百合の君(82)
宴席はあらかたはけてきた。酒に強くない主君が座を立ってもう半刻ほどになる。茣蓙はちらばり酒はこぼれ、庭からは嘔吐する声が聞こえて来た。
望は、厠にでも行こうと席を立った。別段居並んでいる者達の顔を見ていたわけではない。ただ歩いていただけだが、末席に思わぬ者を見つけて立ち止った。その顔を見た途端に心臓が強く脈打ち、ただでさえ酒で定まらなくなっていた目が、その望遠倍率を何度も変えた。そのくせ毛といい継ぎ接ぎだらけの身なりといい、天蔵に違いなかった。
「天蔵! 天蔵か?」
天蔵は見上げると驚きもせずに応えた。
「おー、園の父さまじゃねーか。活躍は聞いたぞー。さすがだなー」
「そんなことはいい、どうしてお前がここにいるんだ?」
「俺はいま傭兵やってんだー。戦が好きだからなー。『泣捨』って名前の傭兵たちの頭なんだぞー。すげーだろー」
望は天蔵の周りの子供達に気が付いた。食べきれなくなったご馳走を、布にくるんでいる。みな痩せていて、汚かった。
「園は? 園はどこに行ったか知らないか?」
天蔵は事もなげに答えた。
「園なら出海の兵隊になってるぞー」
出海の? 兵隊?!
望は先の戦で斬った顔を必死に思い出そうとした。そして、ほとんどの顔を見てさえいないということを今さら思い出した。声を辿る。園はいなかった。いなかったはず、いなかった。もしいたら気が付くはずだ。が、確信は持てない。
「それは、それは確かなのか?」
「ああ、一緒に城に行ったからなー」
「なぜお前と別なのだ?」
「ああ、はぐれちまったからなー」
「お前は園と戦うつもりなのか?」
「ああ、友達だからなー」
「お前は園を殺すつもりか!」
思わず望は怒鳴った。子供たちは驚いて見上げたが、天蔵は平然としていた。
「そんなわけないだろー。変な父さまだなー」
「戦をするんだ、殺し合いだぞ」
「そんなこと知ってるに決まってるだろー、俺は傭兵だぞー。父さまよりも場数踏んでるんだ、馬鹿にするなー」
望は思わず頭を抱えた。
「園は、生きているのか? 無事なのか?」
「見つけたらその時に分かるだろー」
見つからなかったら? その言葉を望は飲み込んだ。天蔵の言う通りだ。いつか見つかるという前提で考えなくてはならない。
「そうだな、じゃあ、園を戦場で見かけたら、父さまに知らせてくれないか? な?」
「いいぞー、その代わり父さまが見つけたら俺に教えてくれー」
「もちろんだ、約束だぞ」
「おー」
天蔵の屈託のない笑顔は、あの頃と全く変わりなかった。なぜ天蔵なのだ、と望は思った。ここにいるのが、なぜ園ではないのだ。酒のせいか足元がぐらつき、床板の継ぎ目が裂けて落っこちそうな気がした。地面の底は、夜より暗い。
百合の君(82)