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「ふぁ~ん。」
大きなあくびをしてファミレスの店内を見回す。さすが平日の昼だけあって、空席ばかりだ。気づくとカップのコーヒーは空になっていた。
「ねぇりゅうちゃん、私の話聞いてる?」
向かいの席に座っているそらがオレンジジュースを置いて怪訝そうな目を向ける。
「ふぁん?」
「もう、全く。りゅうちゃんたら昔っからそうなだから・・・。」
いつものようなおばさん口調でチクチクと攻めてくる。小中高大とこの攻めが続いてきているので、回避方法は習得済みだ。
「あれだなお前、今日可愛いな。」
一瞬でそらの顔が赤くなる。
「えっ、もう、何言ってるの・・・。」
恥ずかしがってそっぽを向いている間に、食べ終えた皿をかき分けて置かれた大学ノートをチラ見する。
―んだったんだった。
「そんで?どんな事件なんだ?」
照れてにやけた顔がまた一瞬で戻る。切り替えの早いやつだ。
「え~と・・・ねぇ~・・・。」
そういいながら持ち上げた大学ノートの表紙には、『推理研究会』の文字が書いてあった。
「殺人事件?」
りゅうちゃんは私の言葉を復唱した。大学ノートをチラ見して、周りの目を気にしながら小声で続ける。
「そう、殺人事件。この間あったでしょ?うちの大学の近くの民家で一家殺害された。」
そう言われてもりゅうちゃんは首を傾げるだけだ。そう言えば家にテレビなんて無かったか。
「でもなんでいきなり事件を扱うんだ?他にも色んな事件あるだろ。」
「・・・私の知り合いだったの。殺されたうちの一人が。」
思わず無言になる二人。微妙な空気が流れる。
「それはわかったけど、だったら尚更警察に任しておいた方がいいんじゃないか?一端の大学生の俺らなんかになにが―」
「私は・・・。」
思わず声が少し大きくなってしまう。
「私は知ってるもん、りゅうちゃんが一端じゃないこと。昔からいつも私が困ってると助けてくれたじゃん。」
自分でも涙目になっているのがわかった。
「だから・・・お願い・・・。」
「・・・わったわった。」
そう言ってくれてコーヒーカップに口をつけたりゅうちゃんは、いつもの優しいりゅうちゃんだった。
「事件の内容は?」
ノートをめくりながらそらは説明を始めた。
「事件は当時私たちと同じ大昭大学2年生の赤井清二(あかいせいじ)君とその父母、兄妹の5人が刃物で殺害されているのが見つかったの。」
新聞の切り抜きの文章を読んでいるようだ。
「でもそれだったら別に大した事件じゃないんじゃないか?警察がすぐに犯人を捕まえられそうな気がするけど・・・。」
「それが問題は発見された状況なんだよ。」
さらにページをめくり付け足した。
「第一発見者は清二君のサークルの後輩だったらしいんだけど―」
ひと呼吸おいてから俺の方を見て続ける。
「玄関のドア、窓、裏口も含めて全部閉まってたんだって。」
「・・・密室ってこと?」
頷くそら。そしてノートのあるページを開いて俺の方に向ける。そこには手書きの図が描いてあった。どうやら赤井邸の見取り図らしい。
「ここが玄関で清二君が倒れていた。あとはそれぞれ父親がリビング、母親が寝室、兄が自分の部屋、妹が風呂場でそれぞれ遺体で見つかったらしいよ。」
確かに見取り図にはそれぞれの箇所に丸と父母兄妹の文字が描いてある。
「そして後輩が呼びに来たとき全ての鍵がしまっていたの。」
そこで俺の中に一つの疑問が出てきた。
「なんでその後輩は警察に連絡したんだ?まさか中にはいらず状況がわかったわけじゃないだろ?」
その質問に再びノートのページをめくった。
