けができないという理由もあったが、森本のことを思い出すからという理由が大きかった。
 高校生になってからも、部活をすることはできなかった。どうやっても、頭の片隅に森本の影がちらついた。森本は高校生になることもできなかったのに、自分だけが中学を卒業した後にすぐ好きなことを再開するのに抵抗があった。ようやく、森本の影がチラつかなくなってきたのは、高校3年生の時だった。
 大学生になった俺は、研究のテーマで「学校での人間関係よる社会的地位の変動について」を調べることにした。森本がもし生きていれば、森本はどのような人生を歩んでいたのか。学校生活で上手くいっていなかった森本は、社会に出ても変わらなかったのか。もしそうなら、中学時代の件がなくても、森本はいつか亡くなっていたのではないか。森本が生きていればと考えた半分、残りの半分で、森本がもし生きていたとしても変わらない、俺は悪くないということを証明したかったのかもしれない。
 そして、森本のことを考えるうちに思いだした。森本の父親は、森本が亡くなった後に何度か学校で見かけたんだ。初めて森本の父親と顔を合わせた時には、殺されるのではないかというくらいの顔を見せられたのを思いだした。あの時とは雰囲気が違うから、今会っても気がつくことができなかったのだ。
「あなたのことは、いえ、あなたたちのことは、肇が亡くなったあの日からずっと調べていました。肇はなぜ亡くならなければいけなかったのか。肇は亡くなったのに、なぜあなたたちは生きているのか。その意味をずっと考えていました。それを考え、肇のことを思い出すたびに、心が押し潰されるようでした」
 マスターの言葉に、俺は俯くしかできなかった。反論をすることはできなかった。する資格もないと思った。
「この店を続ける理由は、働いている間は少しでも辛さを忘れることができるからです。働きでもしなければ、この辛さに耐えることができそうになかった。それが理由で続けていたこの店ですが、ついこの前、ようやく続ける別の理由を見つけることができたのです」
「別の、理由?」
 ずっと、思い出したくないことを思い出していたからか、身体がズシっと重くなってくる。段々と、意識が朦朧としてきた。
「この前来られたお客様が、かつて肇を死に追いやった人間のひとりでした。私は、とっさに思いつきました。ここで、彼に出会うことができたのは運命だったのだと」
 身体が、おもい。ねむく、なっていく。まぶたを、ひらいていられない。
 
「一杯のコーヒーでも、あなたの自由を奪うことだって、できるのです」
 
 
 
 ーーカランコロンカラン
「いらっしゃいませ」
「少々、お話を伺わせていただいても?」
「えぇ、もちろん」
「S大学に通う上田賢介さんが、数日前から行方不明でして。最後の目撃情報が、この辺りなんですが、この写真の方に心当たりはございませんか?」
「…いえ。上田賢介さんは息子の同級生だったかと思いますが、それ以上は何も知りませんね」
「亡くなられた息子さんと、決して良くない関係だったそうですね。亡くなられたことにも関わっていたとか。そのことに、恨みなどは?」
「ありますよ。もしこの店に来ていれば、追い返しているでしょうね」
「…そうですか。失礼なことを聞きましたね。忘れてください」
「いえ、刑事さんも大変でしょうから」
「まぁ、最近立て続けに何人か行方不明者が出ていましてね。その対応で、なかなか寝ることができない日もありますよ」
「それは大変ですね、もしよろしければ」
 コトッ。

「本日はよく冷えますから、一杯のコーヒーでもサービスにいかがですか?」

一杯のコーヒーでも

一杯のコーヒーでも

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-11-12

CC BY
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