若き日の恋物語 3
デパートでのデート
昼休みは交代で取るのが普通だ。早番は十一時三十分、中番は十二時三十分、遅番が十三時三十分と三交代で行われる。すると目の前の売り場の彼女が手で合図して来た。指で自分を差し手で人差し指と中指と二本立てる。つまり昼休みは中番と言う意味らしい。俺は早番で十一時三十分、来たばかりで中番にして下さいとも言えない。俺は苦笑いしながら彼女に人差し指を一本立てた。
だが翌日、彼女の方が俺に合わせて昼休みを取ったようだ。昼休み、まず食事を取らなくてはいけない。八階建てのデパート最上階は事務所と、更衣室と社員食堂がある。正社員以外にもテナントの店員や業者の人もチケットを買えば利用できる。ここでは一度に三百人が食事出来る大きな食堂だ。彼女と一緒に社員食堂に行き、チケットを買って一緒に食事をした。なんたってまだ名前も知らない、いや確か名前を言っていたが緊張で名前も覚えていない。けれど何年も付き合っているような不思議な感じがした。
「こんにちは改めて初めまして。私、堀尾小夜子と申します」
「こちらこそ坂本健一です。宜しくお願いします。数日前にこの街に来たばかりです」
今度は忘れない。夜の子と書いて小夜子だそうだ。本人は気に入っているらしい。
小夜子の眼は輝いていた。こっちが恥ずかしくなるほどマジマジと見つめる。思わず視線をずらしていた。東京から来たと言うと彼女は東京に憧れていたようで、いいなぁと羨ましそうに言う。そう言われた俺が東京の人間だと思っているらしい。本当の事を言うと俺は地方の田舎から出て来た。彼女はそう思い込んでいるに地方の田舎だよと言えなくなった。
俺たちは翌日には社員食堂ではなく屋上の遊園地に居た。この当時の百貨店は屋上に遊園地があるのが当たり前だった。今では安全上の理由で殆ど遊園地なんてない。小夜子は明るく、名前の通り怪しい雰囲気を持った子だ。太陽のような存在だ。いや小夜子だから月の妖精のような女性が相応しいかも。とても積極的な女性だ。二人の職場は同じデパート売り場の同じ階で真向かい同士。いつも彼女は目の前で笑顔を振りまく。
昼休みは、いつもデパート屋上のベンチに座りパンを買って食事代わりにしながら話をした。とにかく気が合うのだ。もう朝から晩まで話をしていても飽きないほど。
それから一週間、俺は転勤して初めての休みの日に、小夜子も休みを合わせてくれて街を案内してくれると言う。地方都市にしては大きな街だ。初めての街はどこもが新鮮だ。そしてその日の夕方、浜松駅に近い所に公園がある。そこには小川が流れていて小さな橋がある。次からはここが待ち合わせの場所だ。小夜子は地元の高校を卒業して、地元のデパートに勤めてこの街から出た事がないそうだ。
小夜子はキュートで眼がとても綺麗で、いつも明るく正に向日葵のような存在だ。周りを明るくし、楽しませてくれる魅力に溢れた女性だ。俺? 彼女ほど陽気ではないが明るく冗談も言う。ただそれほど積極的ではない。自分で言うのもなんたが、わりと持てると思う。東京のデパートも周り女性だらけモテない方がおかしいくらいだ。ただ俺は馬鹿真面目な男かも知れない。だから彼女の積極的な行動に圧倒された。それがとても新鮮でどんどん小夜子の魅力に溺れそうだ。
若き日の恋物語 3