「どうやらその日は静岡でサークル合宿があったらしいの。そこで後輩は清二君の車で現地まで行くつもりだったので集合時間に到着。でもチャイムを鳴らしても誰も出てこないので不審に思って、庭のベランダまで見に行ってリビングで死んでいる清二君の父親を発見した・・・らしいの。」
なるほど、それならば警察を呼んだ理由が納得できる。
「死因は?」
「全員鋭利な刃物で体の数箇所を刺されていたんだけど、凶器は市販の包丁だと断定されたの。だからそれが家のものかあるいは犯人が持ってきたのかはわからないんだって。」
「りゅうちゃん、こっちこっち。」
昼過ぎに大昭大学の文系キャンパスにある食堂に集まった。りゅうちゃんは眠そうにあくびをしていた。
「そら~、何で俺までついてこないといけないんだよ。」
「だって私が聞いた話伝えるのめんどくさいじゃん。ほら、行くよ。」
ブツブツと文句を言っているりゅうちゃんを従えて文系棟に向かった。エレベーターを使って5階に上がるといい匂いがした。どうやら何処かの研究室でご飯を食べているらしい。
「ここね。」
白いドアには黒いプレートで『墨田明(すみだあきら)教授』と書いてある。
コンコン
失礼します、と一言添えてドアを開ける。そこにはちょっとした来客用スペースと、奥には山積みの本に囲まれた初老の男がいた。私はこの人の顔に見覚えがあった。
「墨田教授ですね?先日メールしたものですが・・・。」
「あぁ君かね、赤井君のことについて聞きたいと言っておったのは。」
そう言って来客用のテーブルを勧めてくれた。教授室というものに入ったのは初めてだ。失礼がない程度に見回して見ると、壁にかかったホワイトボードに「13時シラト」と書いてある。
「ん?君は・・・」
「あっ、こっちの人は同級生の黒―」
「君の顔は覚えているよ、一回も授業に出ずにわしの自慢のテストを30分で解きおって・・・。」
嫌みたらしくそれでいて嬉しそうに墨田教授がりゅうちゃんを見て言った。
「ども。」
当のりゅうちゃんは短くお辞儀をしただけ。
「話を戻すが、赤井君について何が聞きたいんじゃ?」
再び視線を私に戻した。
「ちっ、収穫なしか。」
階段を降りきった一階のエントランスにあるソファーで俺は愚痴った。
「そんなことないでしょ。」
そういいながら例のノートをテーブルに広げるそら。
「赤井君のことも聞けたし良かったじゃない。」
「でもあのじじい、俺に嫌味ばっか言ってきたじゃないか。」
「それは墨田教授の授業もまともに出ていないりゅうちゃんが悪い。」
そんな会話をしながらでも、今まで聞いてきた内容を記したメモ帳から必要事項をノートに写している。
「俺は経済学が―」
トントン
いきなり背中を叩かれて振り返るとそこには幸(こう)が立っていた。
「久しぶりりゅうちゃん、それに白戸さん。」
相変わらずの人懐っこい笑顔を振りまいてきた。
「あ!羽澤(はざわ)君!高校の卒業式以来だね。」
俺の頭を挟んで二人が会話を始めた。まぁいい、今のうちに事件のことを考えるとしよう。
事件の問題点は『動機』と『方法』だ。なぜ一家全員を殺さなくちゃいけなかったのか、そしてどうやって密室を作ったのか。細かい点を除けばこの二つが大きなもんだ―
「ねぇ、りゅうちゃん!聞いてる?」
「何だよ、邪魔すんなよ。」
突然そらに声をかけられた。
「私これから待ち合わせなんだけど、どうする?その後事件現場に行って見る?」
「んなこと言ったって今更事件現場見ても―」
突然俺の頭の中にふと考えが浮かぶ。
「・・・何時ごろなら大丈夫なんだ?」
「う~ん、多分1時間もかからないかな。」
「じゃあ終わったら連絡くれ。」
わかった、と頷いてからそらは文系棟を出て行った。
「お前この後忙しいか?」
「いんや、午後の授業はないよ。」
「じゃあ飯でも食いにいくか?」
俺は幸と二人で高校時代の思い出を話しながら食堂に向かった。
私は大学の近くの喫茶店で叔父さんに呼びだされた。
「あっ、とらちゃんこっちこっち。」
古風な喫茶店の奥の席にスーツ姿の叔父が座っていた。
「お久しぶりです叔父さん。」
「久しぶりだね~、とらちゃんも大人になったね。」
叔父さんの前にはブラックが入ったコーヒーカップが置いてあった。私もウェイトレスさんにホットミルクを注文した。
「それでどうしたんですか?叔父さん仕事忙しいのに。」
「まぁ、あれだ。その仕事で近くにきたんだ。」
そう言って内ポケットから黒い手帳を取り出す。警察手帳だ。
「赤井清二っていう、とらちゃんの同級生知ってる?」
「・・・名前くらいかな。」
私はとっさに嘘をついた。自分たちがいましている事を知られると厄介だし。
「この間ここの近くで殺人事件が起きたんだ。それで俺も捜査に駆り出されたってわけ。」
「ヘぇ~。」
届いたミルクに口をつけながら冷静さを保つ。
「・・・まぁ別に取り調べじゃないからとらちゃんに聞く事も無いんだけどね。」
叔父もコーヒーに口をつけた。
「彼は元気かい?」
彼っていうと多分・・・
「りゅうちゃんのこと?」
「そうそう、りゅうちゃんだ。」
私は話題が変わって安心した。
「元気だよ。ついさっきも一緒にサークル活動してたとこ。」
「相変わらず仲がいいね。」
「幼馴染だしね。」
それからしばらくの間りゅうちゃんとの昔話で盛り上がった。りゅうちゃんの事を叔父さんは褒めちぎっていた。
ふと腕時計を見る。りゅうちゃんとこのあと事件現場近くまで行くつもりなので、待たせていると悪い。
「よし、じゃあ俺は仕事に戻りますか。」
伝票を持って立ち上がる叔父。私も一緒に立ち上がり会計をすませて外へ。
「じゃあまた今度ねとらちゃん。」
「またね叔父さん。」
ふと気付くとりゅうちゃんから連絡があったらしい。
『そら こっちは準備できてる』
近くの電話でりゅうちゃんと連絡を取った。
そらからの電話が来て10分後、俺たちは事件現場にいた。ここら辺の住宅地の中でもそこそこの大きさで2階建て。隣にはガランとした車庫も見える。
「誰もいないみたいだね。」
「じゃあちょっくらお邪魔しますか。」
「ちょっ、りゅうちゃんダメだっ―」
その声をよそに俺は門から横に続いている庭へと入って行く。
「びっくりした。てっきり中にはいるものかと思った。」
後ろからついてくるそらに歩きながら振り向く。
「あのなぁ、それじゃあ犯罪だろ。」
ちょうど車庫から家をはさんで反対側に、そこそこの大きさの庭が広がっていた。花壇には何も植えられていない。
「残念、中は見えないね。」
庭からリビングにはいるための大きな窓があるが、カーテンが閉まっている。
「おい、そら。ノートかしてくれ。」
言われて慌ててカバンから大学ノートを出した。それを受け取りページを開いた。見取り図のページだ。
「この向こうがちょうどお父さんが死んでたソファーがあったみたいね。」
確かに見取り図にはテレビに向かえるソファーが置いてある。
俺はふと後ろを向く。そこには道路に面したブロックの壁が見えた。大きさはちょうど歩いている人の頭が見えるか見えないかぐらいだ。
「なぁ。」
考え事をしながらそらに聞く。
「死亡推定時刻とかってわかってんの?」
「ちょっとかして。」
持っていたノートを取って別のページを開いた。
「詳しくはわからないけど発見された前日、つまり日曜日の朝には家族全員で町内会の公園清掃に出てたんだって。だから日曜の昼から月曜の朝の間だね。」
「・・・成る程な。」
俺は頭をフル回転させて現状の整理をした。
「もしかしてわかったの?」
ノートをギュッと胸の前に抱きしめてそらが聞いてくる。
「あぁ、多分。」
「・・・え?」
俺は門の方に向かって歩き出した。
調べたい事がある、とりゅうちゃんが言うので私達は待ち合わせ時間を決めて赤井宅から別れる事にした。
時間は一時間後、場所はいつものファミレス。私はどうやって時間を潰そうかとファミレス近くの商店街を当てもなく歩いていた。
「あっ!蘭ちゃんだ。おーい!」
前方で両手を広げて手を振る女の子。よく見るとさっちゃんだった。
「さっちゃ~ん、何してるの?」
「丁度大学終わって帰ってるところ。蘭ちゃんは?」
「私は待ち合わせまで暇つぶし。」
簡単にりゅうちゃんと待ち合わせしている事を告げた。そして二人で近くのファーストフード店に入った。
「まだ龍介君と一緒にいたんだ。」
私はちょうど買ったお茶を飲んでいたので頷いて答えた。
「付き合ってんの?」
ゴホゴホ
思わず口に含んだお茶をこぼしそうになる。
「そんなわけないじゃん、私達幼馴染みだよ。」
慌てて弁解する。
「・・・相変わらず鈍感だね、蘭ちゃんは。」
さっちゃんがため息と共に言う。
「あのね、小学校の頃からそうだけど龍介君は蘭ちゃんの事好きだったんだよ。」
・・・えっ?
「私だってりゅうちゃんの事―」
「蘭ちゃんの好きはそういう好きじゃないでしょ?」
確かに恋愛感情の好きじゃない。
「全く、自分に対しての気持ちは無頓着なんだから。本当女子高で良かったよ。」
「でもでもでも。それってさっちゃんの勘違いなんじゃ・・・。」
「・・・まぁもちろん中学までの話だけどね。ただその頃から蘭ちゃんの周りの男子威嚇してたし。」
全く気が付かなかった。
「・・・・・。」
思わず押し黙ってしまう。
「どちらにせよ、ちゃんと気持ちは組んであげなよ。蘭ちゃんの行動次第ではきっと傷つくだろうし・・・あっ!ごめん!」
時計を見て立ち上がるさっちゃん。恐らく用事があるんだろ。ごめんと何度もいって、嵐のように去って行ってしまった。
一人残された私はりゅうちゃんの事を考えた。
「・・・まさかね。」
そう呟いて、私も待ち合わせ場所のファミレスに向かった。
ファミレスのドアを開けるといつもの所にそらが座っていた。店員に待ち合わせだと伝えてその席の向かいに座る。丁度ドアを背にした。
「待たせてすまんな。」
「ちょうど良かった。りゅうちゃんに会いたいって人が丁度―」
ふと隣の通路に人影が見えた。
「黒城龍介(こくじょうりゅうすけ)君だね。」
叔父と二人の制服警官が私達のテーブルの隣りに立っていた。
「警察のものだけど聞きたい事があるので署までごどうこ―」
ドン
叔父たちを突き飛ばしてりゅうちゃんが出口に向かって走る。
「りゅうちゃん・・・なんで・・・。」
私は何が起こったのか理解できない。
某然と窓から見えるりゅうちゃんを見ていた。
店を出たりゅうちゃんは両脇の道路を互いに見る。その先には何人かの警官が見える。しどろもどろになりながらカバンから紙袋を取り出した。そしてそれを開くと包丁が出てきた。
それを大きく振りかぶるりゅうちゃん。一瞬、ほんの一瞬窓越しに私を見た。
ごめんね
そう口が動いているのが見えた。
そしてりゅうちゃんは自分のお腹に包丁を尽き刺した。
「黒門流那(こくもんるな)です。」
俺は目の前の女性に自己紹介をした。
「白都蘭(しらとらん)です。」
「シラト?」
「あっ、違う違う。空ちゃんとは違う字だよ。空ちゃんは白い戸だけど、私は白い都で白都。」
隣りの席のそらは大学ノートを出してメモを取る準備をしている。
「そして君たちの所属している『推理研究会』の初代部長だ。」
蘭は注文したホットミルクを一口飲んだ。
「君のことは空ちゃんから色々聞いてるよ。頭いいんだってね。」
隣の席の空を見る。こっちを見て笑ってやがる。
「聞きたいことがあるんですけど。」
一応敬語を使って話しかける。
「いいよ、と言いたいところなんだけど、まず聞かせてくれる?君が解いた事件の真相を。」
やっぱりそうか、と確信を持ちつつ話を進めたいので面倒ごとは先に片付けよう。
「わかりました。」
俺も注文したコーヒーを一口飲んだ。
流那―りゅうちゃんと呼ばれている青年は二本指を立てて話し始める。
「この事件の問題点は二つ。『何故』一家全員を殺したのか。そして『どうやって』密室をつくったのか。ここに異論はないな?」
フンフン
隣に座った空ちゃんが大きく頭を振る。いいコンビだな。
「俺はこの手の問題は苦手なんだ。融合問題みたいで。だからまずこの二つを別々に分けてみた。」
指を二本から両手一本ずつに変えた。
「そこで考えるのは前者、一家全員を殺した理由だ。」
右手を一本から五本に変えた。
「じゃあなんで五人全員を殺す必要がったのか。空、なんでだと思う?」
隣の空ちゃんへ話を振る。
「えっ、そりゃ~例えば・・・赤井家全員が誰かご近所さんをいじめていたとか・・・。」
焦りながらも一応現実味がある話をする。
「まぁあんま思いつかんわな。ただほぼ間違いなく言えるのが、『どんな理由にせよ全員を殺す理由があった』ってことだ。」
「?どういう意味?」
私の代わりに空ちゃんが聞いてくれた。
「例えば父親だけに恨みがって、そして事件現場を目撃されて他の四人も殺した。それの方があり得る理由だろうけど今回は違うはずだ。何故なら五人が全て違う場所で殺されているからだ。」
「なるほどね。」
心の底から感心しながら私は間の手を入れた。
「誰か一人を殺害して、口封じのために他の人たちを殺したのなら・・・例えば父親を殺してリビングに集まってきた他の4人を殺したなら、結果遺体は一箇所に集中しているってことね。」
あぁ、と空ちゃんも納得した。
「そう、つまり犯人は五人を殺す理由があった。そんな人中々いないはずだし、警察も簡単に見つけられる筈だ。」
私は少し意地悪く考えてみた。
「でも猟奇的殺人犯あるいは強盗目的の犯行だとしたら?全員を殺す理由はなくもないと思うけど。」
確かに、と空ちゃんが同意してくれる。
「その可能性もありますが、まぁ白昼堂々民家に入って皆殺しは少し考えにくいかな。」
「なんで犯行が昼間だと?」
今度は私が質問をする。
「リビングのカーテンですよ。」
当たり前だと言わんばかりの即答。
「事件の発覚は庭からリビングの状態が見えたからでしょ?ってことはその時カーテンはあいてあったと考えるべきだ。あそこの塀は決して高いものじゃないから、もし夜ならカーテンを閉めているはずです。」
まぁ電気が付いていたかどうかでも判断できるけどね、と付け加える。
「・・・なるほど・・・。」
また感嘆。なんなんだこの青年は。
「以上の点より、五人全員を殺す理由は見つける方が難しい。だから俺はさらにこれを分割した。」
そういいながら再び右手で五本指を立てて、そして一本減らした。
「つまり五人ではなく四人を殺す理由は何か?」
「四人ってどの四人?」
空ちゃんがメモを取りながら質問する。
「そんなの今は問題じゃない。ただ事件の結果を考えればその四人を殺したのは・・・。」
私はすぐに気がついた。
「・・・家族のうちの誰か一人。」
「ご名答。」
右手の四本を左手の一本で抑え込む。
「そしてその一人が誰かに殺された。そっちの方がまだ現実味があるし、不可解な点、つまり家族全員がバラバラに殺されていたのも昼間から殺しができたのも納得できるんじゃないか?」
私と空ちゃんは某然と聞いている。確かに家族を殺す人がいる世の中だ、一家全員を恨んでいる人がいてもおかしくはない。
「でも、それだとしたら誰が犯人なの?それに密室の謎は?」
そう食いつく私をりゅうちゃんは見た。一瞬悲しい目が見えた。
「つまり問題は『人一人をどうやって密室で殺すか。』に置き換わる。これは実にシンプルな解答だ。」
ノートの見取り図を全員で見える場所に置く。
「家族を殺した一人は最終的に第三者によって殺害された。つまり第三者が出入りできた場所―」
静かに左手の一本で図を指差す。
「玄関で死んでいた赤井清二、あなたの元恋人です。」
私の目をしっかりと見て―悲しい目で彼は言った。
「元恋人って、なんでりゅうちゃんそんなんわかるの?」
空が俺の顔を覗き込む。
「俺はさっきまた墨田教授の研究室に行ってきたんだ。」
「墨田教授って経済学部の?」
「そうです、墨田明教授、赤井清二が所属していた研究室の教授です。」
今日私たち話を聞いてきたんですよ、と空が付け加えた。
「俺たちが行った時に教授、赤井の写真を見せてくれたろ?だからもっと他の話も聞けないかと思って行ってきたんだ。」
改めて白都に向き直る。
「流石に7年前の事なので望み薄でしたが、研究室のパソコンに写真がいくつか残ってました。その中にあなたと赤井が二人で写っていた写真がいくつかありました。」
一応プライベートのことだったので謝罪を入れておく。
「教授は知りませんでしたが、当時の彼を知る学生に話を聞いたところ、『新しく出来た彼女』だと言っていたそうです。」
「・・・そうね、あなたの言うとおり。私と赤井君は付き合っていたわ。」
空はもう話にかろうじて着いてくるのがやっとのようだ。
「それはそれとして何か関係があるのかしら?」
「・・・それは追々話しますが、まずは密室の謎です。」
隣の席でジュースを飲んでいる空に話を振る。
「空、お前がもし赤井清二の立場だったとして―家族を殺した直後チャイムがなったらどうする?」
「う~ん・・・中の状況がバレるのが怖いから様子を見に行くかな。」
俺は期待通りの答えに頷く。
「そこでドアを開けると知り合いがいた。そしてその誰かがふとした拍子に殴りかかってくる。何がわからず玄関先でもみ合いになって、抵抗しようと凶器の包丁を取り出した。しかし気づいたら包丁を奪われて何箇所か刺されたら?」
「怖くなって逃げ出すかな。」
「そう、彼は逃げたんだ。家の中に。」
あぁ、という顔を二人がする。
「そして入ってこないように鍵をかけた。しかし刺された傷が致命傷になり玄関で息絶える。」
見取り図を見る。唯一出入り口で死んでいるのは赤井清二だけだ。
「これで密室の完成だ。」
「犯人はやはり・・・。」
「はい。凶器を持っていた人物、つまりこの新聞の切り抜きに載っている『黒城龍介』で間違いないでしょう。」
懐かしい新聞の切り抜き。私が貼ったものだ。そこには犯人として追い詰められたりゅうちゃんが自殺したこと、持っていた包丁は赤井一家の傷と一致したということが載っていた。
「まぁ警察も同じようなことは考えたでしょうね。更に逮捕するまでに十分な証拠、例えば目撃者などがいたのかもしれない。どちらにせよ密室の謎を公表する必要なんて無かった。だから犯人の自殺で事件が収拾したんでしょう。」
まるで複雑な問題を解ききったように、目の前の青年はコーヒーをすする。
「以上です。質問ありますか?」
「いや・・・納得できたよ・・・。」
「じゃあ今度はこっちからの質問です。」
隣の席の空ちゃんを親指で指差して続ける。
「こいつにこの事件を調べさせた、もっというと俺らを『推理研究会』に入部させたのはあなたですか?」
「・・・よくわかったね。」
「勘ですよ。」
何でですか、と付け加えて質問する。
「私にとって忘れられない事件だった。」
7年前を振り返る。そう、恋人と幼馴染みを同時になくした7年前に。
「私は大学を卒業後、警察官になった。親類に関係者がいたこともあったが、何よりこの事件の真相を知りたかった。」
窓の外を見る。そこはりゅうちゃんが自殺した場所。
「でもそれはできなかった。何せ大きな事件でもないし解決済みだ。さらにはその親類の配慮で私は事件に関する情報を全く手に入れられないことを知った。」
再びテーブルの向かいに目線を戻す。
「そんな中一度母校、大昭大学に訪れたとき君たちを見たんだ。私とりゅうちゃんのような関係の、『りゅうちゃん』と『そら』と呼び合っている仲のいい男女を。」
「・・・。」
「運命だと思った。だから空ちゃんに話を持ちかけた。幸いなことに私たちの作ったサークルは一応形だけは残っていたので、資料も残っていた。」
「そんでなんか楽しそうだったから引き受けたの。」
空ちゃんがフォローをくれる。
「お前なんで俺に黙ってたんだよ。」
「だってりゅうちゃんそれ知ったら『何で俺が誰かの為に労力使うんだよ』とかなんとか言って引きうけ―」
ムニュ
左手で空ちゃんの両頬を掴まれた。
「はにゃひてよ~りゅうふゃ~ん。」
微笑ましいくらい仲がいい。
「一つ提案なんだけど・・・。」
蘭が申し訳なさそうに言う。
「このまま活動してみてくれないか?『推理研究会』。」
空の頬から手を離して向き直る。
「いや、君たちが良ければでいいんだが。せっかく作ったサークルが活動されてないと私も心苦しいんだよね。まだまだ未解決の謎はいっぱいあるし。」
「・・・少しかん」
「いいですよ!!!」
ムニュ
空を黙らせる。
「・・・はぁ。頻繁に活動はできないかもしれませんが、今回は暇つぶしになりましたし。」
「そうか、ありがとう。」
可愛い笑顔でお礼を言われると悪い気はしない。
「じゃあ、手伝えることがあったら連絡してくれ。私は仕事に戻―」
「あぁ、差し支えなければもう一つだけ。」
席を立とうとしていた蘭が、再び席につきなおす。慌てて疑問に思っていたことを聞く。
「なんで『そら』って呼ばれてたんですか?『しらとらん』だったらそうならない気が・・・。」
そっと目を瞑った。昔を思い出しているようだ。
「幼稚園の頃、初めてりゅうちゃんに会った時だった。」
俺と空は乗り出して聞いている。
「名前を聞かれたの。私恥ずかしがり屋だったからクレヨンで紙にひらがなで名前を書いたんだけど、字が上手く書けなくて『と』をぐちゃぐちゃっと書いちゃって。」
色々な感情が入り交じった目をしている。
「そしたらりゅうちゃん、『しらそらん』って読んじゃったんだ。それでりゅうちゃん、自分の好きな言葉を、『そら』を見つけて興奮しちゃって訂正できなかったの。」
まぁ叔父さんには同じ理由で『とら』って呼ばれてたけどね、と笑って付け加えた。
「空は青くて綺麗なんだよ、だからそれが名前に入ってるのはきっと綺麗な子なんだね、って。今考えるとめっちゃませてるセリフだけど、私は嬉しかった。」
説明を終えて俺たちが納得したと判断し、蘭が立ち上がる。出口に向かって進む蘭の背中。
「・・・俺の話した事は今持っている情報から作ったこじつけです。なぜ赤井清二を殺したかだってわからない。だから全て正しいかどうかは・・・。」
不意に言葉が出た。蘭は振り返った。
「君は優しいな。でも君のそのこじつけで私は救われたんだよ。」
ニッコリ笑って伝票を持ってレジに向かった。
「ねぇねぇりゅうちゃん。」
「なんだ?」
「私の名前はどう思う?」
「・・・うるさい、暑苦しい、俺の平穏を邪魔する。」
「ほぇ!なにそれひど~い。」
「・・・お前ほんとに鈍いなぁ。」
「ん?どゆことどゆこと?」
俺は空を無視して、窓の外に見える沈みかけた太陽を見た。
contrast
初めて投稿してみました。